ある男の回想録33:負けず嫌い
いつも通りのヤマ様しか見えていない領主様にどこか安心しつつ、拠点関係者が集まっている部屋に向かう。
「なあ、俺だけ一族の人間じゃないっていうのは……。俺は必要ないかもしれないぞ? 領主様とお前がいれば問題ないだろうし」
本音としては早く家に帰って報告書をさっさと仕上げたい。朝も特訓が待っているからな。
俺より忙しいカセルにはそんな事言えないが。
「お前は黙っとけばいいじゃねーか。ま、向こうからいろいろ聞かれるかもしれないけどな」
「カセルが頑張ってくれよ」
「でもなあ、領主様も少しやりにくそうだしな~」
前を歩いている領主様に完全に聞こえているのによく言えるな。すごいなこいつ。
まあ確かにあのダニエルさんを筆頭としたこれまでクダヤを引っ張ってきた人達だもんな、手強そうだ。
「年寄り共は口が回るからな。経験の差はどうにもならん」
「俺達の何倍も生きてますしね~」
「長年神の力の恩恵を受けている分、ヤマ様には逆らえないだろうがな」
領主様は絶対に今にやりとしていると思う。無表情だけどにやり。
「御使い様に保護されたヤマチカという名の女性に対してすべての力を注ぎそうですね」
「私の方が頼りにされているがな」
ふんっといった感じの領主様。何の勝負をしているんだ。
これ守役様には筒抜けなんだけどな……。これまで神の裁きは下されていないから大丈夫なんだろうが。
執務室がある建物内の1番広い部屋の前に到着。族長達にはミナリームの船の修繕、大使館の建設についての話し合いだと伝えているそうだ。
大使館についての話し合いも含まれるという事もあり何人かの族長も参加を申し出たが、今回は自分達の建築技術に関して確認するだけなので、若造は最優先事項の祝祭に力を入れろとダニエルさん達に却下されたらしい。
ご老人達すごい。族長達を若造……。
ちなみにミナリームの船は最も優先度が低いらしい。納得だが、勝手に修繕し始めて勝手に放置しているというのも……。
「入るぞ」
ノックをして扉を開ける領主様。
部屋の中の面々をひと目見て、そのまま家に帰りたくなった。
なんというか……そう、威圧感がすごい。年はとっているがみんな目に力がありすぎる。なんで一線から退いていたのか不思議だ。
「みな揃ってるぞ」
なんで他の面々はどこか不機嫌そうなんだろうか。祝祭の作業が中断したからだろうか……。
中には女性もいるが物凄く入りにくい。
「遅くなりました」
「遅れて申し訳ありません……!」
にこやかに部屋に入るカセルに続き俺も慌てて部屋に入る。
早くこの時間が終わってくれ……!
空いている席にさっさと座る領主様。カセルは隅にある別の小さい机に席を確保した。カセルよくやった。
俺も何か言われる前に急いで座る。
「じゃあさっさと始めるか。わしらも暇じゃないからな」
「そうだなあ」
「年寄りは早く寝ないと」
早速の先制攻撃だ。
「そうか、では結論から言う。祝祭より拠点建設を優先してもらう」
「なんだと?」
「今朝の発言をこうも簡単にひるがえすとはな」
あああああ……! 早く帰りたい……!
「おい、どういう事だ」
良かった、ダニエルさんはまだ冷静だ。
「私達が納得する説明はできるんでしょうねえ?」
ダニエルさんの隣に座っている技の一族の女性はにこにこしているが目が笑っていない。
「お前達の今の発言がすべて不敬に当たるという事は言えるな」
「お偉い領主様に逆らったって事かしら?」
なんでこんなに殺気立ってるんだよ……! 領主様もわざわざあおる様な言い方をしなくても……!
「私にではない、神にだ」
「――なんだと?」
その言葉に怒った様子のダニエルさんが立ち上がった。領主様、さっさと言わないと殴られそうです!
「お前達の短慮を神はご覧になっているぞ。――――拠点の指示は御使い様から直々に承った。直々にな」
そう領主様が言った瞬間部屋の中は少しの身動きも憚られるほど静まり返った。
「お、おい――」
「そうだ、お前達は神の意思に逆らっているという事だ。だからあれほど拠点建設を優先するよう言ったのだがな」
うわあ……。こんな領主様は相手にしたくないな。隣国対応の領主様だ。主導権を渡さないためなんだろうけどとても嫌な相手だ。直々にを強調し過ぎだし。
というかヤマ様の名前を出せば主導権なんて関係ないと思うんだけどな……。
「お前が教えないからだろうが……! ああ……くそっ!」
悪態をついてどかりと腰を下ろすダニエルさん。隣の女性にたしなめられている。
「御使い様はどのようなお考えで我々に命を与えられたのかな?」
ひっそりと座っていた比較的温厚そうなご老人が領主様に尋ねた。
「早く教えろ」
いや、ダニエルさん怖いです。
「神の御使いであるヤマ様がはるか遠くの地で1人の人間を保護された。我々クダヤの一族の力を受け継いでいる少女だ」
この領主様の言葉をきっかけにみんなが騒ぎ出した。
「そんな人間がいるのか!?」
「力は薄まるはずだ!」
「まさか……」
大騒ぎだが、すべてヤマ様の創作と知っているこちらとしてはどういう気持ちでここにいれば良いのか悩む。なんだか無性に申し訳ない。
「クダヤの一族が今よりも優れた力を発揮していた時代に、更に強大な力をもった一族の人間がいたのだ。その力のあまりの大きさゆえその人間はクダヤを離れた」
「しかし力は失われる事はなかった……という事か」
「そうだ。ヤマ様が仰るには守役様には及ばずとも近い力を持っていたようだ」
そういえばこの設定を話されている時のヤマ様はなんだか楽しそうにしてらっしゃったなあ。
あの時髪を――ああああ……!
