ある男の回想録42:これから
今思えば嫌な予感はあった。
領主様が見た事のない様子で港の執務室に現れた時から。
「――もうお会いする事はないかもしれません」
あのお言葉がずっと頭の中で繰り返されている。
「――おい!」
「わっ……!」
いきなり大きな声が聞こえ手に持っていた本を落としてしまう。
「なんだよカセル」
のろのろと本を拾う。
「なんだよってなんだよ。ずっと呼んでんだけど」
「そうか……ごめん。それで……なんだ?」
俺の返事に大きなため息をつくカセル。
「ヤマ様が仰ってた馬だと思う。門の所でうろうろしてるらしいから確認に行くぞ」
「わかった……そういや領主様は?」
今この執務室には俺とカセルしかいない。いつの間に……。
「今日からヤマ様が拠点にお住いに――って言っても本当のお住いじゃないけどな、その最終確認に行ったぞ」
「そうか……」
あんなに落ち込んでいた領主様もしっかり仕事はされているんだ。
俺も早くしっかりしないといけない。
「お前なあ、今からそんなんでどーすんだよ」
「わかってるけどさ……」
「まだ先の話だろ? なら限りある時間を大切に過ごした方が良いと思うけどな~」
「そうだな……」
ヤマ様は出来るだけ長く神の島に滞在できるよう調整中だと仰っていた。
つまり猶予はあるという事だ。
しかしあまりにも突然の報告だったからな……。
まだ気持ちが追いつかない。
「お前はすごいな……」
「なんだよ。俺だってそりゃあ悲しいよ。けど俺達全員が悲しがっててもな~。ここでの生活を楽しい思い出として旅立って頂きたいだろ?」
カセルはすごい。俺とは違ってヤマ様の立場に立って考えている。
「……お前は素晴らしい族長になるよ」
「なんだよいきなり」
しかめっ面をしたカセルだが俺には分かる。これは照れている。珍しい。
「……よし!」
気合いを入れて確認に向かおう。
「お、あれだな」
もう遅い時間だが、大きい方の門はまだ開いていた。
おそらく知らせを受けた門の警護担当がそのままにしておいてくれているのだろう。
「確認に来ました」
「よ、カセル! この馬達は何なんだ? 鞍にミナリームの紋章がついてるが……」
ヤマ様が仰った通り馬はミナリームの人間が使役していたようだ。
「しかもこれ軍馬だぞ」
「みたいですね」
あの時「なぜミナリームの馬が?」という問いにははっきりとお答え頂けなかったが、まさか軍馬だったとは……。
「持ち主がわかるようなものは?」
「ない。斧が数本入ってるだけだ」
「そうですか。ではこちらで貰い受けますね。一時的に領主様預かりになりますが」
「だな! こいつらの意思でクダヤまで来たみたいだしな~。頂いちまおう!」
わははと笑いながらさっさと鞍を外している門の警護の人達。明るい山賊に見えなくもない。
斧は粗悪品のようで、技の一族が研ぎ直すらしい。
「魔物の件で警戒は強めているが、念の為ミナリームの動きにも気をつけておくよう言っといてくれよ」
「領主様に伝えておきます」
「頼んだぞ。――アルバートは馬に乗れるよな? 大丈夫か?」
「なんとか……」
俺の出来なさ具合はいったいどこまで知れ渡っているんだよ……。
カセルも笑い事じゃないぞ。
1番気性が大人しそうな馬に乗りゆっくりと港に向けて歩いて行く。
カセルは1頭に乗りながらも残り数頭分の手綱を持ち操っている。すごい。
「ヤマチカさんの店に寄ってくか?」
「え、でもさっきも……」
ヤマ様から大事な話をされた時、俺と領主様の様子があまりにもあれなので今後の詳細については落ち着いてからという事になったのだ。
「今後の話じゃなくて馬の報告で行けばいいだろ? どうせ港に向かう途中だし」
「そうか……そうだな」
「もう店にはいないかもしれないけどな~」
楽しそうなカセル。
これまで以上にヤマ様と守役様にお会いできる機会を逃さないつもりのようだ。
そうだな。俺も神の御子をこの目で拝見できる奇跡のような時間を満喫しないとな。
「――やった。まだいらっしゃるぞ」
ヤマ様の店近くまで来たらカセルには室内に灯りが点いているのが見えた様だ。
いきなり馬の足を速めた。
「ち、ちょっと待て……!」
慌てて俺も馬に速歩の合図を出す。
この馬は賢いようで、俺の命令もすんなり聞いてくれる優しい馬だった。
そもそも目がとても優しい。
遅れながらも店に到着した時には、カセルはもうすでに店の裏に馬達を繋いでいるところだった。
「アルバートさんも馬に乗れるんですね。かっこいいですね」
裏口には笑顔のヤマ様が顔を覗かせており、突然の褒め言葉に俺はどうしていいかわからない。
「は、はい……あの……」
「お褒めのお言葉ありがとうございます。――アルバートさっさとつなげよ」
おい! なんでお前がお礼を……!
