空を飛ぶって言ったら
「ローザパウンドある?」
「フォーン」
祝祭最終日の朝は、朝早くに貢物が届いていた。
「今日の朝ご飯はローザパウンドとスープにして、夜は街でいっぱい食べよう」
イベントが終わった後の浮かれた空気を一緒に楽しみたい。
「あの人間の食べ物もあるよ」
「……サンリエルさんですよね? どれですか?」
「その隣の箱」
サンリエルさんのお菓子はローザパウンドの隣の高価そうな箱に詰まっていた。
隣に並べているあたり、ライバル意識が透けて見えるな……。
「サンリエルさんのは昼にちょっと食べよう。――夜はチカチカさんも一緒に行きます?」
「いいよ」
いいんだ。
「じゃあ今回は美女バージョンで行きますか? いつも男性バージョンでしたから」
さっそくどんな美女にしようかと妄想を始めるが、大切な事を思い出した。
「サンリエルさんと会っちゃうと向こうがおかしくなっちゃうんですよね? 族長さん達は?」
「平気」
サンリエルさんを避けて通るミッションが発生した。
「ボス、夜はサンリエルさんの動向確認お願いね」
ちょっとした鬼ごっこだ。
そうだ、カセ&アルと鬼ごっこして遊ぼうと思ってたんだ。20代で鬼ごっこもどうかと思うけど楽しそうだ。
もちろん鬼は私。捕まえたら串焼きでもごちそうしてもらおう。
それにしても……アルバートさんの恐怖に引き攣った顔が浮かぶのはなぜだろうか。
「――今度は胸は普通で全力で清楚な感じで――あ、もうそんな時間?」
チカチカさんを人目に付きすぎない美女に仕上げていると、もう出し物が始まる時間が来ていた。
楽しい時間はあっという間に過ぎるな。
「マッチャ、この辺のブローチをマントに適当にお願いします」
お祭りなので、御使いも守役も作ってもらったアクセサリーでおしゃれに着飾る。
洞窟の財宝の中からきれいなブローチも追加で選んできたので高貴な感じは出せていると信じたい。
「チカチカさん、どうですか?」
洞窟にあった高価そうな布をマントにして羽織り、笠を被りくるりと回って見せる。
顔出し組のキイロとロイヤルも身もだえしそうな程可愛い。パシャリ。
「垂れ布でアクセサリーが隠れてるけど」
「…………あ」
ですよね。
「キャン」
「それもいいけど……カブトムシが網戸にとまってる感じがしない?」
垂れ布にブローチはいまいちな気がする。
「クー」
エンがはむっと垂れ布をくわえ、マッチャがそれを結ぶ。
「これはちょっと……」
日除けの布がついている麦わら帽子を被った農家の人みたいだ。
作業するにはいいけど、御使いの威厳という観点からはそぐわない気がする。
最終的に、垂れ布を短くしてブローチでマントに止めるというみんなの意見を取り入れたお祭りスタイルが出来上がった。ネックレスもマントの外に出したしこれで良いだろう。
「ちょっと遅れちゃったかも。急ごう。チカチカさん行ってきまーす」
ボスの背中に絨毯を引いて、その上に座る。
魔法の絨毯のようで気に入っている。さあ、撮るぞ~。
低空飛行で港に向かう。
遠目にも人がたくさん集まっているのが見えた。あんなに人が密集している様子は地球でもそうそうお目にかかれないと思う。
「とりあえずサンリエルさんの所に行けばいいかな? お偉いさん達も集まってそうだし」
手紙には水中行動の演目から始まると書かれてあった。
開会の挨拶とかあるんだろうか。それは短めでお願いしたい。
すいっと近寄っていくと、ざわついていた人々が一気に静かになった。うわ、なんか気まずい。
キイロとロイヤルがふんぞり返っているのを見て心を落ち着けないと。あー可愛い。
「お待たせしました」
関係者席のような場所にいたサンリエルさんに話しかける。髪型がオールバックになっていて今日はかっこいい。別人みたい。
これがギャップ萌というやつか。
「御使い様、守役様、本日はお越し頂き誠にありがとうございます。街を代表してお礼申し上げます」
視線の強さはいつものサンリエルさんだった。
周りの人も一斉に膝をついてるからそのポーズはやめて欲しいな。
「お招きいただきありがとうございます。楽しみにしています」
挨拶を返しながらも、ここに集まっている人達をさっと観察する。
族長さん達の後方に、前に見たユラーハンの王族2人と、何やら戦士のような集団が見えた。
みんな長い髪を三つ編みにし首に巻いている。まさしく武骨。武器は持っていないようだが強そうだ。
