本家
「――ねえちょっと横に寄ってくれないかな? 狭いんですけど」
ただ今ボスの背中の上である。
降臨しに向かうにあたり<地球>さんは自分の力でどんな移動でも可能なのにボスの背中の上に乗っている私の横に座ろうとしてきたのだ。
しかし私の周りを囲むように座っているモフモフ達が1ミリも場所を譲る気がないようで両者にらみ合っている。
おかしいな。<地球>さんって偉い人だよね? 人じゃないけど。
「お前の子供生意気じゃない? ちゃんと教育しなよ」
「教育の成果はちゃんと出ていますよ」
……なるほど。とても良く理解した。
でも力を使ってどうこうしない<地球>さんが好きだ。色々とアレだけど。
「<地球>さんってその状態でも飛べたりするんですよね?」
「もちろん! ほら!」
「おお~」
人が何も使わず空を飛んでいるように見えるので、分かっていてもついつい声がもれる。
「<地球>さんはそれで透明化して一緒に行きましょう。そっちの方がかっこいいし」
「おっけ~!」
<地球>さんに対する対応力はどんどんレベルが上がっている気がする。
「ではチカチカさん、降臨してきます」
「気楽にやればいい」
「何回降臨してると思ってんのさ~」
「あんたに言ってないんですけど」
「い、行ってきます! ボス出発~」
また言い合い(一方がエキサイトするだけの)が始まりそうだったので慌てて出発する。
街の人ごめん、遅くなりました。
「集まってるね~!」
島を出発し、船に乗っているであろうカセ&アルに向けて移動していると港に人が集まっているのが離れていてもわかった。
「あんなに……」
島の近くで死ぬ事を選んだ人があんなにたくさんいる事に驚かされる。
「<地球>さん、神を信じる、敬うって素敵な事ですけど……怖さもありますね……」
「そうだね~。多くの子達は愛と光に満ちて生きる事に活かしてるんだけどね、自分の都合の良いように解釈する少数の子達がどうしても目立っちゃうよね」
地球に戻っても自分は<地球>さんと知り合いだなんて天狗にならない様にしよう。
実際地球に戻ったら<地球>さんのサポートはもう無さそうだし。
「でもあいつんとこの人間はちょっと違うみたいだね~」
「……違うんですか?」
「うん。みんな武装してる」
「え!?」
完全武装して死地に赴く……。え? 私達討伐でもされちゃうの?
「神の審判が下されても最後まで生きようとしてるね。――あいつの世界の人間にしては根性あるよ」
「そっか……」
島の近くで死ぬっていうのは最後まであきらめずに抗った結果、島の近くでって事か。
文明的に人の命なんてもっと軽く考えられてるのかと勝手に考えてたけど違うみたいだ。
簡単に死を選ぶ人達じゃないって事がなんだか嬉しい。
「良かったね――ん? え? アレクシスさん達もいるの!?」
上から目線で勝手にしんみりしていたらボスから予想外の報告が。
なんとアレクシスさん、アビゲイルさん、そしてカセルさんのお母さんが同じ船に乗り込んでいるらしい。
「あの人間の男2人の母親だね! 家族愛だね!」
<地球>さんは楽しそうにしているが私にとっては良くない事態だ。カセルさんのお母さんすっごく見たいけど。
「私の声でばれちゃうかもしれません……!」
おろおろと膝の上の透明ダクスを撫でまくっているとお腹を向けられたのがわかった。ダクス余裕だな。
「大丈夫! その垂れ布はオールマイティだから!」
「オールマイティ」
「そう! オールマイティ!」
……良くわからないけどわかった。
「じゃ、じゃあ大丈夫ですね! ボス、2人の傍までお願いします」
今から私は女優だ。いくぞ。
予想通りたくさんの驚愕の視線を向けられながら2人の乗っている船に近付く。
あ、やっぱりサンリエルさんもいた。裏切らない人だよね、色々と。
アレクシスさん達は想像していたより上の武装具合だった。戦女神みたい。かっこいい。写真撮りたい。守られたい。
あ、あの人がカセルさんのお母さんかな? 顔が防具でいまいちわかんないけど。
それにしてもこの笠便利だわ。
ついついじっと麗しい女性達を無言で見つめていたらサンリエルさんに膝をついて頭を下げられた。
そしてドミノ倒しの様にその動作が周囲の人達に広がって行く。
(違う! 礼を強要したんじゃない! 戦女神達を見てただけ……!)
