変わり者
店内に戻りこそっとアルバートさんに「まずお1人これから」とだけ伝える。
珍しくこちらと視線を合わせて神妙に頷くアルバートさん。
共通の敵に立ち向かう連帯感。
緊張しつつも接客を続ける。
そして――
「痛」
入り口に頭をぶつけるというベタな登場でクラッシャーララウルクがやって来た。
いや、それよりも大事な事がある。
(背中に大剣……! 背中に大剣だ……!)
ベタな登場シーンを上回るベタなファンタジー装いでやって来た事に私はとても興奮している。
チカチカさんと島のみんなにこの思いの丈をぶちまけたい。
確実に嫌がられるだろうけどチカチカさんにしつこく自分の気持ちを伝えたい。
「商人のヤマチカ?」
いきなりの呼び捨て。
「そうですが」
上辺だけの笑みで対応する。
が、ララウルク首長は何も言葉を発さずこちらを見下ろすように眺めているだけだ。
「ごゆっくりご覧くださいね」
当たり障りのない対応をしてアルバートさんの方に近付く。
するとララウルク首長もすっと近寄って来た。え? ちょ、近。
というかなんかにおいを嗅がれてないか……?
「あの、何か……?」
おろおろしながらも私を隠すように立つアルバートさん。
やだ、男らしいアルバートさんだわ。さすがヒーローの孫。やればできる子。
私は頭に食い込んだキイロの爪でそれどころじゃないから頼んだぞ。
「あれ? 拝謁許可者だ」
今気づいた様子のララウルク首長。
「ここがヤマ様に献上する品を扱っているから手伝いですか? 一族のあの青年は? いるとは聞いてましたが拝謁のお仕事は今どうなっているんですか?」
怒涛の質問。
「手伝いです……。使者としてのお越しでしょうか?」
おお、アルバートさんが負けてない。いいぞいいぞ。
「店で商売を始めたと聞いたので買いに来ました。――変わった匂いがしますけどどんな香料をつけてるんですか? こんな匂いは嗅いだことがないなあ。それも商品? うちでも商売をする気はないですか? こんな事言ってたらまた怒られるかな」
矛先がこちらに……。それに臭いって何だ。
「見事な黒髪ですね。うちの部族の女性でもそこまで美しい髪はしてません。特別な手入れをしているんですか? 年はいくつですか? 私より年下?」
なにこれお見合い? そのうち趣味とか聞かれんの?
「アルバートさん、私って変な臭いします?」
話を逸らしたいし何よりも臭いの話が気になりすぎる。
お風呂毎日入ってるんですけど。石鹸も使ってるし。
くんくんと自分の臭いをかいでみるが特に変な臭いは発していない……と思いたい。
「いえ! そんな事ありません! 良い匂いです……!」
「あ、そうですか……」
今気づいたけど御使いに逆らえない人間にとんでもない事を言わせてるな……。すまん。
「特別な事は何もしていません。ごめんなさい、お話はクダヤの一族の方を通してください」
女性芸能人みたいな事を言いながらさらりとその場を離れる。
が――
「ヤマ様を見た事がありますか? 私は一度見た事があるんですけどすごいですね、空を飛んでました。私達の言葉まで話せるんで驚きました」
しつこっ。
いい加減迷惑だという事を伝えようとクラッシャーララウルクに向き直る。
背が高いから首が痛い。
「初対面の女性に対してその態度は失礼だと思いますよ」
「そうなんですか?」
「え?」
いきなりアルバートさんに話をふるクラッシャー。
この人ほんと人と関わってこなかったんだろうな……。男性女性関わらず質問攻めは失礼だと思うんだけど。
「無作法ととられても仕方ないかと……」
「じゃあ作法を教えてください。強さを示せばいいですか? それとも贈り物? 歌? 踊りは苦手なんですけど」
……それ動物がやるやつじゃないの?
