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幸せに暮らしましたとさ  作者: シーグリーン


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ある男の回想録28:神の領域

 




「え…………!」



 ヤマ様と一緒に食事をしていると、突然地面に押し付けられるような衝撃が。

 そして何かが割れる音、外から聞こえてくる悲鳴。


 衝撃がおさまった後、咄嗟に閉じていた目を開き辺りを見回すと、テーブルの上には食べ物が散乱していた。

 はっとして隣のカセルを見ると険しい顔をして額から汗を流していた。領主様は顔を上げるのも苦しそうだが、どうにかある方向を見ていた。

 その視線を辿ると、今まで見た事のないお顔をされているヤマ様が空中に浮いていた。

 そして普段とは一変した様子の守役様達――。






「……島に戻ります」


 険しいお顔のまま神の言葉を話された後、一旦床に降り立ち素早くご自分の荷物を持つヤマ様。

 そのままガラスが割れている窓を開けると、窓の外は白い霧に覆われていた。



「え……」


「心配ありません、これは守役が起こしたものですから」



 そして次々と窓の外に向かい白い霧の中に消えていく守役様。



「この霧は私が島に戻れば消えます。ですが……備えはしておいて下さい」



 なんの備えを何のために――色んな疑問が浮かんできたが、緊迫した表情のヤマ様に声をお掛けする事は出来ない。



「それでは――」


 そのままヤマ様は空中を滑るように窓の外に消えてしまわれた――。






「――――カセルは城へ伝令。クダヤの民は城壁内へ避難、他国民はいつもの避難場所へ。一族、騎士達を見かけたら城より先に伝えてもかまわん。その後は港の族長達の元へ。アルバートは城でヤマ様のお呼びを待つように。神の島へは決して遠見の装置を向けるな。私が自分の目で確認する」



 茫然とヤマ様が去って行った窓を眺めていると、調子を取り戻した領主様が冷静に指示を出し始めた。



「はい。アルバート、俺は先に行ってるからな」


「……あの、私は港でヤマ様のお呼びを待っています……」



 何故かはわからないが、港で待っている方がいいと自分の中の何かが強く訴える。

 すると領主様はこちらをひたりと見据えてきた。



「……神の審判が下されるかもしれない」



 その強い視線にひるみそうになるが、ここは引いてはいけない気がした。



「……そうなればどこにいたって同じです。私は……ヤマ様を信じて港で待っています……」


「アルバートお前……」



 俺が領主様に意見する事にカセルは驚いている。



「――そうか」



 領主様は俺のわがままを認めてくれたようだ。……ありがとうございます。



「――私の方がヤマ様を信じているからな」


「はい……え……?」



 聞き間違いか……?



「お前より信じているし理解しているからな、この私の方が」



 いや、あの、今そんな話じゃ……。



「私ももともと港で待機する予定だったからな」


「え、いや、領主様は城で陣頭指揮を……」


「カセル、族長達に城で私の代わりに指揮をとるようにと」



 何言ってんだこの人は?



「でも、こんな一大事に……」


「死ぬときは島の近くで死ぬ」



 ……とうとう本音が出た。



「まだ死ぬって決まったわけじゃ……」

「じゃあ私も伝令役を終えたら港で待機しますね~。3人でヤマ様を信じて待ちましょう!」



 さらにややこしいのが参加してきた。



「神の意思がどうあろうとも私は最後まで生きる事をあきらめませんよ。な、アルバート?」



 カセルはすがすがしい顔をしており、先程までの深刻な様子はどこにもない。

 ……そうだな、カセル。



「俺もあきらめたりしないからな」

「もちろんだ。これからヤマ様の御殿を建設するという尊い役目が私にはあるからな」



 領主様だけ少し違うんだよな。



「じゃ、私はひとまず伝令役の務めを果たしてきますね~。後でな、アルバート」


 そう言いながらカセルは窓から飛び出していった。後でな、カセル。



「――では港に……だめです! 領主様だめです!」


 さりげなくヤマ様が使用された食器を持って部屋を出ようとする領主様を必死で止める。



「迅速に行動すべき時だぞ、なぜ止める?」



 使用済み食器を持ち去る時でもないと思う。10人に聞いても10人が俺に同意してくれると思う。



「……確実にヤマ様は不快に思われるかと。もう拝謁できなくなる恐れもあります……」


「…………」



 何事も無かったかのように食器をテーブルの上に戻す領主様。



「港に急ぐぞ。一刻を争う時だからな」


「は、はあ……」



 もやもやするのはしょうがない。

 テーブルにお金を置き窓から飛び出すようにして港に向かう。















「…はあ……!は……!」



 俺は今全力で1人走っている。

 店を出た途端、領主様は建物の屋根に飛び移りさっさと港に向かってしまったからだ。

 カセルならなんとかついて行けたんだろうが俺には無理だ。

 馬車も城まではなんとかお願いできたが、すでに避難命令が町全体に発せられていたので港に行ってもらうようお願いは出来なかった。

 その際、神の島に再び光の柱が現れたのだと教えてもらった。また光の柱が……。

 本当にどうなっているんだろうか。白い霧は消えているので島に戻られているはずなのだが……。ヤマ様を信じてはいるがどんどん不安な気持ちは増していく。

 通りは城に向かう人達で混み合っており、カセルの方が先に港に着く可能性がある。もっと急がないと……!





