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1-3 様々な対価

 施設やその利用方法、街の成り立ちなどを教わりながら少女に案内された冒険者ギルドは、道中いくつか目にした店舗はもちろん、多くの人や物が集まる商館や酒場などよりもさらに一回りも二回りも大きな、どっしりとした構えの建物だった。少なくともアキラがこの街についてみた建物の中では最も大きく立派な木造建築物である。明かり取りのためか、いくつも設置されている窓に透明なガラスが填められているのも、他の建物にない特長である。少なくとも、ガラス窓は一般的な存在ではないことを推察するには十分な数、道中の建物を観察してきたため、アキラが受けた衝撃は意外と大きかった。

 その驚きを察したのか、少女はなぜか胸を張って教えてくれる。

「歪みのないきれいなガラスを窓なんて傷つきやすい場所に、惜しげもなく利用できる。冒険者ギルドの権威を誇張するための画策だ、なんていう人もいるけど、実際は冒険者達も笑ったり泣いたりする人間なんだ、ってことを街のみんなに理解して貰って親しみを感じて貰えるように、そして、その開放性を維持しつつ建物として十分な気密性を確保するためにガラス窓を採用してるんだよ」

 へぇ、と短いアキラの生返事で満足したのか、少女はギルドの内部へアキラを導いた。

 ゲーム公開から内部時間で一時間——外部時間で三分未満——しか経過していないためか、あるいは他にも多数の冒険者ギルドの施設が存在するのか、はたまた冒険者ギルドへたどり着く難度が高すぎるのか。とにかく、施設内部はそれほど混雑しておらず、二人はすぐに入り口正面のカウンターで係員の対応を得ることができた。

「それでは、あなたがこの大陸で初めて利用する冒険者ギルドとして、当ギルドを登録する……ということで間違いありませんね?」

 眼鏡が似合いそうな受付の男性職員は、アキラと短い問答を終えてそう確認する。

「そうだ」

 こういった事務的な会話が苦手なアキラは、返答についつい短い言葉を選んでしまう。そういった人間の対応も慣れているのか、男性職員は特に不快感を覚えているような様子もなく、カウンターの下から一枚の書類を取り出した。

「では、冒険者登録を開始します。情報の偽装はあなた自身の首を絞めるだけでなく、発覚の際は他のギルドにも通達の上、当ギルドの利用停止等のペナルティが発生しますのでご注意ください」

 そう前置きして必要な情報を一つ一つ確認していく。

 年齢の項目を素直に現実世界での年齢を応えたところ、よどみなく紙の上を滑っていた羽ペンが初めて止まった。

「ずいぶんお若いのですね」

 ぽつりと、男性職員は呟く。そこに感情の起伏は見られなかったが、アキラの隣で少女が反応した。

「彼は既に成人してるのですから、如何なる問題はないでしょう?」

 その声色に含まれる刺に、先ほど男性職員が漏らした言葉への反発がありありと込められていた。若さが問題になるとすれば、経験の浅さか。つまり、リスクとリターンを冷静に天秤にかける能力であったり、冒険者としての技量であったり。その重要性が判断できないアキラは、成り行きを見守る他ない。

 一触即発かに見えたが、男性職員はもちろんですと短い言葉で少女の視線を受け流した。

「戦闘技能はありますか? あるいは、得意魔法などでもかまいません」

 直後の質問は、先の話題を掘り返すようなものと捕らえる事もできた。しかし、アキラはとりあえずその問題は考えない事にする。持ち合わせていない技能を語るのは有益ではないと判断した。

「いや、魔法の魔の字も学んだことがない。特に得意な武器があるというわけでもないな。登録していない武器で戦うことは違反になるのか?」

「いえ、そのようなことはありません。難度の高いクエストが発注された際、冒険者の方々同士でパーティーを組み、互いに協力してクエストをこなすといったことは珍しくないのですが、冒険者皆様が互いを理解しているわけではありません。そのため、必要な戦力を整えれないといった事態も頻発しております。こういった問題を速やかに解決するために、冒険者を紹介するサービスも我々のギルドでは行っているのです。」

 よどみなく答える職員の言葉に、情報屋の少女が口を挟む。

「ある意味、偽造し放題な項目なんだよ、それは。後からいくらでも更新できるしね。それに、その紹介サービスで組んだパーティは所詮急造パーティ。実際の人となりやとっさの行動力、判断力なんかを理解できていないままパーティを組んでも、お互いの力を十全に発揮することなんかできないし。暗黙の連携を期待して任せたら、相手も同じく任せてきてパーティ全滅の危機……なんて話も珍しくないの。あまり頼りにしてたら足をすくわれるよ」

