十海 遥斗と七山 遠
第二話です。
新キャラ紹介みたいなパートです。
ふいに、誰かに呼ばれたような気がした。
振り返ると、そこには人の形をした黒い影が、
―顔は見えなかったが恐らく―
こちらを見ていた。
クレパスで描きなぐったような細長く歪なその人影は、
ゆらゆらと左右に揺れながら、のらくらとこちらに近づいてくる。
そして、その針金のような指をゆっくりとこちらへ伸ばし・・・
ぐぢゃあっ!!
という凄まじい音を立て、
その人影は、黒い何かを撒き散らして弾け飛んだ。
「ふーう。まったく、手間取らせてくれたぜ」
その背後から、飛び散った黒い液体を袖で拭いながら、
巨大な銃を構えた男が姿を現した。
「さて・・・と。
あとはあんたの処理だけだな」
果てしなく続く荒野の上を、一人の少女が走っていた。
どれだけの距離を走ったのか、呼吸は荒くなり、
目の焦点も合わないほどに疲労していた。
そんな状態でも少女は必死に走り続けている。
まるで恐ろしい何かから逃げるように・・・・
「おい、 おい!待てよ!
ちょっと待てっつーに!」
その後ろを、慌てて追いかける人影があった。
「なあ、ちゃんと話を聞けって!俺ぁお前を助けようとだな・・・」
「はぁっ、はあっ・・・・ こっ、 殺される・・・・ひゃあっ!!」
今にももつれそうな足は小石を蹴りそこねて、
その少女は派手にすっ転んでしまった。
「はぁ・・・
まったく、随分無駄な体力使わせてくれたな」
「ひ・・人殺し・・・・」
「あのな、さっきの奴のどこが人間に見えるんだよ。
もう少しでお前は殺されるとこだったんだぞ?」
そう言いながら歩いてくる男から、
少女は足をばたつかせながら必死に逃げようとしている。
「こっ、・・・ 来ないで・・・・来ないでぇっ・・・・!!」
投げつけられてくる泥やら砂やらを払いのけながら、
男は気だるげに少女の額へ手をかざす。
「いいからおとなしくしてろ。 直ぐに終わるから」
言い終わった直後、男の手は鈍く光り、
手のひらから赤い光が放たれ・・・・
「きゃああああぁぁぁーーーーーーーっ!!」
「はぁ~~~~ぁ・・・・」
机に半ば突っ伏し、消しゴムを無造作に転がしながら、
七山 遠は大きくため息をついた。
「かーなたっ!」
その様子を眺めていた少年が、ひょこひょこ歩きながら声をかけてきた。
「・・・なんだよ、遥斗」
遠は、口をほとんど開かずそう言うと、
声の主に向かって視線を投げた。
「いやあ、調子悪そうだなーと思って・・・何かあったの?」
「べぇっつにぃ」
「?」
遥斗が首をかしげていると、
がらら...
という力無い音をたてて教室のドアが開かれ、
二人の女子が何かを話しながら入ってきた。
「それでさ、それがすごい怖い夢だったの」
「へえ、どんな夢?」
「それが、よく覚えてないんだ。
とにかく怖い夢だったっていうのは覚えてるんだけど・・・」
「あはは、何それ」
「もーっ!! バカにしてるでしょ、紗綾!?」
「大丈夫だって、私も似たような経験あるし・・・」
二人の話をなんとなく聞いていた遥斗は、少し考えてから、
そういえば、と言って遠に話しかけた。
「ねえ遠、紗綾の隣にいた人ってさ、
遠が”駆除”した人じゃなかったっけ?」
「・・・・そうかもな」
遠は二人を一瞥した後、自分の肘に頭を預けて目を閉じた。
その様子を見た遥斗は、少し考えてから、
半分気の毒な、半分楽しそうな表情で口を開いた。
「遠・・・もしかして、また”泣かれた”の?」
びくんっ!!
