ある男の回想録2:見なかった事にしたい
視点変わります。
神の島に光の柱が立ちのぼったその日、俺は完全武装した母と祖母に率いられる形で城壁内に退避した。
「おい! アルバート!」
声を掛けてきたのは幼馴染のカセルだった。
「あれ見たか? すげーよな!」
いつも楽しい事を追い求めているカセルらしいセリフだ。その大きな目は相変わらずきらきらと輝いている。
「そりゃあまあ……こんな事は聞いたことも見たことも無いけどさ。ちょっとはしゃぎ過ぎじゃないのか?」
そうカセルを少し窘める。
カセルは風の一族の力を継いでおり、なおかつ先祖返りと言われる程の力を持っていた。
将来は風の一族をまとめていく立場になると思うのだが、この性格は一向に落ち着く様子がない。
「そんな事言ったってあんなすげーの見たことねーし! 何が起こるんだろうな!」
そう言ってはははと笑う。
カセルの能天気な性格には困らせられる事もあるが、救われる事も多い。
「何事も起きないのが1番だけどさ……、明らかに異常な事態ではあるよな」
「それにしてもお前んことの母さんとお祖母さんどうしたんだよあれ。すげえかっこいいな!」
指をさされて笑われている。いや、俺もどうしたんだよって言いたいよ。
「うるさいな。またどっかの国がちょっかい出してきたんじゃないかって、喜々として着替えてきたんだよ。俺もびっくりした」
「あーそっか。お前んちの女性陣すげーもんな! でも今俺の一族が塔に詰めて遠見の装置を作動させて監視してるから何かあったらすぐ分かると思うぜ」
「お前こんなとこで何してんだよ。お前が1番遠くまで見渡せるだろ」
こういった事に最も適しているのはカセルのはずだ。それがなぜ下に降りてきているのか。
「お前を探してたんだよ。ほら、どうせしばらく塔で監視し続けなきゃいけないから話し相手が欲しくてさ」
「なんだよそれ。何の役にも立たない俺が塔に詰めてるのおかしいだろ」
「大丈夫だって! お前は“理”のローザの孫なんだから」
カセルはそう言うが、祖母の力を受け継いだのは孫のうち兄2人で俺には特に何の力もない。
姉は力こそ受け継がなかったが薄紫の珍しい瞳の色をしており、美人で豪快で力も常人より強い。
技の一族でもないのだが、とにかく姉も優秀な部類に入る。
「すごいのは兄さん達と姉さんだけだよ」
「何言ってんだよ! お前、爺さんに似た名前付けてもらってすげえ可愛がられてるだろ?」
「そりゃ可愛がってもらってるけどさ……」
生まれた時に、茶色の髪で赤みがかっているとはいえ茶色の目をしたごくありふれた俺を見て不憫に思ったに違いない。
「ま、深く考えんなよ、大丈夫だって。じゃ行こーぜ!」
何が大丈夫なのか、カセルは俺の背中をどんどん押して連れて行こうとする。
「おい! ちょっとまてよ……! じいちゃん! カセルと一緒に城の塔に行ってくるから2人をよろしくね!」
「あっ! アルバート! お父さん達に渡してきてちょうだい!」
祖父に挨拶をしてカセルについて歩き始めると、母がサンドイッチが入ったバスケットを渡してきた。
「わかった。あんまりじいちゃんを困らせないようにね」
母はまたウインクして「分かったわよ」と言うが、絶対分かってないと思う。
カセルの騒がしい声を聞きながら、城の書庫に向かう。
城へはカセルが一緒だったからかすんなりと入れた。さすが次代の族長候補。
父さん達が避難していたらどうしようかと思ったが、書庫にはたくさんの人がいた。
みんな机にかじりついて様々な書物をめくりながらも、時々真剣な顔で討論している。
光の柱について過去の文献を調べているのかと思ったが、漏れ聞こえてくる会話を聞いて違うとわかった。
「――この文字は『空』を表す古代文字のはずだ。ならこの術式は飛行に関しての術に関係している可能性が高い――」
「いや、しかしこちらの部分の古代文字は未だに解明されていないので――」
全然違った。
光の柱の事なんてちっとも気にしていない。
この人達の情熱凄いなと思いながら手持ち無沙汰にぱつんと立っていると、上のレオン兄さんがこちらに気づいた。
「よお! どうしたんだアルバート?」
その声につられて父と下の兄もこちらを向いた。
「これ、母さんから。それより避難しなくていいの? 神の島見てないの?」
兄にバスケットを手渡しながら問いかける。
「ああ知ってるよ。神の島に光の柱が現れたんだって? そんなの神の島が俺達に何かするわけないだろ。それよりこっちの方が大事だって」
きっぱり言い切りながら早くもサンドイッチをもぐもぐ食べている。
バスケットには大量にサンドイッチが詰め込まれていたのでみんなにも配り、いったん休憩するようだ。
「兄さん、本を汚さないで下さいよ」