 先ほどの鋭い刺はどこへやら、冷静な口調で説明をくれた。

 辛辣な忠告に苦笑とともに頷き、アキラは視線を男性職員に戻す。

「今は空欄で頼む」

「分かりました。次は実績についてですが——」

 さらに、将来の目標、現状への自己評価など、まるでアンケートのような項目を埋めて書類の作成は完了した。

「登録が完了しましたので、登録証にお名前を刻印させて頂きます。しばらく時間がかかりますので、あちらでクエストをご覧になるなどして少々お待ちください。」

 そういって男性職員が示したのは、立ち並ぶ板に羊皮紙が留められている一角だった。ゲーム慣れしたアキラの感覚では、リストで確認できないのは不便だが、こういった形式の方が臨場感があって面白い演出だとも思える。しかし、了解を返す前に少女が割って入った。

「登録証の発行は完了していませんが、彼の登録自体は完了し、ギルド施設の利用権利は会得しましたよね?」

「はい。しかし、クエストを受けるなどして施設を出てしまうと、登録証紛失のペナルティを負うことになりますが」

「それには及びません。契約のため、専用の紙の購入と、開いている部屋の利用許可をお願いします」

 男性職員はしばし二人を交互に見つめた後、承りました、と一礼した。

 ひたすら事務的な男性職員から物腰の柔らかい女性職員へと担当が引き継がれると、冒険者ギルドのサービスや内部施設の案内を受けながら受付脇の廊下の奥まで案内された。換金所や資料室、貸し出し用会議室、宿泊施設などだ。どうやら、表から感じた印象をさらに上回るほどこの施設は広いらしい。

 さらに折り返し階段を上って少し歩き、会議室十二と刻まれたプレートがかかった部屋へと通される。案内を終えた女性職員は部屋の利用目的などは聞くこともなく去っていく。

 ドアがしっかり閉まっていることを確認すると、二人はテーブルを挟んで向き合って椅子に着いた。

「少し待ってね」

 そう言って、少女は先ほど彼女が提案した条件と呪いを紙に記述していく。ちなみに、契約紙と筆記用具計百crの費用はアキラ持ちだ。

 今更ではあるが、文字も発音も間違いなく日本語だった。臨場感重視とはいえ、プレイヤーが読めなければ本末転倒なのだから仕方がないところだろう。口の動きと聞こえる音がずれるようなこともないので、自動翻訳魔法などの御都合主義的展開(チート)が知らずのうちに機能しているという事もないようだ。いや、ファンタジーな異世界で日本語が通じている時点で御都合主義的展開といえなくもないが。

 ほどなくして契約内容を書き終えた少女は、第一契約、第二契約、と区切ってそれを音読する。その行為が、契約の儀式として必要なのだという。正確には、互いにその契約を結ぶこと、結ばれたことを理解し、認識する必要があるのだと。

「以上の契りを、それぞれの名の下に互いに誓うものとする」

 最後にそう付け加え、彼女は自身の名前を、ティア、と記入する。

 誓うのは神でも聖霊でもなく互いなのか、などと微妙なニュアンスの違いを記憶の隅に書留るアキラに、彼女は羽ペンを差し出した。彼女自身が最後に書き込んだ名前の横を指差して。

 魔力の奔流とかの演出はないんだな、などと益体もないことを考えつつ、指差された場所にアキラと記述した。

 途端、少女は疲れ果てたというように机に突っ伏す。

 契約儀式が完全に終わったのか確信を持てないアキラが声をかけることもできずにいると、少女の方が疲れきった声で説明してくる。

「さすが冒険者さんだね。私は体力もスタミナもマナもすっごい持って行かれたんだけど、同じだけ消耗してるはずなのにピンピンしてる」

 言われて、儀式が終了していることを理解したアキラは、メニューウィンドウでステータスを確認した。確かに、HP、SP、MP全てが少しだけ減少している。

 プレイヤーと非プレイヤー間のステータス補正の差なのか、あるいは年齢によるものなのか、はたまた職業補正でもあるのか。現状では正しく理解する事はできない。システム的な疑問も脳内のメモ帳に留めるとして、疲れきった様子を隠す余裕もなさそうな少女の頭を、アキラは優しく撫で付けた。