(新たな国の使者かな……)
目を伏せている彼らをついじっと見てしまいそうになるが、港に集まっている人達が御使いの様子を固唾を飲んで見守っているのが分かるので先に進める事にする。
「初めは水中行動ですね。どの辺りから見ると1番楽しめますか?」
衣装らしきものを着ている豊満美女リレマシフさんに近寄り話しかける。
「はい……! あちらで行いますのでその上空からがよろしいかと! あ、あのっ、本日の守役様のお首元がとても素敵で――」
興奮して立ち上がった際に隣の技のサムさんの足を思いっきり踏んだみたいだ。
サムさんは困った顔をしている。
「御使い様! 騎士達の集団演武の時はあの辺りがよろしいかと」
「ちょっと! 御使い様は私に声をお掛け下さったのよ!」
「やめなさい!」
うん、いつものネコ科ガルさんだわ。
周りがしんとしているより、ある程度のざわつきがあった方が良い。
「お前達は準備に向かえ。御使い様の問いにはすべて私が対応する」
「またそうやって1人だけ!」
「ガルさん、行きましょう。――御使い様、守役様、お楽しみいただければ幸いです」
笑顔のバルトザッカーさんがガルさんを連れて行き、風のティランさんもリレマシフさんを宥めつつ準備に向かった。
去り際にティランさんがキイロを見てはにかんでいた顔に心を持っていかれそう。好きだ。
「失礼致しました」
「いえ」
逆にありがたいです。
「では案内致します」
大体の場所を教えてもらえれば良かったんだけど、わざわざ案内してもらえるようだからふわふわと後ろをついて行く。
当たり前だけど数え切れないほどの視線がこちらを向いているのがわかる。この笠があってほんとに良かった。
「初めはこちらの上空からご覧下さい」
そう言ってサンリエルさんはその場から動こうとしない。
「……席にお戻りになっても構いませんよ?」
「こちらで待機しております」
それ、じっと凝視してますって事だよね。
「使者の方達もいらっしゃってますが……」
「残った族長達が対応しますので」
「そうですか……」
確かに、技のサムさん、理のイシュリエさんの2人なら安心だけどね。イシュリエさんは怒ってるみたいですけど。
準備が整い、サンリエルさんが手で合図を出し水中行動が開始された。
披露された水中行動はなんというか……そう、イルカショーとシンクロナイズドスイミングが合体したものだった。
動きが完全にイルカ。人間があんなスピードで海中を動けるなんて信じられない。
しかも武器を持って縦横無尽に海中を移動している。こんな相手に戦いで勝てる気がしない。
そして海中から飛び出してきた時は観客から歓声が沸き起こった。
ついついこちらも「うわ~」と感嘆の声がもれてしまい、録画中なのに声が入ってしまった。後でチカチカさんに編集してもらわないと。
「皆さん素晴らしかったです」
鳴りやまない拍手の中、披露してくれた水の一族の人達に近付き気持ちを伝える。
「光栄です……!」
リレマシフさん泣かないで。皆さんも。
「申し訳ありません、少しお待ち頂く事になります」
次は騎士達の集団演武の為、演技の終わった水の一族が役割を交代し巡回に回るようだ。
「順番に街の警戒をしているんですね」
それでも距離の関係でずっと持ち場を離れられない人もいるんだろうな。
「門の警護の方達なんかは今日はずっとそのお仕事ですか?」
門での手続きで優しくしてくれた地の一族の男性が思い出される。
「ヤマ様にすべての芸を奉納した後に交代する事になっております」
奉納て。
「そうですか……御使いって皆さん目にしたいものですか?」
「自分で言うんだ」
突チカ。
「…………ちょっと確認しただけですー」
今まで黙ってたのにどこに食い付いてるんだ。
サンリエルさんも急に神の言葉を話しだした御使いを凝視してるし。いや、これはさっきからずっとそうだったわ。
「……失礼しました。御使いって見たいものですか?」
「命あるものなら皆そうでしょう」
命あるもの……。
「では、最後の神の踊りが終わり、役割を交代した方達が港に来るまでここにいても良いでしょうか?」
サービス業の人達もまんべんなくお祭りを楽しんでもらえればいいな。
ふわふわ浮いている事で喜んでくれる人がいるなら浮くよ。ボスが。
「ずっといて下さっても構いません。私になんでも仰ってください。命ある限りヤマ様のお傍におりますので」
……いや、なにこれ。
主従プレイ?




