第9ページ 従魔師の行方
本日2本目です。
「あの子のことを、お願いしますよ、ロア」
教会を物珍しそうに見て回るケイトを遠目に見ながら、横にいる俺に呟くように話しかけてくるモンテ司教。
彼の顔には、いつもの笑顔はない。
悲しげで、寂しげであり、長年の付き合いとなる私でもあまり見たことのない顔をしていた。
モンテ司教は私と同じ森の出身であり、森を出てからかなりお世話になった。
その付き合いは今でも続き、獣都に来れば顔を出すようにしている。
いつも笑って迎えてくれる彼が、こんな表情をすることはほとんどない。
「もちろんです。しかし、何故です?」
私には、彼の表情の理由がわからなかった。
ケイトの生い立ちや、育ってきた環境。
それは確かに、悲しいものではあったが、今は私や、ビギンがいると言ってくれた。
その時の笑顔に偽りはなく、私は本当にあいつの家族になろうと思ったのだ。
「彼の能力は素晴らしいものです。だからこそ、彼の能力を利用しようと思う者はいるでしょう。残念ですが…それが人という生き物です。特に人族はそれが顕著だ」
俺はハッとしてケイトを見る。
ケイトが持つ誰とでも友達となれるスキル。
それは素晴らしい能力だ。
だが、その能力を軍事目的で使う輩が出て来ないとは限らない。
例えばだが、最強の魔物と呼ばれる竜であろうと、ケイトなら友達になることができるのだろう。
ケイトを使えば、竜を使うこともできるようになる。
そんな風に考える奴が出て来ないとは限らない。
ケイトの能力は隠さねばならない。
しかし、人の口に戸は立てられない。
いずればれてしまう。
ならばそれまでに、ケイトにはある程度の自衛手段を持っていてもらいたい。
「必ず、必ずあいつは守ります。私はもうケイトの家族ですから」
私の言葉に、司教はいつもより更に優しい笑顔でうなずいた。
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「ケイト、少し冒険者ギルドに顔を出してみようと思う。さっき言っていた知り合いが今どうしているか確認したい」
「はい、もちろんいいですよ!」
教会を出た僕らは、そう言うロアさんに連れられ冒険者ギルドへと向かう。
街の中心ほど近くにあるというそこは、木造の二階建てだった。
「おい、あれ」
「ああ、ロアだ。復帰するのかね?」
「どうかな?だが、人族の子どもを連れてるぞ?」
「あいつは世話焼きだからな。司教と一緒だよ」
「同郷らしいからな、似ているんだろう」
「ちげーねー」
ロアさんがギルド内に入ると、中にいた人が一斉にこっちを見てざわつき始めた。
ギルド内に作られている酒場スペースにいた男の人たちが何やら色々話しているのが聞こえてきた。
中にはガラの悪い人なんかもいたけど、ロアさんを悪く言ってる人も、敵意を持っている人もいない。
それどころか、敬意を持たれているみたいだ。
なんだか少し嬉しくなる。
「久しぶりだな、アギーラ」
「まったくだね!やっと冒険者に復帰する気になったのかい?」
「今のところそのつもりはない」
「おや?今のところかい?」
ロアさんが話かけたのは、ギルドの受付に座っていた女性。
茶色の短髪で、褐色の肌をしており、頭には猫耳。
アギーラと呼ばれたその女性は、面白そうにこちらに目を向ける。
「それで?今日はそっちの売却が希望かい?」
「え?!」
「違う。そう脅してやるな」
僕の反応が面白かったのかアギーラさんはクツクツと笑う。
「冗談さ。そんな怖がるなよ坊や。取って食いやしないさね」
「トーマスの話を聞きたいんだ。あいつが今どこにいるか知っているか?」
ロアさんが聞くと、アギーラさんは笑顔を引っ込めて真剣な表情となる。
「あいつは…あいつに何の用だい?狩りの誘いならやめときな」
