キャラも渋滞
人生で生まれて初めて腰が抜けました。
人ってリアルに足元から崩れ落ちていくんだね。
いくら超有名どころのファンタジー界の大御所でも突然の登場はそりゃあ驚く。しかもでかい。
本気のラスボス感。グルルとか普段から言っちゃいそう。
そして全身シルバーで目が痛いです。日の光が反射して乱反射がやばい。
その硬そうな皮膚、金属じゃないよね?
あわあわしているとラッコダックスが駆け寄って来た。
「キャンッキャンッ!」
この自分の可愛さを分かってる感じ、懐かしい。カワイイはつくれる!
ラッコダックスを撫でていると足もしっかり動くようになってきた。
周りを見ると、みんなは挨拶を交わし合っていて楽しそう。足がんばれ。
「こ、こんにちは。初めまして。この島でお世話になります、春です。」
何とか立ち上がって3人に挨拶をする。
3人からは歓迎の意と挨拶が返ってきた。
シルバーのあの方、威圧感ありすぎて視線を合わせられないけど。
挨拶は終わったが何から手をつけていいか分からない状態ってまさにこの事だと思う。どうしよう。
「キャンッ」
ぼんやりと思考停止に陥りつつあるのを鳴き声が救ってくれた。
名前名前! という意思が伝わってくる。
ああ、そうだよね。名付けイベントがあったね。3件分も。
う~ん。ダックスじゃ芸がないからこのラッコダックスはダクスで。実に分かりやすい。
目の黒色も、体毛がマホガニーレッドなのも一緒に暮らしていたあの子と同じだがやっぱりどこか違う。でも可愛い。
「じゃあ、あなたは〝ダクス〞ね」
そう名付けた途端、恒例の光が発生した。いつもの通り胸元かと思ったが額に<D>と刻印されていた。なぜだ。
まずいな、少し面白い感じになってしまった。
きらきらした目でこっちを嬉しそうに見てくるのはいいんだけど……、イニシャルももれなく視界に入るよね。
そして私に刻印される紋様も見当たらない。どこか服で隠れてるのかな? お風呂の時にでも確認しておこう。
次はペンギン(おそらく)さんだ。
彼(イメージ)はなんていうか……、そう、カッコいい。目がすごくキリリとしてるんだよね。……ペンギンだけど。
砂浜ですっごいヨチヨチ歩いてるんだけど、目がキリリなんだよね。
しかも挨拶の時に敬礼っぽいアクションだったよね。未来に帰る息子に向けて……のあれかな? なんだろうこの孤高の感じ。
そしてよくよく見ると、体表の濃い青には紫が入ってるみたい。こういうのロイヤルブルーって言うよね。よし、決まった。
「あなたの名前は〝ロイヤル〞にします」
今度のイニシャルは<R>とロイヤルの胸元で、私の場合は腕時計のように左手首に刻印されていた。
ダクスは特殊なパターンだったのかなあと疑問に思ったが、そもそもこの一連の流れの意味もすべて分かってる訳ではないのでまあいいかと流すことにする。
さて、最後にやってきましたラスボスさん。裏ボスでも可。
全滅してからストーリーが進むタイプのキャラクター。
これ私なんかが名前つけちゃっていいの? 罰せられないかな。天罰的な。
「あのーあなたってもうすでに名前とかありそうなんだけど……、名前をつけても大丈夫ですか?」
念のため聞いておく。しかし敬語なのかそうじゃなくていいのか判断に悩むな。
ドラゴンさんの話によると、今回のある人間達は自分の事を〝ティアマト〞と呼んでいるようだが新しく名前をつけて欲しい、との事だった。
……今回? 何それどういう事……? まるで前回があったかのような口ぶりだ。
歴史の中でいくつもの国が誕生し、消えていったのだろうか。そうするとこの<エスクベル>はまだ新しい世界だという説明だったが、それなりに人類としての歴史を積み重ねているのかもしれない。
現地の彼らから見たら私の生活は原始時代もいいとこだったり……。これは現地人との交流はしっかり情報収集してから始めた方が無難だな。安全は大事。
まあ惑星の<意思>と私の時間の間隔の差は大きな開きがありそうだよね
ではドラゴンさんの名前はどうしようか。今までの流れだとギンとか、シルバー、なんだけどどうも違和感がある。かといってティアマトを少し変えても新しく、という要望なので趣旨と外れてしまう。
