観察力≠適切な気配り
「ただいまチカチカさん! さっきレベルアップ祭りだったんですけど――――」
家に駆け込みながらチカチカさんに話しかけている途中で、広くなった部屋が目に入った。
「うわ! これってキッチンですか?」
今まであった部屋の隣に新しい空間ができていた。扉はなく壁が埋め込み型の棚になっており、その反対側の左側の壁に沿って、穴がいくつかあいたレンガを大きくしたようなものがあった。
これ……かまど? 右上のこの丸い穴2ヵ所にお鍋とかのせて、下の空間で火をおこせば調理出来そう。横のスペースは作業台だろうな。でこの左端のスペースが水道はないけどシンクかな? そして部屋の奥には健康水の溜まる聖杯が。
しっかりキッチンとして使えそう。ただ、材質が木のようだし燃えないか心配。あと換気も。
「チカチカさんありがとうございます! このかまどは火で燃えませんか」
チカチカッ
「あと、次のレベルアップでキッチンに窓は作れますか」
チカチカッ
よし。これで問題はない。巨木は見た目は木だが未知の謎素材で出来てるんだろう。
しかしこのシンクから流れた水ってどう処理されるんだろう。巨木パワーでなんとかなるのかな? 現代の水回りしか知らないけど、歴史上の水回りも近い形にはなってたのかなあ。下水道とか大昔から存在していた形跡もあるしね。
ここに来てからトイレに行きたくならないから大丈夫なんだけど……、トイレないと大変だよねー。
今後もしトイレの可能性が出てきても野外の覚悟は完了してます。
クローゼットに入れてあった食器類をひとまずキッチンの棚に移す。もしかしてチカチカさんは私がクローゼットに食器をしまっているのを見てキッチン作ってくれたのかも。優しい。
後はささっと2階を確認してみんなの所に戻ろう。
階段をのぼってベッドルームの扉の前に。扉には――
HARU’S ROOM ♡
うん……。いいんだ……。好意しかないのはわかってる……。ハートを使いたかったんだろうというのもよくわかる。私が悪いのか? 昭和の少女漫画のにおいを感じるのは私だけなのか?
<地球>さんといい、チカチカさんといい、いったいどこの時代が彼らの琴線に触れたんだろうか。昭和なのか。
「へぇ~、英語のつづりわかるんですね~」
下手に褒めると同じ事を繰り返しそうなので的を外した感想を返した。チカチカさんの事好きだしお世話になってるし頼りにしてるけどこれとそれは話が別なんだ。ごめん。
そして、部屋の扉にはノブがついていた。すっごい精緻な模様が刻まれているノブだけどね。
確かにドアノブがあればいいなとは思ったけどさ。さては、チカチカさんは性格より外見重視なタイプなのかしら。
部屋に入り靴を手に持ちテラスに向かう。
テラスに出ると、木陰になる場所にテーブルセットがお目見えしていた。イスは4脚ついていてゆったりできそうな大きさだ。外見重視なチカチカさんだけどセンス良いなあ。植物の葉と花を模った上品な彫刻がされている。すごく素敵。
さあ、これで全体的に家の確認は終えたのでみんなの所に戻ろうか。
チカチカさんに挨拶をすませ、巨木に沿って作られている外階段をおり玄関に出る。とても乗り気というわけではないがボスに再度のせてもらおう。今度ははじめから目を閉じてやり過ごすことにした。
そして、空中飛行は近距離ならともかく長距離だと心身ともに負担が大きすぎて無理だという結論に達した。
じっとりと汗をかきながら砂浜に戻ってきた。みんなは海水浴中のようで楽しく泳ぎ回っていた。
癒される。
ふらふらしながらボスから降り砂浜に座り込む。パラソルが欲しいなーと思っていたところ、ボスが傍に寄って日陰を作ってくれた。すごく贅沢な日陰。
「ボスありがとう」
金属のような皮膚に頬を寄せてお礼を言う。ひんやりしていて気持ちいい。もう怖くないよ。
この砂浜、というかこの島はもしかしてドーナツ状になっているのかな? 砂浜は崖と背の高い木々によって囲まれているので島の外部からはそう易々とここは見えないだろう。まさしく隠れ家。
崖の1部分が崩れていて、そこが唯一の外海への出入り口になっているようだ。
ぼんやりと休憩していると、ダクスが何やらお腹の上で腕を上下に振っているのが見えた。
あの子は何をしてるんだろうと見ていると、それが、ラッコがお腹で貝を割っている時の動作に似ていることに気が付いた。そっか、ラッコダックスだもんね。ご飯かー。
ふむふむと納得していると、ダクスがお腹から何かを掴み口にくわえてこちらに走ってきた。
そして私の足元をぐるぐる回りはじめた。うん、アピールが激しくてよろしい。
頭を撫でていると、口からペッと何かを吐き出した。
「何これ? 真珠っぽいけど……」
白く光沢があるまあるい石。とても綺麗。今さっき口から吐き出されたけどね。
「すごく綺麗だね。くれるの? ありがとー」
石を海水で洗おうと屈みこむと、ダクスに服の裾を引っ張られた。どうやら他にも見せたいものがあるようだ。
ダクスについて行くと、砂浜の端、崖付近に低木の植物がちらほら生えているあたりを猛然と掘り始めた。
短い手でがんばってるな~と見守っていると、掘り終ったようで鳴いて知らせてきた。
「いっぱいあるじゃん! 黒にシルバーにゴールド……、ピンクゴールドもあるね。あ! グリーン系もある」