「――アルバート!!」



 訝し気に見られながらも人の流れとは反対方向に走っていると、ジーリ義兄さんが向こうから走って来て声を掛けてきた。



「領主様から話は聞いた!」



 もう到着しているのか。凄いな。



「……そう…………!」



 呼吸が中々整わない。



「族長達も港に留まるって言い張ってて大変なんだ……!」


 周りの人達に聞こえないようそっと驚くような現状を教えてくれる義兄さん。



「理の族長は城にいるから何とかしてもらおうと……」


「……え……?」



 困った顔をしている義兄さんだが、イシュリエ婆さんも大騒ぎして港に向かう様子がありありと想像できてしまう。



「……それは……」



 言葉を発するのが苦しい。本当に俺は体力が無いな。



「それは……もっと……騒ぎ……」


「そうなんだけどね……ローザさんが説得すればもしかしてと思って」



 それはそれで嫌な予感がする。



「……とりあえずやれる事をやってくるよ!」

「あ! ちょっと……!」


 咄嗟に呼び止める。



「……姉さんを……家族をよろしく……お願いします……!」


 出てきた言葉がそれだった。

 目を見開いた義兄さんを後に再び港に向けて走り出す。

 今生の別れのような言葉が出てきてしまったが、俺は今後走り込みをして体力をつける予定だ。死ぬ気はない。でも万が一があるからな……!










 ようやくたどり着いた港では、お偉いさん達が船着き場で揉めていた。何をやっているんだ……。

 そしてすでにカセルも到着しているようだった。





「――領主というのはクダヤの街すべてを守る義務があるんですよ!」


「そうですよ!」


「ご自分だけ神の社から神の島の様子を確認するというのはいかがなものかと」


「領主様には城で指揮をとってもらわないと……。見回りの騎士達も困惑してしまいますし……」


「私が1番良く見えるのに何の問題がある」


「まあそうなんですがね……」


「領主さまだけずるいですよ~。俺も死ぬなら神の島の近くで死にたいですよ!」


「私だってそうよ!」



 ……まだ神の審判が下されると決まったわけじゃないんだけどな。



「お、アルバート。遅かったな」



 カセルが笑顔で近付いてくる。今その顔をする時か?



「……走ってきたから……」



 今日から走り込みをするぞ。……何事もなければ。



「アルバートは城で待機していた方が良いと思うんだがな……」



 疲労困憊の俺を見て風の族長が心配そうにしている。



「……ヤマ様のお呼びを待ちます……」


「そうですよ~。何かあれば俺が助けますから!」


「そういう事だ。我々はヤマ様から呼ばれるのを待つ。族長達は城で自らの務めを果たすように」


「そんな事仰りますけどね? 言わせてもらえれば、領主様が一緒に待つ必要はありませんからね?」



 水の族長は一歩も引かない構えだ。



「そうそう。領主様の務めは城で指揮を執りクダヤの民を守る事ですから!」



 地の族長も負けてないな。



「やはり確認の書簡をしたためて島に送るのが先ではないですか?」



 そうだよな。俺達はお傍にいたから今回の出来事がヤマ様にとっても予期せぬ出来事だったのは知っているが、普通はそう考えるよな。



「――だから私がその役割を担うと言っている」


「ですから……!」


「まあまあ――」



 ずっとこんな感じで揉めているんだろうな……。

 風と技の族長、それにバルトザッカーさんはこういう時すぐ城に向かいそうなものだが、やはり本能的に何かを感じ取っているのだろうか。


 いつもの船に乘り、俺とカセルは邪魔にならないよう偉い人達の言い合いを眺める事しかできずにいると、カセルが何かの音を捉えたようだった。



「――馬車が近付いてきてるな」


「馬車?」



 嫌な予感しかしない……。

 領主様も、次いで風の族長もその音を捉えていた様で同じ方向を向いている。


 そして小さく見えてきた馬車。

 理の族長――イシュリエ婆さんが怒りながら降りて来る想像しかできない。

 そして――――





「アルバート!!」

「カセル!!」



 予想外の人物が降りてきた。



「「母さん……」」


「私達が来たからにはアルバートは安心して自分のお役目に集中なさい」


「姉さん……」


「……ごめん」


「義兄さん……」



 完全武装した母と姉とカセルの母親、そして1人だけ先程と変わらない格好の義兄さんが——―。



「領主様、城は理の族長と“理”のローザが取り仕切っておりますのでご安心ください」


 そうはきはきと領主様に報告するカセルの母親。こんな人だっけ……?

 それにしても祖母は何をやってるんだよ。



「アルバート、お父さん達は身を切る思いで城に残ったの。だから母さんがお前を最後まで守るわね」


「そうよ! 姉さん達に任せなさい!」



 いったいどんな話が広まっているんだろうか……。



「カセル、お父さんは城に残っているけどお母さんが傍にいますからね」



 さすがのカセルも面食らっているな。



「族長……すみません……」


「おう! そうだよな! 親なら死ぬまで子供を守りたいよな!」



 義兄さんと地の族長の会話が成り立っている様で成り立っていない。



「領主様、死に場所を神の島の近くと定めた者達がこちらに向かっておりますのでよろしくお願いします」


「…………そうか」









 領主様が住民達を避難させる事をあきらめたのがわかった。その気持ちはよくわかる。










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