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幸せに暮らしましたとさ  作者: シーグリーン


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上には上がいる

 




 帰りたい。






「おっと! ごめんよ」


「こちらこそすみません」



 さっきからこのセリフの繰り返しだ。



 帰りたい。

 クダヤの一大イベントをなめていた。



 はじめの頃はこれくらいの混雑なら意外と平気かなと考えていたのだが、港に向かうにつれてどんどん人が増えてきた。


 周りの人の話を聞いていると、どうも神の踊りの稽古目当てらしい。前日リハーサルといったところか。

 最終日は住民優先なので他国民は今のうちにと考えているようだ。


 人混みに流され、うんざりするようなゆったりした流れに身を任せていると色々な話を聞く事ができた。



(やっぱりサービス業はこういう時稼ぎ時だもんなー。観客としてお祭りを楽しむどころじゃないか)



 警護等の関係で出し物に参加できない住民も結構いるみたいなのだ。


 そりゃあこれだけの人間がいて、人手も足りているとは言えない上に出し物があるんだもんな。大変だ。

 今も騎士達が辺りを巡回している。騎士達専用に中央の道は空けられていて、両サイドは港に向かう人と反対側に行く人で分けられている。



(ライハさんは踊りのメンバーに選ばれたみたいだけど……騎士の仕事もあるなら練習大変だったろうな……)



 こんなにきちんとルールを守らせるにはそれなりの人数を配置しないと出来ないと思うし。


 さっき聞いた、「クダヤで騒ぎを起こしたら御使い様に切り刻まれる」という発言は聞かなかった事にする。

 誰だ、言い出した奴は。




 満員電車のようにリュックを前で抱きかかえるように持ち、柔らかなもふもふ具合を堪能しながら髪の毛が崩れないよう気を配る必要もある。

 意外と忙しい。


 出店で串焼きを買いたかったが、周りの人の服を汚してしまうのは目に見えていたので港の拝謁待機場所まで我慢する事にした。

 ボス情報によると、港は広いのでここまでの密集具合ではないようだ。







「あー…………」



 帰りたい気持ちと戦いながら、ようやく港付近に到着した。

 人がばらけてひと息つける。


 この辺りからすでにかなりの数の露店がひしめき合っている。

 確実に儲かるのはわかってるもんな。



 ふらふらと食べ物のお店や、髪のアレンジに使えそうな装飾品を見ながらS青年のいる場所に向かう。

 地球でいうベビーカステラのようなお菓子をもしゃもしゃ食べながら歩いていると、聞きなれた音楽が聞こえてきた。

 そして前方に人が詰まっている光景が見える。



「(混雑してるね~)」



 ハンカチを口に当ててみんなに話しかける。



「(髪が乱れそうだからこの辺でぶらぶらして帰ってもいいかな)」



 何をしに来たんだとは思うが今は髪の毛の方が大切だ。



「(あ、おじいちゃんおばあちゃんにお土産買って帰ろー)」



 拠点予定地に戻るとは伝えていないが歓迎はしてくれると思う。

 S青年はまあ上手くやってくれるだろう。後夜祭やら打ち上げやらを企画する人間が1人くらいはいるはずだし、そのチャンスを是非ともものにしてほしい。








「はる、今休憩中」



 じいじばあばが好きそうな食べ物を物色していると、ボスとチカチカさんの声がシンクロして聞こえてきた。


 急いでハンカチを口に当てる。



「(休憩って?)」


「ダンス」


「(はいはい。観客はいますか?)」


「少ない」



 チャンスだ。



「(お土産は後回しで。S青年を見に行こう)」







 早足で稽古をしている場所に向かうと、華やかな衣装をまとった集団が目に入った。



(おお~。かっこいい~)



 ネタバレな気もしたが見てしまったものはしょうがない。


 衣装は何やら1人1人違い、色がグラデーションのように見える。まさしく集団で着用してこそ映える衣装だ。

 どちらかというとひらひらしている部分が多くあり、動くととても綺麗そうだ。しかも帽子のようなものまである。

 1週間も準備期間無かったよね? すごくない?



(あ、カセルさんだ。という事は……いた、アルバートさん。ライハさんも見つけた)



 カセルさんはやはりどこにいても目立つ。

 少し離れた所にいるライハさんは黒髪の騎士と話をしており、その騎士は髪は短いが体型で判断するに女性のようだ。立ち姿がかっこいい。お知り合いになりたい。


 しかし、今日はS青年の為に来たのだ。途中であきらめそうになったけど。

 アルバートさんの顔が強張っているのは気になるがまずはS青年だ。



「(S青年はどこですか?)」



 素朴な顔立ちで……明るめの茶色の髪だったかなあくらいのぼんやりとした記憶しかないので、カセルさんくらいパンチのある髪色じゃないと探しにくい。



「左の奥」


(左奥左奥……)



 今は衣装を着ていない人も集まっているようなので私が近付いても大丈夫そうだ。住民仕様だしな。

 きょろきょろしながら言われた方向に近付いて行く。





「――あ」



(茶色い髪茶色い髪――)



「あ、あの――」



(茶色い髪であってるよな……? 全然違ってたら申し訳ないな……)



「あの!」

「わっ!」



 目の前に急に人が現れた。



「すみません……!」


「いえいえ――あ。ええとお店の……?」



 S青年……だよね?



