埋もれている能力ってきっとある
魚の焼ける良い匂いがする。
ご飯もそろそろ炊けそうだ。
「マッチャ、お漬物切ってもらっていい?」
「フォーン」
「キャン!」
「えーと……じゃあダクスは新しいきゅうりもどきをナナと一緒に収穫してきてくれる? お漬物用だから4個くらい」
いわゆるヤンキー座りと呼ばれる格好でお願いをする。
魚の焼け具合を観察するにはこの姿勢がなんとなく良い。
魚は街の人からの貢物の中にあった干物だ。家の中に匂いが充満するのは避けたかったので外で魚を焼いている。
キッチンの窓からはご飯の炊ける良い匂いも。朝からもの凄く幸せなんですけど。もう昼に近いけど。
やっぱりナナに家で使っていた炊飯器の内釜と同じくらいの大きさの鍋を作ってもらって正解だった。あと軽量カップ。
いつもの感覚でお米をといでこれまたいつもの感覚で水を入れたら何となく成功したのだ。火加減を調整したらもっと美味しくなりそうだが、大変そうなのでやめた。
「あとは卵焼き? 火を通せば大丈夫かな? あーやっぱりお味噌汁が飲みたい」
お米があった事により自炊の意欲は高まっている。
食っちゃ寝を繰り返していたここ数日だが、白ご飯を食べるとなるとてきぱきと行動できるのだ。
起きて布団を干すのが面倒だったのでマッチャに任せてソファーでごろごろしていたが、こういう時間は苦にならない。
「クー」
「そうだね。じゃあ今日の食後のデザートを選んできてもらおうかな」
一人暮らしをしていると家に食材が豊富にある事は稀だと思うが、今はまるで実家にいるような食材の豊富さ。
実家より随分多いが。
「味付け海苔も食べたいんだよねー。キャベツもどきはあるからごま油があったらなんちゃって塩キャベツもできるし。でもそうなると塩昆布も欲しいなーでも店の味には及ばないよなー」
一緒に魚の見張りをしているキイロとロイヤルに話しかける。きりっとした表情はもちろんパシャリと撮っておいた。
「――貢物? ご飯食べたら確認しに行く~。ありがとボス」
今日の貢物も届いたようだ。
昨日の貢物には狩猟系アイテム――別名、魔物系アイテム――が加わっていたので今日は普通だといいな。置き場所に困って本棚の隅に置いてるけど。
地のガルさんは魔物から少し意識を離してもらった方がこちらとしてはありがたい。
家宝がどんどん無くなっていくし、狩りも危険が伴うからね。
「チカチカさ~ん、ご飯食べましょう」
準備ができたので椅子に座る。今日はキッチンでご飯だ。
声を掛けると空いていた椅子からにゅっと現れたチカチカさん。お願いした通りご飯の時は人型で現れてくれる。優しい。
「いただきまーす」
味噌汁ではないが野菜スープは体が温まる。
地球的栄養バランスの良さそうな食事、チカチカさんの指導のもと寝る前に行っているストレッチヨガ――意識が高い私って素敵。食っちゃ寝してるけど。
「あ~動きたくないな……。ボス、持ってきてもらっていい?」
食後にごろごろしたくなったので結局ボスに頼んだ。巨大な祭壇でも軽々と運んできてくれるのでついつい甘えてしまう。食器洗いもマッチャにお任せだし。
だがまだチカチカさんには甘えていない。たった数日だが大きな1歩だと思う。
「わっ……また光った」
ボスとキイロを見送ってソファーに横になっているとエネルギーが集まったお知らせが。
「ほんとに早いですね~」
真っ黒に戻っていた髪はすでに鎖骨辺りまで白くなっている。
これまでとは違うスピードを疑問に思いチカチカさんに質問すると、「同一方向のエネルギーだから影響を与え合っている」と何やら難しい事を言われたので困った。
すると、眉間のしわを伸ばしながら「同じ目標に向かってたくさんの人間が行動しているから」と言い直してくれた。
最初からさあ……?