降臨の初っ端からつまづいた。明るい口調でさらっとごめんねを言う予定だったのに。
「……顔を上げてください」
「おっ! 出たね!」
耳元に密かに聞こえてくる副音声がうるさい。
「此度の出来事で随分と街を騒がせてしまったようですね」
「雰囲気出てるよ~」
ちょ、うるさ。しかも街の人は誰も反応返してくれないしさ。領主様、こういう時にぐいぐい来てよ。
「――神の審判ではありませんのでご安心を」
そう言うとようやくみんなハッとした様に顔を上げてくれた。よし、ここからが本番だ。
「あの光と衝撃は、エスクベル様と同じ存在……違う世界の神がこの世界にお見えになった為起こりました」
アルバートさんのあの顔よくわかってないな。サンリエルさんとか族長さん達は少しだけ理解できてるかな?
でも私自身が惑星の意思とか存在について未だにふわっとしか理解していないので質問は受け付けません。
「その方のお力があまりにも強すぎる為あのような結果になってしまいましたが……その神から皆さんにお話があるそうです」
ここにきてようやく街の人がざわつき始めた。良かった、どうにか降臨するのに良い雰囲気で<地球>さんに繋げられた。リアクション無しとか辛いよね。
そして空中にポワっと光が浮かび上がったかと思うとそれが段々と大きく――――――あれ、まだ大きくなるのかな……?
街の人達のどよめきが尋常じゃないんですけど。パないとも言う。
「――我の力が強すぎたあまりこの世界の人間に迷惑をかけたようだな」
ようやく登場の<地球>さん。思ってた8倍はデカいんですけど。しかも『我』ってキャラをこっちから提案したけどギャップが凄い。
降臨演出の『海の水をまとう』もしっかり大きさに合わせて行っているので、街の人達の興奮具合がとんでもない。
豊満美女のリレマシフさんのうっとり具合がこれまた……。凄いとは思うけどどこにうっとりポイントがあるんだろうか。
「神の審判ではないゆえ安心せよ」
あれ? なんか近くない?
「此度は我が愛し子に逢いに来たのだ」
やっぱり<地球>さんとアルバートさんとの距離が超近いんですけど。愛し子というワードより距離感が気になるんですけど。
海の水とかびちゃびちゃアルバートさんにだけかかってるのはなんでだ。カセルさんもサンリエルさんも隣でアルバートさんよりじっと見てるのに何ともないし。後ろの戦女神達も少し戸惑ってるよ……!
「愛し子が穏やかに過ごせるよう願っている」
ここで降臨演出、トリプルレインボー。
今回はお天気雨を降らせてもらって見事なレインボーが登場した。さすが神。
街の人達も歓声を上げている。チカチカさんに写真をお願いしておいてよかった。意外とすんなりお願いを聞いてくれて少し驚いたけど。
「我が愛し子に選ばれた事を光栄に思うが良い」
そう言って次に<地球>さんはカセルさんとアルバートさんを宙に浮かせた。
……それ台本に無いやつ。
「心得ております」
「は、はい……!」
あ、キイロがアルバートさんの頭に乗った! 大人しくしてると思ったら!
<地球>さんも別に気にしてないし――落とした!
カセルさんは華麗に着地したけどアルバートさんなんてアレクシスさんとアビゲイルさんに受け止められてるじゃん。あーあーあー興奮した親分とママに背中バシバシ叩かれてるよ……。
<地球>さんとキイロも何やら悪い顔をして意気投合してるし。
――あれ? あのまとわりついてる海水の中泳いでるのロイヤルじゃない?
……ほんとに何をやってるんだあの2人のこじんまりは。
膝の上で体が伸びきっている残りのこじんまりを見習いなよ。まったく。
「――我が訪れたこの良き日に産まれた赤子が……ふむ、1人か」
まだあるの? アドリブ多くない?
「なんと幸運な子供だろうか」
まだ続けるみたいだ。
「我からの祝福を」
そう言った途端、何もない空中からミュリナさん、ジョゼフさん、産まれたての赤ちゃんがポンと現れた。
「ぎゃ………………!」
咄嗟に悲鳴を抑え込んだ私のファインプレー。<地球>さん何やってんだ!
