ある男の回想録30:聞きたい事がありすぎる
「あ! カセル!」
家の前の道でうろうろしながら待っているとカセルが笑顔でこちらに向かってくるのが見えた。
「無事か!?」
「はは、なんだそれ。見て分かるだろ~」
なんだこの満面の笑みは。
「……お前やけに機嫌がいいな」
「まあな~」
あんな恐ろしい話を聞かされてなんでこんな感じなんだ……?
「お前あの岩の話聞いてたよな?」
小声でそっと確認をする。ご近所さん達に聞かれるとまずい。
「あたりまえじゃねーか」
「何とも思わないのか?」
「そりゃあ初めは驚いたけどさ……触れなきゃいいんだろ?」
「そうだけど……」
こいつは度胸がありすぎる。
「早く領主様に伝えないと……!」
「ここに向かってるみたいだぞ」
「……え?」
「俺があそこに連れてこられた時領主様と一緒にいたからな」
これは間違いなくめんどくさい事になるな。
「でもそれでなんでここなんだよ?」
「俺1人がああなるわけないだろ?」
「うわあ……」
それはそうだけど……。俺がいるのか確認しに来るんだろうか。
「とりあえず大事なお役目を仰せつかったからその話もしないと」
「お役目?」
「領主様が来てからだな。とりあえずお前の部屋に行こうぜ~。――あれ? 警護の人達はどうしたんだ?」
「人手が足りないから……。ばあちゃんが飾ってある証付近に罠をいっぱい仕掛けたから大丈夫だろうって……」
「相変わらずすげーな、お前のばあさん!」
カセルは笑ってるけど笑顔で罠を仕掛けているあの恐ろしさは……。自宅に罠があるって……。
居間にいる家族にさっと挨拶をしてカセルと共に俺の部屋に向かう。
部屋に入った途端カセルは遠慮なくどかりと椅子に腰かけた。いつもの事だけどな。
「これからもっと忙しくなるな~。お前は――着替えてるからまたすぐに外出できるな」
「慌てて着替えたんだよ! あんな姿を見られて……お前あの起こし方……!!」
「お前の寝起き面白かったな!」
「お前……!!」
これまでは怒りより心配が上回っていたのだが、もう心配する必要もない。
「いてて。俺が言い出したんじゃないからな~。守役様も――銀の御髪の方はあの神様の守役だってさ!」
こいつ全然悪いと思ってないな。でも俺もその情報はとても気になる。
「そうなのか……とんでもなく強そうだったよな……。浮いてらしたし……」
「黒い御髪の方にはお聞きできなかったけどたぶんあの方もそうだと思う」
「…………ヤマ様とどういうご関係なのかな? 急に動かれたから驚いたけど……」
それにしても随分と親しげだった。
「自分の主の娘に対する態度にしては親しげだったよな~。守役兼教育係みたいなもんか?」
「俺達には理解できない事が次々と起こるな……」
少しは眠れたがこれから俺は大丈夫だろうか。
「――お? あの音……到着されたかな? いこーぜ」
本当に慌ただしい。
部屋を出て玄関に向かっていると祖母の声が聞こえてきた。
「――領主様、またご自分の役目を放り出して来たんですか?」
説教されている。
「ローザ。領主様は誰よりも神の力の恩恵を受けてらっしゃるから居ても立っても居られなかったんだよ」
「お祖母様の采配は見事だったとジーリから聞きましたわ!」
「ローザが近くにいてくれて心強かったよ」
さすが祖父。
「最後まで守ると約束しましたからね」
「そうだね、ありがとう」
そんな事約束してたのか……。確かに祖母が祖父を守るのが自然だが。
「――アルバート、領主様がお見えになってるわよ」
「うん……」
こちらに気付いた母に返事を返し、こちらをじっと見てくる領主様にそろそろと近付く。
カセルが隣にいる事でさらに視線の強さが増したような気がする。
「領主様、頼まれていた件で進展がありましたのでご報告致します」
「…………そうか」
何があったのか知っている俺が話の流れを理解するのに時間がかかったのに、領主様はすぐに流れを掴んだみたいだ。頼まれた件なんて無いしな。
「おじいさま、おばあさま、少しの間図書室をお借りしていいですか?」
この場の決定権を握っている祖父母にお伺いをたてるカセル。
我が家の主は祖母であるのは誰しもが知っている事実ではあるのだが、カセルはいつも2人を同列に扱ってくれる。それも自然に。
できる男だよな……。
「いいですよ。温かいものを持っていくわね。――あなたも温かいものを飲んで温まりなさい。いくら過ごしやすい陽気だと言っても陽が落ちるとその恰好じゃ寒いでしょう。なぜいつも腕を出しているの? よくわからない子ねえ」
ばあちゃん、もうその辺にして欲しい。
それはヤマ様にお見せする為なんです。領主様も好き好んで……好き好んでやってたな。
その領主様は「寒くない」とだけ返事を返していた。
「――どういう事だ?」
図書室に入りソファーに座る前に問いだたしてくる領主様。
そう言えば今朝もここにいらしたな。起こった出来事が濃すぎて何日も経っているみたいだ。
「急ぎ伝える事があるとヤマ様に呼ばれました」
「……あの神が関わってらっしゃるのか?」
するどい。
「断言はできませんが恐らく。あの神を守る方達をお2人確認致しましたので」
「2人だと?」
一気にカセルとの距離をつめる領主様。動きが早すぎて何が何だか。
