あまり無い
おじいちゃんとおばあちゃん達に本気で怒られている大人の男性(領主)。
その年でも怒られるんだ……。何歳なのか知らないけど。
でも怒られている本人は私をひたすら凝視している。おい。
目がぎらぎらし過ぎて怖いんですけど。
なんであの登場を選んだんだ。ほんとまじなんなの?
しかもなんで泥だらけ? 余計怖いわ。
今日は部屋を暗くして寝られないな。チカチカさんにずっと明るくしててもらわないと。
「ほら、お嬢ちゃんにきちんと謝っとけ」
「ヤマチカちゃん安心して。こんなのでもいちおうクダヤの一族だから変な事は出来ないから」
サンリエルさん背中をぐいぐい押されてるな……。そして中々の事を言われてもいる。
「……すまない。久しぶり……どう……やって来たのだ?」
演技へった! また下手になってるよ!
心の準備なんてものも無かったししょうがないのか?
「えー守役様に送って頂きました」
「そうか……この者達とは……?」
あれ? おじいちゃん達は昨日の事を話してないんだろうか。
「昨日も祝祭を楽しめるように連れて来てもらったんですが、その際にお会いしました」
「昨日……?」
「お菓子うまかったな!」
「畑の周りに石を積んでみたんだが――」
おじいちゃん達がわいわいと楽しそうにしているのとは反対にじっとこちらを凝視してくるサンリエルさん。
「昨日か……そうか……昨日か……」
「そうですね」
なんとなく悲しそうな顔だな……。
それにしても責められている気になるのはなんでだ。束縛の激しい人みたい。
気持ちがいつも通り重い安定のサンリエルさん。ここまでいつも通りだとある意味安心感すら覚える不思議。
「ここで会えましたので茶葉を持って来る日を決めたいのですが……いつまでお忙しいですか?」
「忙しくない」
はやっ。
「使者が来てんだろーが」
みんなそう思うよね。
「問題ない」
「お前なあ……」
「族長達で対応できる」
ほんとチカチカさんの影響力は恐ろしいな。
領主の仕事ほぼ放棄だよね。
「あの、こちらの事は気にしないでください。1番偉い領主様がいないと他国の人達はがっかりすると思うんです……。私のせいでクダヤの評判が落ちるのは悲しいです……」
女優になりきって悲しそうな顔をする。眉毛はきちんと下がっているかしら。
「こんな小さな子でも物事の道理ってもんを分かっているのに領主様ときたら――」
「気持ちはわからなくもないがお前は領主だしな」
サンリエルさんとおじいちゃん達の力関係って不思議。結構な事を言われているのにサンリエルさんは気にしていないみたいだし。
でもおじいちゃん、私は小さな子ではないです。
「……使者は数日したら帰る」
お、サンリエルさんが譲歩した。
「では数日後に持ってきますのでよろしくお願いします」
「……ああ」
よし終わった。イベントに行くぞ。
「私はお祭りに行ってきますね」
「送ろう」
あーやっぱりそうなるよね。
「守役様が姿を消して守って下さっていますので大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「お前は畑の作業の途中だろう。呼んでもないのに勝手に参加しておいて」
「そんな格好をしているんですからおやめになった方が良いかと」
なるほど。泥だらけの理由がわかった。
「領主様も手伝ってくださっているんですね、ありがとうございます」
「ヤマチカちゃん、今日は自分で髪をまとめたの? 上手ね! 花を挿してから行く?」
私がサンリエルさんに対して少し苦手意識があるのがわかったのだろう、ヴァレンティーナおばあちゃんが助け舟を出してくれた。
さすがだ。
「自分でがんばってみました。良かったら花を挿してもらえると嬉しいです」
ほんとはチカチカさんとマッチャの合作だけど。2人ともすごいよね。
「ほら、こっちにいらっしゃい」
ヴァレンティーナおばあちゃん……長いからヴァーちゃんでいいか。
ヴァーちゃんが椅子を用意してくれたのでそこに座る。
おじいちゃん達は周りに飾ってある花を見ながらあれやこれやと真剣な顔で話し合っている。
私に1番似合う花を吟味しているようだ。
いつの間にかスタイリストさんまで確保してしまった。驚くべきイージーモード異世界。
もちろんサンリエルさんもさらっとスタイリスト仲間に加わっている。溶け込み方がナチュラルすぎる。
のんびり座ってスタイリストプレイを楽しんでいると、じゃらっという音が聞こえてきた。
ヴァーちゃんの方を振り返ると、鞄の中から大量のアクセサリーを出している所だった。
何その量。
「……ずいぶんたくさんありますね……」
「今まで作りためていたものを持って来ていたのよ。ヤマチカちゃんにまた会えると思ったから」
え? これおばあちゃんの手作りなの? すごいんですけど。
まあこの世界のものは全部手作りだろうけど。
「一線を退いてからは時間ばかり余ってね。まだ力はあるんだけど……年寄りがいつまでも大きな顔をしていると若い子達が気を遣うでしょう?」
「はあ~そういうものなんですね」
「こんな事を言っているけどまだ大きな顔をする事もあるのよ? 今とか」
そう言ってウインクしてきたヴァーちゃんは可愛い。
クダヤの女性の嗜みはやっぱりウインクなのかな? 練習しておかないと。
「でも私達もまだまだね。もっと腕を磨く必要があるわ」
「今でも十分すごいですけど……」
私は素人だけどこの細かい細工は凄いと思う。
「まだまだなの。御使い様のお召しになっていた装飾品を見た事がある? 私もサム――今の技の族長ね――に聞いだけなんだけど、あれ1つで小さな国なら買えるほどの価値があるの」
「……え?」
いや、本気で「え?」なんですけど。島の物はとんでもない価値があるのは知ってるけど……。
それ元々街から送られてきたものだから島産じゃないし……そんなにする?