カセルを睨みながら馬を繋いでいると、ヤマ様が馬の食事らしきものを持ってきた。
室内の水桶が浮いているのは守役様のお力なのだろう。
「わ、食べた食べた」
嬉しそうに馬に餌をやっているヤマ様。
その様子はいつもより少し幼い感じがする。
カセルは自然とヤマ様と楽しそうに一緒に餌をやっており俺も見習おうと思ったが、地面に置いてある餌を取ろうとするとその餌が少しずつ動いて中々手にできない。
「…………」
「どうかしました? ――――なるほど」
俺の中腰の変な動きを目に止めたヤマ様が、餌がさっと動くのを見てすべてを察したようだ。
「これを」
慈愛に満ちた眼差しでお手元の餌を俺に手渡すヤマ様。
なぜだろう……泣きたい。
「中にどうぞ」
ヤマ様が満足されたご様子なので俺達も裏口から店に入れてもらう。
「あ……」
「アダム様、またお会いできて光栄です」
男性の守役様が店内にいらっしゃった。
俺も慌てて挨拶をする。
しかし予想通りアダム様はこちらを一瞥しただけだった。
「気にしないでくださいね」
「はい。良い匂いがしますがお食事のお邪魔でしたか?」
確かに先程から良い匂いがしており、炊事場では手先の器用な大きな守役様が鍋の中身をかき回している。
すごいな……。お器用だな……。
「いえ。これは夜食の差し入れ用なんです」
「差し入れですか?」
「拠点建設の方々に服の仕立てもお願いしてますので。後で一緒に差し入れに行きませんか?」
領主様のあの眼光が思い出されたが、俺とカセルの返事はもちろん「はい」だ。
断る理由がない。
申し訳ありません領主様……!
ヤマ様は俺達が来るまで考え事をしていたようで、通された2階の机の上には何かを書き散らかしたような紙がたくさん置いてあった。
「そうだ。お2人がかっこいいと思う武器ってどんなものですか?」
「武器ですか?」
「大きい目立つもので。――これなんかどう思います?」
いそいそと紙をこちらに見せて下さるヤマ様が一瞬母や姉、祖母の姿にかぶって見えた。
俺の周りの女性はなんで武器の事をこう喜々と……。ヤマ様は女性というか神の御子だが……。
しかしカセルと楽しそうに武器についてあれこれと話しているヤマ様を見て――たまにアダム様に頬をつねられていたが。見ているこちらがひやひやした――俺は改めて自分の恵まれた環境に感謝をした。
限りある時間を大切にだよな、カセル。
「あっ……も、申し訳ありません……!」
……お別れの際には守役様のこの威嚇も喜ばしい事に思えるといいんだが。
「あ! また! ――すみません」
「いえ……!」
「お前はいいよなあ~」




