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1-4 現地検証開始

・ステータスの値は細かい数字を出すと非常に読みにくくなるため、漢数字ではなくアラビア数字を使う事になりました。

 冒険者ギルドの扉をくぐると、談話スペースからティアが手を振ってくる。

 視野が広いのか、契約の呼び出しも使わずに待っていたのか。頼み事をしていた手前、苦笑するのも失礼だと考えて手を挙げて応じると、アキラはそちらへ足を運んだ。

 談話スペースの奥でティアは二人の女性とともにテーブルについていた。二人とも、アキラと同じくらいの年齢に見える。身に付けている物もアキラと同様に簡素な物で、熟練の冒険者には到底見えない。

「どうも、はじめまして。新米冒険者のアキラです」

 こちらの方は、などとティアに尋ねることもなく自ら名乗った。女性達も慌てて席を立ち、名乗り返してくる。

「ヒトミです」

「ニーナです」

 自己紹介の言葉など考えてもいなかったのだろう。声色を緊張に染めてなんとか名前だけを口にする二人に、アキラは微笑んで着席を促した。ティアから時計回りに、アキラ、ヒトミ、ニーナの順で席に着く。

「とって食おうってわけじゃない。そう緊張しないで欲しいんだが」

 先の態度はどこへやら、いきなり崩した言葉遣いでアキラは相手の緊張を解しにかかる。

「アキラの頼み通り、『効率的な成長のための実験への協力』の参加については、もう了解を貰ってあるよ」

 ティアの補足を受け、アキラは彼女を労うべくその頭を撫でた。

 現在はゲームの運営が公式に開始された直後だ。この街に新人冒険者(プレイヤー)が殺到する事は、想像に難くない。アキラ自身と大してステータスの変わらないであろう彼らに協力を取り付け、成長率の差を検証しようと考えたのである。

 照れくさそうに笑う少女と呆気にとられている女性二人に、さっそく本題を切り出す。

「じゃあ、事前説明にもあったと思うけど実験協力への報酬は、実験結果の共有だ。不服はないかな?」

「不服というか、不満はないです」

「それより、長時間待たされたことに対する謝罪と賠償が欲しいかも」

 戸惑いつつも己の意思を口にするヒトミと、挑発的な表情に改めて切り返してくるニーナ。それもそうだな、とアキラが謝罪しようとしたところで、慌てた様子でヒトミが割って入った。

「こっちに来るのが遅くなって、空の上でたくさん待たされて、街中でたくさん迷子になって、ここについたのなんてついさっきじゃない」

「そうだっけ」

 小さく舌を出すニーナと、もう、と嘆息するヒトミに、アキラは笑った。

「いやはや、なかなか強かだな。ティア、実際のところはどうなんだ?」

「おしゃべりしてたらアキラが帰ってきたからなぁ。そんなに時間は経ってないと思うけど」

 メニューウィンドウでいつでも正確な時間を確認できるプレイヤーと比較すれば、時計を持っていない一般人の時間感覚は曖昧な物にならざるを得ないようだ。

 なるほど、と頷いて二人に視線を戻す。

「まぁ、その辺については今度お茶でも奢らせてくれ。今回の実験について、具体的な事前情報は必要ない。俺と君ら、この三人でパーティを組まずにできるだけ同質のモンスターを同量倒すようにし、その結果どれだけ強くなれるかを検証するという簡単な実験だ。成長に差があった場合、種について教えよう。その後もう一つ、パーティによる経験値分散についても実験したい」

 能力上昇幅を確認するために現時点での全員のステータスを確認したが、総合評価オール9、最大物理攻撃力が15、最大防御力は13と三人とも横並びだった。お互いのステータスを確認し合う三人を見て首を傾げるティアに、アキラが説明する。

