第20ページ 決着と進化
「お前!?」
仔狼は、僕を守ってくれているのか、オークを押し倒し、頭を噛みつき続けている。
だが、仔狼は負傷しており、オークの膂力は仔狼を上回っている。
振りほどかれるのも時間の問題だろう。
「すぐに戻ってくるから!」
「ワオッ!」
時間を稼いでくれている仔狼に一声かけて、落としていた女性を担ぎなおし走る。
後ろからオークが苦痛の声を漏らしながら暴れる音が聞こえ、仔狼が必死に押さえてくれているのがわかる。
「こっちだ!早く!」
しばらく走ってから前を見ると、狩人の二人が、既に自分たちの担当の人は避難させたのか、迎えに来てくれていた。
僕は二人に、背負っている女の人を渡し、身を翻す。
「おい!?」
「どこに行くんだ、ケイト!?」
「友達が、まだ戦っているので」
二人の生死の声を無視して、僕は走る。
やっと見えた時には、ちょうど仔狼が振りほどかれるところだった。
「キャンッ」
「あっ!」
オークの力任せな一撃を受け、弾き飛ばされてしまう仔狼。
そのまま転がり、苦悶の声を漏らす。
なんとか立ち上がろうとするけど、脚に力が入らないようで伏してしまう。
「もういいよ!休んでて!」
僕はオークと仔狼の間に入る。
オークは、顔中に傷をつくり血が流れているが、致命傷には至っていない。
完全に怒っているようだ。
「でも、先に手を出したのは君らの方だよ。友達に…なれたかもしれないのに」
弓に矢をつがえ、狙いを定める。
不思議と、心は静かだった。
弦を引き絞り、ドタドタと近付いてくるオークに向かって放つ。
矢は、狙い通りオークの心臓に…刺さらない。
「え!?わわっ!?」
「グモォォオ!!」
慌てて転がるようにそこを退避した瞬間。
棍棒を振り回しながら、オークがそこを通り過ぎた。
「肉が厚すぎて心臓まで届かないんだ…」
刺さりきらずに落ちていた矢を拾って、どうするか考える。
『工夫しろ』
父さんの声が思い返される。
うん、よく言われてたな。
矢は多めに持ってきている。
でも、無駄撃ちはするなとも言われている。
頭を使えと。
だから僕は考える。
一番単純なのは、肉の少ない部分を射抜くこと。
指や目を射抜けばさすがにダメージが入るだろう。
けど、残念ながら棍棒を振り回しながら暴れているオークの急所ピンポイントを狙う技術はまだない。
技術がないなら…
「ビギン!」
ピュッ
「グモッ!?」
僕の考えを読み取って、ビギンが粘液を吐きだしてくれる。
暴れているから当てられないなら、当てられる状況にすればいい!
ビギンの出す粘液を顔に浴びたオークは、どうにか粘液を振りほどこうともがく。
無規則にただ腕を振り回していたさっきとは違い、これならどうにか狙える。
できるだけ近づいて、矢を放つ!
「グモォォ!!」
まずは顔を覆っていた大きな手。
普通、手の甲なんかは皮が薄いはずなんだけど、オークはそんなことないようで、肉で覆われている。
だから、指の付け根を狙う必要があったけど、どうにか命中してくれた。
手が顔から離れ、今度は矢を抜こうともがく。
けど、力を入れすぎたのか、矢を途中で折ってしまいなかなか抜けない。
その間に僕は、次の矢をつがえて、狙いを定めていた。
狙いはオークの鼻の上、目と目の間。眉間だ。
「グモッ…」
至近距離で放たれた矢は、狙い違わず眉間へと突き刺さった。
ブシュという音を立て、オークの動きが止まる。
そのまま、後ろへと倒れた。
「ハァ…やれた」
力が抜けて尻もちをつく。
実際ギリギリだった。
やっている間は気付かなかったんだけど、できる限り近付いたおかげで近づきすぎていた。
オークがもし腕を振って入れば僕に当たっていたくらいに。
父さんならこんなに近付かなくても当てるだろう。
まだまだ修行が足りない。
「そうだ!仔狼は!」
慌てて振りかえり、仔狼に駆け寄る。
疲弊して、傷も開いてしまっているようだが、息はちゃんとしている。
うっすらと目を開けて、僕を見ると少しだけ表情が和らいだ気がする。
「休んでてね」
頭を優しく撫でてやると、力が抜けたように目を閉じた。
ちょっと驚いたけど、眠っているだけのようだ。
「ビギン、付いててあげて。僕はスーの所に行かないと」
ビギンが僕の肩から飛び降りて、仔狼に寄り添う。
僕は踵を返して、さっきまでかなりの音を立てて争っていた現場に向かう。
今は何故か静かで、それが戦闘が終了していることを教えてくれる。
ただ、スーがやられているとは思えなかった。
僕とスーの間にある繋がりが、断たれていない。
それどころか、いつも以上の力を感じる。
これは一度だけ経験したことのあるあの感覚だ。
僕は自分の顔に笑みが浮かぶのを自覚する。
ただ、スーとオークキングが戦っていた所に近付くにつれ、温度が下がっていく。
肌寒いとかでなく、もう寒い。
それと同時に周りの景色が白くなっていく。
オークが作った吉野ヶ里みたいな藁づくりの家が凍りついている。
これをやった犯人は、まぁスーなんだろうな。
「スー!」
完全に凍りついて彫像と化しているオークキング。
その上に停まり、羽を休めている大きな鳥の姿。
虹色に輝く翼と、長く揺らめく尾羽。
切れ長の目と、まるで王冠のように煌めく鶏冠。
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[オーロラクレイン]名前〔スー〕ランクA
雪山に生息する鳥型魔物。
美しき容姿を持ち、見た者に幸運を齎すと言われている。
戦闘力は高く、何より仲間を傷つけた者に容赦はしない。
状態:従魔
性格:優雅
スキル:飛翔、遠目、冷気操作、温度感知、氷雪魔法、MP回復速度上昇
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「やっぱり、進化したんだね」
ビギンがスライムからリキッドスライムに進化した時に感じた感覚と同じだった。
従魔の力が増して、従魔法契約で繋がっているラインが太くなったような、そんな感じだった。
「ケーン」
「綺麗だよ、スー」
身をよせてくるスーの首元を撫でてやると、嬉しそうに鳴いた。
オークキングというさっきまで同格だった敵と戦っていたというのに、まったくの無傷であるスー。
進化のタイミングは、オークキングを倒したあとのはずだから、完全に圧倒していたということなのか。
それとも進化と同時に怪我も癒えたということか。
わからないけど、アイスヘロンだった時よりも力が増しているのは確かだ。
それに大きくなっている。
これなら、僕を乗せて飛ぶこともできるだろう。
「ありがとう」
「ケェー」
スーと顔を両手で挟んで頭を合わせる。
目を閉じて礼を言うと気にするなというようにスーも目を閉じて鳴いた。




