ある男の回想録36:分不相応
「守役様の遊びって何だろうな~」
「――――あっああ……そうだな……」
しまった、また考え込んでいたみたいだ。
「お前は悪くないぞ」
「え? …………そうか、風の一族には聞こえてたか……」
「そうだな!」
笑顔で言う事か。
この会話が領主様にも聞こえているのかと視線を向けるが、その領主様はヤマ様の隣に張り付くようにして、前を歩く4本足の守役様を凝視していた。
……聞こえていても問題は無さそうだ。至近距離で羽を持つ守役様達に威嚇されてもいるしな。
「俺なんかがあんな可愛らしい女性の好意を……」
王女様のあの悲しそうな顔がずっと頭から離れない。
なんだかこれからひどい罰が待ち受けているような気がする。
「お前なあ――」
「わかってるよカセルの言いたい事は。でも中々自分の中で折り合いがつかないんだよ……」
気持ちが無いのにずるずると期待だけさせる事が不誠実なのは分かっているんだ。
これから先、どうあっても王女という相手に心が向く事が無いという事も。
でも――
「俺は選ばれない辛さを小さい頃から経験してきているし……」
周りをカセルや兄達に囲まれてきたのだ。十分すぎる程その辛さは知っている。
努力しても求めたものに求められない辛さ。
「俺はどちらかと言うと求められる方が多かったからお前の気持ちはそこまで理解できない。だけど幼馴染が悲しむのは辛い。――まあなんだ、お前の気のすむようにしろよ。話を聞く事は出来るからな! というか聞こえてくるんだけどな!」
「……わかった」
ありがとうカセル。何も考えていない顔だなんて思ってすまん。
「――うわっ!?」
「あっ! また! ――失礼しました」
突然、空を飛ぶ守役様が物凄い勢いでこちらに飛んできて頭に止まった。
「へ、平気です!」
「お前はいいよな~」
そうだ、暗くなっている場合じゃ無かった。
ヤマ様と守役様に失礼の無いようにしないといけない。
そう言えば……先程の女性は帰ったらしいが新たな守役様なんだろうか……。
ヤマ様に気軽にお触れになって助け起こして…………ああああああ! 思い出すな思い出すな……!
結局、守役様は頭に止まったままヤマ様の拠点に向かう事になった。
「戻りました~」
「おかえり!」
「姿が見えないと思ったら……つけ回すなよ!」
「若いのもいるぞ」
驚く事にヤマ様は一族の老人達ともうかなり打ち解けているようだ。
「あの、守役様がお越しになっていまして……邪魔にならない場所をお借りしてもいいですか?」
「構わないぞ――お、おい、そちらの方々はもしかして――」
「こちらの方達も守役様です」
「おい! みんな集合だ! ――お初にお目にかかります……!」
4本足の守役様に合わせて平伏する老人達。
4本足の守役様は地面すれすれのお体なので大変そうだ。
白い守役様はヤマ様の頭に張り付いたままだし、抱きかかえられている守役様はくちばしを閉じたり開いたりと威嚇している。
そして空を飛ぶ守役様はいつまで俺の頭の上にいらっしゃるんだろうか……。
「お、お土産を買ってきたんです! 皆さんでどうぞ! 守役様も礼は必要ないと仰っていますし」
……ヤマ様が困ってらっしゃるな。
「あ、ああ……」
「ヤマチカちゃんも食べない?」
「守役様のお言葉がわかるのか?」
なんだ? ヤマチカ……?
「……守役様に近い力を先祖が持っていた事と関係があるようで、分かる時があるんです」
そうだ、ヤマチカさんの隠された素性だ。
生き残りの少女と老人達には説明してあるのか。それもそうか。
俺、いつもより判断力が落ちているな……。普段も大したことはないが。
「後で頂いても良いですか?」
一族の老人達は早くもいそいそと椅子を準備しており、守役様には台座として机を急いで組み立てている。
言葉を交わさずともお互いに意思疎通が図れている鮮やかな手並みはさすが一族の老人達だ。
こちらの頭上を見ながらでも作業に支障が無いのもさすがだ。
「――お2人とも少しお付き合い下さい」
物凄い速さで準備が着々と整えられている様子をぼんやりと眺めていると、ついにその時が来たようだ。
俺の隣には興奮を抑えきれないカセルに……ん……? 領主様……?