「自分の能力をおおざっぱに数値化して理解することはできるんだが、詳細を測る手段は持ち合わせてなくてな」

「なるほど、じゃあ分かったら売ってあげるよ」

「頼む」

 聞いたことがない、知らない、といった存在の否定に類する言葉ではなく、調べてくるという意図を含む言葉だ。今更ながらAIの柔軟性に関心を深めつつ、情報収集についてはしっかりと依頼した。

「ここまでで何か質問はあるかな?」

 二人のやり取りを見てもの言いたげな二人に水を向ける。

「あーえっと。種を先に教えてもらえないのは、なぜなんでしょう?」

無理矢理ひねり出したと言った様子のヒトミの質問に、ニーナも頷くことで追従した。

「情報屋から得た情報を、むやみに吹聴してたら情報屋が困るだろう? 成功したなら、より価値が高い情報だったと情報料を上乗せした上で、二人に教える許可を貰おうと考えているんだ」

「その情報屋というのは……」

「この子だが」

「だから子供扱いするな!」

 噛み付く勢いのティアに、つい微笑ましくなってしまう冒険者三人。

「っとに、十分な報酬はもう貰ったって。そこまで気にしなくていいのに」

 彼女が言っているのは、最初に提示した三百crから契約紙の費用を差し引いた二百crの事だろう。大金を持ち歩きたくないという彼女の意を酌んで、いつでも彼女が自由に引き出していい資金として冒険者ギルドに預けてある。こういったお金や物資のやり取りの仲介・保管もギルドとしての重要な役割らしい。

「どうにも、そのあたり金銭感覚が分からないんだよな。ともあれ、貰える物は貰っとけって」

「金遣いが荒すぎて、君の将来が心配だよ」

 あっけらかんとするアキラと、しみじみと頭を抱える少女のやり取りに、残された二人の冒険者は思わず声を上げて笑うのだった。

「まぁ、浪費癖については頼りになる未来の嫁さんになんとかしてもらうとして、本題に戻ろう。根本的な戦闘力向上のためには、訓練するか戦闘をこなすかとなるわけだが、今回はもちろん、実践だ。クエストを受けてモンスターを討伐する予定だ」

 脱線を切り上げて本題に入ると、ティアが数枚の羊皮紙をテーブルの上に並べた。

「そうなると思って、簡単なものをいくつか見繕っておいたよ」

「さすが情報屋、目端が利くな。話が早くて助かる」

 アキラが労を労う向かいで、ニーナとヒトミは既に羊皮紙に目を走らせていた。

 それを察したニーナが、早速クエストの受け方などの基本的な説明を始める。

「基本的に、掲示板から受けたいクエストを探して、受付のカウンターで承認してもらう事で、複数の冒険者がひとつのクエストを受注してしまったりするトラブルを防ぐようになってるの。このとき、クエストの危険度や難易度、拘束時間なんかによって、契約金を支払う事になるけど、達成に時間がかかりすぎて失敗扱いになるといった場合にはこの契約金から違約金が発注者に支払われる事になってるの。もちろん、クエストを達成したら返ってくるんだよ。」

「クエストを受けるためには、契約金を払う必要があるのですか?」

 なぜか不安顔になるヒトミに、ティアは頷いた。

「最も簡単とされるランク壱のクエストは、危険も少なく拘束時間も短いものが多いから、契約金が設定されていないものもあるんだけど……魔物と戦闘をするようなクエストは、契約金が必要だね」

 とはいえ、ティアが提示しているクエストの契約金は、高いものでも百crを超える事はない。初期配布の千crがあれば何度か失敗しても余裕があるはずだ。それに対して難色を示すという事は、何かがあったのだろう。アキラはそれを察してあえて触れない。

「どうせ重複して同じクエストを受注する事はできないんだ。代表として俺が受注しておけば、何の問題もあるまい。俺が報酬の持ち逃げでもしない限り」

 懸念事項をあえて自ら口にする事で冗談粧せ、笑いを取りながら方針を決定する。詐欺師紛いの所作だと自覚しつつも、アキラは必要以上の自嘲を顔にだすことなく場の流れを誘導してみせた。もちろん、騙すつもりなどはない。しかし、会ったときから感じていた彼女達の警戒心の薄さを、改めて確認する必要を感じていたのだ。

