ある男の回想録37:1日1日を
――眩しい
眩しさで自然と目が覚める。
そのまま窓に視線をやると、いつの間にか明るくなっていた。
さっき寝たと思ったのだがもう朝がきたようだ。
「体が軽いような――」
何故だろうか、今朝はいつもより目覚めがすっきりしている気がする。
体をほぐしながら起き上がり、窓の外に見える神の島を眺める。
「体をいつもより動かしたからか……?」
昨日の夜の遊びを思い出す。
俺は一族の人間を捕まえるという無謀な遊びに参加していた。
はじめはヤマ様の後について走るだけなのでそこまで疲れはしなかったのだが、領主様が最初に捕まったあたりから状況が変わってきた。
領主様はあの時わざと捕まった。一見そうは見えないが絶対にそうだ。
いくら守役様達に追い立てられたとはいえあの領主様が、失礼だがヤマ様の走る速度に追いつかれるはずがない。
ヤマ様が伸ばした手に自分の腕が少し当たるように調節していたに違いない。
大喜びしているヤマ様の手前そんな事は指摘できなかったが。
そしてヤマ様が捕まえた領主様を残りの追われる側から守るため、二手に分かれた時から俺の試練は始まった。
何故か俺は空を飛ぶ守役様の先導の下ずっと走り回って一族の人間を追う事になったのだ。
さすがは守役様で、一族の人間がどこにいても的確に位置を把握しており俺の方に向かって追い立てて下さる。
しかし俺の能力が不足しているがゆえに俺は結局1人も捕まえる事が出来なかった。
何度か頭の上で足踏みをされてお叱りを受けた。
ヤマ様はというと、なんと全部で5人もの一族を捕まえていた。
後からヤマ様の周りでずっとちょろちょろしていたらしいカセルに聞いたところ、守役様達の波状攻撃の後にヤマ様が白い守役様を投げつけるという戦法で捕まえたという事だった。
すごい。
「――アルバート起きてるの?」
「なに? 姉さん」
体を動かしていると姉の声が聞こえてきた。
姉はなかなか自分の家に帰らない。もう帰ってもいいと思う。
そしてノックをしながら扉をあけるという意味のないノックをしながら姉が入ってきた。
「あら、良い心掛けね」
俺が体を動かしているのを見て姉が褒めてきた。
「あーうん。で、なに? 姉さん」
「何、じゃないわよ。みんなもう集まってるから早くしなさい」
「……なんの話?」
「神の踊りの稽古の話よ」
なんだって?
「稽古……?」
「そうよ」
「でも祝祭は昨日終わった――」
終わったから稽古をする必要は無いと答えようとしたところ、すごい勢いで姉が言葉を遮ってきた。
「まあ! 祝祭が終わったからってもう終わったつもりでいるの!?」
「……だから終わったよね?」
「まったく! さっさと着替えなさい! お祖母様にひと事言ってもらわないと!」
そう言うなりいきなり俺の服を脱がそうとしてくる姉。
「ちょ、ちょっと! 自分で着替えるから!」
慌てて部屋の隅に逃げ込む。
神の宝石の存在は絶対に知られてはいけない。それよりも年頃の弟の服を脱がそうとするな。
姉の中ではいつまでも小さいままの弟なんだろうな……。
「なら早くなさい!」
怒りながら去っていく姉。
なんなんだよ朝から……。
ぶつぶつ言いながらも渋々舞踏室に向かった俺は更に女性陣からお叱りを受ける事に。
なんでも神の踊りを毎日稽古し、研鑽を積む事が拝謁許可を得ている者のあるべき姿らしい。
しかも次は女性の踊りを覚えるように言われた。
守役様に特に目をかけて頂いている俺は、人の何倍も努力をしないとあれこれと言ってくる人間に対抗できない、という親心からのお叱りのようだった。
家族の中で俺の評価が間違った方向に向かっているのはよくわかった。
「良い朝だな!」
「おはよう……」
カセルは今日も元気だ。
港の執務室の自分の席に着いた途端カセルが部屋に入ってきた。
「なんだよ、まだ元気出ないのか?」
「……あ……」
王女様の事を今の今まですっかりと忘れていた。昨日の事だぞ……!
「お前の言葉を聞くまで忘れてたんだけどな……」
「なんだよそれ」
「お前は悪くないんだ……。実は俺の家族が――」
朝からの騒動をカセルに伝える。
すると思った通りカセルは大笑いだ。
「さすがお前の家族!」
「クダヤの住民のあるべき姿とも言ってたな……」
「住民はこれからも稽古は欠かさないだろうけどな~。次の日の早朝からって――お前んちは相変わらずだな!」
これからも朝早くに起床する日々は続くのか……。慣れてきたけどな……。
カセルと昨日のヤマ様の遊びについて話していると、領主様が部屋に入ってきた。
「「おはようございます」」
「おはよう」
俺達に挨拶を返した後、腰につけていた鞄から何かを取り出す領主様。
そしてそれをこれ見よがしに食べ始めた。空いている手で腕を掴みながら。
「……あの……」
「あ、それ昨日ヤマ様に頂いたものですか?」
「そうだ」
何も立って食べなくても。
自慢したかったんだな……。腕は昨日触れられた箇所ですよね……?