と、遠の体が寝たままの姿勢で大きく跳ねた。
遠は下を向いたままゆっくりと立ち上がると、
遥斗の肩にゆらりと手を乗せて呟いた。
「遥斗・・・ちょっと来い」
「ええっなになに?乱暴なのはやぁよ?」
「いいから来い」
屋上に着くなり、遠は座り込んで口を開いた。
「なあ遥斗・・・俺はお前と一緒に、かれこれ5年近くこの仕事をやってきた」
「うん」
「皆を助けるために、何体も化物共を斃してきた」
「うんうん」
「それなのに、いつも・・・いっつもだ、
何で俺の方が化物みたいな扱いをされなきゃいけないんだよぉーーっ!!」
床をばんっ!と叩く音と共に、遠の心からの叫びが空に響き渡る。
「ふふっああ・・・やっぱり今回もそうだったんだ・・・」
「ちょっと笑ってんじゃねーよ!!ヘッドホンちぎんぞてめぇ!!」
おかしさを隠そうともしない遥斗を、涙目気味の遠がきっと睨みつける。
「第一俺とお前のやってる事はほとんど同じなのによぉ!
なんでお前の方は普通にハッピーエンドっぽく終わって、
俺はこんなヒール扱いなんだよ!!」
「あはは・・・
でも、そうなる原因は君の方にも少しあると思うなあ」
「何ぃ?」
「そうだね、例えば・・・
君の外見がちょっと怖めとか、
君の“想像”した武器の見た目が禍々し過ぎるとか・・・」
「なっ・・・」
全く予想外の意見に、思わず遠は口を落とす。
「なんだそりゃあ!?俺のセンスが悪いって言いたいのかよ!?」
「そうは言わないけど・・・
過敏になってる宿主の精神世界で、
ドクロやらノコギリやらはちょっとどうかと思うよ」
「想像力なんて自分で意識して制御できるものでもないだろ・・・
つーかそんなに言うなら、お前一人で“駆除”すればいいだろ」
「えー、そんな事言わないでよ。
僕だって大変なんだよ?
この時期はストレスが多くて"出やすい"んだから、
人手は少しでも多くないと」
腕を前後に揺すりながらそう言った遥斗の目を、
遠はちらりと見る。
「それはわかってるけどよ・・・
俺のやり方じゃあ、余計にストレス与えちまうのがオチだ」
「接し方さえ変えればなんとかなるって!
ね、なんとか、お願い!
ほら、猫の手も借りたいって言うじゃない」
「・・・お前、遠回しに俺の事バカにしてるだろ」
「もー、ネガティブだなぁ、そんな意味じゃないよっ!
ほらほら、またたびー」
「いーや、絶対バカにしてる!!」
「だから違っ・・・ぅわあっ!」
がばぁっ!
と、いきなり飛びかかってきた遠に肩を掴まれた遥斗は、
そのままの勢いで押し倒されてしまった。
遠は獰猛な笑みを浮かべて、目には怪しい光まで揺らめいている。
「こんの、散々言ってくれた罰だっ!ふしゃーっ!!」
「わはぁっ!? ひ、くっぅはっ待ってっ!
あばら、あばらやめてっ!!
