今さら感
「ただいま~」
挨拶をしながらみんなでぞろぞろとキッチンに入っていく。
鍋に水を入れてエンに火をつけてもらう。
茶葉はみんなから食べても大丈夫とのお言葉をいただいているのでさっそく使ってみる事に。
お湯が沸くまでチカチカさんに質問の時間だ。
「チカチカさん、街の人達からたくさん贈り物が届いたんですけど……、欲しい箱と船も1艘もらっても大丈夫ですかね~?」
問題はないんだろうが小心者だから気が咎める。
チカチカッ
よし、偉い人の許しを得た。これで強気でいける。
「ありがとうございます!」
にやにやしながら白い箱の中を改めて物色する。
中に入っていた本を手に取り開いてみる。
「……読める。というか日本語?」
本の最初のページには目録と書いてあり、箱の中身が記されているようだ。
「チカチカさん、私こちらの文字が読めるようなんですが話す事も出来ますか」
チカチカッ
「もしかしてこちらの言語って日本語なんですかね?」
…………
日本語じゃない? でもどう見てもこれ漢字に見えるよね……?
「謎のご都合変換?」
チカチカッ
おお。ご都合主義最高。
「書くことも出来ますか」
…………
あれ? なんで書く事だけ出来ないんだろう? ちょっと詰めが甘い気がする。
不思議に思ったので確かめる。
「この変換能力はサポートの一環ですか」
チカチカッ
「書く能力だけが無いのは仕様ですか」
…………
「えっ? もともとは書ける能力もあったって事ですか」
………………ボワ……
あ、これ気まずい時のチカチカさんだ、とすぐ分かった。そして同時にあの軽い感じの声が脳裏にちらついた。
「あー……何となく原因はわかったので大丈夫です。変換能力ありがとうございました」
とりあえずサポート能力のお礼を伝えておく。
書けない原因はおそらく<やつ>の仕業だろう。
そう、私が<エスクベル>に来る際に<やつ>がやらかした事が関係していると思われる。
あいつ……! と思わなくもないが気にしないのが1番だろうと流す事にした。
でもこれで現地人と遭遇しても意思疎通は可能な事がわかった。
チカチカさん、いちおう<地球>さん、イージーモードな能力をありがとうございます。
意思疎通が可能な事がわかってふと疑問に思った。
「チカチカさん、私のお仕事ってやっぱりこの世界の人達と関わる事になるんですかね?」
そう言えばそういった話は聞いてこなかった事に気付く。何をやってるんだ私は。
街に上陸したいとは思っているが、この島は人間を警戒しているみたいだしな~。
……チカ……チカッ
「……? 関わらない場合もありますか」
チカチカッ
関わらない場合もあるってどういう事だろう。少し考えて思い付いた。
「もしかして関わらなくてもお仕事は出来るって事ですか」
チカチカッ
そうだよね。現地人と関わる前にすでに愛と光のエネルギーは少し集まってるもんな。
「チカチカさん達の意向としては関わった方がいいですか」
…………チカチカ
「ほどほどに関わるのがいいですかね?」
間の開け方から推測する。チカチカさんの表情はわからないけど伝えたい事のニュアンスを何となく察する事が出来るようになってきた。
チカチカッ!
よしよし、合ってた。
ひとまず贈り物をしてくれる人達との交流を考えようかな。
ずっと狭い環境にいるよりは早く愛と光のエネルギーを集められるかも知れない。
チカチカさんと話している内にお湯が沸きそうになったのでお皿を出して朝ご飯の準備をする。
贈られてきたパンとお菓子類、果実と野菜も人数分お皿に並べる。
あ、贈り物のニュー野菜も持って来ればよかったー。しょうがない、あれはお昼ご飯に味見しよう。
コップに茶葉を入れてお湯を注ごうとした時に気付いた。
「あ! 目録見ればこの茶葉の事も分かるかな?」
茶葉は目録とは別の船に入っていたが、もしかしてと思ったのだ。
――目録のページをパラパラと読み進めてみるが、茶葉についての記載はなさそう。
あの動物の贈り物(亡骸)についても書いていないから、一緒に箱に入っている物だけに関する目録のようだ。
「ふ~ん。これが香水で合ってて、これらは化粧水と美容液と乳液とクリームねー」
箱の中に入っている瓶を手で確かめながら目録と照合していく。
「なるほど、秘伝の製法で作ったのね。というか地球で使ってたのよりスキンケア用品の数が多いし」
こちらの人の美意識に驚いてしまう。秘伝って……。
絶対この辺の感性は<地球>さんの影響だなと確信した。
しかもこのこちらを崇め奉る文面……、お手本のような敬虔な信者っぷり。信仰心が篤い国民性なのかな?