「俺の体力なんかを分けてやれればいいんだが」

 アキラが想像したのは、多くのRPGに存在する回復魔法という技だ。アイテムなどで代用される事もあるが、やはり『MPを消費して仲間を癒す』事ができる利便性は非常に大きい。MPはHP並みに重要なパラメータである事が多く、これの管理はアイテムの補充以上にまめに行う必要がある。『アイテムを買い忘れる』ことはたまにあっても『HP・MPなどのパラメータの回復を怠る』ことはほとんどない。パーティーに一人回復役を、などといわれるほどにその技能の優先度は高いのだ。ゲームの難易度を上げるためにあえて制限を掛ける『縛りプレイ』とよばれるローカルルールでも『回復魔法の禁止』は難易度の高い部類に含まれる。

 ともあれ、回復薬などのアイテムもなければ、治療を必要とする傷口さえないのだから、アキラにできることは文字通り手を当てることだけだった。その胸の内で何とも言えない無力感に襲われ、少年はため息を吐いた。

 一方で、少女は目を見開いて体を起こす。口を開けて、何も言えずに閉じて。

 まるで過呼吸のような——会ったばかりの異性に頭を撫でられたことによる混乱にしてはオーバーすぎる反応に、アキラの方は首を傾げる。

 深呼吸をして落ち着きをある程度取り戻した少女は、アキラをまっすぐ見て口を開いた。

「回復魔法が使えるの?」

 声量はかなり押さえられており、仮に部屋の中に別人がいても聞き取れたかは怪しいほどだった。アキラが街中で三百crを不用心に取り出したときより、周囲を警戒している様子が分かる。

 魔法を——多くのRPGでMPを消耗する特殊技能を——使えるのかという確認を受けて、アキラは真っ先に表示しっぱなしにしていたステータスを確認した。先ほど確認したときより、MPの値が一割以上減少しているのが見て取れる。

「いや、使ったことも習ったこともないんだが……まさか、今ので回復したのか?」

 応えるアキラも、重要性は分からずとも秘匿する必要性を感じて声をひそめた。その理由は、頷く少女からもたらされる。

「意図的に秘匿していたのではないなら、回復魔法の希少性についても知らないんでしょうね。いや、そもそもさっきの発言が全て事実なら、魔法の原理さえ知らないんじゃない?」

「嘘をつくメリットが思いつかない程度には、無知だな」

「実力を秘匿するメリットはいくらでもあると思うけど……ざっくり説明すると、魔法はイメージを実現する技術のことよ。想像力と意思力と魔力で、世界を上書きしてしまう技術であり、能力。それが、魔法なの」

 確かに、実力を秘匿するメリットならば、MMORPGでは多々ある。特に、|対人戦闘(PvP)を推奨するタイトルにはスキルやステータスなどの構成(ビルド)情報は生命線であり、その秘匿は常識であるといわれるほどだ。

「そこだけ聞くと、万能のチートだな」

「細かい技術の話はこの際おいておくけど、それほど万能でもないの」

 少女は肩を竦める。すぐに、その理由も説明した。

「例えば、一つの物体に『動け』という魔法をかけようとした人がいた場合、『それは動かない』という常識が邪魔をするの。その常識は魔法を使おうとした人自身の中にもあるし、見守ってる人たちの中にもあるから、『意図的な上書き』がなくても機能するほど強い力を発揮しているのよ。もちろん、魔法の存在をみんなが理解してるから、『魔法が発動すれば何が起きても不自然ではない』っていう常識もあって、規模の小さな魔法は簡単に発動できるんだけどね」

「つまり、大規模な魔法ほど発動は難しくなる。そして、回復魔法は、小規模ではない、と?」

「回復魔法は、そもそも扱いが特殊なのよ。人をはじめとする意志と魔力を持つ存在は、『自分はこういう状態だ、存在だ』っていう無意識のうちの強い認識が、自身に直接作用する魔法を妨害する力として常に機能しているからね」

 アキラにとってはこの時点で説明として十分だった。『高威力や広範囲などの大規模な魔法』や『有無を言わせず対象の体や精神を破壊または改変する魔法』の難易度やMPなどの消耗についてシステム的な設定を行うための裏事情、という解釈の仕方ができるからである。

「私が知ってる回復魔法はかなり大掛かりな儀式魔法で、対象の無意識状態であること、術者達はそれぞれ自己催眠で回復魔法の成功を確かなものと暗示するっていう前提条件をクリアした上で、長い時間と詠唱を必要とするはずなんだけど……」

 そういって、彼女は自分の体を見下ろす。

 その彼女に、アキラは手を翳した。今度は、手当、と強く念じて。成功する確信を持って。その語源を意識しながら。相手の体内を流れる、生命力を優しく刺激するイメージ。その循環を助けるイメージ。柔らかく、静かに。

