ビフォーとアフター
「チカチカさんただいま~」
中に入り声をかけると明るく点滅して出迎えてくれた。返事を返してくれる人がいる幸せ。
「色々と集めてきたのでいったん荷物を置いて――――、階段!」
部屋に階段が出来ていました。以上。
「階段が出来てます! 吹き抜けみたいになってます! 通路みたいなのがありますチカチカさん!」
矢継ぎ早にありのままを報告する。チカチカさんは「おうよ」と言わんばかりに点滅した。
「これどうしたんですか? チカチカさんの力ですか?」
……チカチカッ
なんだ、またあのハイテンション<意思>も関わっているのかと思ったがどうやら違うようだ。じゃあどういうことだろう。
あ、分かってしまった。私冴えてる。
「あのシャララララって音! あれ関係してますよね?」
間違いないとばかりに確認すると、チカチカさんは激しく点滅した。
賞金がかかったクイズに正解した気分。
「私あの音ってレベルアップの音かなと思ったんです。新しいことを経験したり、何らかの行動をとることで必要なクリア条件を満たしたのかなと」
ゲームでは敵を倒すだけでなく、納品したり依頼を達成することでもレベルアップ出来たはずだ。
<地球>さんのメッセージは油断して読んでいたので所々忘れてしまったが、たしか私には刺繍以外にもサポートをつけてくれたはず。強化してくれたらもっとエネルギーを集めやすくなると思うし……。たぶん。
そう思い聞いてみるとこれまた正解のようだ。私内政もいけるんじゃないの?
「私のどこがレベルアップしたのか教えてください。新しい能力追加とかですか?」
ワクワクしながら聞いてみる。覚醒時に目の色が変わるとかでもいいのよ? ワクワク。
しかしチカチカさんの反応はない。
「じゃあ身体強化?」
……………………
「知力アップ?」
……………………
「もしかして運の良さ?」
……………………
「ど、動物に懐かれやすいとか?」
……………………
どうしようもう思いつかない。
「えーなんだろう。変わってないとかはあ――」
チカチカッ!!
「え!?」
すごいかぶせ気味に点滅してきた。
「え!? 今『変わってない』の所に反応しました!?」
チカチカッ!!
「……………………」
ぬか喜びだった。あのワクワクを返して欲しい。しかしレベルアップの音だというのにどこがレベルアップしたのか。
「レベルアップってどこが……」
ぽつりと呟くとチカチカさんはお得意の部分光らせをしてきた。
階段がそれはまあ綺麗に光っている。洗面台もどきもだ。
「……レベルアップって家の話ですか?」
認めたくはないが確認は必要だ。
チカチカッ
……案の定家のレベルアップでした。そりゃあ階段が出来てるんだからそうでしょうね。冷静に考えれば分かる事だった。やっぱり内政無理だな。頭脳が残念だ。
「私の能力レベルアップという大事なイベントはそもそも存在しますか」
…………チカ……ッ…………チカッ……
なんか切れかけの蛍光灯みたいなじわじわした光り方をされた。有りか無しかでいうと、ほぼ無いだよね。
これはもうしょうがない。残念だけど私にはハイスペックなお仲間達がついているから大丈夫だ。
そのお仲間達は隅にギュッと固まってくつろいでいる。触れ合うように固まっている姿を見ると気持ちが和らぐ。
「チカチカさんはみんなの事をもちろん知ってますよね? すごく助けてもらいました」
みんなも鳴き声で挨拶をしている。チカチカさんも点滅して言葉をかけているように見える。ある意味親子の対面だ。
話もひと段落したのでレベルアップの結果だという階段を登ってみることにする。当たり前だか素材はすべて木だ。
階段を登りきると左右に通路が伸びておりこの部屋の外周に沿って作られている。ご丁寧に手すりも完備で、綺麗な円ではないがドーナツの形のような通路だ。吹き抜け状になっていてさっきまでいた場所が見下ろせる。
ロフトみたいなものなのかな? ロフトにしては通路の幅が狭いが。
通路をぐるりと歩いていくと、階段とちょうど反対側の場所の壁に取っ手らしきものが――。
すぐさま取っ手の部分に指をかけて引いてみる。 ……引けない。
さっきより強めに引いても動きがないのは変わらない。
「何これ。チカチカさん、ここは扉じゃないんですか」
首を傾げながら聞くもチカチカさんの反応は無い。あれ、じゃあ扉ってこと?
隠し扉的なギミックでも仕掛けてるのか……? ひとまず細部をよく調べてみよう。
頭の中に考古学者の冒険野郎のテーマが流れ出す。テーテレッテー。
よくあるパターンだと壁のある部分を押せばスイッチが起動するはず。壁を力を込めて手のひらで押していってみよう。
ズッ
いきなり当たりを引いた。というかこれって引いて開けるんじゃなくて押して開けるタイプ……?
(まぎらわしいよ!)
