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幸せに暮らしましたとさ  作者: シーグリーン


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ある男の回想録3:やっぱり見なかった事にしたい

 








「起きろ~朝だぞ~」




 ――ゆさゆさと体が揺さぶられている。



「………………あぁ」



 目を開け数回瞬きし、遠見の部屋で寝泊まりをする事になったのを思い出した。



「すまん。寝ちゃってたみたいだ」


「気にすんなよ。俺が無理やり連れてきたようなもんだし、お前は自由にしてていいからな!」



 強引に連れてきた自覚はあったのか。


 周りを見ると、交代で眠っていた風の一族の者達もみな起き出していた。



「お前もちゃんと眠ったのか?」


「まあな! 特に何も起きなかったし、俺すぐ眠れるからな~、便利だろ?」



 わははと遠見の装置を覗き込みながら笑うカセルは今日も朝から元気だ。



「じゃあ俺、顔を洗ってくるついでに朝食を運ぶ手伝いでもしてくるよ」


「大盛りで頼む!」



 こちらを見ずにひらひらと手を振るカセルに返事を返し、風の一族の人達について階段を下りて行く。

 途中で顔を洗い、神の島についてあれこれ話しながら着いたのは城の調理場だった。






「あ! アルバート! こんなとこで何やってんの?」



 朝から大きな声で呼びかけてくるのは、明るい金色の髪をひとまとめにしているもう一人の幼馴染のライハだった。



「ライハもカセルと同じで朝から元気だよな……。俺はカセルに連れて行かれて遠見の部屋で風の一族の手伝いをしてる。そっちこそ何やってんだ?」



 ライハは街やその周辺の守りを任されている騎士の1人のはずだ。なぜ城の調理場にいるんだろう。



「あの……、お姉ちゃんは朝食に使う材料を一緒に取りに来てくれたんです」



 後ろから顔を覗かせたのは、ライハの妹のスヴィだった。



「そう! 城壁内の広場で街の人達に食事を作ってんの。スヴィは家の仕事を手伝ってるから料理も出来るでしょ? 私は力があるからそれの手伝いって訳。アルバートと一緒だね」


「騎士の仕事は大丈夫なのか」


「警備の人手は足りてるのよね。街や周辺は地の一族が中心で見回ってるし、海は水の一族が昨日からずっと港で待機してる。いや~水の一族は頑固だね~。島の神様が、ティアマト様がひどい事をされるはずがない! ってずっとそこから動かないの! 島の神様もあれだけ崇拝してもらえたら嬉しいよね!」



 ライハもまた大きな声で笑う。



 ライハは外見が性格をよく表していて、明るい金色と鉱石のような緑の目をしていてとにかく派手だ。

 見た目で主張してくるし、思ったこともすぱっと悪気なく言ってしまう。



「お姉ちゃん……、私の手伝いはいいからアルバートさんを手伝ってあげて。あまり力がないから食事を運ぶのは大変だろうから」



 はんなりした笑顔でそう優しく控えめに提案してくるがやはりライハとスヴィは姉妹だ。よく似ている。スヴィは暗めの金髪だが瞳は姉と同じで、悪気なく毒をさらりと吐くのも同じだ。



「おい、スヴィ。そういうのは思っててもそっとしておいてくれよ。それにいちおう塔の内部だから“一族”以外があんまりウロウロしてたら咎められるかもしれないだろ?」


「そっか! そうだよね。じゃあ予定通りスヴィの手伝いをするよ。じゃあね!」



 そういってライハはさっと食材を抱えてスヴィと共に去っていく。



 ――よかった。朝からカセルとライハの組み合わせは勘弁してほしい。うまい言い訳が思い付いたもんだ。





 風の一族の人達と手分けして食事を運ぶ。野菜と肉を煮込んである大きな鍋とバスケットに入ったお皿とパン、そしてスプーンが用意されていた。女性とはいえ“一族”の力なのか結構軽々と運んでしまう。

 何故か俺の担当はスプーンだったが。





 息を切らしながらようやく遠見の部屋にたどり着いた。

 スプーン担当で良かった……。


 手分けして食事を配っていく。

 みんなの許可を得て山盛りにしたお皿をカセルに渡しながら自分も近くに座る。


 遠見を覗いてない者達でわいわい話しながら食事を取り始める。




 ――カセルが声を上げたのはそんな時だった。



「お!!」



 その言葉にみな一斉にカセルの見ている方向、つまり神の島に視線を移す。





「天の小路(こみち)だ……」



 誰かがぽつりと呟いた。



 島全体を覆うほどの天の小路――晴れた日に短時間雨が降った後、空に現れるので雨の小路とも呼ばれる――が上空に出来ていた。




「なんだ……? 雨でも降ったか?」


「いや雨じゃねーな。島から何かが飛び上がって来た後、消えたと思ったら天の小路が空に現れた」


「カセル、何かって……?」



 周りがざわつき始めている。



「わかんねーけど……、形がはっきりしない生き物みたいだった」



 カセルは遠見の装置をこまめに動かしながら答えた。

 他に何か手掛かりはないかと探しているような動きだ。



「こっちも確認した! 一瞬だが……、透き通ったぐにゃりとしたモノが意思を持って島の上空を横切ったように見えた」



 同じ方向を監視していた1人もカセルに同意した。



「族長と領主様に報告してきます!」



 その言葉を聞き、監視担当ではない一族の1人が部屋を飛び出し部屋は騒然となった。




「おいカセル、島に生き物がいるの見た事あるか?」



 もちろん無いとは思うが念の為確認しておく。



「見たことねーよ。そもそも島自体がぼやけて見えない」


「そうだよな。今までそんな報告聞いた事ないもんな」


「でも貢物はきっちり受け取ってるみたいだし、なにか(・・・)はいるんだろーよ、それこそ神様が。しかも水の一族は島の周りに何かいるってずっと言ってるし。“ティアマト様”って」


