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仮面の独白  作者: 弥彦
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2009年8月15日

それはとても暑い夏の日の出来事でした

プロローグ「全ての始まり」


2009年の夏、私はふたりの親族を亡くした

ひとりは私の母方の曾祖母・豆塚イネ

もうひとりは私の祖母の姉の旦那・大河原真一


私の母方の曾祖母・イネが亡くなったのは奇しくも8月15日、そう終戦記念日だった

イネは享年104歳での天寿を全うした

だがその人生は一筋縄ではいかない自由奔放なものであった

どれだけ周囲に迷惑をかけたか本人は自覚していないのだろうな、と私の祖母でありイネの第二子である山下ウメがそう呟いた


私は曾祖母の訃報を受けて8月15日の夕方から執り行われたお通夜に参列した

そこで私は生まれて初めて見る世にも奇妙な通夜会場の案内板を見かけることになる

そこには「故・豆塚(明神)イネ様の通夜会場はこちら」と書かれていた案内板に目を疑った

弥彦「(明神)って何だよ・・・・・!?名前に( )が付いているってどういうことだよ?」


普通は名前に括弧を付けて表記したりはしない、それが通例だ

だがそれは故人・イネの無念を晴らすためのものであった事に私は後で気付くこととなる

そう、イネは我々の一族の苗字を名乗る事が許されなかったのだ、だから喪主の意向でせめてもお通夜の席では一族の名を名乗らせてあげようではないか

そういう趣向だったのだ


何故イネが一族の名を名乗れなかったのか、それには深い事情がある

それを私に教えてくれたのは喪主を務め上げた明神敬吾だった


イネは生涯、豆塚の姓のままで明神一族の苗字を名乗る事はできなかった

その複雑怪奇なイネの一生を祖母が語りだした


ウメ「話は第二次大戦時までさかのぼるわ。」

続きます

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