聞いた事を忘れてるだけ? その可能性は否定できないけどさあ。
「あの色、大きさの鉱石はもう手に入らないと言われている上に、あの製法はもう失われた古代の叡智だから誰も同じものは作れないのよ」
「へえ……」
「御使い様はそんな装飾品をたくさんお持ちになっているのよ。……それに比べて以前私達がお贈りした物なんて……子供だましに見えてしまってね……」
落ち込まないでヴァーちゃん……!
あのアクセサリーは洞窟にあったものを適当にオシャレ初心者が何もかも詰め込む感じで身に着けただけですから!
ファッションの足し算、引き算とかまるっきりわかってないだけですから!
「わ、私は御使い様と守役様にお会いした事がありますけど、皆さんからの装飾品を喜んで身に着けてらっしゃいましたよ!」
そもそも私に審美眼なんてものは備わっていない。
綺麗な物は綺麗だなあと思うだけで価値のあるものなんてわかりません。
「そうなの? それならとっても嬉しいわ」
そうなんです。
今度からは洞窟にあるアクセサリーをあまりつけないようにしよう。また忘れる可能性もあるけど。
今更ながら雑に扱って落としたりした事が恐ろしい。国が買えるのか……。
「ありがとうございました。行ってきます」
厳選された花を髪に挿してもらったので、手を振りながら拠点予定地から離れる。
サンリエルさんにはお土産を買って戻ってくると伝えてあるので後はつけてこないだろう。たぶん。
その辺はヴァーちゃんに任せる。
「どう? 花似合う?」
「キャン」
いつも見えていないのにコメントをありがとう。
その優しさだけもらっておくね。
「チカチカさーん、どの辺りで合流しますか?」
「人間が多くなってきたら紛れて近付く」
「おお~諜報員みたいですね~!」
私はいかに早くチカチカさんの存在を見つけられるか挑戦だ。
というか諜報員ってこんな感じで合っているんだろうか。
のんびりと道を下り、音楽の聞えてくる方向に足を向ける。
街の人の楽しそうな声もだんだん大きく聞こえてきて無性にわくわくする。
歩き進めていくと、通りにたくさんの出店がひしめき合っている光景が目に入る。
(お祭りだ! 出店だ!)
興奮してきた。
いっそう賑やかな一画に目を向けると、神の音楽に合わせてたくさんの人達が踊りながら手に持っている飲み物をぐびぐび飲んでいた。
(思ってた祝祭これ! このベタな感じを求めてた!)
自分でも訳の分からない興奮具合。
でもしょうがない、ファンタジーといえば陽気なダンスなんだもの。
腕を組んじゃったりしてお酒を浴びるように飲む。
映画でしか見たことのないシーンが実際に見られるなんて幸せ。
でも気分によって発動する人見知りさんが顔を出してきたので、踊っている人垣の端の端にじりじり近寄って行き、体を控えめに揺らしてダンスに参加した。
ふふふ、これで私もリアルが充実している女子に近付いたな。
にやにやしながら注文したお酒をちびちびと飲む。
そしてちょこちょこと体を動かしていると、遠くの方から物凄くキレのある動きの女性が近づいてきた。
(何あの人! 動きが超キレッキレ! こっちに来てる……えっ? ダンスバトル挑まれちゃう系なの? やだーあれ? でもあの人――)
「お待たせ」
うん、知ってる人だった。
「チカチカ……ちかさん」
こんな事をするキャラでした? ツンデレだよね……?
「ちかさんが踊りながら近づいてくるとは思いませんでしたよ……」
いや、ほんとに。誰も正解できないと思う。
「そう?」
そう答えながらも音楽に乗って体を動かしているチカチカさん。
おかしい、ここが日本のクラブに見える。行ったことないけど。
これはツンデレという意味を調べ直した方がいいのかもしれない。
「さすがの上手さですね……」
でもそろそろ注目を浴びてきているからここから離れた方が良さそう。
ダンスバトルとか今にも挑まれそう。
「S青年の居場所を教えてもらっていいですか?」
チカチカさんの腕を引っ張ってお願いする。
「あっち」
リズムに乗りながらこの場から上手く離れるチカチカさん。
ほんと惑星はなんでもそつなくこなすな……。
一緒に日本のクラブに行ってみたい。
自分もチカチカさんに合せて体を動かしながら後をついて行く。
途中で酔っぱらっているかっこいい男性達から「ピュウ~」と外国人風の口笛賛辞をもらったのは一生の思い出にしようと思う。
ありがとうチカチカさん。