「じゃあ、さっきのはティアマト様なのか……?」



 そうあって欲しい。得体の知れない何かではなく以前から認識している存在であって欲しい、と希望を込めながらカセルと話を続ける。


 皆顔に不安をにじませながらも、今は監視を続ける事しかできない。






「監視を続けながらでいい。状況を再度説明してくれ」



 落ち着かない空気の中部屋に入ってきたのは、どこか静謐(せいひつ)とした雰囲気を感じさせる男性だった。

 真っ白な髪に、長い耳と大きな黒い目を持つ、そんな特徴を持つのは1人――




「領主様!」



 室内にいた者は慌てて礼をとる。

 遠見の装置を覗いていた者でさえ驚き、領主様の方へ目を向けてしまう。

 領主様はそれぞれの族長を率いてやってきたようだった。



「礼は必要ない、監視を続けてくれ」



 領主――サンリエル様は、少しも表情を変えず無表情のまま淡々と告げる。

 その様子を見てみんなが緊張を高めたのが分かった。



 領主様は普段から笑う事が無いと聞く。いつも無表情で最低限の言葉しか発さない。

 その上あの大きな目は光を通さず真っ黒に塗りつぶされているかの様で、見る者に恐怖を感じさせる。

 まるで捕食者に睨まれているような錯覚を覚えてしまうのだ。

 髪の色も祖母とは違い光を感じさせない白で、それもまた異彩を放っている。


 祖母が言うには「無口でぼんやりしているだけの優しい子」だそうだが……。





「――領主様。先程島から何か透き通った不定形のモノが上空に飛び上がり、意思を持ったかのように動き消えたのち今ご覧になっている天の小路が現れました」



 部屋の重たい空気をものともせず、領主様の登場に気を取られる事もなく監視を続けていたカセルが報告した。



「そうか。それ以降変化の兆候は?」


「今は特にありません」


「では引き続き監視を頼む。風の族長、目撃した一族を1人連れて行くぞ。理の族長、目撃したものを絵に起こし過去の文献を探ってくれ。地の族長、水の一族に出港準備をして待機と伝えてくれ。何かあれば島に向かってもらう」



 領主様は即座に指示を出しながら部屋を出て行った。









「――――ふぅ」



 どっと力が抜けた。無意識のうちに緊張して体が強張っていたみたいだ。



「お前やっぱりすごいよ」



 あの空気に飲まれずしっかり報告までこなし今だ監視を続けるカセルにそう伝える。



「ん? なにがだ?」


「あんなに冷静に領主様と話せるなんてすごい事だろ?」



 自慢じゃないが俺は領主様の目に入らないよう気配を必死で消していた。



「あーあの人風の力も継いでるからな。同族みたいなもんだよ」


「そう思えるのはお前だけだよ」



 ため息をつきながら言葉を返す。




 領主であるサンリエル様は確かに風の一族の力を継いでいるがそれだけではない。

 “理”と“水”の一族の身体的特徴をも備えているのだ。



 通常、違う一族同士が子を成しても力はどちらかに偏って引き継がれる。

 しかし極めて稀に複数の特徴を持ったまま産まれてくる子供がいるのだ。領主様もそうだった。



 両親の力だけではなく先祖の代の力まで引き継ぐ子供――。クダヤではその子供が必ず次代の領主になる。

 これは自治都市クダヤが内部から崩壊しないための決まりである。


 過去領主を輩出した一族の権力が強まり、クダヤが内部で分裂する事態にまでなった事があった。その時彼らは学んだのである。壁を崩されるのは外側からではなく内側から始まるのだと。



 複数の一族の力を持った者が領主になれば複数の援助も期待でき、また一方だけに便宜を図ることも起こらないだろうというわけだ。

 自分達の一族の力を持った領主ではないにしても次代の力はどうなるか、誰から産まれるかは予測もできない。そして現領主から次の領主候補が産まれる事も、複数の力の保持者が同時期に産まれる事も今まで無かった事がこの決まりをより強固なものにしている。






「ま、特に普段関わらねーんだから、今日はついてるぜくらいに思っとけよ。珍しいもん見たってな!」



 そう言い、カセルは笑っている。



「……そうだな、こういう状況じゃないとお姿を見ることもないもんな」



 お気楽なやつめとも思うがカセルのいう事にも一理ある。



「じゃあ俺、みんなの飲み物でも新しく持ってくるよ」


「助かる! よろしくな」



 自分の今出来ることを精いっぱいやろうと準備のために部屋を出た。







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