ある男の回想録39:さだめ
「――はああ」
「でかいため息つくなよ~」
「あ、すまん……」
「気持ちはわかるけどな!」
ため息もつきたくなる。
今はいったん休憩中だが、この部屋で先程まで行われていた話し合いを思い出すと……。
「国を滅ぼす力のある魔物が向かってるっていうのに……」
「まあな。でもリンサレンスの内政にクダヤは干渉できねーし俺達が出来る事には限りがある」
「そうだけど……」
そうは言ってもな……。
先程の話し合いで魔物の件に関しては驚くほどあっさり話し合いはまとまった。
だが、間者の話が終わった後に「なぜ領主様が勝手に拝謁しているのか」と皆そちらに憤っていたのだ。
確かに拝謁の為俺達と一緒に船に乗り込んだ領主様を俺達も強く止めなかったが……。
そのまま運ばれてしまったので3人で拝謁する形になってはしまったのだが、実際拝謁はしていない。
俺達はただ白い霧が晴れるまでヤマ様の手料理について話をしていただけだ。
しかしそんな事は話し合い参加者に言えるわけもなく。
「こっちに逃げてくる他国の人間がいる場合の受け入れ先もさっさと決めてたしなんとかなるだろ」
「だと良いけどな……」
優秀さを遺憾なく発揮し間者と魔物により起こりうる事態を簡単に話し終えた後長々としていた議論が、御使い様に勝手に拝謁した件についてだぞ。心配にもなる。
「私は席を外す」
問題の中心人物が戻ってきた。
「差し入れに行くんですか?」
これからの話し合いも領主様がいないとだめなんじゃ……。
間者と魔物関連の話題が出るかどうか怪しいが。
「族長がいれば問題ない。私の仕事は責任を取る事だからな」
それらしい事を言っているがヤマ様の手料理を食べたいだけだ。珍しく自信をもって言える。
間者を捕らえたのは領主様なんだけどな……。
「私達もお供していいですか? 後で行くつもりでしたけど」
「…………構わない」
自分の目が届く範囲で俺達がヤマ様に会う方をとったんだろう。まさしく苦渋の選択だ。
「では食事休憩って事で! いこーぜアルバート」
「あ、ああ」
一族の人間にはいつも驚かされるが拝謁したと思われている3人が話し合いに参加しないとは。
そういう俺も断らないんだけどな……。
「理の族長、私達は席を外す。食事休憩だ」
「なんですって!?」
部屋に入って来たイシュリエ婆さんに告げると案の定だ。
「あの店の準備が残っている。このままでは明日の商売が大変だろう」
「――しょうがありませんね」
納得されたぞ……。
「人手は足りていますか?」
「大丈夫だ。夜も更けてくるので我々も長居はしない」
「……そうですか。今日は疲れたでしょうから早く休ませてあげてください」
一族の人間にとって神であるエスクベル様が第1優先なのがよくわかる。
他国の人間の事をそこまで気にかけない態度は俺からしたら時に非情にも思えるが、他国の事よりまずは自国の事だしな。
「――間者は結局どうするんですか?」
「警告を受け取ったリンサレンス、ミナリームがどう出るかによる。恐らくまたマケドに対応を押し付けるだろうが」
「今回の魔物と間者捕縛の件でミナリームは我々の工作を疑いそうですね」
「信じず痛い目を見るのはあちらだ。だがこちらに矛先を向けないとも言えない――」
調理場でなにやら真剣な話をしているが話しながらしているのはお菓子の切り分けだ。
そしていそいそと布でくるんでいる。
器用ですね……。
前回のヤマ様との正式な食事は神の降臨で中止になってしまったから楽しみにしているんだろう。
今回も中止になりそうだったのだが。
もしかして領主様はお忍びヤマ様ときちんとした食事ができない運命なんだろうか。まさかな……。
何事もありませんように……!
髪を隠した領主様とカセルと共にヤマ様のお店に戻った。
ここまでは特に何も起こってはいない。
ヤマ様に献上する寝具を誰が持つのかで少し揉めただけだ。
選んでいただこうと数枚持っていくのはいいのだが、全部領主様が持つとは思わなかった。
扉をノックして少し待つと店の扉が少し開いたがヤマ様のお姿は見えない。扉をお開けになったのは守役様だろうか。
だた非常に良い匂いがしている。
「――失礼致します」
領主様を先頭に店に入る。
「いらっしゃい……」
2階からヤマ様がどこかぐったりとした様子で下りてきたのだが――
「あ……」
横になった状態のまま浮いていた。
そしてこちらが何か言葉を発する前に領主様の手にしていた寝具も浮いた。
「ありがとうございますお借りします……」
どこからか現れた手先の器用な守役様がそれを広げヤマ様を包みだした。
1枚、2枚と――
……すごく包まれている。
包まれすぎなんじゃないのかと心配になってきた頃、ヤマ様が何か仰って包み込まれる時間はようやく終わったようだ。
大丈夫なんだろうか……。
「お体の調子が良くないのでしょうか」
領主様も物凄く不安そうだ。カセルも。
「いえ……あの……」
非情に言いづらそうなヤマ様にこちらの緊張も高まってくる。
「……食べ過ぎました」
「……え? うわっ、も、申し訳ありません……!」
無意識に聞き返してしまったようで、足元に現れた羽を持つ守役様達にお叱りを受けるはめになった。
「食べ過ぎたんですか?」
おいカセル! はっきりと聞き返すな!