「お茶をお淹れしますね~」
それをヤマ様がお買いになる際に助言したなんて絶対言うなよカセル。
「頼む。――ヤマ様は使者が帰り次第茶葉を持ってこられるそうだ。直々に日程の相談をされた」
「それは楽しみですね~」
どこか勝ち誇った顔の領主様。
直々に、という箇所を深く掘り下げた方が良いのだろうか。俺を見ているし。
「店はもうそろそろ完成するんですよね?」
「そうだ。怪しまれないよう大きくはない簡素なものだからな」
残念そうな領主様。
「もう住民に……?」
「もちろんだ」
どこか小声でやり取りをする2人。
そうか、もう住民のヤマチカさんなんだ。家族は驚くだろうな。
「店に守役様もきっといらっしゃるな!」
そうだな。住民ならヤマ様が街にずっといらっしゃっても不自然に思われないし。
……あれ? ……という事は店の管理の話はどうなるんだ……?
「あの、領主様」
「なんだ」
「店の管理を任せる夫妻はどうなりますか……?」
「あの家族の新しい家はヤマ様の店の近くに用意している。そこで自由に店を開けば良い」
良かった。あの人の良い夫婦は変わらず自分の店は持つ事が出来るんだ。
祝福を受けた子の両親の店だ、きっと繁盛するだろう。
「ヤマ様だって毎日店にいらっしゃるわけにはいかないですからね~、こちらは大歓迎ですけど。商人は仕入れで店にいない時もあるのでその時は管理してもらえば良いですね!」
そうか、どうなってもなんとかなりそうだ。
「ヤマ様に力を尽くせるよう早く話し合いを終わらせるぞ」
「ですね! 面倒はさっさと終わらせましょう!」
外交を行う人間の発言としては不適切な発言だが、一族の人間の発言としては適切な発言なんだろう。
話し合いの相手がユラーハンだけならもう少し前向きに参加したんだろうか……。
話し合いの行われる部屋に入ると、参加者達はそれぞれくつろいだ様子だった。
地の族長とバルトザッカーさんはアルレギアの使者達と更に仲を深めたようだ。
野性味溢れる、という点では似た者同士だからだろう。
あの背の高いララウルク首長ももちろんいた。ひたすら何かを描いているが。
そして――王女様もいた。
「領主様遅いですよ」
「申し訳ありません」
「申し訳ありません……」
イシュリエ婆さんにはいつも遅い事を咎められている気がする。
領主様は我関せずという感じだったが。領主様、名指しされていますよ。
俺達が空いている席に着くと場は自然と話し合いを行うどこか緊張した雰囲気になった。
「本日話し合う件は今後の拝謁と大使館について。昨日の内に質問事項はまとめて頂いていると思うが、どちらの国から――」
本来の領主様だ。
昨日とは全然違う。
「私達は前回お話しさせて頂いているのでアルレギア連合国家の方々からどうぞ」
ユリ王子がそう告げると、アルレギアの傷だらけのナザニネ首長が話し始めた。
……先程ユリ王子を見た際に王女様と目が合ってしまい、とっさに逸らしてしまった。
馬鹿やろう……! 失礼な事を!
俺が後悔で落ち込んでいる間にも質疑応答は進んでいく。
集中しろ……!
「――我々の立場はこれまでと同じだ。ヤマ様と、我々人間の仲介役。そしてどこの国に対しても優遇したり差別する事は無い。我々は中立の立場を崩さない。お互いに大使館という接点ができてもそれは変わらない。――神に盾突いたミナリームの権力者は別だが」
「あいつは一生大森林からこちらには来れないでしょうね!」
地の族長、笑い事じゃないです……。
「わかりました。ユラーハンと同じく信仰の実績がない我々からは直接の貢物はせず、何らかの行動をする際は拝謁許可者を通した方が良いという事ですね」
ベスロニア首長がそうまとめるとナザニネ首長も同意した。
「そうだな。――それと御使い様についての質問なんだが……」
とても言いにくそうなナザニネ首長。
なんとなく予想は出来るが。
「はい、それについては私から。こちらに質問をまとめました」
今までぼんやりと座っていたララウルク首長が急にてきぱきと動き始め、席を立って畳んだ布を領主様に渡しに来た。
領主様はじっとララウルク首長を見つめるだけだったので代わりに技の族長が受け取る事に。
「ありがとうございます。これは?」
「紙だともったいないので布に書きました」
技の族長がその布を広げると、そこにはびっしりと文字が書きこまれていた。
「随分たくさんお書きになったんですね……」
「申し訳ありません。すべてにお答えになる必要はありませんので」
ベスロニア首長も苦笑いだ。
きっとララウルク首長を抑えきれなかったんだろう。
本来それぞれの部族はお互いに対等と聞くからな。
「ユラーハンの方達の質問と照らし合わせ話し合いの最後にまとめて、という事でよろしいでしょうか? ――領主様、もう確認しておりますよね? 2人に見せても?」
領主様の態度を見て風の族長が物腰柔らかに対応する。
2人ってまさか俺達の事じゃないよな……?
「かまわない。ではユラーハンの質問に移ってよろしいか」
さっさと話し合いを終わらせようとしている領主様に、風の族長から布を渡されているカセル。
俺達の事だった。
そしてそれを隣に座っている俺にも広げて見せてくるカセル。
うわ……なんだこれ……。
さらに俺達の後ろに立って一緒に布を覗き込んでいるララウルク首長。
「――何か?」
「おい座れ!」
カセルは偽物の笑顔を崩さないし、ナザニネ首長は怒ってララウルク首長を引っ張って行った。
日が変わってもあの人の奇妙な行動は変わらないようだ。
……この話し合いが無事に終わりますように。