 見ていて心配になるほどの無防備さは、頼れるものがないからか。リアルすぎる作られた異世界へ放り込まれた事による、無自覚の不安からか。あるいは、意図的な演出なのか。

 最後のひとつである可能性を下方修正しつつ、アキラは三つのクエストを受注した。


 クエストのためにアキラ、ヒトミ、ニーナの三人が赴いたのは、ナウルからのびる街道を少し外れた川の畔にある洞窟だった。移動手段は特別割引価格の乗り合い馬車だ。

 乗合馬車であるのに貸し切り状態であったのは、街を訪れる人の割合に対して出て行く人の割合が小さ過ぎたからである。供給に対して需要が少なすぎたため、運賃も低いらしい。乗り心地は、布さえ張られていない固い椅子にスプリングの効いていない車体のおかげで、道中に会話を交える事ができない程度には悪いものだったが。そんな三人を見て馭者台に座る男は笑っていたので、馬車の振動に不慣れ過ぎただけかもしれない。

 とにかく、歩くよりも遥かに短時間で、通常より遥かに安く目的地にたどり着けたのだからアキラに文句はない。

「うぅ、おしりがぁ……」

 たとえ、すぐ隣でニーナが乙女らしからぬ言葉を漏らしていたとしても。

 ちなみに、馬車ギルドの利用料金も検証につきあわせているアキラが負担した。

 いざ洞窟を目の前にして、ヒトミは帰り道が気になったようだ。

「帰りは徒歩なんですよね」

 ふと思いついたように口にした言葉で、ニーナがガックリと肩を落とした。

「考えないようにしてたのにぃ」

 心情を吐露する彼女のセリフは、ほとんど呻き声だ。対して、アキラは笑い声を上げる。

「街中でなければログアウトできないわけじゃないんだから、危険な場所でない限り困ることはないと思うがな」

 その言葉に、そういえば、とニーナがアキラに向き直った。

「さっきの情報屋の子、NPCよね?」

 首を振って肯定するアキラに、彼女は詰め寄った。

 当のNPCの姿がないのを良い事に、あくまでゲームとしてシステムとしての話題を口にする事への抵抗感が|お互い(プレイヤー達)の中から薄れたようだ。

「一体全体、どうやったらあんな子、懐柔できるのよ」

「懐柔って言うほどのことはしてないと思うが……」

「ゲーム始まったばっかりなのに、情報屋の可愛い子捕まえちゃって。私達なんか、ギルドを探すだけでどれだけ苦労したことか……」

 愚痴なのか八つ当たりなのか。内心呆れながらアキラはもう一人に助けを求めるが、視線の先の女性は諦めたように肩をすくめるだけだった。

「あちこちでギルドの場所を聞いて、よく分かんない施設に案内されて。ようやく辿り着いたら登録証はどうしたのかとか意味分かんないこと聞かれて。不親切すぎない!? このゲームさ。冒険者登録証くらい、初期装備にしておきなさいよ!」

「いや、俺に言われても困るんだが。第一、ギルドの場所を尋ねたっていうが、なんて言って尋ねたんだ?」

「『この辺りにあるギルドはどこですか?』ですね」

 興奮のままに口を開こうとしたニーナを遮るように、ヒトミがその問いに答えた。やっぱりな、と溜息をついてアキラは困惑顔をニーナに向ける。

「ギルドってのは組合って意味だ。冒険者ギルド以外にも色々あるだろう。商人のギルド、情報屋のギルド、料理人のギルド。さっき馬車を借りたのだって、街と街を行き来する馬車の運行管理をするギルドだったろう。冒険者や旅人なんてのは詐欺師にとっては絶好のカモだ。騙されて金を巻き上げられなかっただけ、幸運だと」