ぁははははっ!!」
「・・・あ、そうだ」
教室に戻る途中、遥斗ははっとした表情で遠に話しかけた。
「あん?」
「あのさ、遠、英語の教科書貸して欲しいんだけど・・・」
はぁっ・・・
と軽くため息をついてから、
「遥斗・・・お前、何回目よ」
と、呆れを欠片も隠さずに言った。
「うーん・・・何回目だろ」
遥斗は人差し指を頬にあてて考えるような素振りを見せたが、
1秒もしないうちに諦めたらしい。
「ったく・・・ほら」
「へへ、ありがとー!」
「ふう、間に合った・・・」
チャイムの音が鳴り終わるのと同時に、遥斗は席へ滑り込んだ。
「遥斗君、また借りてきたの?」
少し息切れ気味の遥斗を横目に見ながら、紗綾は小声で話しかけた。
「うん、「いつものやつ」ってね」
そう言いながら、遥斗は指先を軽く振るような仕草をした。
「「いつもの」って・・・少しは自分で持ってこようって気はないの?」
「もちろんあるよ。でも遠がいつも貸してくれちゃうからつい・・・ね」
「遥斗君、いつまでも人の優しさに甘えてるのはどうかと思うよ」
「えへへ、遠って優しいでしょ?」
さも誇らしげにそう言った遥斗の顔を見て、
紗綾も思わず笑ってしまった。
「もう、そういう話してるんじゃなくて」
「わかってるわかってる・・・ あれ」
ぺらぺらとページをめくっていた遥斗は、不意に手を止めた。
そのページには、髑髏に虫の羽がついたようなものが、
何もない砂漠の中で朽ち風化していく様子が描かれていた。
「(遠・・・また「スケッチ」してる・・・)」
なにやら神妙な顔で教科書を睨んでいる遥斗を見て、
少し気になった紗綾も教科書を覗き込んでみた。
「・・・わっ、 すごい、
これ遥斗君が描いたの?」
「あ、いや、これは遠が描いたんだよ」
「へぇ、そうなんだ・・・」
食い入るようにその絵を見つめる紗綾を、
遥斗は静かに横から見つめていた。
しばらくしてから、遥斗は紗綾の視線を遮るように、
ページを変えて上にノートを乗せた。
「あっ・・・」
紗綾は一瞬だけ残念そうな表情をして、
すぐにはっと我に返った。
「紗綾はああいう絵が好きなの?」
「うん、好きっていうか、こう・・・
ちょっと怖いけどそれが心に響くっていうか・・・」
「ふーん・・・」
「・・・いま変な趣味とか思ったでしょ?」
「もう、思ってないよ!」
「・・・っていう話をしてたんだよ」
「はーん・・・」
「「はーん」って・・・
もうちょっとこう、リアクションとかないの・・・?」
「お前は俺に何を期待してたんだ」
昼休みになって、遥斗は遠へ教科書を返しに行った。
そしていの一番にさっきの会話の内容を話し始めたのだった。
おおげさに肩を落としがっかりしてみせるが、遥斗にはわかっていた。
「つーかその話、本当なのかよ?」
「・・・ふふっ」
「なぁに笑ってんだよ」
「やっぱり嬉しいんでしょ?」
それを聞いた遠は眉間にくっとしわを寄せ、
ぶっきらぼうに言った。
「はあ?
違うよ。変な趣味だなって思っただけだ」
「もう、素直じゃないなあ。
これでも飲んで機嫌直しなよ」
「いるか!そんな甘ったるいもん」
差し出したチョコレートドリンクをぺしんと跳ね除けられてしまった遥斗は、
すこしむっとした表情になって、ゆっくりと遠に近づいていった。
「なにぃ、わしの酒が飲めぬと申すか?」
「は?」
遠は思わず頭を上げ、遥斗の方を見た。
遥斗の口元にはうっすらと笑みが浮かび、
目元には微かに光が揺らめいている。
「そんなやつには~っ・・・ こうだっ!!」
「ぅおあっ!?」
がばぁっ!
「くらえっ!
缶チョコレート(あったか~い)強制一気飲みの刑だっ!!」
「ぬああっ!!やめろ、やめてくれ!!
俺は・・・俺は猫舌なんだぁーーっ!!!」
がたんっ!と机の倒れる音と共に、遠の叫び声が廊下中に響き渡る。
それは、当然紗綾のいる教室にまで聞こえてきた。
「本当に仲がいいなあ、あの二人・・・・」
紗綾は、誰に言うともなく呟いた。
「・・・ってか、人の落書きを勝手に他人にみせんなよ」
「ごめん・・・紗綾があまりに熱心に見てたから」
「・・・・・・」
「・・・やっぱり嬉しいんでしょ?」
「うるせぇっ!!」
第二話 おわり