ある男の回想録29:そろそろ体力が尽きる
「あー、また領主様がヤマ様のお傍に近付こうとしてるぞ」
母と姉に体を揺さぶられてふらついていると、カセルが港のお年寄り集団を見てそう呟いた。
「領主様は少しでも気に留めてもらおうと必死だから……」
「あの老人達も興奮しすぎて倒れなきゃいいけど。特に前任の技の族長にはたくさん力を貸してもらう予定だしな」
カセルの言葉を家族に聞かれるんじゃないかと慌てて女性陣に視線をやると、皆この船に降ろされた赤ちゃんと、ヤマ様とエスクベル様とは別の神だという存在に夢中になっていた。聞かれていないようでよかった。
「……神様ってあんな凄まじい力をお持ちになってるんだな……。違う世界の神って仰ってたけど……お前わかったか? 俺はわかったようなわからないような……」
「そうだな~ぼんやりとなら。俺達が住んでる大陸みたいな所が遠く離れた場所にいくつもあるって事じゃないか? 世界って言い方をされていたからもっと規模の大きな話だとは思うけどな」
「そうか……」
そういう事なんだろうか。なんだか壮大な話だ。
「ま、何にせよ神の審判じゃなくて良かったな!」
「そうだな。本当に安心したよ……」
「お前はまた守役様に触れられてたな~。一族じゃだめなのか~?」
「だからそんなの俺が知りたいよ……」
しかも俺だけ服がびしょ濡れだ。ヤマ様と神様がお戻りになったらすぐ着替えよう。
「そう言えばヤマ様の事愛し子って仰ってたけど……」
「だな。俺も驚いた」
人とは違うと思っていたがまさかヤマ様が神の子供だとは。
「なぜ親であるあの神様の元を離れてエスクベル様の御使いをされてるんだろう……?」
「さあな。でもそのおかげで俺らはお会いする事ができるんだからついてたな!」
カセルのように物事を深く追求し過ぎない事も大切だな。
「――お、ヤマ様が島にお戻りになるみたいだぞ」
今回ヤマ様は素晴らしい紋様が施されている帽子を被られていた。あの装いも街で流行るんだろうな。
後ろの女性達もさっそく話題にしていたし。
「きたきた、領主様」
カセルは領主様を見て笑っている。初めにお会いした時よりは打ち解けてきたとは思うが、まだカセルのようには笑えない。
領主様はヤマ様がこちらに向かってくるのを見て身体能力を駆使してついてきている。やっぱりすごい人ではあるんだよな……。
「島に戻ります。――お2人にはいつも助けてもらっています。素敵なお母様とお姉様ですね。それでは」
俺達の家族にも声を掛けてからヤマ様は空をすべるように島に戻られ、神様は忽然とその場から姿を消した。
突然姿を消した事によりどよめきが起こったが、人より騒がしい母と姉が静かな事が気になり後ろを振り向くと、防具を外して涙を流していた。
「お母様……御使い様から……」
「そうね、アレクシス……セルシーヴァも……」
「アビー、私もとても嬉しいわ……」
家族の泣いている様を見るのがどうにも居心地悪く感じ、船から身を乗り出すようにしてヤマ様を見送っている領主様を見て気を逸らす事にした。
今日も良く見てらっしゃるな……。
「――至急食事の用意を。神に召し上がっていただくのだ、心してかかれ」
ヤマ様のお姿が見えなくなってしまったようだ。ようやく本来の領主様の登場だ。
「手配済みです」
さすが風の族長、仕事がはやい。というか領主様が今回は少し出遅れたと思う。
「ねえアルバート」
姉がそっと話しかけてきた。
「何?」
「ヤマチカちゃんのあの茶葉なんだけど……。とても味が良いからお食事と一緒にお贈りしてはどうかしら? あのカリプスと一緒に」
「まあ! それは良い案ね!」
「あ……う、うん……。いちおう領主様に……」
カリプスの件はご存知だとはいえ、あの茶葉を作られたご本人に贈るのか。かと言って迂闊に反対も出来ないしな……。
「領主様、いっそのこと街の希望者から食べ物を集めるというのはどうでしょう? 家に代々伝わる料理や調味料、自分が美味しいと思うものなどですね。もちろんヤマ様が仰っていた高価過ぎないものを少しだけ。日持ちがするものであればなお良いですね」
「“風”の若いのにしては良い事言うじゃないの!」
「カセル、それはとても良い案だとは思うが……安全面はどうする? まあ無いとは思うが神に捧げるものだからな」
「そんな奴は俺らがぶっ飛ばしますよ! すみません、俺達狩りに行ってもいいですか?」
地の一族の贈り物にヤマ様が困惑する様子がありありと想像できる。
「私達もすぐ行かなきゃ!」
「まあまあ。領主様どうしますか?」
なにやら考え込んでいる領主様。
「――本日から7日間、神が降臨された祝祭を行う。これは今後クダヤの定例行事とする。今回は神に貢物をし、街中を飾り付ける程度で良い。詳細はこれから話し合うが、最終日に島の神々とヤマ様に何か出し物をお見せ出来れば良いのだが……」
領主様の『口実を作って定期的にヤマ様にお会いしたい』という本音がうっすらと透けて見えるのは俺だけだろうか……。
「いいですね~!」
「集団演武なんかどうですか? それなら普段から行っているので最終日には良いものをお見せできるかと」
「それなら私達の水中行動だって!」
「我々も楽器演奏なら――」