 正面から睨みつけられて、アキラは口を閉ざす。騙されたのか、この2人。

「どんまい。まぁ、勉強料だな」

「簡単に言ってくれるわねぇ」

 恨みさえ込められた口ぶりに、いくら巻き上げられたのか尋ねる。

「せん」

「え」

「千crよ」

「……2人で?」

「一人あたり、千cr取られたって言ってるの」

 それは即ち、初期所持金の全てを取られたということである。ほとんど身ぐるみを剥がされたようなものだった。

「おいおい」

 ヒトミに視線をやるが、今度は合わせようとしない。

 アキラは根掘り葉掘り聞いて手口を洗い出す事も考えたが、資金を失って意気消沈している彼女達の傷口に今すぐ塩を塗り籠むべきではないと判断した。少なくとも、その情報は今すぐに活かす事はできないのだから。

「まぁ、初期所持金なんて有って無いようなもんだ。とりあえず、実験がてらクエストをこなすか」

 スモールヴァンパイアラットの討伐十匹、スロウバットの羽十対の採集、ケイプラットの尻尾十本と牙二十本の納品。いずれも魔物との戦闘を前提とするクエストで、雑魚とはいえ暗く狭く足場の悪い洞窟内での戦闘の危険度を配慮し、ランク三に分類されるクエストだ。報酬もその分高く設定されている。ちなみに、先ほどアキラが街中でこなした配達などのクエストは、全てランク一である。

「討伐系クエストは討伐の証明が可能な部位……尻尾とか角とか、できるだけかさばらない場所がいいな……そいつを指定数持ち帰り、証明完了後は売るなり自由にしていいそうだ。他のクエストについても、指定されている部位以外は冒険者の取り分になる。そこそこの収入にはなるだろう」

 ギルドから借りた解体用の小さなナイフを手の中で転がし、小さくため息を吐く。十八歳未満のプレイは非推奨のゲームとはいえ、自ら解体する必要があるなどとはかなりグロテスクな内容といえる。そもそも、この“非推奨”には法的拘束力はないので、幼いプレイヤーもいることだろう。アキラ自身も、十八歳には届いていない。

 気を取り直したばかりの二人を脅かしても仕方がないので、口には出さなかった。気付いていて気丈に振る舞っているのかもしれないし、そもそも内蔵まで解体する予定はない。放置された魔物の亡骸は、別の魔物が勝手に処理することだろう。

 最後に簡単な作戦会議――もとい、実験の確認を終えたところで、ふとヒトミが疑問を口にした。

「明かりはどうするんです?」

 人工洞でもなければ人の整備が行き届いている洞窟というわけでもないので、当然ながら洞窟の中は昼間でも真っ暗だ。多少夜目に自信がある程度では、少し奥に進んだだけで何も見えなくなるだろう。

「そうだな。一応カンテラは雑貨屋の店長に貰ったんだが……」

 餞別と言って押し付けられたそれは、しっかりとメニューウィンドウにあるアイテムストレージに格納してあった。油は十分入っているし、火をつけるためには内蔵されている魔石を利用するのでスイッチひとつだ。火打ち石を買い忘れた、などというトラブルもない。

「魔法アリアリのファンタジーだと、灯火の魔法とか仕えても不思議はないよな」

「おお、いいね」

 思いついたままの言葉を口にしてニヤリと笑うアキラに、ニーナが楽しそうに賛同する。

「まぁ、少し試してみようぜ」

 半信半疑なヒトミも連れて洞窟に入る。

 入り口からの光はまだ十分届く、薄暗くなったあたりで早速魔法の発動を試みた。

「イメージ。光。灯火。暗闇を払う魔力の光」

 回復魔法を発動した時を思い出し、呟く。

 重要なのは、想像力と意思力と魔力。回復魔法を使った時の、二回目に発生した光を強くイメージする。今回は回復の作用は求めない。代わりに、一瞬の光ではなく、継続的に周囲を照らしだす明かりを。

