イージーモードもしくはカジュアルモード
肩にとまり直したキイロにいろいろと話を聞きながら水場まで案内してもらう。
帰りも案内してくれるらしいのでざくざく進んで行く。
キイロが言うにはここは特別な場所らしい。
どう特別なのかよくわからないがキイロは気付いたらここに居て、自分にはここを守る役割があることがなんとなく分かったそうだ。そして巨木がこの島の意思のようなもので自分達の生みの親のような存在である事も。
そう、ここで私は重要な情報をいくつか手に入れた!
まず、ここは周りを海に囲まれているようで、つまり島である。囲まれているということは孤立しているということでもある。
人も住んでいないようで完全に孤立状態だ。いわゆる無人島である!
愛と光のエネルギーを集めるっていう話だったからてっきり人と関わっていくのかと思っていたが違うようだ。そもそもどうやって集めるか具体的な事は何ひとつ聞けなかったしね。
ファンタジー世界の人間、すこし楽しみにしてたんだけどなあ。
ちなみにこの島から1番近い大陸には私のような人間と呼ばれる人達がいるらしい。言葉が通じるかどうかも分からないから目が覚めたのがここで良かった。いきなり外国に放り込まれることを思えばここからの始まりはイージーモードだろう。
ゆくゆくは現地人と少し交流をもってみたいものだ。
しっかし、海を越えるっていうのが難易度高いよね!
そして、もっとワタシ的重要な情報は……キイロは自分達と言ったのだ。
そう、キイロのような存在が他にもいるということだ! これは非常にワクワクする。
毛が生えている子がいるといいなあ、とかどんな子がいるのかなあ、とか妄想が止まらない。一人暮らしをしているマンションではペットは飼えなかったので何かを愛でる、愛情を注げる対象が欲しかったのだ。実家では犬を飼っていたしね。
キイロ達は巨木から、お客様が来るのでよろしくねといった意思を受け取ったそうなのできっとよろしくしてくれることだろう。
今は島中に散らばってそれぞれの役割を果たしているとの事なので、探索を進めていれば会えるようだ。楽しみだなあ。あえて詳しいことは聞かずに探そうと思う。ドキドキ感を味わいたい。
キイロは空の監視役なので、お客様が来るのを巨木の近くで待っていたらしい。そして木の洞から出てきた私を確認してみんなに知らせに行ってくれたようだ。
いやー<地球>さんとチカチカさんいい仕事するなあ。素敵だわー。
まあ愛と光を集めるのが目的なのに本人が病んで楽しくなくちゃ集められないよね。
キイロから情報を集めながら移動し水場にたどり着いた。歩いて30分くらいだろうか。
そこは想像していた水場ではなかった。
なんというかその、滝なのだ。滝があったのだ。滝なのだが、木から水が流れ落ちているのだ。
巨木程ではないにしろ、大きな木の上部の幹から水が流れ落ちている。流れ落ちた水で周りが池のような深さになり、池の中から木が生えているように見える。
水はかなり透き通っていて木の立派な根が遠目からでも確認できるほどだ。いろいろと不思議な森である。
「すごく綺麗だね〜」
キイロに話しかけながら水の中に手を入れてみる。
冷たい。
キイロも地面に下りて水を飲み始めた。大丈夫そうなので手にすくってそっと飲んでみる。
とても美味しい。喉の渇きを我慢していた事もあって数回同じ事を繰り返す。
「はぁ」と満足したところでシャララララという高い音が聞こえた。
……まただ。なんなんだろうこの音は。周りに変化は……ない。
キイロはまだ水を飲んでいる。やっぱり音は聞こえてないみたいだ。
さっき音が聞こえた時はキイロと出会った時で今回は水を飲んだ時。何か共通点でもあるんだろうか……。あれこれ考えてみるがしっくりくる答えは浮かんでこない。
手かがりも少ないので次の機会を待つことにしよう。チカチカさんに聞けば解決しそうな気もするし。
「ぴちゅぴちゅ」
キイロがこちらを晴れた空のような綺麗な目で見てきて水を飲み終わって満足したことを伝えてきた。
水場は確保できたし後は食べられる物を探そうかと質問しようとした時、傍の茂みがガサッと音を立てた。
「うわっ!」
そこには馬……いや、鹿? アルパカ? とにかく馬のような大きさの鹿のような頭をしたアルパカのようなモフモフした生き物が。