全然問題はなかった。せっかくレベルアップしてくれた家に申し訳ないので心の中で叫びを吐き出す。
考古学者プレイをしようとしていた自分が恥ずかしいじゃないか。
押して開けるタイプの扉だからドアノブがあれば分かりやすかったよね、と何かに言い訳しながら更に力を入れながら扉を押し開ける。
最初は少し抵抗があったものの後は思ったよりスムーズに開いた。
中は何もないガランとした空間だった。下の空間よりやや狭いくらいの大きさで、木のいい匂いがする。ファンタジー補正なのか巨木のサイズと室内のサイズは一致しないようだ。
「チカチカさん、この新しい部屋は私が使って大丈夫ですか」
念のため聞いておくと高速チカチカしてくれた。
ここはベッドルームにしよう。靴も入り口付近で脱ぐようにして、とあれこれアイデアが湧いてくる。自分流にカスタマイズって楽しみ。そうだ今のうちに布団を移動させておこうと思い立ち下に降りる。
階段を降り切った所でマッチャがヨッという感じで手を上げて挨拶してくれた。今度あれ教えようかな? 海外ドラマとかで男同士が挨拶しあうやつ。楽しみがまた1つ増えた。
マッチャにヨッと返しながらまずは掛布団を小さくまとめて持ち上げる。
慎重に階段をのぼり部屋に運び込む。入り口で作業用ブーツを苦労して脱ぎ、布団を部屋の奥にいったん置く。
今更だけど布団干す時めんどくさいなと気付きながらも残りを運んでしまおうと振り返ると、エンが背中に残りの布団セットを乗せて佇んでいた。
「クー」
持ってきたよと鳴き声を上げるエン。私がブーツを脱いでいるのを見てなのか部屋には入ってこない。
やだ、すごく愛おしい。
お礼を言いながらエンに近づくと、エンの後ろにはバスタオルとキイロをを背中に乗せたナナがいた。
マッチャは、と下を見るとごろごろしていた。……エンに布団を乗せたのはマッチャなんだろうけどね。
毛布が3枚もあったので1枚をマットレスの下に敷くことにする。地べたに直接はなんとなく好ましくない。そして布団をセットし終わりバスタオルを受け取ると完成だ。いい夢見れそう。
さて次は洗面台の確認だ。みんなとぞろぞろ下におりる。
洗面台に近づくと、新たに複雑な紋様が刻まれているのが確認出来た。もはや芸術品の域に達している。
ワイングラスが半分壁に埋まっているようにも見えてなんだか御利益ありそう。
「チカチカさん、ここのレベルアップは液体の効能アップとかですか」
……………………
「違うのかー。味が変わったとか」
……………………
あれ? この流れは……。
「特に変わってはいないとか……?」
チカチカッ
「えっ、じゃあこの紋様は何です? 液体とは関係ない?」
チカチカッ
もう全力の「えー!」を繰り出したい。レベルアップ(見た目)ってどういう事? 普通はある程度のレベルが上がってゆとりが出来てから装飾に手をつけるんじゃないの? まず装飾ありきって発想が斬新すぎる。いや、でもここは違う世界だからしょうがないのかも。育ってきた環境が違うからってやつだな。うん、すれ違いはしょうがない。
「きれいな紋様ですね~。 次のレベルアップの内容はこちらでリクエスト出来たりしますかね?」
必殺、良い人ぶる。
チカチカさんは点滅して返答してくれた。
やった! 大掛かりなDIYはお任せできちゃう。
「じゃあ次のレベルアップで2階の部屋にバルコニーはつくれますか? ベランダでも良いんですけどやっぱり広めがいいですね」
布団を干すとき楽そうだという理由でお願いする。窓もあって換気が出来るのもいいし見晴らしが良さそうというのもあるが。
チカチカッ
出来るみたいだ。さすがお偉いさんだ。次のレベルアップが待ち遠しい。
洗面台――もう洗面台には見えないしやたらと神聖な感じを出しているので勝手に聖杯と呼ぶ――の所にちょうどいるので果実の皮で作ったお椀を使って乳白色の液体を飲んでみることにする。
少し不格好なそれで液体をすくい、思い切って飲み込む。
「あー……うん、水だな。」
特に味はなく、ちょっと飲みにくいところが硬水とかカルシウム入りのミネラルウォーターを飲んだ時と似ている。体に良い成分入ってますよーって感じだ。健康水と呼ぼう。
シャララララ
もう少し飲んでおこうと再度すくおうとした時にレベルアップの音が聞こえてきた。
レベルアップ早い!
さっきだよ? 待ち遠しいとか言っちゃったの。もう達成してしまった……。
嬉しいけど、ドラマの脚本とか書く人からみたらすっごいダメ出しされそうな展開だ。視聴者を引き付ける云々言われて怒られそう。
展開の早さにあれこれ考えていると、チカチカさんが点滅を繰り返した。
これはリフォームが終わったのかな?
なんだかんだ言っても楽しみなものは楽しみなので、足取りも軽くベッドルームに向かった。




