白色もまた中学2年生
「ミュリナさんお大事に」
馬車を覗きこんでミュリナさん達に挨拶をする。
おばあちゃんはどさくさにまぎれてカセルさんとアルバートさんと腕を組んでいた。こういうおばあちゃん好きだ。でもおばあちゃんも早く馬車に乗ってね。
「今日は突然のお話で驚かせてしまってすみませんでした。出産を早めちゃったみたいで……」
「そんな事ないからね」
「そうよ。今日産まれてくる予定だったの、この子は」
和やかなムードなのに眼帯さんがちらちら視界に入ってくるな。
「これ、もし飲めそうなら飲んでください。……今日の話は急ぎではないので落ち着いたら内密にアルバートさんに伝えてもらえれば」
「わかった。声を掛けてくれてありがとう」
「いえ。ではお気をつけて」
馬車を市場の人達で見送り、クダヤレスキュー隊の女性達にも感謝の気持ちを伝える。
「心強かったです、ありがとうございました」
「この街じゃ誰かが助けてくれるからね」
「困った時はお互い様よ!」
「おめでたい日ね」
性格も素敵なパーフェクトレスキュー隊に別れを告げて市場を離れる。
当然ついてくる男性2人と1人。1人ナチュラルすぎるでしょ。
「赤ちゃん可愛かったですね」
とりあえず1番近くにいるアルバートさんに話しかける。
「そうですね……。くしゃくしゃでした……」
その感想もどうかと思う。間違ってないけど。
「お2人とも大人気でしたね」
「申し訳ありません……」
謝る事じゃないぞ。
「返事は聞けませんでしたけどお店の話を伝えられて良かったです。――今日は人目につきすぎたのでもう解散しますか」
そうのんびり歩きながらアルバートさんに話しかけると、オイルマネーで潤っていそうな布の巻き方をしている眼帯さんが急に隣にやってきた。
「私は人目についておりませんので安心してください」
いや、あなたもたいがい……。キイロ、肩に爪がくいこんでるよ。
「私も髪を隠せば大丈夫です。――被り物は用意できなかったんですか?」
カセルさんまで……。この2人耳が良いもんな。
「……あの美しい預かりものを見せたらそちらに集中してしまってな」
「あ~なるほど」
「こちらのものまでは手配が出来なかった」
「じゃあ私も布でも巻きますか。あの被り物は売り物として見かけた事がないですから」
フード付きの服買ってたよねという言葉は飲み込む。
そして布というキーワードで大切な事を思い出した。
「布を売ってた人にお金を払うの忘れてました。お金を払ってきますので先に行っててください」
「私が行ってきますよ、変装用のものも買いたいですし」
「これで支払ってくるように」
「はい。では!」
こちらが止める間もなくサンリエルさんからお金を受け取ったカセルさんは走り去っていった。
「どのような食べ物がお好きでしょうか」
また急だな。わかった、どうしても食事をしたいんだな。
「……普通の、窓付きの個室があるお店であれば大丈夫です。あと、お金をありがとうございます」
この人の幸せは御使いの為に何かをする事なんだろうな……。人生いろいろ。
「お気になさる事はありません。でしたら――――」
まるでガイドブックを熟読してきたかのように、あの店はどうだとかこの店はここが売りだとかを説明してくれるサンリエルさん。この人ほんとに多才だよなー。
「――遅くなりました」
分かれ道の所でグルメ情報を教えてもらっていると、頭に布を巻いているカセルさんが戻ってきた。
サンリエルさんとは路線の違うコスプレ感。
「ありがとうございました。後をつけられてましたね」
「やはりお分かりですか?」
「はい。もう大丈夫なようですよ」
「良かったです。――詳細は食事の時にでも」
サンリエルさんを見ながらそう告げるカセルさん。
食事に行く事が決定事項かのように話をするんだな。まあ行くけどさ。
カセルさんの場合守役を見たいんだろうな。
「門に近いお店にしました」
「個室ですか? 楽しみだな~」
サンリエルさんとカセルさんが嬉しそうなのはともかく、アルバートさんもなんだか少し嬉しそうなのでこれで良かったのかもしれない。
出産おめでとうの打ち上げだと思えば楽しさも倍増だ。
わくわくしながら着いたのはオシャレな外観のお店だった。なんか高そうなんですけど……。
「4人なんですが個室は空いてますか? ――はい、料金は大丈夫です」
サンリエルさんは眼帯で隠していない方の目でばれる可能性が無いとも言えないので、カセルさんとアルバートさんに対応を任せる。アルバートさんはしゃべってないけど。
私はどちらかというと旅装なので小奇麗な格好ではないが、男性陣が綺麗めの服を着ているのでなんとかこの店に馴染めそうというくらい内装も素敵なお店だった。
「こちらです」
笑顔が素敵な女性の店員さんに案内され店の奥に向かう。
案内された部屋はどう見てもコース料理を食すマダムが連想される部屋だった。
食事のテーブルとは別にソファーも用意されているし。
「もしかして高級なお店ですか?」
店員さんが渡してくれた値段表示がされていないメニューを見ながら向かいに座っているサンリエルさんに話しかける。
私の隣の席にさりげなく座ろうとしていたが、守役のみんなが透明のまま座っていたので別の席に移ってもらったのだ。ばっちり正面を確保されたが。
「いえ、普通のお店です」
そうだった。この人金銭感覚がちょっとアレだったわ。
「私料理名がいまいちわからないので頼んでもらっていいですか? 守役達の分もあるので少し多めでお願いします」
全メニュー頼むと言い出したサンリエルさんをカセルさんとアルバートさんが止めているのを眺めていると、ボスから男性陣のメニューには値段が書いてあると教えてもらった。
おお、完全に接待されているな。でも安くはないが高過ぎない値段だったので気兼ねなく食べようと思う。
ボスがいるから私にサプライズは無理だろうな。
「――なんであそこにいるってわかったんですか?」
先に持ってきてくれた甘いお酒を飲みながら気になっていた事を聞く。
ボスはサンリエルさんが近付いてきているのをわかっててあえてスルーした感じだったけど。
教えて……もらわなくてもいいな、うん。
「売り込む店は仰っていましたので。カセルの髪は遠くからでも目立ちますし」
やっぱりカセルさんが目立つのかと視線を向けると少し慌てて説明してきた。
「始めはきちんと髪を隠してたんですが、一族の人間と知ってもらった方がおばあさんを運びやすかったので」
まあそうか。いきなりお姫さま抱っこして連れて行きますなんて言われても心配になるしなんか嫌だ。
これが『ただしイケメン(一族)に限る』というやつか。
「今後ヤマ様がクダヤにお越しの際は必ず髪を隠しますのでご安心ください」
なんかごめん。その髪さらさらで素敵なんだけどね。
「――あ、お店の人来ますね」
ボス実況で教えてもらったので話をやめる。
少しして扉がノックされ料理をのせた執事カートを押して店員さんが入ってきた。
執事カートやっぱり欲しいな。
「ありがとうございます。次からノックしてもらえれば私が取りに行きますので。今、商談中でして」
突然のお願いにも店員さんは快く応じてくれた。良い店だ。
「もうお姿をお現しになっても大丈夫です」
やっぱりそれか。
「じゃあ目を閉じてもらって――――はい、いいですよ」
「ひっ」
アルバートさんの取り皿の上にそっと足を乗せて威嚇している2人。
もう何回やるんだこのパターン……。好きなの?