「…何があったんだ?」
「…少し前のことさ、あいつの従魔が死んだ」
「っ!…この世界では、別に珍しいことではない」
「そうさ。でもあんたも知っているだろう?あいつがどれほど自分の従魔をかわいがっていたか」
「ああ、そうだな…」
ロアさんは、口を挟めずにいた僕を見る。
どうするか迷っているような顔だ。
僕の為に、従魔師であるトーマスって人を紹介してくれようとしている。
でも、知り合いであるトーマスさんが悲しんでいるだろうこの時に指導をお願いしてもいいのかと。
その様子から何かを感じたのか、アギーラさんが一つため息を吐いてから口を開く。
「理由があるようだね。そっちの子関連かい?」
「ああ。こいつは従魔法のスキルを持っていてな。使い方を教えてやって欲しかったんだが…」
「なるほど…でもそういうことならちょうどいいかもしれないわ。彼にも早く立ち直ってもらいたいし、後輩の指導って言うのはいい気分転換になるものよ」
アギーラさんは、そう言って僕らにトーマスさんが今どこにいるのか教えてくれた。
それは、獣都の外れにあるという酒場で、最近では昼間からそこに入り浸りお酒を飲んでいるのだという。
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「ここか…」
アギーラさんが教えてくれた店を見つけるのは簡単だった。
問題は、店そのものだ。
さびれた印象のあるこのお店は、お客がまったく寄りついているイメージがない。
お昼の酒場っていうのはこういうものなのだろうか、と思いもするが、気前のいい冒険者など昼間から飲んでいる人もそれなりにいるようなので、この店が特別なんだろう。
「いらっしゃい」
店に入ると、奥から店主の低い声が聞こえてきた。
ロアさんは、店内を見回して、カウンターにそれっぽい人を見つける。
というかお客さんはその人だけなようだ。
この店大丈夫なんだろうか?
「酒以外で飲み物二つと、適当な食事を」
「はいよ」
その座っている男の人の隣りに座りながら、店主に注文するロアさん。
僕も小走りで近付いて、ロアさんの隣りに座る。
「久しぶりだな」
ロアさんが声をかけると、ビールの入った木のマグカップを持ってうつらうつらとしていた男の人が、ようやくロアさんを見る。
顔色が悪く。
目の周りには隈が浮かび、唇は青紫色。
「これは驚いた。天下の翼敵様ではないか。なんだ俺を笑いに来たのか?」
「ああ、そうだな。だが、実際に見てみると笑う気にもなれんよ」
ロアさんがそう返すと、男、トーマスさんはフンと面白くなさそうに鼻をならす。
「で、何の用だ?そっちのガキはなんだ。笛を吹いたらついてきたのか?」
「違う。こいつはケイトって言ってな。今は私が面倒を見ている。実は先ほど教会に行ったらケイトに従魔法のスキルがあることがわかった。それでお前に教えてやって欲しいんだが…」
「断る。そんな気分じゃねぇんだ」
トーマスさんは、ビールを一気に呷ると、ポケットからお金を出し、カウンターの上に置いてから立ち上がり出口に向かって歩き始める。
「ルーイのことは聞いた」
ピタッとトーマスさんの足が止まる。
振り返らないその背中に向かって、ロアさんは話しかけ続ける。
「私にも友人を亡くした経験はある。気持ちはわかる」
「気持ちはわかる?気持ちはわかるだって!?あいつは!あいつはただの友なんかじゃねぇ!あいつは俺の友であり、相棒であり、家族だった!!ただ一人の家族だったんだ!あいつを亡くして俺はっ俺はっ!」
トーマスさんが膝から崩れ、床に手をつく。
その目からは涙が溢れ、床を濡らす。
「…」
ロアさんは、そんなトーマスさんに近付き、肩に手を置く。
ゆっくりと慰めるように背中をさする。
僕は何も言えずに、ただ見ていただけだった。




