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幸せに暮らしましたとさ  作者: シーグリーン


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121/216

時短

 



 井戸を掘ろうと思い立ってから5分と経たない内にミッション完了。

 穴の底の方では水がじわじわと湧き出してくる様子が見える。

 掘った土が見当たらないのはボスがあれやこれや処理したんだろう。よくわからないけど。



「これは地盤沈下? よくわかんないですけどそういうのは大丈夫ですか? 大雨の際、下のエリアに被害とかでませんよね?」



 慎重に掘った訳ではないので心配になる。いやまあチカチカさんとボスのコンビなら間違いないだろうけどね。



「さほど影響はない」


「さほど……」


「人間がそれなりの処理をすれば」



 結構深い穴なんだけど大丈夫かな……?

 いまだ驚いたままの3人に声を掛ける。



「あのー、そこそこ深い井戸になっちゃいましたけど大丈夫ですか? 安全第一でお願いしたいのですが」


「は……はい、大丈夫です」



 なんだか今の少し動揺しているサンリエルさんは良いな。素の感じがする。圧が無いというか。



「お仕事を増やしてしまって申し訳ありませんがよろしくお願いします。出来れば井戸を先にお願いしたいです」



 井戸を覗き込んでいる3人に伝える。注文の多い御使い。



「……かしこまりました」



 あ、なんかいつものサンリエルさんに戻りそう。そのままでもいいのに。



「最後に確認なんですが、手続きをせずに島に戻ってしまったのですがその辺りはどうなっていますか? すっかり忘れていましたけど」


「台帳に密かに手を加え街を出た事にしてあります」



 そうなのか。悪事に手を染めさせて申し訳ないとは思っている。



「これの数はどうなんでしょう? 1つ不足している事になりますけど」



 首から下げている他国民用の身分証をぶらぶらさせる。



「私の力でなんとでもなります」



 おお~悪い領主様だ。ザ・権力者。

 でも御使い関係の事だからこんなことが出来るんだろうな。クダヤを裏切ってるわけじゃないし。



「大丈夫そうですね。ではこの辺で解散しましょう。――カセルさん、ローザさん秘伝のお菓子は送ってもらえると嬉しいです」



 これは忘れていない。しっかり覚えている。



「アルバートが今持っている分をひとまずお渡しします。いくつか食べてしまいましたがもしよろしければ私のものもどうぞ。本人は祝祭の最終日に献上するつもりのようですね」



 このメンズはおばあちゃんの手作りお菓子を持ち歩いているのか。可愛いじゃないか。

 ついつい母親のような母性溢れた顔になってしまう。



「お菓子を作ってもらったんですかあ」



 にやにやしたくなる顔を必死で抑えているから若干気持ち悪い顔になっているかもしれない。

 サンリエルさんは急いで懐を探っても出てくるのは眼帯だけだと思うよ。



「祖母がいつでも栄養を補給できるようにと……」


「日持ちもしますしとても栄養があり携帯もしやすいので便利なんです。何より美味しいですし。元々は戦向けに作ったようですね」



 一気に武骨なイメージになったな。ローザおばあちゃんの秘伝のお菓子は兵糧でしたと。



「ローザさんがお2人に作ったものなので全部はもらえません。なので今はお2人からそれぞれ1つずつもらっていいですか?」


「は、はい!」



 アルバートさんが腰のウエストポーチらしきものから兵糧お菓子を慌てて取り出そうとしている時に、そのポーチに施されている刺繍が偶然目に入った。



(……名前がおっきく刺繍されてる!)



 地球の感覚で言うと園児の持ち物に大きく名前を書くみたいなものだ。私も<地球>さんに同じような事をされてるけど。



(どうしよう、これって指摘すると思春期が発動するやつかなあ? あー! でも言いたい! アビゲイルさんだよね? たぶん。自作ならそれはそれで可愛いし!)