 連れの二人に見守られる中、深呼吸し集中すること数秒。その手に、音もなく光が宿る。全員がその光を見守る中、やがて光の球となって手のひらから舞い上がり、アキラの肩の高さで漂い始めた。

「うーん」

 唸る。

「三人で明かりを作れれば、光の合成で明るさを確保できるんじゃないかな?」

 ヒトミがそう提案するが、試すより早く事態は急変する。

 バサバサ、と複数の羽音が周囲に反響した。

「伏せッ」

 アキラが短く叫び二人が従った直後、その体があった場所を複数の大型コウモリが通り過ぎる。

 ちらりと明かりに照らされて見えたその姿に、アキラはゲーム的には小さいコウモリだな、などと余計なことを考えていた。故に。

「あんたも!」

 ニーナに言われるまで、滑空してきた別の一体に気づかなかった。

 慌てて回避し、その体勢のままアイテムストレージから旅人の杖を取り出す。

 起き上がりざま、杖で空を薙ぐが闇雲な攻撃は当たらない。

 集中が切れたせいか、光の玉が消えた。

 舌打ちをするアキラは、しかし笑っていた。

 入り口は近く、まだ逃げれる。薄暗がりは十分にコウモリたちの姿を見つけにくくしているが、真っ暗闇ではない。全く見えないわけでもない。滑空でなければ、羽音も聞き取れる。

「どうしたら……」

 薄闇に不安を覚えたのか声を震わせて呟いたヒトミに、コウモリが殺到した。

 羽音でその位置を捉えて、全力で杖を振る。殴りつけた衝撃は、一薙ぎで二回分。

 簡単に倒せるとは思わない。

「出口へ」

 短く指示し、強く足元を杖で突く。音に反応して襲いかかってきたコウモリたちを、再び叩きつける。何体かの体当たりを受けるが、それほどのダメージではないようだ。

 作戦会議の折から展開しっぱなしのメニューウィンドウは、左腕付近に浮遊し、今受けたダメージが最大HPの一割ほどであることを告げていた。発光しているように見えるが、現実での仮想デスクトップと同様に、『そこにある、そう表示されている』と視覚野が認識するだけで、光源としては機能していない。それに目が慣れてしまって周囲が見えなくなる、ということがないのはありがたいが。

 先に走りだした二人を追って、アキラは撤退した。


 陽光の下で、三人は輪になって座る。反省会兼作戦会議だ。

「とりあえず、現状では魔法を維持しながら戦うというのは難しいようだ。継続時間を指定して発動すれば可能かもしれないが、既に俺は何回かコウモリを攻撃してしまった。今回の実験のメインは、攻撃回数や討伐数をできるだけ揃えた上での、成長の差を調べること。他の検証のためにこの実験が狂うのは本末転倒だ」

「その分、私らが殴ればいいんじゃないの?」

「その意見はもっともだが、被弾の回数まで揃えるのは厄介だ。加えて、モンスターにも自然回復くらいあるだろう。この検証をスムーズに行うために、後でもできる検証は後に回すべきだと俺は思う」

「なるほどね」

 説明を受け入れてあっさりと納得した二人が頷くのを確認して、続ける。

「コウモリ共は光の玉を出した俺ではなく、まず君らに襲いかかった。その後の攻撃対象も、より大きな音を出した人を襲ってきたように見える。つまり、奴らの行動は音に起因している可能性が高い。従来のRPGにおけるヘイト計算がどこまで通じるかは分からんが、音を起てるという行動が奴らを刺激することはキーポイントだろう」