まあ化粧水と乳液だけで済ましていた身としては若干めんどくさいが、せっかくの贈り物だからライン使いしてみよう。ふふふ、これで私も美意識高い系だわ。
箱の中身をあれこれしているとみんなからお茶は飲まないの? と催促がきたので朝ご飯を食べることにした。
「ごめんごめん、他の贈り物に気を取られちゃって。結局これが茶葉かどうかは分からなかったけど飲んじゃおうか」
白い箱に入っていた白いリボンで髪をまとめコップにお湯を注いでいく。
色が茶色に変わって少ししたら出来上がったと地球式に判断し、菜箸で出来る限り茶葉を取り除く。
茶漉しなんてピンポイントなものは無い。
少し冷まして飲んでみると紅茶の味がした。
「うん、紅茶っぽい。飲めそうだからみんなの分も作るね」
みんなのコップにも茶葉を入れお湯を注いで紅茶を作る。
「それじゃあお待たせしました。いただきま~す」
椅子に座ってみんなで朝ご飯を食べ始める。
ボスの口に紅茶を流し込んだりご飯を入れたりしながらわいわいと楽しく食べる。
しかし地球で生活してる時よりバランスの良い豪華な朝ご飯を食べてるな……。どういう事だ。
「みんな、家のレベルアップが出来るんだけどどうしようか? 希望はある?」
むしゃむしゃ食べながらも忘れないうちにと意見を求める。
「クー」
「私のベッドルームの隣に大きな部屋ね~? みんなの部屋ってことでいいのかな?」
「コフッ」
「みんな今回はそれでいい? 何か他にある?」
「キュッ」
「ぴちゅ」
「キャン」
「フォーン」
ボスの返事が無かったので窓の外を見ると、がぱっと大きな口を開けて返事をしていた。
牙っ!
「ねえ、ボスは鳴き声とか無いの?」
今さらだが聞いてみる。
ボスの言う事には、――声を出したら雷が落ちるそうだ。
……まじか。こ、こえー。しかしまたとんでも設定を付けられたもんだな。
「そ、そっか! さすがハイスペック!」
そんな感想しか浮かんでこない。ハイスペックという単語は非常に便利でつい多用してしまう。
「ではチカチカさんお待たせしました。2階の私の部屋の隣にみんなが寝泊まりできる大きめの部屋って作れますか」
話の流れを変えようとチカチカさんにお願いする。
チカチカッ
「扉は無しで、室内で繋がっている構造にしたいんですがお願いできますか」
チカチカッ!
これで良し。
無事レベルアップリクエストも伝え終わり食事を続けていると、チカチカと部屋が点滅しだした。これはリフォーム完了の合図だな。
「いつもありがとうございます! 食事が終わったら確認しに行きますね!」
上機嫌でお礼を言う。
みんなもそれぞれお礼を言っているようで、その様子になんだか和む。
「ごちそうさまでしたー」
いつもよりたくさん食べてお腹がパンパンになったので食事を終える。
みんなはすでに食べ終わってごろごろのんびりしていた。
今までこんなに写真を撮りたいと思った事があっただろうか。写真が撮りたい……!
「食器の片づけは後回しで!」
写真はしょうがないのでうきうきしながら2階の部屋を確認しに行く事に。みんなもぞろぞろ着いてきている。
ボスはテラスからこんにちはしてね!
2階へ上がってみると、階段の近くに新しくドアが出来ていた。
良かった、扉には何も刻印されていない。部屋が大きかったからそっちには手が回らなかったんだろう。
「みんなで扉に絵とか描けたら楽しそうだね~!」
チカチカさんにもしっかり聞こえるように大きめの声で話す。
これは予防線とも言う。こっちの扉は自分たちでカスタマイズしよう。
みんなの部屋だが代表して私が開ける事に。
「おお~、広いな~。チカチカさんありがとうございます!」
扉を開けた先には私の部屋の2倍程度の大きさの空間が広がっていた。
私の部屋との境は、壁が大きなアーチ状にくり抜かれていて行き来が自由に出来るようになっている。
「すごいね! 次のレベルアップリクエストでテラスもみんなの部屋まで繋げてもらおうか~」
もしかしたらギリギリ、ボスもテラスに着地出来る大きさになるかも知れない。
みんなは嬉しそうに新しい部屋を歩き回りながら同意の返事を返してくれた。
靴を脱いでテラスに行き、外で首を伸ばしているボスに新しい部屋の報告をする。ボスも喜んでいるようで何より。
キイロが肩に止まってきたので部屋を振り返ると、みんなはアーチの境目の所でこちらを見ていた。
心がキュン成分で撃ち抜かれた。みんな真面目に土足厳禁を守ってる……!
心がきゅんきゅんしながらも土足厳禁は解除しないんだ……。ごめんよ……。
心の中で謝りながら夜干しの洗濯物を取り込み1階に戻る事にした。
――街の人との交流どうするかな~と考えながら。