 この気持ちを地球の友達と分かち合いたい。

 母親お手製のものをずっと大切に使っている青年を見た時のあの感じ。母親を大切にしているあの感じ。

 こればかりは島のみんなとは共有できない。日本の女子でないと。



 色々な感情が渦巻いた表情しているので、こちらにローザ印の兵糧を渡そうとしたアルバートさんに顔を2度見された。そうか、変な顔をしているか。



「ヤマ様、どちらの守役様にお渡しすればよろしいでしょうか?」



 カセルさんが困っていたのでアルバートさんから視線を外すと、元祖こじんまり3人組が口を開けたまま威嚇していた。

 どうやらお菓子窓口のつもりらしい。



「えーでは、あと1つお菓子をもらってもいいですか?」



 誰か1人を選ぶとややこしくなりそう。1人1つなら文句も出ないだろう。

 アルバートさんが慌ててもう1つ取り出しそっと手のひらに載せてこちらに差し出してきた。



「じゃあキイロはカセルさんから、ダクスとロイヤルはアルバートさんから受け取ってね。受け取るだけでいいからね。威嚇は必要ないからね」



 念押し。



「どうぞ」



 カセルさんは嬉しそうにキイロがお菓子をくわえるのを見ているし、アルバートさんもびくびくしながら一生懸命手を差し出していた。



「ダクス、牙があたってるの見えてるからね」



 お菓子をくわえるついでにカリッとやったのも見えている。ダクスの場合カリッというかハムッというか。

 威力は全くないので大丈夫だろう。



「ありがとうございます。いただきます」



 窓口から無事届いたお菓子の包みを開けると、長方形の硬めのパウンドケーキのようなものだった。地球にありそうこういうの。


 みんなに恒例の味見をしてもらい自分でも食べてみる。



「おいし~」



 ついつい声が漏れる。

 中にドライフルーツのようなものが入っていて甘さ控えめで美味しい。もうこれ勝手にパウンドケーキって事にしよう。ローザパウンド。



「美味しいですよね」



 カセルさんが嬉しそうに相槌を打ってくれたんだけどその隣の人の視線が……。部下2人を物凄く見てるんだよな。殺傷レベル。



「サンリエルさんも食べますか」



 御使いらしくフォロー。



「はい」


「どうぞ」



 手に持っていたローザパウンドをちぎってサンリエルさんに渡す。手は洗ってないけど。

 あ、耳動いた。


 しかし、「ありがとうございます」と素早く受け取ろうとしたところでマッチャが先に取りサンリエルさんに渡した。



「……ありがとうございます」



 真顔でこちらを見ながらもぐもぐ食べているサンリエルさん。

 マッチャが何故かぎゅっと圧縮したから硬さがグレードアップしてると思う。ごめん。

 味は変わってないよ。






「えー、ではあらためて解散で」



 変な締め方になった。でもローザパウンド美味しいしいいか。



「何かありましたらすぐに馳せ参じます。店の建設も順調に進んでおりますのでご安心ください」


「これからも色々とお世話になります。容器一式もありがとうございます。さっそく作り始めますね」



 ありがとね~の気持ちで手を振って3人を見送る。サンリエルさんは前を見て歩いた方がいい。

 最後まであの人は張り切ってたなあとじみじみ感じていると、アルバートさんが服の胸の辺りをくしゃりと掴んでこちらに何か言いたそうにしていた。珍しい。


 しかし、結局言葉を発することはなかった。



「なんだろう? アルバートさんにしては珍しいね」



 岩に向かいながら肩にいるキイロに話しかける。

 こっちの事いつも避けてるのに。



「はるが渡したあれ」



 ここで登場か。



「……欠片ですか?」


「そう。いつも身に着けてる」


「おお~言われたとおりにしてる」



 素直な子。



「自分で必死に袋を作ってたよ」


「え? 袋?」


「首から下げるやつ」


「え……? それってよくあるあれ……お守りパターンですか?」


「そのつもりらしいね」


「かっ……!」



 いや、今は落ち着こう。声がサンリエルさんとカセルさんに聞こえる。島に戻ってからだ。



「エン乗せて。みんな急いで島に戻ろう。あ、白フワは――どうしたい? 帰る?」


 そう聞くとシュッと動いて私の鎖骨にくっついてきた。そこ好きだね。



「帰りたくないの?」



 ある意味恋愛ドラマみたいなセリフで質問すると、上下に高速で震えて答える白フワ。

 イエス……かな?