案の定ミュリナさん達は悲鳴を上げて空中で抱き合っている。
「ミュリナ! 大丈夫よ! エクスベル様と同じ尊い神様がいらっしゃってるの!」
アレクシスさん、説明をありがとう。
「そなた達の赤子に祝福を」
そして――
「うわあ…………!」
辺りに桜吹雪が舞う。見渡す限り降りそそぐ大量の花びら。
そっと手を出して見ると花びらは手のひらをすり抜けていく。実体じゃないみたいだ。
綺麗な青空に綺麗な桜の花びら。それが動きに合わせてきらきらと輝いている様はとても美しい。
<地球>さんは赤ちゃんへの祝福なんて言ってるけど、私も祝福してくれているのが伝わってきた。
「<地球>さん、ありがとうございます。とても綺麗です……」
そっと感謝の気持ちを伝えると耳元で「どういたしまして! 桜は外せないよね!」と聞こえてきた。
うん、日本人の定番をよく理解している。
でもミュリナさん達は涙を流しながら喜んでいるし街の人達もみんなとても嬉しそう。抱き合って喜んでるし。
この雰囲気を壊すのは申し訳ないがボロが出ない内に帰ろうと思う。
「本日は島でお祝いを致しますので、予定の日ではありませんがこれから食事を用意していただけませんか?」
アレクシスさんに抱き上げられて空中でくるくるされているアルバートさんと、それを見て笑っているカセルさんにそっと近付いてお願いをする。この笠拡声機能も付いている気がする。しかも自動で大きくなったり小さくなったり。
「ヤマ様、お任せください」
まあ予想通り1番偉い人が割って入って来るよね。さっきまで何とか花びらを持ち帰ろうとしてたのに素早い。
「気持ちがこもっていればどんなものでも結構ですので。――お金をかけ過ぎないように」
億万長者に忠告も忘れずに。
「かしこまりました」
「お任せください」
サンリエルさんとカセルさんの2人の目が子供みたいにきらきらしてるなあ。
迷惑かけちゃってごめんね。楽しそうにしててなにより。
「アルバートさん、いつも守役がすみませんね」
「い、いえ……!」
「名前をお呼びになられたわ!」
「うちの子がお声を掛けられたわ! カセルも食事のお願いをされたわよ!」
「そうね!」
女性達が集まってこそこそとキャッキャしている声がばっちり耳に入ってきた。武装は凄いけどやってる事は可愛らしいな。
「――落ち着け!」
声のした方を見るとネコ科ガルさんが技のサムさんに後ろから羽交い絞めにされていた。前も見たなこういう感じ。
「俺もあっちの船がいい!」
「皆それを不敬にならないよう我慢しているんだ」
「そうよ! 私だってあの素敵なお力をもっと近くで拝見したいわよ!」
「地の族長の気持ちもわかる。これでは騎士達も仕事になってないだろうな」
何となくここまできたらもういいやという気持ちになったので族長さん達の船にも近付いて言葉をかける。
「本日は騒がせてしまいましたね。今後もよろしくお願いします」
「もちろんでございます」
いや、サンリエルさんあなたへの挨拶はさっき……。飛び移ってきたんですか、そうですか。
「領主様は少し遠慮して頂けます!?」
「そうですよ!」
「ありがたきお言葉です」
「こちらこそよろしくお願い致します……!」
「本日の事は一生忘れません」
見慣れつつある言い合いが始まったので、次は港にいる街の人達の所に行こうと思う。
「<地球>さん、港にいる街の人に挨拶したら帰りますね」
「おっけ~!」
そのまま<地球>さんも私の後についてきた。大丈夫かなこの大きさで近付いて行って……。
港の集団にすいっと近づいて行くとひときわ大きな歓声が沸き起こった。
それにしてもおじいちゃんおばあちゃんばかりでぱっと見た限りでは若い人が1人もいない。一族の人が多いみたいだけど。
「――騒がせてしまいましたね。今後も健やかにお過ごしください」
それっぽい事を言ってその場を去ろうとすると、集団の最前列のセンターにちゃっかりサンリエルさんが割り込んできたのが目に入った。
……動きが凄い。
島の食べ物をあげたのは失敗だったかもしれない。




