いらっしゃいませ~
「よし、晴れた!」
本日は良いお天気である。
お店のオープンにはぴったりの快晴だ。
地面のぬかるみなんて気にしない。
「地面乾かす?」
「……いえ、大丈夫です」
昨日も「雨止める?」と聞かれたが断った。言ってる事の規模が大きすぎる。過保護だし。
ほんのり過保護はからほんのりは完全に消えたな。前からだけど。
こちらは自然の流れに従います。
今日の快晴がチカチカさんの仕業じゃない事を祈る。いやまあ天候はチカチカさんの仕業っちゃあ仕業ですけど。
街はほぼ石畳だし林ゾーンさえクリアすればぬかるみもそう気にならないだろう。
荷車を借りればいいし。
チカチカさんとボスからウィッグ完成の情報は得ているので髪はそのままで向かう事にする。
「サンリエルさんは?」
「いる。近い」
「ですよね~」
使者も帰ったしそりゃあこんなに朝早くても待機してますよね。
そして『近い』というワードは聞かなかった事にしたい。
「オロオロと赤も」
赤て。
「関係者が揃ってるので話はスムーズですね。幸先良いです」
カセ&アルがいるから気楽にやれるし。
「よし、いってきます! オープンいえーい」
謎の掛け声で自分を鼓舞し、光のゲートをくぐる。
「もっと持ってこい」
「こっちは出来たぞ~」
「休憩するか?」
様々な声が飛び交う拠点予定地に到着。
白フワを見つける間もなく後頭部に軽い衝撃を感じた。
手で触るともふもふしていたので白フワなんだろう。
「(久しぶり~)」
指でそっとつまんで顔の前に持って来る。
5日間もほったらかしですまん。ずっと大森林にも帰っていないし、人さらいと言われても反論できない。
ボスからも「暇だった」と白フワの気持ちを代弁して頂いた。マジごめん。
気付いたら5日も経ってたんだわ。
謝罪の気持ちを込めて白フワを撫でまわしながら扉を開ける。
そこはもう完全に室内だった。
柵の周りは石が敷き詰められているし、壁も完成しており窓も付いている。
そして――
内側の壁に何やら塗り込んでいるサンリエルさんがこちらを凝視していた。
過去最高レベルの凝視かもしれない。どうした。
「おはようございます」
珍しく近付いてこないのでこちらから近付く。
やだ、今日の作業服みたいなのかっこいいじゃないの。髪の乱れ具合も良いし。
いつも視線の圧が足を引っ張ってるけどやっぱりこの人かっこいいんだなー。肌も綺麗だし。黒目はあれだけど。
「おは……よう……ございます……」
しかし本人はどこか様子がおかしいのでそっとしておこうと決めた。見守る優しさってあるよね。
「(マッチャ、おじいちゃん達が来ないうちに――)」
マッチャに声を掛けて荷物を柵の外に出そうとした時、完成していた家の扉が開いた。
「あ」
「あ」
カセルさんだった。
「お久しぶりです。声が聞こえましたので」
「おはようございます、茶葉を持ってきました」
こじんまり達を見てとても嬉しそうなカセルさん。見ているこちらまで幸せになる笑顔だわ。
「いよいよですね~。お店は完成していますよ」
「ありがとうございます。荷物を運ぶのを手伝ってもらって――後ろ? うわっ!」
ボスに言われ岩の方を振り向いたら目の前にサンリエルさんが立っていた。
ほんとそういうのやめて。気配出してこうぜ。
「私が運びます」
「やはりこちらにいらっしゃいましたか~」
おい、こちらはまだ心臓の鼓動が大変なままだぞ。みんな、サンリエルさんへの威嚇はどんどんやっちゃって。
「おい、今声が――お嬢ちゃん!」
おじいちゃん達にも見つかったようだ。一気に騒がしくなってきたな。
私の心臓も騒がしいんです。1番偉い人のせいで。
今日の訪問の目的を説明し、おじいちゃん達が恐る恐る柵の中から商売道具を運んでくれている間にカセルさんに質問する。
「カセルさん、領主様の様子がおかしいんですが」
あえて本人の目の前で聞く。
「おかしいですか?」
「こういつもの素早い接近がないと言いますか、挨拶をする際に私から近付きましたし」
「お前いつもそんな事してんのか! やめろ!」
本人の目の前で中々の事を言っている自覚はある。おじいちゃんも中々な事を言っているし。
「え!?」
ほら、カセルさんもこんなに驚いてるじゃん。
その時、家の扉からそっと顔を覗かせてきた思春期の彼。おは。
「お、おはようございます……!」
そんな必死で挨拶したら変に思われるじゃないか。一族の生き残りとはいえ今はただのヤマチカなんだから。
「アルバート、今日の領主様はどこかお変わりあるか?」
「え? ……え!?」
サンリエルさんを2度見するアルバートさん。
そりゃそうだ。本人の目の前でする質問じゃないからね。
「……いつもと違う……姿だったからな」
しどろもどろなサンリエルさん。
「姿? ……そういうことですか。ヤマチカさん、今日は髪を結っていないので驚いたみたいですよ」
「あ~なるほど」
いつも髪はまとめてたもんな。
初めて見るんだっけ?
