再びの
落ち着いて準備を進めたいだろうといったん族長さん達は帰る事になった。
オープンした後はそれぞればらばらに来てくれるみたいだが。
「色々とありがとうございます」
カウンターの上でまったりしているこじんまり達を、名残惜しそうにチラ見している皆さんに感謝の気持ちを伝える。
「あなた達はしっかりと役に立つように」
「もちろんですよ~」
「配置はヤマチカさんに任せなさい。購入の決定権は女性が握っている事が多いのよ。女性の感性で――」
イシュリエさんに色々とアドバイスをもらっているカセルさんとアルバートさん。
リレマシフさんも加わり女性への接し方から諭されている。特にカセルさん。というかカセルさんに向けて言っている気がする。
「ヤマチカ」
ガルさんに名前を呼ばれた。
ヤマチカって、呼び捨てにすると違和感しかないな。
無難な名前にしておけばよかった。メアリーとかアンディとか。
そしてサンリエルさんはガルさんを凝視しない。サンリエルさんも呼び捨てにすればいいんですよ。
「あのな、一族じゃない住民代表にバルトザッカーって騎士の隊長がいてな、まあいちおう俺の部下になるのか? 年上だけどな。で、そいつは御使い様に拝謁を許された事もある男なんだ。今日はたまたま港にいなくて――」
なんだ、ガルさんにしては歯切れが悪いな。
「そのお……なんだ、信頼できる男なんだ。……代表者の中でそいつだけ知らないっていうのがどうもなあ。色々とやりにくくなるだろうし、俺は隠し事がそんなにうまくないんだ。あっ! うまくないと言っても一族だから裏切り行為はしないぞ!」
頭をわしゃわしゃ掻きむしりながら言うガルさん。
言いたい事はわかった。そしてネコ科は私の好みだという事も改めて実感した。
「その方にも私の素性を伝えていいかって事ですよね?」
「そんなとこだ」
その困り顔写真に撮らせてほしい。
ワイルドネコ科の困り顔。
しかしボスからおすすめできない的なアドバイスをもらってしまった。そうか。
「……御使い様に保護された際、私の力を悪用される恐れがあるからというお話でした。その時に一族の方はクダヤを裏切る事が出来ないという事も教えていただきました。クダヤとは、しいてはエスクベル様に御使い様の事ですよね? だから私は安全であると。しかし一族ではないバルトザッカーさんが知ってしまうと、……例えば大切なご家族を人質に何かを要求される可能性が全く無いとは言い切れません」
よく考えればこっちは平気でも秘密を知っている相手が危ないよね。
「相手の方の安全の為にも、一族以外の方にはお伝えしない方がいいと思います。……アルバートさんは御使い様の強いご加護がありますので問題はないのですが」
知らない方が幸せって言葉もあるしね。
「アルバートに強い加護……?」
いやサンリエルさん、そこ食い付くところじゃない。
「まあそうだな! 御使い様に何かしようとする馬鹿はいないが一族相手にしてくる馬鹿はいるからな~」
「そうなんです。私も保護されたとはいえただの人間です。今はご助力頂いていますが、御使い様が1人の人間を一生護るとは考えられませんし」
「めんどくさくなってその場のノリでただの人間に秘密を漏らす確率80%」
まさかの突チカ。
この……!
ツンデレ! 惑星! クール気取り! この……いつも優しい! 多才!
この……! 罵倒の言葉が出てこない……!
「――それではまた」
惑星の発言に険しい顔になりそうだったが、女優の私を思い出し族長さん達をなんとか笑顔で見送る。
アルバートさんは御使いに気に入られるコツをガルさんに前のめりで聞かれて困っていたが、リレマシフさんが腕を引っ張って連れて行ってくれた。
強めに腕を握られていたのは母親発言のせいだと思う。
ぱたんと扉を閉め、鍵をかける。
あーやっと落ち着いた。
「ボス、みんなはどこにいる?」
聞いた途端2階から音がした。
どうやら2階の窓あたりから侵入したようだ。さすが侵入のエキスパート。
「下で一緒にセッティングしよ~。――2階を見て来てもいいですか?」
白フワをリュックから出しながら一応サンリエルさんにお伺いをたてる。いちおう私のお店だけど。
「もちろんです。――あの」
ありゃ、また違和感サンリエルだ。
「申し訳ありませんでした」
「何の事ですか?」
「族長達の事です。素性を明かす事になってしまい申し訳ありません」
それよりも急に接近してくるのを止めてもらった方がいいんですけど。
「大丈夫ですよ。それより普段と様子が違う事の方が気になります」
ずばり聞いちゃう。
あれこれ想像するのは時間の無駄だよね。聞いた方が早い。
「……特にそのような自覚は無かったのですが……」
「普段の領主様なら執務室のある建物に戻った際誰にも気付かれなかったかと。ヤマ様のお店に必要以上の注目を集めるような事も」
カセルさんもそう思うよね。忍者だし。
「……そうだな」
なんだか自分でもよくわかっていないみたいだ。