さっき椅子の位置を細かく指示して迷惑がられていたのにいつの間に。
「守るべき作法は簡単です。――落ちてくる守役様を受け止めるだけです」
「え? 落ち――」
「わかった」
「任せてください!」
おい、カセルちょっと待て。今落ちてくるって――。
「……領主様もですか……」
領主様、ヤマ様が困ってらっしゃいます……!
いや、それもそうですけど、まだ何がどうなって『落ちてくる』のか俺は理解できていません……!
「えー……では守役様、お1人ずつお願い致します」
ヤマ様がそう言うと、4本足の守役様が空を駆けのぼっていった。すごい……!
白い守役様もふわふわとその後を追う。
羽を持つ守役様達はヤマ様の足元で待機するようだ。
「「「おお……!」」」
ご老人達の歓声が凄い。
「はい、こちらの準備は完了しております。いつでもどうぞ」
……なぜだろうか? ヤマ様が俺との距離を詰めてきているように感じるのは。
ヤマ様が手を上げられた途端、白い守役様を頭にお乗せになった4本足の守役様が、まるで空中を滑り下りるかのように勢いよくこちらに向かってきた。
かと思えば、急に上空に打ち上げられた。
そしてがさがさっ! と大きな音を立てて木の枝が密集している箇所にお消えになった。
「も、守役様~。こちらの準備は大丈夫です~」
少し慌てた様子のヤマ様が声を上げると、盛大な音を立てながら守役様が姿を現しになり、先程より緩やかな速さでこちらに向かって落下してくる――
(これは……俺か……?)
まさか初めに俺に向かって落ちてこられるとは予想しておらず――というかようやく『落ちてくる』を理解したばかりだ――混乱で体が動かない。
「アルバート少し下がれ!」
「――あ、ああ!」
そうだ、カセルと領主様がいた――
「……え!?」
しかしありえない動きでカセルと領主様を避けてこちらに突っ込んでくる守役様達――
「よっ」
その直前にヤマ様が俺の視界の左から右へと飛び、4本足の守役様を抱きかかえて地面に着地した。
「「おお~!」」
「すごい!」
辺りはヤマ様を褒め称える声でいっぱいだ。
「守役様、最後の詰めが甘いです。――アルバートさん、私にお任せくださいね」
「ま、任せる……? うわっ!!」
突然ヤマ様の腕の中から白いものが飛び出してきて首と肩の間に挟まってきた。
「あ! 1人ずつですよ!」
白いものはもしかしなくとも守役様なんだろうな……。
「あ~駄目でした~」
お前物凄く楽しそうだな。
「最後に敵が油断した時がねらい目です」
敵……?
「なるほど!」
お前、守役様に物凄く牙を剥き出しにされているけど平気なのか?
