感覚がマヒしている
「仕事をしていない訳ではなく、族長達で対応可能な内容というだけです」
向かいのパン屋さんに挨拶を終え外に出た途端、サンリエルさんの言い訳が飛び出してきた。
「……そうですか。でもティーさんも仰ってましたけど、以前は近寄りがたい領主様だったようですね?」
仕事を部下に押し付けるのはどうかと思うが、接しやすくなったのなら良い変化なのかもしれない。
「さ、次はお隣さんに挨拶しに行きましょう」
ティーさんからパンを預かっているのだ。
なんでもお隣さんはクインさんという方で、何かに没頭すると寝食を忘れてしまう人らしい。
私もパンをもらえたので食欲が戻ったら食べてみよう。嬉しい。
お隣の店の扉は閉まっており、営業中かどうか判別がつかなかった。窓にはカーテンがかかっているから閉まっているのかもしれない。
しかしサンリエルさんが構わないと言うので、領主の威を借りて扉を開ける。
が、立て付けが悪いのか何なのか扉は重く開かない。サンリエルさんに手伝ってもらい鈍い音を響かせながら店内になんとか入る。
「――なに?」
「うわっ」
誰もいないと思っていたら人がいた。
カウンターに積まれている本の後ろから白い髪の人が顔を出したのだ。
(え? ちょっと髪……ぼさばさすぎない……? 寝癖? それ寝癖なの? 男の人だよねえ?)
「なに?」
驚きからつい挨拶が遅れ、もう一度問いかけられた。
「あっすみませ「その態度はなんだ」
ちょっとサンリエルさん落ち着いて。
「店に勝手に入ってきた侵入者に対して正しい反応をしているだけです、領主様」
「先程の騒ぎを知ってるのにか。私もいる事で侵入者でない事は明らかだろう」
「うるさくて読書に集中できなかったので今日は店仕舞いなんです」
そう言いながら男性はこちらを見てきた。
……会って1秒でもうアウェーなんですけど。
このゆるゆるファンタジー生活でこんな対応されるの初めてじゃないかしら。
でもなんだかちょっとチカチカさんとキャラが被っているから不快感はない。
「あの、すみませんでした。今日は挨拶をしに来ただけですので。ヤマチカと言います。これうちの商品です良かったらどうぞ。こっちはティーさんからの差し入れです。今後騒がしくしないよう気をつけます。では」
こういうタイプはさっさと伝えたいことだけ伝えて深追いしないに限る。
笑顔でカウンターに荷物を置いてくるりと踵を返す。
「……買い物はいい……のか?」
「はい、急ぎではないのでまた探してみます」
今日は商品陳列に力をそそげばいいだろう。
背中からの衝撃も気になるし。
「――何が欲しいんですか?」
お?
「――え?」
「買い物……しに来たんでしょ?」
……あの、デレるの早くない?
なにこれ。御使い補正? 彼の氷の心を溶かす発言とか特に無かったんですけど。
「そうだ。こう暗くてはな」
私がデレの早さに戸惑っていると、サンリエルさんがさっさと店内の窓という窓を開け放ち始めた。
おいおい。
「……本が傷みます」
「置き場所を変えろ」
同じ理の一族だからなのかサンリエルさん容赦がないな。
「お知り合いですか?」
一族同士なんだからお知り合いも何もないと思うが聞かずにはいられなかった。
「理の一族の次の族長候補の1人だ」
「へえ、次の族長候補さん」
「何十人もいる内の1人というだけです」
多っ!