どんどん話が盛り上がってきている。しかしここで突然、ヤマ様と食事をしていた時の事を思い出した。
「なあカセル、後をつけてきた奴がいるのにこんなに浮かれていて大丈夫かな……?」
「ちょうどいいじゃねーか。神の力がどんなものか奴らも身に染みてわかっただろうし」
「そうだけど……」
「どうせ騎士達は祭りの間は総動員だろ? ついでに警戒してもらえれば大丈夫だよ」
「まあそうだな……」
うじゃうじゃ騎士達がいる中ではさすがに目立った行動はとらないと思いたい。
「――では領主様、ひとまず貢物の用意に関して決めませんと。いくら少量とはいえ街中の者が貢物を持って来る事態になればこちらも混乱しますし御使い様もお困りになるでしょう。――港の執務室に場所を変えますか?」
「ここで良い。遠見の装置はこちらには向いているのだろう?」
「はい。島には向けず我々に向いています」
「では避難命令解除の合図を。――地の族長、城へ伝令。7日間の祝祭、神への貢物の概要を伝えるように。貢物の受け入れに関しては城にいる理の族長に一任する。技の族長も同行し何かあれば補足してくれ」
「かしこまりました」
「早く終わらせて狩りに行かないと」
……地の族長、普通の食べ物でいいと思います。
技の族長、仲介役を心から応援しています。理の族長が自分だけ城にいた事をねちねちと攻撃してくるかもしれません。
「風の族長には一族に監視強化の合図も出してもらう。カセルが他国民に後をつけられたようだからな。その後こちらで待機。祝祭に関して必要なものをまとめるように」
「何ですって!? もちろん捕まえたんでしょうね!?」
「“風”の後をつけるとは愚かだな。ミナリームか?」
「今は様子見でひとまず撒いておきました」
「また同じような事があれば騎士達の所に頼む。話を聞き出さないとな」
バルトザッカー隊長の笑顔が恐ろしい。
「バルトザッカー隊長、住民の貢物とは別に今手配している食事を島に送り次第、神の社への拝謁を再開する。貢物受け入れ時の騎士の手配も頼む。おそらく城でまとめて受け入れる事になるだろう。人は足りるか?」
「休みの者に声を掛ければ。――ガルさん、一族の方達は大丈夫ですか?」
「どんどん仕事を振ってくれ! 俺は1人でも狩れるし」
あの……だから狩りに行かなくても……。
「水の族長、神の社に関する警備は水の一族が行う様に。騎士達はすべて陸での活動に切り替える」
「待機場所の警備、社への誘導もこちらがすべて引き継ぐわ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
ひと通りの指示が終わりそれぞれが動き出そうとした時、今まで静かにしていた赤ちゃんが突然泣き始めた。
「も、申し訳ありません!」
母達と隅の方で静かに待機していたジョゼフさんが慌てて謝罪してきた。
「良い」
「そうよ、赤ちゃんは泣くものなんだから。もし負担にならないようなら、祝福を受けたその子を近くでよく見せてもらえないかしら」
水の族長ってこんな柔らかい人だったか……?
カセルの母親といい、女性はよくわからないな。
「ど、どうぞ! そのお美しさ、聡明さを少しでもお分け下さい……!」
ミュリナさんは水の族長の普段を知らないからしょうがない。見た目は美人だからな。
「……もし良ければ我々も……」
残りの族長達も申し訳なさそうに申し出てきた。
まあそうだよな、祝福を受けたというのはとても素晴らしい事だからな。
そこからはみんなが産まれたばかりの泣いている赤ちゃんをそっと笑顔で見守るという何とも言えない穏やかな光景が――。領主様は離れた所からひっそりと真顔で凝視していたが……。
それにしてもジョゼフさん達かなり緊張しているな。
「――ねえアルバート、弟か妹欲しくない?」
「…………え?」
母親がこっそりわけのわからない事を言い始めた。
「エスクベル様や御使い様のお役に立てるクダヤの民は多い方がいいでしょう? お母さんあなた達の小さい頃思い出しちゃって。可愛かったわ~。もちろん今もだけど」
「アビーも? 私も1人だと少ないとは考えていたのよ。ねえ、カセルも1人だと寂しいでしょう?」
「家族が増えるのはいいけどさ……ここで言う事?」
まったくもってその通り。
「だって……あんなにも可愛らしいから」
「ですよね。私も早く子供が欲しいです」
姉も参加してきてしまった。
「私も相手を探そうかしら。理想とする男性はまだ現れていないんだけど、理想通りの男性とうまくいくって保証は無いものね」
水の族長までも……。
「そうですよ。その強さとお美しさならどんな男性でも見つかりますよ」
「後は結婚生活でお互いを尊重し合えば素敵なご夫婦になれます」
「どんな方が好みなんですか?」
女性達が楽しそうに会話を始めてしまった。
なんで初対面の相手とあんなに話せるんだ? ミュリナさんも楽しそうに会話に参加しているし。
本当に女性はわからない。
男性達はみな大人の落ち着いた人達が集まっているので(例外はある)さりげなく自分の役割を果たしに動き始めた。
ああいうさりげなさを俺も身に着けないといけないな。
ジョゼフさんは逃げ場がなく、個性の強い女性達に囲まれる形になってしまい少し可哀想だった。