「じゃあ岩の所に臨時のお家作る? 島のお家には入れないから」



 人が来たら隠れてもらえばいいし、柵に扉が完成したら中を見られることもないだろう。拠点が完成したらそこにいてもらえばいいし。

 白フワも嬉しそうに顔に張り付いてきたし喜んでるみたい。前が見えないけど。



 岩に到着し柵の内側に入る。



「みんなちょっと待っててね」



 思いの丈をぶちまけるという仕事が残ってるから。


 ゲートをくぐって部屋に到着。



「アルバートさんかわいー!! おまもりかわいー!! ウエストポーチかわいー!! ママの刺繍かわいー!! ――あーすっきりした。白フワのお家作ろ」



 物凄く満足。

 白フワの家は壊した柵の素材でなんとかなるかな。



「あ! ナナ~」


「コフッ」



 島のみんなもゲートをくぐって来ていたみたいだ。心の叫びは完全に聞かれたな。



「あのね、こういう形のいくつか作れる?」



 紙に絵を描いて伝える。



「キャットタワーって言うんだけど」



 あの辺の木材も少し使わせてもらって作ろう。全部虹色鉱石だと家っぽくない。

 もしばれてもヤマチカの素性に信憑性が増すだけだ。盗んだりする人は一族にいないだろうし。

 虹色鉱石が拠点の護衛の役割を担ってくれるだろう。


 キャットタワー作成の為にナナとお手伝いのマッチャが虹色エリアまで行ってくれる事になった。いつもありがとう。



「チカチカさん、それでさっきの話なんですけど……」



 今度こそ忘れない。メモとかとっちゃう。



「まだ時間はかかるけど」


「その時間がかかる、というところからすでにわかりません」



 先生、何もかもわかりません。



「向こうから来るっていうのは誰ですか? 誰、で合ってますか?」


「人間のはるにわかりやすく言うと、最古の魔物」


「……おお……?」



 あれ? 急に路線変更? 戦いに巻き込まれちゃう系? ぐうたらしてたらいいんじゃないの?



「私の秘めた力が開花して古の魔物と戦うんですか……?」


「はるにそんな能力ないし戦わない」



 ですよね。



「じゃあなんでその魔物はこっちに来るんですか?」


「はるがここに来た時に流れが変わったから」


「ほう……ながれ……ほうほう」


「無理しなくていいよ。理解しなくても問題ない」



 いや、絶対問題ある。最古の魔物がこっちに向かってるんだから。



「流れが変わって目が覚めた。力を求めてこっちに来てる、それだけ」


「それだけってレベルの話じゃないと思いますけど……」



 十分勇者が出てきてもおかしくない話。



「こっちに来たら攻撃されるんですか?」


「力が欲しいだけ」


「されないって事ですか? どうやって力を……?」


「携帯の充電」


「ああ~! なるほど!」



 物凄くわかりやすいたとえ。



「それでこっちに来てるんだ~。……ちょっと待ってください、それってどうやって?」



 嫌な予感がする。



「海の底を移動」


「あ、じゃあ大丈夫だ~」



 魔物の侵攻で討伐隊が組まれる流れまで想像してしまった。

 勇者は剣を抜いて選ぶのかしら。



「強いエネルギーがあるところには上陸してるけど」


「……まじですか」


「まじ」



 チカチカさんから「まじ」という言葉が……。



「あの、それって街があったりしても?」


「関係ない。まあほとんど未踏の地だけど」


「……その魔物って大きさはどの程度かなあなんて……」



 予想は出来てる。



「人間は山に見えてたみたいだね」


「やま……」






 これは勇者誕生フラグと見た。






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