「2人と申し上げましたが、浮いていたので人では無いかと。男性のような見た目でした」
「守役という事か? どのような方達だ――いや後でいい。まずはヤマ様のお言葉を聞こう」
やっとソファーに座ってくれた領主様。俺達もようやく座れる。
「報告は2件あります。まず私達はヤマ様の拠点予定地に連れて行かれました。そこには大きな岩がありました」
「昨夜確認した時は無かったな」
昨夜ですか……。領主様は寝ているんだろうか。
「岩を内側に収めるように拠点建設をという事でした。どうも中庭をご希望のようでしたが」
「すぐに設計図を描き直そう」
「その際岩には決して触れない様にと。万が一触れると伝承のような出来事が再び起こると」
「……なんだと」
「世界を無に還すと守役様のお1人が仰っていました」
黙ってしまった領主様。そうだよな、触れただけで世界規模の出来事が起こる岩がすぐ近くにあるんだからな。
「急ぎ前任の族長を連れて来よう。残りは?」
「最終日にヤマ様がお越しになるそうです。上空からご覧になるそうで、接待は必要ないとの事でした」
「……そうか」
無表情ながらも残念な気持ちが伝わってくる。
「その際ヤマ様に仕える私達が率先して神に芸を捧げるようにと、私達と同年代――住民の若者達ですね、を集め踊りを披露せよとのご要望を頂きました。恐れ多い事ですが、ヤマ様から神の踊りを教えていただけるそうです」
「神の踊りか……!」
「いっ……!」
急に立ち上がった領主様に驚いて脛をテーブルにぶつけてしまった。痛すぎる。
驚くきっかけを見失ってしまい痛さだけが後をひく。
「いつだ」
またカセルに詰め寄っている領主様。まあ気になるよな。神の踊りだしな。
「いつでもお呼びくださるようお伝えしてあります。それまでに領主様に話を通して準備をしておくようにと」
カセルうまい。ヤマ様が領主様の名前を出した、という事実をうまく利用している。
領主様も喜びを隠しきれていないし。
「関わるのはお前達と同年代――――」
急に領主様が何事も無かったかのようにソファーに座り直した。その少し後に聞こえてくるノックの音――
「お待たせ致しました」
「ありがとうばあちゃん」
「しっかりお勤めを果たすんですよ。あなたは出来る子ですからね」
笑顔で頷かれたが、領主様がいる前でなんだか恥ずかしい。
その祖母はまた領主様の寒そうな格好を心配しており、たくさん飲むようにと伝えて部屋を出て行った。
「――あの、申し訳ありません。祖母が……」
「構わん」
「アルバートの祖母とどういうご関係かお伺いしてもよろしいですか?」
カセルが俺達が気になっていた事をとうとう聞いた。勇気あるな。
「“理”の知識を学んだ。私の親類に生きている理の一族はいなかったからな」
親類……。そうだよな、領主様にだって血のつながった家族がいるよな。1人で生まれてきたような感じがするが。なんだか領主様が俺と同じ人間に見えてきた。
「そうなんですね、驚きました」
「本来の教師役だった――今は理の族長がローザをいつも連れてきたからな。知らない者の方が多い」
なにをやってるんだイシュリエ婆さんは……。そういえば領主様って何歳なんだ……? 見た目と内側からにじみ出てくる何かが一致しなくて年齢不詳だ。
ぱっと見た限りではジーリ義兄さんと同年代に見えるし、父と同年代に見える時もある。謎だ。
「それで、若者達というのは何か意図があっての事なのか?」
話が戻ってしまった。領主様の年齢を知ると恐ろしい事が起きそうだからこれで良いのかもしれない。
「年頃の男女とも仰っていまして、どうも男女の恋愛に関して心を傾けておいでのようでした」
「……相手がいない者なら参加可能という事か?」
完全に参加する気だな。まあ神の踊りと聞いて無関心な住民はいないだろう。俺は不参加でお願いしたいが。
「いえ……。人数が膨らみ過ぎると大変ですので、私達と同年代の若者と仰ったと推測できます。現時点でもかなりの人数になるでしょうが」
「そうか……」
落ち込まれているな……。
「アルバートに関しては、神の踊りが難しいようなら裏方の仕事でも構わないと仰っていたので、踊る人間と裏方の仕事をする人間で分ければうまく配分できるかと。――でもアルバート、お前は踊る以外の選択肢はないからな」
「え!?」
なんで強制参加なんだよ……。
しかも俺はヤマ様にどんな風に思われているんだ。泣きたい。
「急ぎ通達を出そう」
「踊りを担当する男女の人数に偏りがないよう領主様にその辺りの調整は一任してよろしいですか? お忙しいとは思いますが」
「かまわん。私も覚えて指導できるようにしよう。お前達だけだと覚えきれないかもしれないしな」
……それって領主様も直接ヤマ様から教わりたいって事だろうか?
「……私達もいつ呼ばれるか分かりませんので……」
がんばれカセル。負けるなカセル。なんとなく。
「常に行動を共にしていれば良いだろう」
「全員が呼ばれるかどうかはヤマ様のお心次第になりますでしょうが……」
「本日から港の執務室で寝泊まりするように」
カセルの伝えたい事はさらりと流された上に執務室での寝泊まりが決定されてしまった。
ゆっくり自分の部屋で眠らせて欲しい……。