「多くないですか……?」
もしかして風の一族もカセルさんの他にいるんだろうか。
「ローザの事があったからな」
「……なるほど」
イシュリエさんのトラウマかしら。まあそれだけ優秀な人材が揃ってるって事なんだろう。
明るくなった店内を改めて見せてもらう。
思ったより広かった店内に置かれている物は統一性こそ無いが、外国のおしゃれなアンティークショップのようだった。行ったことないけど。
このぎゅうぎゅう感がまた良い。
「かわいー」
何でも可愛いと言ってしまうのは日本人女性だからしょうがないんだ。
「領主様、このカップ可愛いです。店内に飾るのはどうでしょうか? あ、あの椅子も可愛い」
本来の目的を忘れてしまうのも女性特有だからしょうがない。
掃除用品ではなくただのインテリアを物色しに来た女性になっている。
「絨毯ありました。―—―少し触っても良いですか?」
「いいよ。……それ気に入った?」
「え? それ? ――これですか?」
クインさんの視線の先を追って先程のティーカップだとあたりをつける。
「そうそれ。……茶葉のお店なんでしょ? 良い食器の1つでも持ってないとおかしいよね。それあげる。開店祝い。……見る目が無いわけじゃなさそうだし」
「……ありがとうございます。嬉しいです!」
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油断すると荒くなる呼吸をどうにか押し止め、何食わぬ顔で更に店内を物色する。
ここ見てるだけでも楽しめるな。
結局、目的の絨毯とインテリア雑貨をたくさん買う事になった。
お金使いが荒い御使い。でもほら、店内ディスプレイも売り上げの重要な要素の1つだからさ。
「ありがとうございました。また後で取りにきます」
クインさんにお礼を言って最後のお店に挨拶に向かう。
クインさんはツンとしてこちらを見ようともしなかったが、買った商品を見えない所で丁寧に磨いてくれているのは知っているんだぞ。
まったく。そんな事してたら好きになるぞ。
最後のお店はクインさんの雑貨屋の向かい、ぱっと見た限りでは金物屋さんに見える。お鍋とかあるし。
このお店ではどんなキャラの人がいるかなと少しドキドキしながら挨拶をしたが、至って普通のご夫婦だった。
真面目で実直なマイルズさんと控えめで優しい笑顔の奥様ヘレンさん。このお2人の空気感とても素敵。
娘さんは結婚して家を出たという話まで聞かせてもらったし。
そして、いつもティーさんに食べきれないほどのパンをもらって知り合いに配っているという話も。
やはり一族の人間は個性が強い傾向にあると思われる。
アルバートさんのとこはみんな強いけど。
これからよろしくお願いします。
「――あれ? どうしたんですか?」
挨拶も終わりクインさんの店に戻ろうとしたところ、クインさんが店から出てきた。
あの重い扉を片手に木箱を持ったままさっと開けてしまえるあたりさすが一族だな。
「遅いから」
「あ、すみません」
10分くらいでしたけど、という言葉は飲み込んでおく。
そしてクインさんはそのままスタスタと私の店の方に歩いて行く。
「……クインさん?」
「重いんだから早く開けてよ」
いやさっき自分の店……違う、そういう事じゃない。
「も、申し訳ないので自分で運びます」
すんません、中にモフモフがいるんだわ。
「大丈夫。たくさん買ってもらったから」
「ありがとうございます……」
お得意様サービスなんだろうか。
手厚いサービスですね……。
「クイン、お前は絨毯を持ってくるように。木箱は私が持つ」
ここでサンリエルさんの助けが入った。
「……はい」
どこかしぶしぶとサンリエルさんの指示に従うクインさん。
陽の下で見る髪の毛のぼさぼさ具合はよりいっそうすごい事になってるな。
今のうちにカセルさん達に事情を説明しよう。
ボスからみんなは隠れたと教えてもらったのでその辺は大丈夫だろう。
「お帰りなさい」
店の扉を開けると、カセルさんが階段に上った状態でこちらに振り向いた。
「ただいま。隣のお店のクインさんが来ます」
「はい、聞こえてしまいました」
カセルさんは突然姿が見えなくなったみんなをきょろきょろと探していたようだ。
「たくさん買い物をしたらご厚意で届けて下さるそうでして」
説明しながら、私の近くに来てそわそわしているアルバートさんに金物屋さんで買ったバケツとフライパンを渡す。
受け取ったアルバートさんはほっとした顔をしたので正解だったようだ。そのままキッチンに持って行ってくれた。
しかしさきほどサンリエルさんの荷物持ちは断っていたので、アルバートさんがサンリエルズ・アイにさらされていて申し訳ないとは思う。
その時店の扉が開き、自分の身長以上の絨毯を持っているクインさんが現れた。
「クインさんありがとうございます」
「こんにちは~」
「カセルもいたの」
「はい。御使い様への献上品関連ですので」
やり取りからするとクインさんはカセルさんより年上のようでびっくりした。
若く見える一族の中でもトップクラスの童顔かもしれない。
「アルバートと申します……!」
「知ってるよ。ローザ婆さんの孫でしょ」
その場で立ち話をしだすメンズ。
「邪魔するよ!」
そしてまさかのティーさんまで登場してきた。
「ティーさん、どうしたんですか?」
「クインの姿が見えたから準備を手伝うのかと思ってさ。こういう時技の一族は役に立つからな!」
はははと豪快に笑っているティーさん。優しい。
ご近所さんはみんな親切な温かい人達で良かった。
これからの店主業が更に楽しみになってきたな。