「御使い様から髪を隠す被り物が完成していると聞きましたので、今日はこのままで来ました」
「さすが御使い様ね! 持って来るから待っててちょうだい!」
何やらヴァーちゃんが興奮しながら出て行った。
この前のケイドロでもびっくりするほどの動きだったし一族の身体能力どうなってんだ。
あっという間に運び終えたおじいちゃん達に近付こうとしたところ、馴染みのある視線を感じて振り向けば案の定サンリエルさんがこちらを凝視していた。
というか髪の毛を見てるな。
「お揃いですね」
特に他意はなく髪をつまんでサンリエルさんに話しかけると、サンリエルさんが一瞬赤面した。
「お……?」
ついつい普段の言葉が漏れる。
いやいやいや、だってしょがない。
え? あれ? さっき赤面したよね? あのサンリエルさんが? 見間違い?
「した」
……まさかの惑星のお墨付き。こういうのもお墨付きっていうのか?
しっかしどんなタイミングで介入してくるんだこの惑星さんは。心の声も読まれまくりだし。
サンリエル赤面事件は触れてはいけない事だと判断して何事も無かったかのようにおじいちゃん達に近付く。
おかしい、以前にも「お揃い」発言はしたような気がするんだけど。お揃いも理の一族全員がそうだしさー。
もしかして恋――
「違う」
わかってますよ!
この惑星はあれか、私のうぬぼれは絶対許さない使命でもあるんだろうか。
ちょっとくらい夢を見させてほしい。
「ありがとうございました」
気を取り直しおじいちゃん達にお礼を言う。
「気にするな!」
「店に運ぶのか?」
「はい。荷車って少しお借りできたりしますか?」
「わしらが運ぶぞ」
「お前達が運ぶとおかしいだろう。私が運ぶ」
うわ、急にいつものサンリエルさんが戻ってきた。
「領主様が運ぶのもおかしいのでは?」
「おかしくはない。私が目をかけている商人という事になっている」
「それでも領主自らっておかしいだろうが」
何やら揉め始めた一族達。こういうのよく見る。慣れた。
困っているとヴァーちゃんに呼ばれた。
「ここに座って」
どうやらウィッグを被せてくれるようだ。ありがたい。
「白い部分が増えたのかしら? さあ髪を簡単にまとめちゃうわね。――ほら男共はあっちに」
いつもみんなのいる前で髪をアレンジしてもらっていたので不思議に思っていると、ネットのようなものに髪をすべて入れ込まれようとしている。
なるほど。確かにこれは見られたくないな。
サンリエルさんも早く行って。
「これ本当に美しいわよね。よく観察すると人毛ではなさそうなんだけど……動物かしら?」
完成したウィッグは究極のさらさら具合だった。さすがボス。
でも守役様の毛なんて言えない。
「御使い様が用意してくださったので私も知らないんです。とても美しいですねー」
嘘ついてごめん。
「やはり神の持ち物なのかしら……。作業中紛失しないようとても緊張したわ」
……それも本当に申し訳ない。
勝手に自分の物にしたりしない限りは大丈夫なんで。どちらかというとサンリエルさんの収集癖対策なので。
髪をセットしている間に荷物は変装カセルさんとアルバートさんが運ぶという事で落ち着いたようだ。
なかなか引き下がらなかったサンリエルさんに関してはカセルさんの「先にお店を開けて準備をする大切な役目があります」のひと言で解決した。
前みたいに花だらけにはしないでくださいね。
でもオープン記念に飾るあの花だと思えばいいか。
「――それじゃあ」
「後で買いに行くから」
「カリプスもありがとな」
「変な奴がきたらすぐに言うんだよ」
これから離れて暮らす孫にするような見送りっぷり。ありがとう、じいじとばあば。
茶葉はお金を出して買うと譲らなかったのでキウイメロンを押し付けておいた。長生きしてね。
「孫は大丈夫か? 腰を痛めるなよ」
「“風”のが前でお前は後ろから押せ」
アルバートさんも同じくらい心配されてるな……。
これまたお揃いだ。
それじゃあ行ってきます。
緩い下り坂なので慎重に荷車を進める。
カセルさんは余裕の表情で荷車を操っているし、アルバートさんは失敗したら命がないような真剣さで荷物を押さえている。真面目か。
私は荷車に手を添えて2人に話しかけるだけという簡単なお仕事をこなすだけ。
たまにこじんまり達に対して注意。そこ、アルバートさんの邪魔をしない。見えないけど分かってるんだぞ。
高台の方から荷車を押して降りてきた事で、通りすがりの人に若干の疑問を持たれたようだが、アルバートさんの一生懸命さが好印象だったのか、怪しまれるまではいかなかった。
そして――
「あれ? あの人混みなんですかね?」
途中荷車に乗せてもらったりしながらも港まで来ると前方に人だかりが見えた。
「……店の近くですね」
「え……」
カセルさんの言葉に嫌な予感しかしない。
カセルさんはもう何が起きているのかわかっているようだが、口をつぐんでいるのでそれ以上聞くのは止めた。
どうせあの人だろうし。
ゆっくりと、しかし確実に人だかりに近付いて行く。
「領主様、花は匂いがきつくないものを選ばないとお茶の香りが目立ちませんよ」
「俺よくわかんないんでこの辺に適当に置いていいですか~」
「――これか? 美味しい茶葉が本日から売り出されるようなんだ」
「カリプスは今日あるかしら?」
なんか偉い人達がいっぱいいた。




