何かしらの意図
お店のオープン2日目。
まさかのチカチカさん(黒髪ヒーローバージョン)参戦。
ずっと無言のまま朝早くから手伝いに来てくれているアルバートさんを視線だけで動かしている。
偉そうの最上級。実際とんでもないお偉いさんだけど。
「――こ、こちらはひとまとめでよろしいでしょうか?」
一生懸命チカチカさんの意図をくみ取ろうとしているアルバートさん。ごめん。
もっと幸せになって欲しい人現時点でナンバーワン。
ダクスと白フワは邪魔をするんじゃない。
「チカチカさん、無言の無表情で接客するんですか? 上から接客ですか?」
いちおう確認をしておく。
「しない」
「なら笑顔になるんですか? 私今見たいです」
かっこいい黒髪ヒーローだし。
「接客しない。2階にいる」
「へーい」
だと思った。
「寝癖。生まれたての人間がもうそろそろ家を出る」
「ジョゼフさん? 早いな~。いや、私が商人時間に慣れてないだけか」
アルバートさんが来た時も2階でぐうぐう寝てたもんな。
昨日はロイヤルの水を頭から浴びるという男前お風呂の後そのまま寝てしまったので、髪がぺちゃんこだし寝癖だしで中々レベルが高い。
やっぱり瞬間移動で温泉に入りに帰ればよかった。せっかくチカチカさんが提案してくれたのに。
「……今からお風呂に入りたいって言ったら怒りますか?」
「いまさら」
「すみま――――おお」
あっという間に島の温泉に到着。
「ありがとうございます!」
過保護さんめ。
部屋に駆け込みお風呂セットと着替えを用意する。
「5分で洗い終えてみせます!」
うおおおと声が出そうな勢いでごしごしと体中を洗う。
「できました!」
髪はびしょ濡れだが何とか服を着て綺麗な御使いになった。
そのまま髪をタオルでごしごしやっていると悲鳴が聞こえてきた。
「んん?」
タオルを取り顔を上げてみるとアルバートさんがこちらを驚いた顔で見ていた。
「キッチンに戻ってたんですね。――急にすみません、お風呂に入ってました」
そして水滴をこれでもかと飛ばしてすまん。
「い、いえ」
今日はカセルさんとアレクシスさんもいないがこのまま乗り切ってほしい。
キウイメロンを店頭に何個置くかの話し合いをしている時にノックの音が聞こえてきた。
「あ、はーい」
アルバートさんがダッと走り出しそうになったがこちらを見てハッと動きを止めたので、その動きになんだか心がほっこりしながら扉を開けに行った。
「いらっしゃ――赤ちゃん!」
ジョゼフさんだけだと聞いていたのだがミュリナさんと赤ちゃんもいた。
「お久しぶりです!」
「お久しぶり。ごめんね、色々あって私とこの子まで来ちゃって……」
「こちらは平気です。ひとまず座って下さい」
急いでキッチンにミュリナさん達を案内する。
「ミュリナさん口にできないものとかありますか? 商品のお茶を淹れても平気ですか? 椅子の座りごこちは? 赤ちゃん用に寝る場所を作った方がいいですか?」
「ふふ。大丈夫、ありがとう」
矢継ぎ早に質問していたら少し笑われてしまった。
だってまだ産後数週間のはずだ。しっかり養生しないといけないという知識はある。
「本当は僕だけで来る予定だったんだけどね、家を出ようとすると娘が大声で泣き叫んで……」
「びっくりしたわ。普段はこちらが心配になるくらい泣かないの。あまり泣かない赤ちゃんもいるらしいとは聞いていたんだけど……」
「へえ~」
確かに今も大人しくこちらをじっと見つめてくるだけだ。
あとたまに2階に視線が向いている気がする。
産まれたての赤ちゃんて周りがよく見えてないと思ってたんだけど違うのかな?
「泣き止んでもジョゼフが部屋を出ようとするとまた泣き叫ぶの。代わりに私が挨拶に向かおうとするとまた泣くの」
「それで今日の挨拶は諦めて荷物を置いて椅子に座ろうとしたんだけどね……」
「また大泣き」
うわあ……。子育てって本気で大変そうだな。
「それでこの子が産まれた後もお世話になってるおばあちゃんに助けをと思って、この子を連れて外に出た途端泣き止んで」
「僕が冗談で一緒に行きたいのかな~って言ったら返事をしたんだ!」
「あれには驚いちゃったわ」
まじか。
「もう話せるんですか?」
「話せないんだけど、何度聞いてもその時だけ声を出すの」
「もしかして神の祝福を頂いたからなのかと思ってね。思い切って外に連れ出してみる事にしたんだ」
「え……」
あの惑星またいらん事した……?
どうしよう。今すぐチカチカさんを問い詰めたい。
あ! もしかして2階に視線を向けるのはチカチカさんと島のみんながいるの知ってて……?
