ある男の回想録41:知らない幸せ
「よお、お帰り!」
ヤマ様を無事店までお送りした後、帰宅し居間に入るとレオン兄さんが声をかけてきた。
「ただいま……」
なぜだか今は兄さんの顔を見たくない。ヤマ様に対して失礼な事ばかりして……!
「カセルもいるから解読でも手伝ってもらおうかな!」
「風の一族が役に立つのか~?」
笑いながら図書室に向かう兄とカセル。きっと商人としてのヤマ様についてあれこれと詮索する気なんだろう。
「アレクシス、男同士の話がしたいから後でじいちゃんに声かけてくれよ。あ、男同士の話だからお前は来るなよ! もちろん母さん達も」
「ちょっと。ヤマチカちゃんの事本気なの?」
「当たり前だろ~」
……どうしよう。
とんでもない事を言いだした兄の両腕を掴んで揺さぶってやりたい。
俺の力で揺さぶれるかはわからないが。
「……本気ならいいけど悲しませたら許さないわよ」
この家の女性達の『許さない』は言葉以上の威力があるので恐ろしい。
「兄さんどういう事だよ……!?」
図書室の扉が閉まった瞬間兄に詰め寄る。
「何が?」
「ヤマチカさんの事だよ! あんなに話しかけて……!」
「なんだアルバート、嫉妬してるのか?」
「ちっ……!!」
この会話は守役様、しいてはヤマ様ご本人に筒抜けなんだぞと叫びたい……!
「アルバート、そうなのか?」
父さんまで……。
「違うよ! だって女性の事なんて適当に相手してた兄さんがヤマチカさんに……あんな……!」
「おい、人聞き悪い事言うなよ」
「そうですね。兄さんは誠実な適当さですから」
「ルイスは上手い事言うな~」
「カセル!」
兄とカセル達には口では敵わない。
悔しくなって何も言い返せないでいると、父がなだめるように説明してくれた。
「レオンはヤマチカさんの将来を見据えてこういう態度をとってるんだよ」
「え……? どういう事……?」
将来を見据えてなんであんな態度になるんだよ。
「あの子、このままずっと1人で生きていくつもりだろ?」
「……だからどういう事?」
「よし! まあ座れ弟よ」
はははと笑いながら肩を組んでこようとする兄を押しのけながら言われた通り席に着く。
そして父達もそれぞれ席に着いたところでレオン兄さんの説明が始まった。
「じゃまあ説明すると――」
兄の説明は驚くべき内容だった。
力を自分の代で終わりにするという事は、子供を産まないという事だ。それは結婚をせずにずっと1人で暮らしていくという事でもある。
それはあまりにも可哀想だというのだ。結婚をしないという選択をする人もいるのだが……。
兄いわく「恋人がいたら子供が出来る行為をしたくなるもんだろ? だからあの子はそういう存在もつくらないつもりだ。だから俺は表向きは夫、本当は友人としてあの子を守る」という事だった。
やめてくれと叫び出さなかった自分を褒めたい。
なにがどうなってその考えになるんだよ……! 絶対に守役様の存在が関係しているはずだ。
そりゃあ周りから見たらずっと1人で暮らしているように見えるだろうが実際は違う。
守役様が傍にいていつもお護りしているんだぞ……! 神の御子だし本当のお住まいは神の島だ!
これは次にお会いした時に守役様からお叱りを受けるのは間違いないので今から心の準備をしておかないといけない。
「――ま、なんだな。俺は一族だし十分あの子を守れる。カセルみたいに一族の将来を担う人材って訳でもないからそこまで目立たないし。なにより義理の家族の女性陣が最恐だから安心だな!」
「同居すると守役様が心置きなく守護できませんので隣に家を建てた方がいいかもしれませんね」
「一族とそうじゃない者の間には子供が産まれにくい場合も多々あるので怪しまれずにすむだろう」
「俺は一生誠実であり続けるから安心しろよアルバート!」
俺の拙い反論はことごとく言い負かされ、どんどん話が望まない方向に。
面白そうに事の成り行きを見守っているカセルに助けてもらおうとした時、祖父がジーリ義兄さんを連れて図書室にやってきた。
「男同士だからジーリも連れてきたよ」
「でも恋愛の助言は期待しないで欲しいなあ」
ジーリ義兄さんがこれから大変な事を知らされると思うと不憫でしょうがない。
でもヤマ様は「ジーリさんだけ仲間はずれなのは良くないので正体を教えても構わない」と仰っていた。
ヤマ様は地の一族の容姿がお気に入りのようだからな。
「ジーリ、アレクシスに隠し事できるか?」
「そんなの無理だよ」
即答するジーリ義兄さん。
「だよな~!」
あの姉相手だからな……。
「じいちゃんは?」
「錆びついてはいるが……貴族としての教育を受けて育ったから何とかなると思いたいな」
貴族は感情を悟られないよう訓練をするという話を聞いた事がある。
祖母相手に通じると信じたい。
「レオン、ジーリに関しては一族の血を信じようじゃないか」
父の言葉で祖父と義兄への説明が始まった。
「――どうしよう……すごい事を聞いて……でも守役様のお姿をそんな近くで拝見できるんだ……!」
「不思議な事もあるものだねえ。ヤマチカさんの力とはどんな力なのかな?」
話を聞いた祖父と義兄の反応は正反対だった。
義兄は妻にばれないかという不安と守役様の存在を傍に感じられる嬉しさで落ち着かない様子だし、祖父は知識欲を刺激されたのかとても興味深そうに父に質問をしている。
「なんだか……簡単に信じたな……」
ついぽつりとカセルに本音をもらしてしまう。
「そりゃあ実際にお姿を見たわけだし、ジーリさんは一族だからな!」
「そうか……」
やはりクダヤの民はクダヤの民だな。
そして話はまた望まない方向へ――
「結婚するの!?」
「ジーリ声がでかい」
「ごめん! でも……」
「もしそうなれば近くに家を建てる予定ですのでジーリさんもこの際近くに越してきてはどうですか?」
「妻の実家と家が近いのはジーリにとっては気を遣うかもしれないが」
「あ、あのさ――」
ヤマ様のご意思を無視してどんどん話を進めて行く家族にたまらず口を挟もうとした時、祖父が先に言葉を発した。
「ヤマチカさんの意思は確認したのかな?」
ぴたりと話を止める兄達。
「自分の知らない所で自分の結婚話が進んでいたらきっと驚くだろうね。ここはクダヤの街だよ。貴族でもないのに周りが勝手に人の人生を決めるなんておかしいと思わないかい?」
「でもじいちゃん俺は一族だし顔も悪くないしヤマチカちゃんも悪い気は――」
「お前達は恵まれた一族であるが故に他者への配慮がおろそかになる事があるね。ジーリとカセルは別だが」
祖父は物腰柔らかで笑顔だが、どこか逆らえない雰囲気で父も兄達も俯いている。
「エスクベル様に関する事だから血がそうさせるんだろうが、そういう時こそ自戒した方がもっと魅力が増すと思うんだがなあ」
「すみません……」
「確かに配慮に欠けていました」
「この年でじいさんに諭されるとはなあ」
すごい。あんなに騒がしかった兄達が一瞬で大人しくなった。さすがだ。
「ローザとアビゲイルの思い切りの良さ、素直さも受け継いでいる証拠だから上手く活かしなさい」
「そうですよね! まあヤマチカちゃんに断られたらその時はその時だな!」
「兄さん、魅力を磨いてください」
「何度も挑戦する事に意味があるからな」
立ち直りの早さも祖母と母の血を受け継いでいる証拠だな……。早過ぎる。




