第34ページ 脅威
モンスターハウスと友達になった僕らは、当初の計画通りモンスターハウスに住まわせてもらうことになった。
ただ、従魔契約はまだしていない。
この優しい魔物は僕がラインを繋げばしてくれそうだからだ。
従魔法は魔物を従魔師に縛る魔法。
簡単に結ぶわけにはいかない。
…今更な気もするけどね。
「とりあえず僕はモンテ司教にこのことを報告してくるね。ケビン達はお留守番で、モンスターハウス君と話して家の中を改変してもらってくれるかな?」
「わかったよ」
グモォォ
モンスターハウスの能力である屋敷の改変。
大きさは変えれないみたいだけど、屋敷内部は自由自在だ。
とりあえずいらない部屋は消してもらって一つの大部屋にまとめてもらう。
一階部分はリビングとキッチン、ダイニングとお客様が来るかもしれないからと面談室的な物を一つ。
二階は僕らの私的空間として僕とケビンが一部屋ずつ。
クロとフェオンは僕の部屋がいいそうなので僕の部屋は少し大き目にして貰って、フェオンとクロの寝床となるクッションの山だけ作ってもらう。
ビギンは部屋とかまったく気にしていなかった。
あ、もちろんパッソ君の子ども部屋はそのままにしてある。
旅をしていた為、それほど荷物はないけどその整理を頼んで、モンスターハウス君は家具や食器とかも生み出せるみたいなのでケビンにはそれらの監督を頼む。
モンスターハウス君が生み出したものは外には持ち出せないけれど十分だね。
「じゃ行ってくるね!」
見送りにわざわざ玄関前まで来てくれた皆にそう手を振って教会へと向かう。
けれど、その僕の足はすぐ止まることになった。
モンスターハウスがいるのは、獣都に程近い丘の上であった。
その丘を、何かが登ってきている。
僕には気配を察するような能力はない。
そんな僕にもわかる尋常でないオーラがこちらへ向かって来ている。
後ろからケビンとフェオンが奔って来る。
僕を守ろうと、僕より前に出る。
でも、二人とも恐怖を覚えていることがわかる。
まだ赤ん坊と言ってもいいクロなんて怖くて動けないようだ。
本能が、勝てないと告げている。
その存在が、ついに姿を現した。
それは女性だった。
藍色の衣に身を包み、緋色の髪を無造作にくくって揺らしている。
その頭からは二本の細い角のようなものが捩れ生えており、女性が人族でないことは明らかだった。
(この人、強い。今まで会った誰より…父さんよりも!?)
圧倒的な強者のオーラを纏ったその女性は、手に槍を持っている。
一瞬だけ目が合い、僕はその眼光に心臓をわしづかみにされたような感覚を抱いた。
女性はすぐに僕たちから視線を外し背後に建つモンスターハウスに視線をやる。
それでもう彼女の狙いがモンスターハウスだとわかった。
それでもう僕は退くわけにはいかなくなった。
女性は僕らの前まで歩いてきて止まった。
「どきな、坊や」
女性にしては低めの落ち着きのある声。
人を屈服させてしまうような覇気に満ちた声だ。
「どきません」
「ほう?」
女性がニヤリと口角を釣り上げる。
面白いものを見つけたと言う感じだ。
「なんでだい?私はそこの魔物に用があるだけだ。魔物を討伐するのが冒険者の勤めじゃないか」
冒険者なのか、と妙なところに関心を覚えた。
女性の言うことはもっともだ。
それでも僕は友達を見捨てたりしたくない。
グモォォと後ろから心配そうな声を出している優しい友達を。
「彼は僕の友達です」
「だから?」
「か、彼は人に被害を与えたりしません!」
「それならどうして討伐依頼が出てるのかね?」
「そ、それは…」
彼個人がどんなに危険でなくても、一般には魔物であり怖い存在なのだ。
僕が何を言っても世間の認識が変わることは無い。
「どきな。さもないと…」
ブンと風を切る音がし、気付けば僕の目の前に槍の穂先が現れていた。
まったく見えなかった。
銀の柄に何やら模様が刻まれたシンプルな槍。
陽の光を受け鈍く煌めく刃が僕に向けられている。
「どきません」
「これでもかい?」
女性の眼光は鋭く、心臓の弱い人ならそれだけで死んでしまいそうだ。
それにプラスして、今女性はスキル<覇気>を発動した。
父さんに強い人はだいたい持っているスキルだと言われて修行の時に<覇気>を浴びせられたことがあるけど、父さんの全力の<覇気>よりもかかるプレッシャーが大きい。だけど!
「それでもです!彼は優しい僕の友達だ!」
「ほう?言うじゃないか。じゃあ、友達の盾になって死んでみるかい?」
「させないよ!」
「グルゥ!」
「キュ、キュウ!」
ケビンが震えながら槍を構え、フェオンも警告の唸りを上げる。
クロも勇気を振りしぼって飛んできてくれた。
ビギンが僕の肩で揺れ始め、その体積を増やす。
嬉しいけど、全員でかかってもこの人には敵わないだろう。
それどころか、何もわからないまま僕らは殺されてしまう。
時間稼ぎにもならない。
そんな自殺行為に、みんなを巻き込むのは忍びない。
だから僕は、守ってくれている皆よりも前に出る。
「ケイト!?」「グル!?」「キュ!」グモォォ
「殺るなら僕だけにしてください」
みんなの驚きと心配の声を無視して告げる。
すると、女性はまたニヤリと笑った。
「…なかなかいい目をしている。従魔達とも良い関係を築けているようだ。悪くないね」
「え?」
女性の<覇気>が一瞬にして解除され、同時にオーラも人並みまで抑えられる。
完全に威圧感が消えた時、きょとんとしている僕に女性は笑う。
「けど甘いね。本当にその魔物が大切だというなら従魔契約をしておきな。従魔でもない魔物を保護するなんてことは本来できないんだからね」
「は、はい…え?」
急展開についていけない。
とそこに、「おーい!」と声を出しながら誰かが走ってくる。
ううん、その声の主のことは知っている。
すぐに姿が見えてその人が僕の考えた通りの人だとわかる。
「モンテ司教!?」
「や、やぁケイト君。まったく何をやっているんですか、カルラ殿!」
走ってきて疲れたのか、モンテ司教ははぁはぁ言いながら女性に大声を出す。
どうやら知り合いのようだけどモンテ司教が大声を出すのを初めて見た。
「試したのさ。この坊やが本当にそんな大層な力を持つに値するのかをね」
「…それで?」
モンテ司教は何か言いたそうなのを我慢して女性、カルラさんに聞く。
試す?僕を?
「ああ、合格だ。この子なら大丈夫だろう」
カルラさんはニッと笑って、僕の頭に手を置いた。