「そうです。すみません、何度か声を掛けたんですが聞こえなかったようで……」


 そう言ってくしゃっとした笑顔を見せてくれた。

 この笑顔は間違いなくS青年。そして髪の色は明るい茶色だった。良かった間違ってなかった。

 金粉をまぶしていなかった時に顔を見られたから私の顔がわかったんだろうか。



「ちょうど良かった。探してたんですよ」


 そう私が答えると、周りの青年たちがS青年を冷やかし始めた。



「シャイアお前恋人いたのか~」

「なんで言わねーんだよ」


「違うって!」



 ……すまん、否定は任せた。私は初めて知った君の名前に衝撃を受けていてそれどころじゃないんだ。



「お名前は……シャイアさん?」


「は、はい。この前は名乗りもせずに失礼しました」



 はにかみながら答えるS――シャイア氏。



(ちょっと! ちょっと! シャイボーイだと思ってたらまさかの名前がシャイア! ちょ、まじ……!)



 心の中は興奮で何かのメーターが振り切れそう。

 誰か助けて欲しい。



「あの……?」



 不審そうな顔で見られた。興奮し過ぎて呼吸がおかしくなってるもんね。気持ち悪くてごめん。



「……衣装がとても美しいですね」


「そうなんです」



 嬉しそうにはにかむシャイア青年。

 ちらりとどこかに視線を向けて少し集団から離れたので後についてゆく。



「エリーゼが刺繍をしてくれたんです」



 物凄い小声だったので顔を近づけてなんとか聞き取る事ができた。

 エリーゼちゃんはここにいるのかなと、視線を辺りの集団に向けるとカセルさんとばっちり目があった。

 もう確実に目が合っている。チーッス。

 しかしそれより、カセルさんの後方にいる女の子がこちらをじっと見ているのが気になる。あ、近付いてきた。



「……エリーゼさんって金に茶色が混ざったような髪色をしていますか?」


「はい」



 はにかむシャイア青年。



「もしかして私のような髪型をしてますか?」


「そういえば……そうですね」



 今はじめて私の髪型に気が付いた様子のシャイア青年。

 じゃあ今こちらに近付いている女の子がエリーゼちゃんに違いない。



「エリーゼさん、可愛いですね」



 似たような髪型をしているが、圧倒的にあちらのエリーゼちゃんの方が可愛い。もう雰囲気からして可愛い。

 似た髪型をしている事により、素材の違いが残酷過ぎるほどに浮き彫りになる。

 こちらはリボンや赤い木の実もついているのにあちらの方が可愛い。なんだよなんだよ。



「はい、可愛いです」

「――シャイア」



 シャイア青年とエリーゼちゃんのセリフが被り、シャイア青年は飛び上がって驚いた。



「エ、エリーゼ……。今の……聞いてた?」



 落ち着け。



「何が? ……2人が仲良さそうにしてたのはわかったけど……」



 ……おやあ? ほんとにジェラシーきちゃった? ジェラってるのか?



「店のお客さんだよ」


「そうなんだあ……あたし見た事ないけど……」


「夜に来てくれたんだ」


「……ふーん」



 エリーゼちゃんよ、あなたの方が誰に聞いても確実に可愛いから安心して。仕草も可愛いし。

 今のちょいヤキモチな感じも可愛いぞ。



「はじめまして。シャイアさんには良くしてもらってます」



 ふふふ。スパイスの役割は任せなっ。



「いえ! こちらがお世話になってるというか――」


「パンとても美味しかったです」


「それはよかったです」



 2人だけの共通話で盛り上がってみる。

 案の定エリーゼちゃんは少し俯き加減になっている。もう終わるから安心しておくれ。



「これ差し入れです」



 手を付けていないベビーカステラをエリーゼちゃんに渡す。



「パンのお礼です。お2人でどうぞ」


「え?」


「シャイアさんに何か用があったんでしょう? 邪魔してごめんなさい」


「そうだ。ごめんエリーゼ、何?」


「え……あの……食事を作ってきたんだけど……」


「シャイアさんが言ってました、エリーゼさんの作ったものは全部美味しいと」


「え!?」

「え……?」



 真っ赤になる2人。

 まじか。ほんとにこんなベタな感じの反応するのか。



「ちょうど良かったです。良かったらお2人で食事のあと食べてくださいね」



 まだ顔が赤いままのエリーゼちゃんにベビーカステラの入った袋をぐいぐい押し付ける。

 おばちゃん戦法。



「では明日楽しみにしています」


「あ、ありがとうございます……!」



 去り際に2人を確認すると、エリーゼちゃんがシャイア青年の服を引っ張って集団に戻る様子が見えた。

 ふふふ、上手くいったんじゃないかしら。


 あとはお土産を買うだけだ。



「あの漫画の流れだね」



 いい気分が……。



「(何ですか?)」



 急いでハンカチを口に当てる。



「赤い髪の人間が迷ってる」



 話をはぐらかされた。



「(迷ってるって何がですか?)」


「はるの後を追うか、見て見ぬ振りをするか」



 まあカセルさんとは確実に目が合ってたし、話の内容も聞かれていてもおかしくない。

 とりあえずライハさんに住民仕様のヤマチカを見られるとややこしくなりそうなのでこの場は離れたい。


 さりげなく後ろを見ると、表情までは見えないが赤い髪のカセルさんらしき姿が見えたので、にやりとしておいた。

 これで意図は通じるだろう。



「(ボス、この辺で出来るだけ人が少なめの所に誘導お願い)」



 会う予定は無かったが、アルバートさんのあの表情も気になるし少し立ち話をしてお土産を買って帰ろう。





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