 その言葉に対し、ヒトミがおずおずといった感じで手を上げた。

「学校の教室じゃないんだから、質問するときいちいち手を上げる必要はないが。なんだ?」

「ヘイト計算って、なんです?」

「あー、ごめん。この子オンラインゲーム初心者でさ」

 叱られるのを恐れる子供のように尋ねるヒトミの態度をニーナが補足する。

「ふむ。では、ニーナ先生の説明を聞いてみよう」

「私かよ」

「初心者に教えるのは、先輩の役目さ。親しいなら特に、な」

「しゃーねーなぁ。ええっと、ヘイトってのは要するにモンスターからの嫌悪値のことだね。多くの場合は、攻撃するとかテリトリーに深煎りするとか、あと、攻撃を受けた仲間を回復するとかすると上昇するんだ。これを数値に置き換えて計算し、モンスターの行動を誘導することで戦闘を優位に進めるのが、ヘイト計算ってことだ。な?」

 最後に不安げにアキラに確認しなければ、格好がついたのだが。アキラは頷いて、その頭を撫でてやる。彼女は唸ることで反感を示したが、彼は取り合わなかった。

「要するに、防御役が挑発して攻撃を引き付け、防御を捨てて攻撃特化役が敵の体力を削る。ほかにも攻撃しやすくするアシスト役や周囲警戒役などもあるが、戦闘全体を通して防御役以外が攻撃されないようにすることで、戦況をコントロールしやすくするっていうことだ。ここまではいいか?」

 アキラがヒトミに対して説明を始めると、ニーナまで頷いてくる。

「問題は、他のオンラインゲームとは比べ物にならないほど、AIが優れていることだ。さっきも、第一波は全てのコウモリが二人を襲うんじゃなく、時間差で俺の背後をとってきただろう。しかも、わざわざ羽音を立てないようにして」

「偶然じゃないの?」

「敵を過小評価するくらいなら、過大評価した方が危険は少ないぞ。直接戦闘ならばな。なにより、AIが優れているというのは、根拠がある。街の人たちの応対さ」

「確かに、すばらしい対話能力だとは思いますが……」

 首を傾げる二人。

「確かに、ログインとかシステム的な話題以外なら、かなり高度な対話能力があるな。問題は、そこじゃない。街の運営が、AI任せなのさ。建築作業も物流も治療行為も現実そのものと言っていいほど、リアルだ。おそらく、政治もだろう。彼らは『街というシステムの一部』じゃない。一人一人が独立して思考し行動した結果、街として機能しているんだ。そんなAIを実現している世界で、モンスターが雑なヘイトシステムだけで行動しているとは到底思えない」

 ヒトミは納得顔で、ニーナは不満げな顔で、それぞれ頷いた。

「まぁ、ごり押しでもいいんだが。実験のメインは、俺ともう一人どっちかで行おう。残ったひとりは、カンテラを預けるから守って欲しい。他のモンスターが出てきても、基本的に同じ立ち回りで。カンテラを守る役が二人の攻撃回数や討伐数を数えて、偏ってるようだったら指示をくれ」

 二人は互いに目配せをして、ヒトミがカンテラを守る役に名乗りを上げた。二人とも、特に異論はないようだ。

 アキラはアイテムストレージからカンテラを取り出し、ヒトミに預ける。

 元の持ち主に教わった通りの使い方を説明してすると、彼女は使命感を目に宿らせて頷いた。

 一歩下がったおとなしいタイプかと思いきや、意外と簡単に使命感を燃やす。面白い娘だと思いつつも、口に出さない程度の利口さは備えていた。

「じゃあ、行こうか」

「はい」

 そういいつつ、立たせてと言いたげに手を差し伸べてくる彼女のあり方に、思わずアキラは笑ってしまう。

「天然だからね、この娘は」

 アキラの心中を察したニーナが、彼の代わりにお嬢様の手を取る。立ち上がったヒトミは小さく首を傾げるのだった。

▼内容

・ランク3クエスト受注(討伐系・採取系)

・ステータス成長の検証開始

・初戦闘

・退走

・作戦会議

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