「そんな一族の人間がいたのか……!」
「そりゃあ力が残っても驚かないな」
みんな興奮している。なんだかすみません……。
「人里離れひっそりと暮らしていたのだが、最後の生き残りである少女の力をいつ利用されるかわからない、そこでヤマ様が保護されたのだ。クダヤで暮らせば1人ひっそりと生を終える事も無いからな。本人はもう自分の代で最後にするつもりのようだが」
「かわいそうに……まだ子供なのに独りぼっちなのね……」
え? 泣いてるのか……?
「泣くな」
いや、あのダニエルさんあなたも……。
「幼い子供の力を利用するなんて許せねーな!」
あの、まだ利用されていませんし幼くもありません……。皆さん落ち着いて。
「それじゃあ、あの拠点がその子の住まいになるのかね」
「だからなるべく早く完成させたい」
「1人であんなところ可哀想だわ! 私がその子を孫として育てる。いいでしょ、あなた?」
「ヴァレンティーナ……! もちろんだ!」
ダニエルさんの奥さんだったのか。なるほど。2人は似ている気がする。
「2人の気持ちはわかったがな、クダヤでは力が暴走する可能性が高いのであの場所にしか住めないのだ。それに存在自体も秘密にするようにとの事だ」
「おいおい、もしかして――」
「そうだ、あの岩が力の制御に必要なのだ。だからと言って、前にも伝えた通り移動させようとしたり手を触れない様に。神の裁きが下るぞ」
「あの岩にも秘密があるとは思っていたが……」
「あの被り物もその少女の為のものだ」
「お前はどんでもない事を次から次へと……!」
さすがのダニエルさんも疲れている。俺も早く帰りたい。ここまで質問されなくて本当に良かった。
「これまで通り秘密裏に作業を行うように。それからあの場所にすでに井戸が掘られている。建物よりそちらの整備を早く、との事だ。柵にも扉を設置するように。私はこれから作業に行く。お前達も話し合って参加するように」
「おい! 井戸だって!?」
「話は以上だ」
さっさと出て行こうとする領主様。しかしこれを引き留めるご老人達。
「領主様が作業を?」
「すでに書物で学んだので足手まといにはならないぞ」
「読んだだけでわかるものか!」
「おい、みんな行くぞ!」
俺はもう帰ってもいいんだろうか。途中まで方向は一緒だが。
「――ちょっと待て」
「なんだ」
「お前の事だから御使い様の命をすぐさま実行したはずだ。だが……俺が内密に頼みたい事があると初めに言われた時、お前だけじゃなくそこの2人にも直前の拝謁は無かったはずだ。そう、数日は無かったはずだ」
「何が言いたい」
「お前……どこで御使い様にお会いしたんだ?」
これは――
「あの時ユラーハンの使者がいたんだ、お前はずっと街にいたはずだ。――いや、あの夜お前は族長達に対応を押し付けて別の仕事をしていたと聞いた」
恐ろしいほど鋭いな……!
「まさか……」
「領主様?」
この雰囲気はもう逃げられそうにない。
「――そうだ。このクダヤの街で密かに守役様と生き残りの少女にお会いしていた」
「…………」
「そこで守役様とその少女から御使い様のご意思をお伺いしたのだ」
「…………」
御使い様が街に、ではなく生き残りの少女ヤマチカさんが街にという上手い言い方だな。この言い方だとヤマ様の街視察の件はばれないだろう。
それにしても誰か何か言葉を発して欲しい。
カセルを見るといまだにこやかに事の成り行きを見守っていた。余裕だな。
「守役様が……クダヤに……」
「井戸も守役様が掘られた」
「守役様が…………おい、みな準備をし分かれて現場に集合だ。今後の作業に関しては今日の進み具合を見て人員を調整する」
急にダニエルさんが呆けたような顔から真剣な顔になった。
「私はずっと参加できるぞ。もちろん祝祭最終日の拝謁時は除くが」
「そうだな」
「わしらの力で神にこれまでの恩を少しでも返すぞ」
「そうね」
そして音もたてずにすっといなくなるご老人達。気配を消して行ってしまった。
「これでは私が作業をする間もなく完成してしまうかもしれん。私は急ぎ向かうぞ」
謎の対抗意識を燃やしている領主様。
建築の技術は領主に必要ではないと思うが、領主様も部屋から出て行ってしまった。
「――おい、カセル」
あの人達が心配になる。いや、あの人達の力の注ぎ具合が心配になる。やりすぎないだろうか……?
「少しだけ様子を見に行くか。お前んちに泊めてもらえると嬉しいんだけどな~。領主様も作業の為に政務をさっさと終わらせてるから今日は俺も帰れるし!」
「両親は心配しないのか?」
「音合わせで遅くまで城に籠ってるから気にすんなよ!」
一族の情熱はすさまじいな。警備などの関係で当日演奏に参加できなくても稽古にはしっかり参加しているし。
でもついでなので報告書をカセルに手伝ってもらう事にした。お菓子の報告書なんて提出した事ないしな。
特に急ぐわけでもなく、のんびりとヤマ様の拠点予定地に向かう。
質問されずに終わって心底ほっとしているので気分が良い。踊りも少し上達したし今日も無事1日が終わった。
が、岩の柵の内側に、神の社には及ばないにしても十分に巨大な神の宝石がいくつも設置されている光景を目にし、またそれに向かって平伏して祈りを捧げている領主様とご老人達を見て無事じゃなかった事を実感した。