その生き物は赤い宝石のような目でこちらをじっと見ながら近付いてきた。
キイロがその頭に飛び移って会話するように鳴いているので、きっと話に聞いたお仲間には違いないが……、
デカい。その大きさに少し腰が引けてしまう。しかも大きな角が2本、上に湾曲しながら伸びている様子はいかつい。鹿のような角ではないが絶対群れのボスとかになっちゃう大きさだと思う。
「クー」
傍まで来ると頭を私の顔に擦りつけてきた。とても良い肌触りだし挨拶もしてくれた事が分かった。優しい目をしていて可愛い。鳴き声も可愛い。角は危ないが。
「初めまして。私の名前は春です」
えんじ色の毛を撫でながら挨拶を返す。するとこちらも名前をつけて欲しいようだ。
はいはい、あのタトゥーが増えるわけね。大歓迎。どういう意味があるのかは不明だけどね。
うーん、目が綺麗な赤い色をしているからそこからとって赤ちゃ……うん、ダメだ。これはやめよう。
「じゃあ名前はエンで」
その瞬間キイロの時と同様胸元あたりが光り、<E>のイニシャルが刻印されていた。
そして私の左手の甲にはエンのシルエットとイニシャルを組み合わせた紋様が。
これ左手の甲はもういっぱいなんだけど次は右手とかかな? ちょっと顔はやめて欲しい。そこまでファンタジーには染まってはいない。
「クー」
エンがお礼をするように頭を上下に動かした。何度も言うが角が危ない。
体を撫でながらエンから話を聞く。
エンは陸の監視役でこの島をいろいろと移動しているようだ。キイロもそうだけどこの島は生き物の気配が無いのに監視役ってどういう事なんだろう? 特別な島だから?
うん、分からない。まあ理由があるんだろう。私が全部を知っている必要はない。目的は愛と光のエネルギーだ。
……愛と光のエネルギーって落ち着いて考えるとすごいワードだよね。大事な要素なんだけど言葉にして連呼するとちょっと空想の世界で生きてる子認定されそう。これは心の中に留め置くに限る。
「食べられる物を探してるんだけど、どこか知らない?」
十分毛並みを堪能して当初の目的を思い出して問いかける。
「ぴちゅ」
「クー」
2人とも知っているようだ。どうも意思疎通できるからか2匹という感じがしない。
しかしやさしさ設計だなあ。これで生きていくための最低限の条件はクリアした事になる。ありがたいありがたい。
「じゃあ案内してもらっていい?」
話しかけると2人は鳴き声をあげて了承の意を示した。そしてエンは前足を折り曲げて上に乗るよう促してきた。
「エンに乗せてくれるの? ありがとう! 楽しみだなあ」
とは言ったものの、エンは伏せていても大きい。角をえいやと掴み足を上げようとするがなかなか上手くいかない。これで肉体的には何のサポートもない事が分かった。
じたばたしていると急にふわっと体が浮いてエンの背中に乗ることができた。
不思議に思っているとエンの頭の上にいたキイロが羽をバタつかせていた。どうやらキイロの仕業のようだ。
魔法! やっぱりあったと気分が良くなる。
「キイロありがとう」
声をかけてエンの角を掴む。前かがみになるが他に掴めそうなところは無い。エンさえ良ければいつかは鞍みたいなのもつけたいな。
私がしっかり掴まったのを確認してエンはゆっくりと移動を始めた。私に気をつかったスピードのようだが、もはや自分が巨木からどの辺りにいるか分からない。
これで移動手段を手に入れた。ゲームとかでは中盤から手に入るイメージがあるのでこれもイージーモードさまさまである。
エンは森という歩きやすいとはいえない道も軽やかに進んで行く。
キイロも私達を先導するように飛んでいる。心強いなあ。自分が無人島のような場所に放り込まれたとは思えないくらいの心強さだ。気分は避暑地での乗馬体験である。
しばらく進むと森の様子が変わってきた。いろいろと組み合わさった感じのする森だったが、南国感が強くなってきた。そして辺りの木々にはたくさんの実が成っている。
「うわーなんて南国」
景色を楽しみながら進む。そしてエンはある木の根元で足を止めた。
近くには苔むした大きな岩があった。エンにお礼を言い、よいせと背中から飛び降りる。
周りにバナナに似た果実がたくさんあったので近寄って採ろうとすると――
ブチィ!