店内のお客さんもどこか困惑した表情でこのやり取りを見ているしさっさと帰って欲しい。
ひと目見て他国民だと分かる装いも目立ってるし大剣だし。
「作法はご自分の家族にでも聞いてください。本日は何をお買いになりますか? 購入制限があるので早めにご覧ください」
この人ははっきりした態度をとらないとわからない人なんだと自分に言い聞かせ接客する事に。
「これが本日までの商品です。初めてならこれをおすすめします」
「じゃあこの店で買える商品全部買います」
ガルさんといい周りに富豪買い多いな……。
商品をささっと集めてカウンターに置き後はアルバートさんに任せる。
今のところヤマチカの方に興味が向いているようだから視界から消えた方がいいだろう。
「ありがとうございました」
塗り固められた笑顔で伝えキッチンに引っ込む。アルバートさん、健闘を祈る。
「――ねえチカチカさん、私臭いますか?」
「まだ言ってる」
「そりゃあんな事言われたら気になりますよー」
においって自分では気付きにくいからな……。
「あの人間は嗅覚が普通の人間より動物に近いだけだから気にしなくてもいい」
「えっそうなんですか? なんかやだな……」
いつも臭いを気にしなくちゃいけない感じがして緊張する。
でも臭いが分かっちゃうっていうのもそれもまた大変そうだ。
「あっチカチカさん大剣! 見ましたあの大剣? これぞファンタジーで――」
「3人分が来ようとしてる」
「あ、はい」
会話のキャッチボールの大切さ。
ふんっ、家に帰ってから話を聞いてもらうしー。
聞くところによると、使者来訪は門の警備担当からすぐにお偉いさん達に伝わったようだ。
そしてクラッシャーララウルクが街に入った途端勝手に行動している事も。
そりゃあサンリエルさんもここに来るよね。
アルレギアの人達も勝手に単独行動をしている事に怒っているし。自国で、だけど。
「王女様は?」
「来る」
「あー……」
賑やかさでアルバートさんの気が少しでもまぎれると良いけど。
「じゃあ店に戻りますね。今日はありがとうございました。かっこよかったです。次は銀髪で私を守る騎士みたいな――」
私がまだ話しているのにすっと消えたチカチカさん。おい。
ダクスがやる威嚇の顔をしたら眉間に触れられた感触があったので空中で腕を振り回しておく。無駄だけど。
いいじゃん、憧れシチュエーションの夢叶えてくれたっていいじゃん。
「……うわ」
店内に戻った途端つい声が漏れてしまった。
あの人がまだいる。
そしてアルバートさんの近くできょろきょろと店内を見回している。
「あ」
「――お買い物はお済みですか?」
気が進まないけどこっちに向かってきてるから話しかける。
「神の気まぐれはもう売れてしまったようで残念です。もうクダヤに移り住んでいるんですか? 農地はユラーハンのまま? ユラーハンの人も気にしてました」
あーイベントと関係のない報道陣の質問を遮る司会者が欲しい。もしくはマネージャー。
アレクシス親分とか適任だよね。
「そういえば使者だとか……? どちらの国からお越しなんですか? 名前はお伺いしても?」
とりあえず質問を質問で返す戦法。全部知ってるけど。
「ララウルク。アルレギア連合国家のララウルク族です。使者です。あ、でも買い物が目的」
「ララウルク族のララウルクさん?」
夜の蝶のお姉様達の話術を思い出すんだ。
知っているけど知らないふりをして男性の自尊心を満足させる感じのアレ。
「部族の首長は代々部族の名前を引き継ぐんです。ひとまず今は私が首長です。父親が首長だったので亡くなったと同時に引き継ぎました」
「えーそうなんですか。すごーい。えらい人だー」
サンリエルさん早く来い。
こんなにサンリエルさんを待ち望んだ事がこれまであっただろうか。
そしてアルバートさん、戸惑った顔でこちらを見るのやめて。
その後も「へえー」「そうなんですかー」「すごーい」を駆使して質問をかわしているとようやくサンリエルさんがやって来た。
助かった。後で普通味スープでもごちそうしよう。
「いらっしゃいませ」
クラッシャーから離れてサンリエルさんに近付く。
「差し入れだ」
マメ男。
「貴殿の詮索好きには呆れるな」
私がお菓子を受け取った途端バトルが開始された。
「領主様自ら差し入れですか。目をかけているんですね」
この人の対応は傷だらけのおじいちゃん首長じゃないと駄目なのかしら。
全然堪えてない。
「使者なら使者なりに振る舞ってはどうだ。――目的の物を手に入れたようならさっさと国に戻られる事をお勧めするが」
「ユラーハンの人達と一緒に戻る予定なんです」
クラッシャーさんは本気でクダヤに出入り禁止とかになりそうだ。
「――ララウルク首長、勝手に行動されては困ります」
あ、王子様が来た。
「皆さん港に集まっていますよ」
苦笑しながらサムさんも。
「あなた1人でだなんて他の首長は何をやっているのかしら」
イシュリエさん怒ってるなー。
店内が一気にドラマティックになってきた。
お客さんもどこかワクワクした顔で聞き耳を立ててるし。
「見つかると止められるので見つからないようにしました」
そりゃそうだろうよ。
「店の迷惑になる。皆引き上げるように」
「領主様がいきなりいなくなるから追いかけてきたんじゃないですか」
「まあまあ」
「――あの、お店はいつまでやってらっしゃいますの?」
ついに王女様のご登場だ。