ヤマ様に抱きかかえられているとはいえとても険しいお顔だぞ。
「では次にいきましょう!」
なんだかヤマ様も随分と楽しそうだ。
その後も守役様を受け止める時間は続いた。
なぜか守役の皆様はどこにいても俺の方に向かってこられたが……。
羽を持つ守役様達は明らかに俺にくちばしの先端を向けていたが、ヤマ様が間に入ると優しく寄り添うようにヤマ様の胸に飛び込んでいった。
自由に速度を調整できるんですね……。俺の時のあの鋭さはいったい。
カセルは白い守役様を一度受け止めて大はしゃぎしていた。
……良かったな。
結局白い守役様以外はすべてヤマ様が受け止められ、最後の方にはご老人達から俺が守役様をいかに避けるかという助言までもらってしまった。
ありがとうございます。
領主様は一度も守役様に触れる事も近付く事も出来ず、それを不憫に思ったのであろうヤマ様から、腕を引っ張って立ち位置を指導してもらっていた。
残念ながら実を結ぶことは無かったが。
あの時領主様がずっと鼻を押さえていたのは確実に止血だと断言できる。初めて体に触れていただいたはずだからな。
「――熱中しすぎてしまいました!」
「喉が渇いたでしょう? これ飲んで」
「ありがとうございます!」
ヤマ様は前任の技の族長の奥さんに世話を焼かれている。
「お前は体力がいまひとつだな」
「動きに無駄が多い」
「は、はい……」
俺は何故か筋肉がすごい老人達から指導を受けている。
走り込みはしているんですが……。
「守役様を受け止めたぞ!」
カセルは1人でうるさい。
領主様も……うん、みんなそれぞれ楽しく幸せな時間を過ごしている。
「守役様の分ってありますか?」
「……あちらの白い守役様も食事はされるのか?」
「はい」
「よし! 用意するぞ!」
守役様達は台座代わりの机の上で献上品を召し上がるようだ。
俺も手伝える事はないかと机に近付こうとすると、体が何かに当たった感触が。
「……?」
机と俺の間には何もない。
再度前に進もうとするも何かがあり前に進めない。
不思議に思い手でその辺りを払ってみると――
「……!」
慌てて悲鳴を飲み込む。
……この感触は恐らく守役様だ。確か以前にもこんな事があった。
他の方々もこちらにいらっしゃるんだ……!
さりげなく、と努めてみたがそんな事俺には無理だった。
これ以上ない程のぎこちなさでカセルに近付く事に。
「――そこの孫はどうしたんだ」
「え、いや、あの……」
もちろんすぐさまご老人達に怪しまれる。
「体でも痛めたのか?」
「い、いえ!」
「こいつちょっと色々あって挙動不審なんですよ~」
おい、なんなんだその助け方は。
色々あった事がどうして挙動不審につながるんだよ。
「そうか、色々あったのか」
「そんな時もあるわよ」
……納得された。
「私達は君の何倍も生きているから何かの役に立つかもしれないよ?」
「いえ……あの……小さな事ですので……。俺だけがうじうじしているような事ですし……」
「自分にとって大変な事なら大きいも小さいもないぞ」
「そうだ。人と比べるなよ」
ご老人……。
「1つの方法としてな、力の限り仕事をして体を疲れさせ何も考えずに眠るって方法もあるぞ」
「それ良いですね!」
突然ヤマ様が会話に加わってきた。
「両親から教わった遊びをいつかこちらでも出来たらな~と思っていたんです。皆さんでやりませんか? 小さな子供がやるような遊びなんですが懐かしくなってしまって――」
「やります!」
「もちろんだ」
「教えてくれ!」
どこか悲しそうな顔をされたヤマ様に一族の人間達は物凄い盛り上がりを見せている。
「ありがとうございます。遊び方なんですが追う側と追われる側に分けます。追う側は追われる側を捕まえて決まった場所に連れて行きます。しかし捕まっても逃げる機会はあります。追われる側が追う側を避け捕まった仲間の体に触れる事が出来れば逃げ出せます」
……なんだか急にはきはきと元気になったような。悲しい顔はいったいどちらへ。
「皆さんの身体能力を考慮しまして守役様と私とアルバートさんが追う側、残りの皆さんを追われる側にしたいと思います。林の外に出ると負けです。――守役様、よろしければご参加ください」
「守役様に追われるの!? 光栄だわ!」
それは喜ぶ事なんだろうか。
真剣に準備運動を始め出す一族の人間達。
ヤマ様はそれに少し驚いた様子で「体に負担が無いようにお願いします!」と仰っていた。
ヤマ様は一族の人間の本気をご存知じゃなかったんだろうな……。
クダヤで生まれ育った俺には子供の遊びではなく戦闘訓練になると断言できる。
そして領主様は俺を追う側の視線で見つめてくるのは止めて下さい。
追う側はこちらです。
組分けはヤマ様のご意向なんです。