「そうなんです……」
「そうなんですか~」
笑顔のカセルにつられて笑顔を返すヤマ様。
ほんとこいつの対人能力はすごいな。
「神でも食べ過ぎる事があるんですね~」
「それがですね、待ち望んでいた――そうだサンリエルさんすみません……」
突然領主様に声をお掛けになるヤマ様。
「手伝ってもらう事になっていたあのたれなんですが、完成しちゃいました……」
「……喜ばしい事です」
領主様は口ではああ言っているが絶対に残念がっている。
お役に立てなかったんだからな。
「それでお肉を食べ過ぎたんですか?」
「その通りです。だまされたと思って一度食べてみてください。満腹な事も忘れてひたすら口を動かすだけの――」
急にはきはきと話し始めたヤマ様。
寝そべった状態のままではあるがよほど美味しかったんだろう。
「守役が食事を用意してくれていますので皆さんどうぞ」
ヤマ様に促され2階に上がる。
領主様は懐から室内靴を取り出しさっと履き替えていたので驚いた。
気の回し方が少し……と思ってしまうのは仕方がない。
ヤマ様も苦笑されていたし。
「お~豪勢ですね~」
2階の机の上にはたくさんの料理が用意されていた。
4本足の守役様も机の上にいらっしゃるのはいったい……。牙が恐ろしい。
「守役の力を借りました。どうぞ作法は気にせずお好きに食べてください。私も好きに寝そべってますから」
ヤマ様がそうおっしゃると同時に床に敷いた絨毯が浮き、守役様と共にその上で寛ぎ始めた。
守役様のお体の上に足をお乗せになるなんて御使いという存在はやはり凄いものなんだと実感した。
包まれすぎてよくわからないが頭の反対側なので足なのは間違いない。
「美味しいです!」
領主様が料理を凝視したまま中々食事を始めない問題も解決し、がつがつと色んな料理を口に運んでいたカセルが大きな声を出した。
「大変美味しいです」
領主様も。
味わい過ぎてまだひと口しか食べていないけどな。
「お、美味しいです」
同じような事しか言えない俺。気の利いた言葉が出てこない。でも美味しいのは事実だ。
「良かったです」
ごろりと横になり笑顔をお見せになるヤマ様。
御使い様のこんなに寛いだご様子を目に入れるのは不敬にあたらないかひやひやする。
「このたれは肉が止まりません!」
「ですよね」
「長時間煮込まれていないはずですがここまで味に深みが出せるとは驚きました」
「サンリエルさん褒め言葉が専門家」
いつもより打ち解けた口調のヤマ様のお言葉についつい笑いそうになった。
「アルバートさんのお好みの料理は?」
「あ、あの……」
笑いそうになった顔をしっかり見られていた恥ずかしさでとっさに言葉が出てこない。
「ぜ、全種類食べますのでお待ちください……!」
カセルの「落ち着けよ~」の言葉を聞き流しながら急いですべての料理に手を付ける。
「私はこの炒め物が好きな味で……他の料理ももちろん美味しいですが……」
ああ、もっと上手に褒め言葉が出せる男になりたい……。
自分の気の利かなささに少し落ち込みながらヤマ様を見上げると、上半身だけ起き上がられたヤマ様がこちらに飛ぶように向かってこられた。
「……!」
咄嗟の事で声が出せないまま体が固まる。
「炒めものってこれですよね?」
「は、はい」
近い……! 絨毯の上にいらっしゃるお体が神の宝石のような守役様が近い……!
「……カセルさん、アルバートさんって何でも美味しく感じる人ですか?」
「そうですね~なんでも美味しいと感じる幸せな奴です」
おい! なんだその答え方は!
「なるほど~」
カセルの言葉を聞いたヤマ様はどこか嬉しそうにされている。
「アルバートさん」
「はい……!」
「それまた作ります。私が1人で作ったんです」
「は、はい……?」
俺にはなぜヤマ様が俺だけにわざわざ伝えるのかがわからない。
「ヤマ様がお1人で作られたのはそれだけですか?」
助かったカセル。何とかしてくれ。
「あとその野菜の上に乗っているお肉です」
「あーなるほど」
何がなるほどなのか俺にも分かるように説明してくれ……!
「他のとは違いますよね?」
「そうですね~。すみません、私は他の料理の方がより美味しく感じられました」
おい!
「私もそう感じました。気が合いますね」
失礼な事を言ったカセルの言葉をまったく気にしていないヤマ様。
そして何故か肉につけるたれの話で楽しそうに盛り上がっている。
その時視線を感じその方向に顔を向けると、領主様がこちらをじっと見ながらヤマ様が作られたという料理の皿を自分の方に引き寄せていた。
気に入られようとして美味しいと言ったわけではないんです……。