うん、どうしたものか。
「あなたにはどんな役割があるの?」
役割や能力からヒントを得たい、そう思い聞いてみると、このドラゴンさんは少し他のお仲間よりスケールの違う役割があるようだ。
まずこの島を守り部外者を阻むために、周りの海流を操作して島に近付けないようにしているらしい。
しかも海の中だともっと大きくもなれるそうだ。そして、透明にもなれるし空も飛べちゃうらしい。
おぉー……。ただただ「すげー」という感想しか浮かんでこない。
お仲間の中でも1番の古株のようで、もう名前はあれしかないと思った。
「名前は〝ボス〞ってどうですか」
その瞬間、海が意思を持ったかのようにうねり、空に向けて立ち昇っていった。それは渦を巻きながら、まるで龍のごとく空を横切り消えた。
そして後には綺麗な虹が――。
「おお~きれいですね! こっちも虹の原理同じなんですね~。よく知りませんけど。」
これはきっとお祝いの合図だと理解した。粋な計らいだ。
ボスの体のイニシャルを探すと顎の下にあった。よかった、見えにくい所で。ボスの重厚感は失われずに済んだ。しかもイニシャルはみんなと同じ白地で刻印されているので更に見えにくい。いいぞ。
私の紋様はダクスと同じくパッと見て見当たらなかったので、確認はお風呂の時間に先送りした。
これで名付けイベントが終わった!
さて、みんなとコミュニケーションでもとろうかと声をかけようとした時、お馴染みの音が聞こえてきた。
………………シャラッ……ララララ……
シャララララ……
シャラララ……
シャララ……
シャラ……
「多い!」
何だこれは。
はじめどこかに詰まったように鳴り、次からは詰まりがとれたように一気に音が鳴り出した。
レ、レベルアップで間違いないよね。そうだと信じたい。壊れた人形が変な音を発し続ける様子にも似てちょっと怖い。
全部で5回鳴ったかな?
3人と新たに知り合ったので3回鳴るのは分かる。後の2回はなんだ?
……もしかして一気にレベルアップがきちゃって処理が追いつかないとか。ボスが含まれてるし。あれで経験値を大量に稼いでいでもおかしくはない。
タイミングを見計らってレベルアップ通知をだす高度な機能だが、処理能力が追いつかなかったようだ。ファンタジー機能は奥が深い。
しかしこれでお家がバージョンアップ。楽しみだ。
いや、ちょっとまてよ? 私が今リクエストしているのは外からテラスに出入り出来るようにという事と、テラスのテーブルセットの2点をお願いしているだけだ。
今回たくさんレベルアップ(たぶん)した事によりそれ以上のリフォームも可能だったら……。
まずい。装飾に力を発揮されそうだ。心配すぎる。一旦家に帰って確認しないと落ち着かない。
「急いで確認したいことがあるから家に戻ってくる! またすぐ戻ってくるから!」
みんなに慌てて伝えエンに乗り込もうとすると、ボスが送ると言い出した。
「え? 送るって……、もしかしてお空かな?」
ありがたいんだけど怖いというかなんというか。
案の定お空の旅らしいので少し戸惑ったが、せっかくなのでチャレンジしてみることに。
ボスの尾から背中に歩いて登り、首の付け根付近の体にしがみつく。
「よろしくお願いします!」
気合いだ。
そしてボスはふわっと浮いたかと思うと、頭の先から徐々に透明に変化し始めた。
あ た ま の さ き か ら と う め い に
「ひいいいいい……!」
下が! 森が! クリアに!
まずい、想像以上に高いところって怖い。そしてしがみついてはいるが、ロープなどで固定されてはいないので気が抜けない。怖い。ここは目を閉じるしかあるまい。
空の旅だったので家に着くのは早かったが、着いた頃には体中じんわりと冷や汗をかいていた。手汗もすごい。
巨木の家を見ると、1階から直接テラスに上がれる階段ができていた。素早い仕事だ。
「ボスありがとー。少し待っててね」
玄関先におりるために体を小さくしていたボスに伝え、家の中に駆け込んだ。