「サンリエルさん2階に行きましょう。カセルさんとアルバートさんは1階で声が聞こえない様にしててくださいね。キイロは2人が聞いていないか見てて」
カウンセラー御使いにここは任せな。
「かしこまりました」
キイロが近くに飛んできたので嬉しそうなカセルさん。早速フードを被り耳を手で押さえている。
アルバートさんはよくわかってなさそうだけど、聞こえないだろうから大丈夫か。
「さ、2階に行ってください」
サンリエルさんを促して階段を上る。
到着した2階は大きな窓がたくさんあり、あちこちから陽が差し込んでいる。素敵。
広めワンルームといったところか。こういう方が使いやすくて良い。
「サンリエルさんの人生相談をするからセッティングはちょっと待っててね」
レースっぽいカーテンを閉めながらそう伝えると、手にもふっとしたものを感じたのでみんなも参加するらしい。
透明守役カウンセラーズ。
ちょっとダクスはその辺で遊んでて。
「チカチカさん、レースカーテンだけだと外からみんなの姿見えちゃいます? あと一般の人に素性を教えたりしませんからね!」
「見えないカーテンにした」
「……ありがとうございます」
しつこくぷりぷりしていた私が子供みたいじゃないか。否定はできないけどさ。
見られる心配が無いので、みんなそれぞれ姿を現して日当たりのいい場所で寛ぎ始めた。
あー写真撮りたい。
「サンリエルさん座りましょう」
みんなを凝視しているサンリエルさんを用意されていたテーブルに案内する。
さあカウンセリングの始まりだ。
サンリエルさんの方が人生の先輩だろうけど気にしない。
「これからサンリエルさんの不調の原因を探ります。サンリエルさんの様子がおかしくなったのは私の髪の毛の話あたりからだと思われます」
「……そう……でしょうか」
赤面してたしな。
「お揃いでびっくりしました?」
「……実際にこの目で見て……」
「ほうほうそれで――」
あれやこれやと質問し、チカチカさんの力も借りて判明したのは、ヤマ様との距離感がわからなくなったという事だった。
簡単に言えば、神のように崇めていた芸能人に実際に会ったら相手も生身の人間だったと気がついた。
アイドルはおならをしない、にも近い。
これまで私の事を『遥か彼方の高みにいらっしゃる尊い存在ヤマ様。唯一無二の神聖なるお方』と考えていたサンリエルさん。
さすが3人分。崇めっぷりがすごい。
しかし実際の私の白髪っぷりを見て、急に人間っぽさを感じてしまったらしい。
その感覚正解。
だって本当にただの人間だし。
自分と同じ一族のようだと感じてしまった事で私を『女性』として意識してしまい、混乱してしまったと。
加護を頂くお方ヤマ様、かたや庇護すべき少女にも見えるヤマ様。
護られる、守るの境界がごっちゃになったんだろうな。
もう少女じゃないけど。
御使い権限で色々と聞き出してしまったが結果的に良かった。
「なんにせよ今より仲良くなれそうですね~」
年上のお偉いさん(たぶん)に仲良くもなにもないが。
「仲良く……ですか?」
「私って本当にエスクベル様との橋渡し役というだけなので、あそこまで畏まられると心苦しかったんですよ」
チカチカさんのご威光で好き放題してるけど。
「神の御子である事に変わりはありません」
「肩書はそうですけどね。カセルさんくらいの気軽さで接してください。あと近付く時は気配を消さずにゆっくりとでお願いします」
凝視はもうしょうがない。嫌な時は言うけど。
「……わかりました」
「ありがとうございます。これからも領主権限で何かと助けてもらうと思いますのでよろしくお願いします」
そう言って手を差し出す。
サンリエルさんは少し躊躇した後その手を取って握手してくれた。
「……はい」
とびきりの笑顔と共に――
……え?
…………え? え? ちょ……
わ、わらった……!?
え!? ちょっ、笑った!? この人笑えるの!?
ちょっ、え!?
これ以上の混乱があるだろうか。
なにその笑顔。恋愛漫画のヒーローやれるよ! 30巻くらいの長編もいけるって!
まずい、惚れそう。
こんなイケメン変化球は誰だって好きになるに決まってる。
「え~、そうだ、もう下に行きましょうか」
心の動揺を悟られないよう冷静を装いつつ手を引――け……ない?
軽く引いてみるが手がしっかりホールドされているので今度は少し力を込めて引く。
……やっぱり引けない。
「あの?」
視線を手からサンリエルさんに移すと、そのサンリエルさんは俯いたまま空いている手で鼻を押さえていた。
「どうした――血! サンリエルさん血!」
真新しいテーブルの上に点々と落ちる血痕。
まさかの鼻血サンリエルアゲイン。
しかも新しい血がぽたぽたと落ち続けている。まじか。
なのに手の力は緩めないサンリエルさん。
好感度アップイベントをここまでぶち壊すヒーローはいないと思われる。
惚れる心配なんてなかった。