「キイロ、ロイヤル、お皿を踏まないの。2人は足を拭いてね。ダクスも机の上で食べるなら足を拭くからね。アルバートさん毎回驚かせてしまってすみませんね。お皿替えましょう」
「い、いえ。いつも驚いてしまって申し訳ありません……」
「俺がその皿使ってやるよ」
「おい……!」
「いてっ。なんだよ」
相変わらず仲の良いカセ&アル。
サンリエルさんはまたアルバートさんを凝視しているのかと思いきや、マッチャに抱っこされて足を拭かれているダクスを凝視していた。そっちか。
ダクス、唸ってても全く恐ろしくないぞ。
「あ、白フワ~。もう出てきてもいいよ」
その言葉に白フワはソファーに置いていたリュックの中から機敏な動きで飛び出してきた。
そしてエンの頭に着地。
「わーエンかわいいねえ」
白とエンジ色のふわふわコラボレーション。可愛すぎる。
左隣にいたエンの顔に頬をぐりぐりと擦り付ける。すると今度は右隣にいるナナの頭に着地する白フワ。
「ナナも何この可愛さ」
頭が小さめだから白フワが大きめの髪飾りに見えてとても可愛らしい。
ナナの顔にも頬を擦り付けているとこじんまり組もそっとこちらに近寄ってきた。ここに白フワコレクション開幕。
みんなにひと口ずつ毒味をしてもらうついでに白フワがそれぞれの頭に乗っていく。
ここにカメラがあれば連射モードで延々と写真を撮れる自信がある。ボスの場合は透明のままなので無理だが。
「勝手に食べ始めちゃってますけど皆さんもどうぞ」
嬉しそうにこちらを見ているカセルさん、気を遣ってさりげなくこちらを見ているアルバートさん、こちら凝視しているサンリエルさんにも料理を勧める。おそらくここは億万長者のおごりだろうけどね。
「はい、いただきます」
出産おめでとう打ち上げがスタートした。ミュリナさんお疲れ様~。
「領主様、先程の報告なんですが」
「後をつけられたそうだな」
……あれ、打ち上げは?
「はい。他国民で商売人の装いをしておりましたがそれなりの修練を積んだ動きをしておりました」
「……ミナリームか? いや、いくら情勢が見えていない者達の集まりとはいえ神の怒りをかったばかりのこの時期はないか」
おやおやおや?
「ミナリームとは断定できませんが、容姿や言葉から判断すると近隣諸国の人間ではあるかと」
「“風”の後をつけるとはな。一族の者の力を詳しくは知らないようだ。そのような人間は……リンサレンスかマケドの者か。ミナリームに命令されてという可能性もあるな。後は……可能性としては限りなく低いがユラーハンが考えられるな」
「もう国に帰られたんですよね?」
「ああ。大使館の話は非常に乗り気で、書簡を送ってきた国も含めまた近々会談を行う事にした。――素晴らしい提案をありがとうございます」
この空気でこちらに話を振るのか。
「……いえ。王子のお話はちゃんと聞けましたか?」
頑張ったがこんな返ししか浮かんでこなかった。お母さんか。
「はい。なにやらはるか遠くの地で山が一夜にして消えたとか……」
なにそれ、どっかの神話?
「それが真実だとするなら天変地異ですかね~?」
「人が足を踏み入れる事ができない場所らしく、情報が錯綜しているようだな」
なにそれ、面白そうなんだけど。
「ボスー、私そこに行けるかなあ? 人間じゃ無理?」
卒業旅行みたいに最後は秘境めぐりをして帰るのもいいな。
「――え? 行かなくても来るってどういう事?」
ボスにそう問いかけた時、まるで上から空気の塊に押されたような衝撃を感じた。
同時に窓ガラスが割れる音――
「何!? ……みんなどうしたの?」
瞬きの間にボスにくわえられ宙に浮く私、そして守るかのように私を囲むみんな。そのみんなは真剣な様子で同じ方向を見ている。
この尋常じゃない様子に心臓がばくばくしてきた。
どうしよう、なんだか胸騒ぎがする。