――横から何かが私が採ろうとした果実をもぎ取っていた。
驚きに声も出せず果実を持った何かを見る。
それは深い緑色をした落ち着いた色合いの毛のようなものだった。そしてその先を目線で辿っていくのとそれがこちらを振り向くのは同時だった。
オランウータンだった。
完全に記憶にあるオランウータンと一致する。
毛の色が違うとはいえオランウータンだ。
「………………」
私は完全に固まってしまいじっとそれを見つめる。
すごい毛むくじゃらだなー腕長いなーなんて軽く現実逃避しつつ。
するとオランウータンは私が採ろうとした果実をバナナのように剝いてこちらに差し出してきた。
あ、バナナと同じなのねと思いながら受け取る。
「……ありがとう」
お礼を言ってむしゃむしゃと食べる。甘い。バナナの味じゃないけど甘くておいしい。
オランウータンは私が食べている間優しげな表情をしてこちらを見ていた。苔むした岩だと思っていたのはこのオランウータンだったのか。保護色すぎる。
「あなたもお役目を持ったこの子達のお仲間ですか」
バナナも食べ終わってだいぶ冷静になってきたので尋ねてみる。
オランウータンはうなずいた。
やけに動作が人間くさい。いやまあ猿人類っていうくらいだから人間ぽいのも納得だけど。
「私は春です。これからよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる。するとオランウータンは手を差し出してきた。
……握手?
手を握ってみる。やはり握手だった。
上下に振って握手をしているとキイロが地面を歩いて近寄ってきて、片方の羽をこちらに差し出してきた。隣ではエンも前足を上げている。それぞれと握手をしていく。
人間っぽいな……。人化はしなくていいからね!
シャララララ
またあの音が。
でも今回のでちょっと分かった気がする。後でチカチカさんに確かめてみよう。
「あなたも名前をつけた方がいい?」
そう聞くと頷いたのでさっそくつけよう。もう決めているのだ。
「マッチャで」
その瞬間、胸元が光り<M>のイニシャルがマッチャに刻印され、予想通り私の右手の甲に新しい紋様が。マッチャは嬉しそうに座っている。和む。
うん、順調だ。順調なんだけど……。旅の仲間的なものってこう一気に集まるんじゃなくて徐々に集まってくるものじゃないの?
それぞれの出会いをしっかり堪能する前に次の出会いだもんなー。慌ただしいなー。みんなすごく可愛くてありがたいけどここ数時間の密度が濃いというか………。
とりあえず食べられる物を集めるかとバナナもどきを5、6本採る。今日の夜と次の日の朝の分があればひとまずは大丈夫だ。バナナだけじゃ飽きるから周りの果実も数種類集めておく。後で食べ比べるのが楽しみだ。
果実を求めて付近をうろついていると大きな果実が地面に落ちて潰れているのを見つけた。触ってみるとずいぶんと硬い皮だ。殻に近い。上を見上げると、手の届かない高い位置に丸い大きなオレンジ色の実がたくさんついている。
皮をコップみたいに出来ないかな? ヤシの実の活用法みたいに。
そう思いつき、頭上に注意しながら木を揺すってみる。ビクともしない。
しょうがない落ちているやつで使えそうなやつを探すか、と辺りを探索する事にする。
「フォーン」
辺りをガサガサしているとマッチャから「任せて」という意思が伝わってくる。
どうでもいいけど「フォーン」って声出すのね。
手招きしているのでマッチャに近寄る。手に石を持っていたのでそれを投げるのかなと見ていると、投げた。
「っぎゃー!」
豪速球すぎて風圧が! あの音なに!? ごうって……! 凄い音がして実が地面に落ちた!
しかもマッチャは座ったままで手首の返しだけで投げた。完全に不意を突かれた。
あんな穏やかそうな顔でのんびりぼてんと座ってるだけなのに……。恐ろしい。
「う、うわあ~ありがとーたすかるー」
お礼を言って果実を回収しようとした時キイロの鋭い鳴き声が聞こえた。
「ぴぃーーーー!!」
「ぎゃー!」
キイロが果実に突撃した!
そのまま果実を角に刺したままこちらに戻ってくる。
……大丈夫? それメロンくらいの大きさあるけど……。
「うわあ~キイロもすごーい。あ、ありがとー」
キイロの角から力を入れて果実を引き抜く。
こんな攻撃的な果実狩り初めて見た。
――木に前足をかけてゆさゆさ揺らしているエンを見ながら思った。
やっぱりイージーモードでした。