なのでクダヤの住民がお祭りに向けて張り切っているのこのボーナス期間中に出来るだけエネルギーを集めようと思う。
「ボスありがと~」
テラスに巨大な祭壇とボスの姿が見えたので、ソファーに沿って座り込んでいたエンの背中にそのまま転がって乗り込む。ダクスは失敗して落ちていたが。自分の手足の短さを思い出して。
「はる、商売道具も入ってるから無職から卒業できるよ」
だから言い方。
「今だって一応商人の肩書は持ってます~」
数日間しかそれらしい事はしていないが。
商売道具と言えば茶葉や容器の事だろう。忙しそうなところなんだか申し訳ないがありがたい。
「今日はブレンドティーの容器作成でもしようかな~」
エンの背中にだらしなく寝そべりながら祭壇の所まで近付くが、それらしいものは見当たらない。
「あれ? どこだ?」
体を起こして念の為中央の小さな箱も開けて確認してみる。
そこには目録と手紙が入っているだけだった。
「手紙に書いてあるよ。色々」
「色々?」
不思議に思いながら手紙を読むと、祭壇の装飾のある箇所を押して回せば隠し扉が開くと書いてあった。
なにそれ。わくわく感が半端ない。パない。
わくわくしながら手紙の絵と同じ部分を押して回してみると、回したところが取っ手となり石が横にスライドした。
「おお~!」
トレジャーハンター……!
中には木箱がいくつも見えている。
どうやらこの巨大な祭壇は中が空洞のようだ。
トロイの木馬をふと思い出し、街1番のお偉いさんが潜んでいないか気になったがさすがにそんな事はしないか。チカチカさんもボスもなにも言っていないし。
「あ、ありがと。お願いしていい?」
木の箱についている取っ手を引っ張り、マッチャが箱を外に出してくれているのでお任せする。
こじんまり組が箱の上に乗っているのは手伝いのつもりかな……?
だが手紙はあと2枚あるのでこちらを読む事に集中する。
「はいはい、たくさんあるけどこっちのペースで作っていいのか。心遣いだね~……………ん? …………んん!?」
書かれている内容に、まだ人型のままのチカチカさんを勢いよく見る。
「あの……」
「そういう事」
「ああ……」
色々という意味が良くわかった。だが――
「意味がわからん……」
手紙にはあれこれとそう決断した経緯が説明されていたが、ひと言で言えば『意味が分からない』だ。
「拠点建設関係者にばれそうなのも、そもそもサンリエルさんの行動が原因ですよね……? それと近くに自分の拠点を構える理由が……」
「人間だから。つじつまの合わない行動をとる事は多いよ」
「はあ……」
落ち込んでいる時によく聞く「人間だから」は好意的に受け止められるが、今はあまり心に響かない。
「やめろって命令すればいい」
「いやまあそうなんですけどね」
そもそもの原因の解決には至っていない。
「そんなに頻繁には利用しないとは思うんですけどねー。目を付けられたくない気持ちもあるんですよねー」
かといって真実を話すのもちょっと。気持ちが重そうだしな……。
でもサンリエルさんに近くに住まれるのも……。
「どうしましょうかねえ?」
「はるの好きにすればいいよ」
チカチカさんに島のみんなも好きにしなよと言ってくれた。優しさ。
チカチカさんに対しては通り抜けてスカッとなったが、みんなに抱き着きながらどうしようか悩む。
「知らないからこそ気になっちゃう気持ちもわかるし…………あ」
良い事を思い付いた。
滅多にない機敏な動きで紙とペンを用意し、ソファーに座る。
「サンリエルさんが気を遣う相手は御使いだけじゃないんですよ!」
今の私は腹の立つ顔をしていると思う。ふふん、という顔だから。
「そう」
「御使いに目をかけられている存在にも気は遣いますよね?」
私の新たな才能かもしれない。
「という事で、新しいキャラを作ります!」
「大丈夫? はるの能力でこれ以上増やすと大変そうだけど」
「新しいといっても生い立ちに一捻り加えるだけですので大丈夫です!」
中学2年生の素養があったのはこの為かもしれないな。ふふん。
「えーっと、まず隠れ家を使うのはヤマチカ(女性)、表向きはユラーハンから商売をしに来ていると――」
紙に思い付いた事を書いていく。
「しかし、実は大昔にクダヤを離れた一族の最後の生き残りであった――」
「力は薄まるけど」
「ええとですね……クダヤを離れたご先祖様がそれはそれはもの凄い力を持っていた為に力が今日まで引き継がれてしまった、という設定で」
「はるが好きそうだね」
わくわくするぜ。
「そのご先祖様は強すぎる力は混乱を招くだけなのがわかっていたからこそ、クダヤの事を考え離れた――と」
「ぴちゅ」
「え? 必殺技? えーと…………それは後でみんなで考えようか?」
そこまでいるかな……?
みんなが何やら会話をしているのを横目に思い付いた事をどんどん書いていく。
御使いが目をかけている人間――という設定を創り上げていく作業は思いのほか楽しい。
後はこれをあの3人に説明するだけだ。
サンリエルさんが建設の準備を始めないうちに阻止しないと。