掘った場所を覗くとそこには、淡いパステル色の石達がたくさん埋められていた。
「ダクスが集めたんだ。すごいね! 潜るの上手なんだね」
背中を撫でながらダクスを褒める。こんな小さな体で頑張ったね。
ダクスはこの真珠らしき石を私の為に集めてくれたらしい。話を聞くと、ダクスは気づくとこの砂浜にいたが、何をしていいか特にわからなかったのでお客様の為に真珠を集める事にしたようだ。
「ダクスって役割とかないの?」
1番の島歴のボスに聞く。すると、ダクスは私がここに来る数日前に砂浜に現れた事が判明した。
それって私のこんにちは異世界と因果関係ありまくりだよね。
いつの間にか集まっていたみんなにも話を聞くと、お客様が来るよ~と伝えられた数日前にダクスが現れたのはみんな認識していたらしい。
特に役割もなく誕生した島の住人かあ。後でチカチカさんに聞いてみよう。
「砂浜に現れたダクスが特に役割がないなら、ここはロイヤルの担当なの?」
そう尋ねると、ロイヤルはキュッと返事をしてくれた。
……見た目に似合わず鳴き声可愛いな。カッコかわいい。私がダサかわ(自称)だからお揃いだね。
「どんな役割があるの?」
「キュッ」
ふんふん。ロイヤルはこの島周辺の海域の監視役のようだ。大元の監視役はボスで実動隊がロイヤルといったところかな。
水に関しての能力があるらしい。
「ひょっとして水出せちゃうの?」
期待を込めて質問すると、ロイヤルは任せろと言わんばかりに空高く飛び上がり、回転しながら羽から水を噴出させた。
「おお~……!」
イリュージョン! キリリとしたロイヤルには申し訳ないが、彼は今後キッチンでも活躍してもらうことになるだろう。
みんなも頭上からロイヤルシャワーを浴びて楽しそうだ。
みんなとわいわいやっていると、水を出し終わったロイヤルが急に海に潜りどこかに行ってしまった。
「ロイヤルどうしたの?」
誰ともなしに聞いてみるとボスから、すぐに戻ってくるという返答をいただきました。
待つ間ダクスが集めてくれた真珠を洗いながら過ごすことにした。みんなで手分けして――エンとボスはサイズ的に難しかったが――真珠を集め海水ですすぐ。後で真水で洗おう。そういえば当たり前のように受け入れてたけど海水はこちらも塩っ辛いんだね。
真珠を入れるものがなかったのでひとまずコップに入れる事に。そんな時にロイヤルは戻ってきた。
「あれ、ロイヤルなんか大きくなってない?」
よく目を凝らして戻ってくる様子を観察すると、羽に何か大きなものが刺さっているのが見えた。
「これテレビで見たことある!」
ロイヤルの羽に刺さっていたのは、下あごがゼンマイ状のノコギリになっている奇妙な魚だった。
地球産のものとは違うかもしれないが、絶滅した古代の生き物が今ここに。羽に刺されてるけどね。
それより何あれ。ナイフが羽から飛び出てるけど。暗器だ、暗器。
「これ食べるの? というか食べられるの?」
ロイヤルにどうぞと差し出された魚を見るが、私の両手を広げたくらいの大きさはある。
魚をさばいたことなんてほぼ無いし遠慮したい。じゃあ焼くかと考えたところでロイヤルから少し後ろに下がるよう指示された。
指示通り後ろに下がると、ロイヤルは羽ナイフを使って魚をスパンと切り始めた。
「魚さばけるの? はは……、すごいね……」
料理男子だ。この高スペックの彼(ペンギン)はどこを目指してるんだろう。
料理の腕についてあれこれ言ってきたりグルメ感を押し付けてこないように頼むよ。
そういうのは同好の士で集まってやるに限る。まあロイヤルは大丈夫だろうけど。
そうこうしているうちに魚をさばき終わったロイヤルさん、キリリと相変わらず。
「ありがとう! みんなで食べようか」
お店で売っているような綺麗な形にカットはされてはいないがそれでも十分すごい。
「いただきまーす」
ぱくりとひと口。醤油はないけど、見た目白身のお刺身のそれは食べなれたお味でした。ヒラメ?うん、美味しい。
みんなも嬉しそうに食べている。ボスはひと切れのみだけど。
マッチャは手を使って食べられるから寿司屋に来たおじさんに見える。いつもニコニコしてて食べるのが大好きな恵比寿様みたいなおじさん。
それにしてもダクスはよく食べるな。1番食べてる。尻尾が大興奮。
「たくさんあるから夜も食べたいね。涼しいところに置いておけば食べられるかなあ」
そう呟くとボスがいきなりバキィッと音をたてて自分のウロコ――もはや装甲だけど――を折り取った。
「何やってんの!? 痛い痛い!」
いきなりのご乱心ぶりに驚く。
しかしボスは何事も無かったかのようにそのウロコを私に差し出してきた。
「え、これくれる――、冷たっ!」
差し出されたボスのウロコはとても冷えていた。さっき体を触った時はここまで冷えてなかったのに。
「これで魚を冷やすの? あ、そっか夜も食べたいって言ったね私……。あ、ありがとう。優しいね……」
そう、優しすぎて私が貢物を要求する極悪非道の女帝に思える。
みんな身を削ってまでお客の私をもてなさなくてもいいんだよ。でも気持ちはすごく嬉しいありがとう。
ボスに聞くと痛みは全くないそうなので安心した。あ~良かった。
ボスの折り取ったウロコがあった場所を撫でさすりながら、早くウロコ生えろと祈った。




