十海 遥斗と暮星 心気
「遥斗、悪い」
「……え?」
「ちょっと教室に戻って来る」
「忘れ物?待ってるよ」
「いや、ちょっと違う。先に帰っててくれ」
「? わかった……」
急ぎ足で校舎へ戻っていく遠の背中を、遥斗は軽く手を振りながら見送った。
一応5分ほど待ってみたが、やはり遠は戻って来なかったので、遥斗は言われた通り先に帰ることにした。
遥斗の住むアパートは、遠の家からそう遠くない場所にある。
階段を登り、がちゃがちゃと鍵を回した。頼りなさげに開いたドアのポストには、量販店のチラシが3.4枚挟まっていた。遥斗はそれが弾みで落ちないように、そっとドアを閉めた。
部屋の傍にバッグを放り投げたそのままの勢いで、遥斗はベッドに倒れこんだ。
「ふああ……」
帰ってきたばかりで、まだ陽も落ちていないというのに、あくびが出る。
ーーそれにしても、遠はなんでまた、急に「忘れ物を取りに戻る」なんて言ったのだろう。
軽いまどろみの中で、遥斗はそんな事を考えていた。
ーー普段なら、
「だるい」だとか、「まぁいいや」とか言って放置して帰るのに。
しかし、3回目のあくびが出た頃には、遥斗は、自分が何のことについて考えていたかを忘れてしまった。
目を覚ますと、あたりは真っ暗だった。遥斗は手探りで携帯を取り、画面を点けた。今の時刻は、午前1時らしい。
遥斗は暗闇の中で起き上がり、電灯のスイッチがあるはずの方角に向かい歩き始めた。途中で空き缶をいくつか蹴飛ばしたが、気にしなかった。
部屋に光を取り戻すと、遥斗はベッドに戻り、再び横になった。しばらく横になっていたが、次第に眠気より空腹が勝ってきた。遥斗はぐらぐらと体を起こし、キッチンへと向かった。
冷蔵庫を開けたが、特にめぼしいものは見つからなかった。遥斗は何も取らずに冷蔵庫の戸を閉めると、水道の水を少し飲み、寝室へと足を向けた。
元の部屋に戻ってきた遥斗は、足元に転がる缶の中に、ひとつ、開封されていないホットチョコレートがあるのを見つけた。
遥斗はそれを拾い上げ、消費期限が切れていないのを確認すると、
「これでいっか」
と呟いた後、一気にぐいと飲み干した。
そして、空になった缶を机の端に置くと、再びベッドに横になり、目を閉じた。