「……あの、この……そうだお名前は?」
「それがまだ決まっていないんだ。候補はいくつかあったんだけどどれも違和感を感じてしまってね」
その時赤ちゃんがこちらを見つめながら「あーうー」と手を上げ下げし出した。
「まるでヤマチカちゃんに話しかけてるみたい」
ミュリナさんは素直に笑っているがこちらは冷や汗が出そうだ。
(あの惑星の力だ……!)
確実に普通の赤ちゃんではない。
「……ちょっとふかふかした布を取ってきますね」
いっこくも早く後輩惑星から事情聴取しないといけない。
「――便利能力お願いします」
2階に上がり優雅に椅子に腰かけていたチカチカさんにお願いする。
「意図してやった事じゃない」
「それってやっぱり……」
「地球よりも創造主のエネルギーが作用しやすい環境だから」
いまいちわからん話をされた。
「えーと…………悪気はないけど結果そうなったと?」
「無いとも言えない。何かしらの影響が出る可能性はあると知ってた」
やっぱりか。
「それって今後この街のパワーバランスを崩したりすることになりますか? 一族でもないのにとんでもなく強いとか」
「この惑星の力とは異なるからそういう作用の仕方はしない」
「あ、なんだ。じゃあ心配する必要は無いって事ですか?」
「そう」
「あーよかっ「ただ人間には見えないものが見える」
ちょ。
「なんですかそれ……」
十分大変な事なんですけど。怖いよ。
「はるが自分の両親や街の人間と違うものを纏っているのが見える」
「えっ、私ってなんか纏っちゃってるんですか? そこ詳しく。かっこよくないですか?」
なになに、ようやく異世界にきた特典でも判明するの?
「地球生まれとここ生まれでは肉体を構成する要素の仕組みが異なるだけ」
「……まあまとめるとかっこいいって事で」
仕組みとかしらん。
「それも気をつけなよ」
チカチカさんが指差したのはひと塊になっているモフモフ達。
「みんな?」
「透明になっても何かいるのはわかる」
「すごい!」
小さい子が誰もいない所に向かって話しかけるみたいなものなんだろうか。
そういや家の犬もたまに変な所を見つめたままじっとしてたな……。
「でも赤ちゃんが言葉を話し始める前には私はたぶん地球に帰ってるので大丈夫だと思います。みんなも島から出ないので問題なし!」
「……そうだね」
「……?」
なぜか頭を撫でられたので調子に乗ってぐいぐい頭を押し付けたら高速で撫でられて痛い目にあった。
はげそう。
「――これって大きすぎますか?」
昨日もらった毛布を持ってきたものの確実に大きい。大きいものをお願いしてたんだからそりゃあそうだ。
「こんな高価なもの……! 汚してしまうといけないから無くても平気だよ。持ってきてくれてありがとう」
ちらりとアルバートさんを見るとおろおろしていたからその通りなんだろう。
知らずに雑に扱ってしまった。
「知らずに私も使っていたので大丈夫です。ここに置いておきますね」
ミュリナさんの近くに毛布をそっと置いて椅子に座る。
するとまた赤ちゃんがこちらに向かって赤ちゃん語で話しかけてきた。
「自分を助けてくれた人がわかるのかしら?」
動画をアップしたら再生数がとんでもない事になりそうなほのぼのシーンなのだが心から楽しめない。
「このお姉ちゃんが好きなの?」
「うー」
「笑った!?」
ジョゼフさんミュリナさんの興奮に比例して申し訳なさが募る。
娘さんが将来変な子扱いされたら本当に申し訳ない。
「――ジョゼフ、ヤマチカちゃんに名前を考えてもらう?」
ちょっと待って。
「それはいいね!」
いやいやいや。他人、私は赤の他人です。
名付け親ってどこの海外文学?
やんわりと「ご両親が考えた方が……」と辞退したが、参考に聞かせてと言われてしまい考える事に。
「…………ガイアとか?」
もうあの惑星のハイテンションシーンしか思い浮かばなかったので何となく言葉が出てきた。
その瞬間――
「きゃっ……!?」
ミュリナさんに抱っこされている赤ちゃんが光った。
唖然としている一同。
(どっちだ……どっちの力だ……? ツンデレの力かハイテンションの力か……?)
私は1人で拳を握りしめている。
「残留エネルギー」
「…………」
生まれ故郷の惑星の仕業だと判明した。
「……驚きましたねえ」
大根演技で何とも言えないこの空気を破る。
アルバートさんはこちらを見るんじゃない。たぶん君の推測は当たってるけど見るんじゃない。
「何ともない…………ね……」
ジョゼフさんが赤ちゃんを色んな角度から確認して安心した様に息を吐いた。
「神が降臨された際もこのような感じだったんですか? 私は見る事が出来なかったんですが……」
アルバートさんの目の前でしらじらしく嘘をつく御使い。
アルバートさんも負けず劣らずの『大根何も知らないふり』だったので安心する。
「そう! それがね――」
こちらの大根っぷりには気付かず、興奮したミュリナさんとジョゼフさんが<地球>さん降臨の際の様子を事細かに話し始めた。
良かった。気を逸らす作戦はなんとか成功した。