そう言いながらルイス兄さんはレオン兄さんから本を遠ざける。
「アルバートありがとう」
父も休憩するようで席を立ちこちらに寄ってくる。
「アビーは大人しくしているか」
アビーとはアビゲイルの愛称、つまり母の事だ。いつも思い立ったらすぐ行動、の母親を広い心で受け止めている。
嫁に逆らえないともいう。
「父さん、母さんとばあちゃん完全武装して城に避難してきたんだよ」
「そうそう。あれ、避難っていうか乗り込んできたとも言えますよ! いやあ城の守りは万全ですね!」
笑いながらカセルは無責任な事を言う。
「えっ……。――――父さんちょっと爺さんの様子見てくるな」
慌てて父が書庫から出て行く。これからあの2人の装いに精神ががりがりと削られることだろう。
「じいちゃんも父さんもいっつも大変だな~」
「兄さんもその大変さをさらに増やしてますけどね」
笑っているレオン兄さんに、ルイス兄さんが冷静に言葉を挟む。
これもいつもの事なので気にせず塔に向かうことにする。
「俺これからカセルに付き合って塔に行くから。解読ほどほどに頑張って」
おう、と手を振る兄達に背を向けて歩き出す。
階段を登り、やっとのことで遠見の装置がある部屋までやって来た。
「あー疲れた……。俺にこの高さの移動はきついよ」
カセルに文句を言いながらどうにか呼吸を整える。
「帰りは楽だぞ!」
カセルは気にせず、良かったな~なんて言っている。
前向きなやつだなと思いながらカセルに続いて部屋に入る。そこには初めて見る遠見の装置が置かれていた。
風の一族の者たちが覗き込んでいるのは大きな筒状の長い棒だ。それが部屋の全方位に配置されている。
「族長! アルバート連れてきたんで監視代わりますよ」
そう言ってカセルは神の島の方向に向いているひと際大きな筒を覗き込んでいる人物に声を掛けた。
「アルバート、すまんな。カセルのわがままで」
族長は振り返ってこちらに苦笑してきた。
「いえ、毎度の事ですから」
こちらも苦笑で返す。
風の一族の族長はすらりと背が高く、さらさらの薄い水色の長い髪をしている。
カセルも赤毛ではあるが、これまた肩までのさらりとした髪をしており、風の一族はたいていが同じ髪質だ。
“一族”の人間は総じていつまでも若々しく長生きするものだが、特に風の一族はその特徴が顕著だ。
例にもれず、風の族長も老人とは思えない若さを保っている。祖母と同年代のはずだが20代と言っても違和感が無いのが恐ろしい。
「ではカセル、こちらを頼む。私は領主様の所に一度報告に行ってくる」
「任されました!」
力強く答えるが不安になるのは俺だけだろうか……。
カセルは俺に話しかけながらも真面目に監視を続けている。
何名かで大体同じ方向を見ているので見逃しはないだろう。
少し遠見の装置を覗かせてもらったが、筒の手元に術式が施されていて、近づけたり遠ざけたりも出来るようだ。昔の人はこんなすごい装置を生み出せたんだからすごいよな。今じゃあ不可能だろう。
ただ神の島をもっと近づけて見ようと思っても島周辺はぼやけて見えなくなってしまうらしい。島を守る何らかの力が働いている証拠だ。
みんなの飲み物を入れたり、食事を運ぶ手伝いをしながら神の島を見ていると当然光の柱が消えた。
「おい! カセル! 光が消えた! 島はどうなってる!?」
遠見の装置を使わなくても光の柱が消えたのははっきりと確認できた。
「ん~? 特に消えた以外の変化はないな……。てか、神の島周辺はぼやけてあまりよく見えねーんだけどな!」
わははと笑うカセルを見ていると少し落ち着いてきた。
「そっか。それもそうだよな、特に何も無いといいな」
しばらくこれまでのような状態に戻った神の島の監視を続ける。
もう何も起きないんじゃないかと安心しかけた時、神の島の巨木が色とりどりに一瞬光ってまた消えた。
「光った!!」
「おー、なんだあれ。すげえ綺麗に光ったな」
まったく慌てる事のないカセルが少し憎たらしい。
「おい、慌ててる俺がおかしいみたいじゃないか。少しはお前も慌てろよ」
つい文句も言いたくなる。
カセルはなんだそりゃと言いながら笑っている。
監視を続けながらカセルとあの光の謎をあれこれ予想し合っていると、風の族長が戻ってきた。
「領主様が今日は皆城壁内で寝泊まりするようにと」
「あの最後の光は結局どう判断されたんですか?」
「領主様も、“一族”の年寄り達もあんな光景は見た事も聞いた事もないそうだ。もちろん、光の柱に関してもそうだが――。念の為しばらくは城壁内で寝泊まりする事になるかもしれん」
「了解!」
みんなで寝泊まりなんて小さい頃を思い出すな~、なんてのんきに言ってくるカセルを見ながら、先の読めない現状に不安が募っていった。




