力の使い道
今日もブレンドティーの売り上げは好調だったが、1人で何とかなる程度のほど良い忙しさだった。
変わったお客さんがいないだけで随分と平和だわ。誰とは言わないけど。
そろそろお店を閉めようかと考えていると、ボスからジーリさんがやってくると教えてもらった。
「ジーリさん?」
予期せぬ名前が出てきたので不思議に思ったが、ちょうどいいのでジーリさんが来てから店を閉める事にした。
「何か困った事はない?」
お客さんも途切れたので残り少ない商品をまとめていると、優しい笑顔で背をかがめながらジーリさんがお店に入ってきた。
「こんにちは。大丈夫です、ありがとうございます」
「良かった」
外見にそぐわぬこの中身の柔らかさ……素敵。ネコ科だし。
さすがアレクシス親分の選んだ人だ。
「今日営業する事は誰にも言ってなかったんですが、もう広まってますか?」
ジーリさんに気になっていたことを質問すると、苦笑しながら教えてくれた。
「ジョゼフさん達の新しい家の隣に騎士の詰所が出来るって話覚えてる?」
「はい」
「実はヤマチカちゃんがお店を開けたらご近所さんから詰所に報告が入るようになってるんだ。俺の仕事は伝令のような役割がほどんどだから今日も……あっ安全の為だからね! 気を悪くさせちゃったらごめんね……」
「……なるほど」
これは確実に街1番のお偉いさんの仕業とみた。職権乱用の見本みたいな事してるな……。
それにしてもネコ科の困り顔は癒されるな。背が高すぎて首がそろそろつりそうだけど。
「報告は構わないんですが……領主様にもう伝わってますかねえ?」
今にもすっと顔を出しそうな予感がする。
いや、すっとじゃないな。気配を消してくるからぬっと顔を出すが正しいな。
「まだミナリームから来た人達と話をしていると思うからどうだろう? 港にいる一族の人に伝言はお願いしてあるけど」
「そうなんですね」
さすがにあんな大々的に御使いに頼まれた事は投げ出さないだろうから大丈夫か。
「あのジーリさん、ちょうど店を閉めようと思っていたので、この後ミナリームの人達の様子を確認できるよう力を貸してもらえませんか? ――御使い様と守役様にも住民目線で報告したいので」
声を潜めてお願いしてみる。
すんません、本当はアルバートさんと幼女の2人を見たいだけ。実際には小学生くらいの女の子みたいだけど。
あと新妻(予定)の彼女。
「うん、話は聞いてるよ。御使い様と守役様の為だし任せて」
こちらの思惑に気付く事もなくキラキラしい全力善意笑顔のジーリさん。
少しだけ反省。
港行きが決まったので、営業中の板を準備中に変え閉店作業を行う。
ジーリさんが簡単な掃除を手伝ってくれているが、姿を現したこじんまりが偉そうにジーリさんを監視するのが気になってお金を数える作業がついつい疎かになる。
アルバートさんほどぐいぐい絡みには行かないが、あんな近距離で足元をうろうろされたら邪魔だ。特にダクス。
でもジーリさんは嬉しそうに自己紹介をし、楽しそうに掃除をしているので問題は無さそう。
ネコ科の涙目という貴重なシャッターチャンスを逃した事の方が問題。
「あ、あれアレクシスさんに似合いそうです」
「ほんとだ」
港まではすぐだが、その間にお店はたくさんある。
アレクシスさんに似合いそうなアクセサリーや帽子を見たりしているとあっという間に執務室がある建物に到着した。
ジーリさんはアレクシスさんにブレスレットを買ってにこにこしていた。あーこんな旦那さん欲しい。
ちなみに私は甘いお菓子のような物を買ってもらった。完全に子ども扱い。いいけどさ。
「ちょっと様子を見てくるから待っててね」
そう言ってジーリさんは建物の中に入って行った。
「(ボス、今の状況は?)」
周りの景色を眺めるふりをしてボスに話しかける。
「(ありがと)」
まだ話し合いは終わってないみたいだ。
「あ!!」
「ひっ」
突然大きな声が聞こえ体がびくっとはねた。
なんだよと思いながら視線を向けると、さっきジーリさんが入って行った場所から地の族長のガルさんと数人の騎士らしき人が出てきた。
あの感じ……全員ネコ科だわ! 素敵な偶然。
「どうした~?」
迷いのない足取りでずんずんこちらに近付いてくるガルさん。
視線があちこち飛んでいるのは守役様を探してるんだろうな。
「お店の営業を終えてジーリさんに連れて来てもらったんです」
周りに人もいる中でなんと説明していいのか迷ってとりあえずジーリさんの名前を出す。
「今日店やってたのか! 行けなくてごめんな~!」
「族長知ってる子ですか? ジーリの知り合い?」
大きな声で話すガルさんに、こちらを興味深そうに見てくる騎士達。
いつの間にか囲まれてるんですけど。
追い詰められた容疑者みたいな立ち位置なんですけど。
「この子はヤマチカ屋のヤマチカだ!」
とても簡潔な説明だったが、それだけで騎士の人達には伝わったようだった。
「ああ~あの」
「こんなに若いのにすごいな」
好意的な視線を向けられてどきどきする。
だって好みの外見なんだもの。仕方がない。
とその時――
「はる、左上見て」
突然のチカチカさんの言葉に反射的に視線を動かすと、建物の2階の窓から人が飛び降りるのが目に入った。