 ほのかに翳している手に光が宿る。二人が驚く暇もなく、その光は掻き消えた。集中を乱したせいか、魔法が終了したからか。

 先ほどから感じているの脱力感がさらに強くなるのを意識しつつ、アキラはステータスを確認した。MPがさらに5厘ほど減少している。現象が派手になったのは、説明に従えば想像力や意思力が向上したためか。消費したMPが少ないのは、効率が良くなったからか。推察しつつ、改めて少女を見やる。

 驚きから立ち直った彼女は、今日一番の笑顔を浮かべた。

「まだ無名かもしれないけど、いつかすごい有名人になりそうだね、アキラさん」

 直接名乗りはしてないんだがなぁ、と苦笑して。

「サポートはよろしく頼むよ、情報屋のティア」

 二人は静かに握手を交わした。


 儀式が終わったというのにあまり長時間部屋を専有していては、ギルドに迷惑がかかる。二人はカウンターへと戻り、感謝を伝えた。男性職員はそれに対して会釈ですまし、銀のエンブレムと八面体の黒い結晶を差し出してくる。

「こちらのエンブレムが、当ギルドで活動する冒険者であることを示す登録証となります。そして、こちらが魔結晶ですね。現在、新規登録者へのサービスとして一つお渡しすることになっております。使い方はご存知でしょうか?」

「私が説明しておくから大丈夫よ」

「承知しました。それでは、また何か御用がありましたら、どうぞお気軽に声をかけてください」

 登録証と魔結晶をカウンターにおいて、欠片の気軽さも持ち合わせず男性職員はそう告げると、何かの書類に視線を戻した。

 お役所仕事の職員に愛想など期待していないアキラは特に気分を害することもなく、登録証と魔結晶を手に取り、crと同じ要領でメニューウィンドウへ格納すると、ティアに移動を促す。

 二人が移動したのは、クエストが張り出されている一角とはカウンターを挟んで対称の位置にある談話スペースだ。多数のテーブルが設置されており、仲間達と談話に興じたり作戦会議を開いたりと、様々な冒険者達で賑わっている。

他にプレイヤーが存在するのか、はたまた皆NPCなのか。判断基準が分からないので、アキラはひとまず放置することにした。開いていたテーブルを一つ確保し、席に着いた。当然対面に座るだろうと思っていたティアは、アキラのすぐ隣に椅子をずらして腰掛ける。

 どうしたのかと問うより早く、少女が会話の口火を切った。

「まず、魔結晶に関する説明だったね。魔結晶とは、その名の通り魔力が結晶化した物なんだ。魔力が魔力を引きつける、その性質が積み重なって、魔物の体内などで結晶化する、という説が一般的だね。死亡した人間の体内からは発見されないから、否定する学説もあるけど」

「モンスターを倒して、魔力を吸収するとか言ってたな。その性質から“魔力が魔力を引きつける”なんて言われるようになったんだろう」

「そうだね、この説が最も有力とされている理由はそこだよ。魔法を使った後、時間を置くことで魔力が回復するのも、大気中の魔力を体内の魔力が“引き寄せて”取り込むからだって言われてるし。洞窟なんかに魔物が集まるのは、空気が淀むことで溜まった魔力に魔物の体内の魔力が“引き寄せられる”からだって言うし。事実、洞窟の奥の方にいる魔物ほど、強力な個体らしいよ」

「つまり、多くの魔力を取り込んだ個体ほど手強くなる、と?」

「うん、それは冒険者が強くなる条件と合致するから、ほぼ間違いないね。たくさん魔物と戦って、多くの魔力を取り込んだ人ほど強くなる。街中で毎日トレーニングばかりしている人たちとは比べ物にならない早さで冒険者は成長できるから、騎士団に入る前に冒険者として修行を積む、なんて人も珍しくないみたい」

 モンスターとの戦闘で成長する冒険者達に対する、この世界での一般的な解釈を聞いて、アキラは逆を想像する。

「魔物を倒すことに比べれば、トレーニングはほとんど無意味に近いということか?」

 その言葉に、ティアは少し記憶を探る仕草をした後、首を横に振った。

「事前にトレーニングを積んでいた人の方が、同じように魔物を倒しても早く強くなるみたい。吸収した魔力を、より効率的に使えるようになるからじゃないか、って冒険者の人が言ってるのを聞いたことがあるよ」

 その説明でアキラの頭に浮かんだのは、『潜在能力』という言葉だ。戦闘を含む特定の行動によって、『魔力によって強化できる土壌』を造り、魔力を吸収することで実際に能力を発揮できるようになるのではないか、という仮定である。よくあるRPGでは戦闘をこなして経験値をため、レベルをあげた途端にどのような経験を積んだかを問わない一律強化であったり、任意選択での強化が可能だったりする。しかし、そのシステムでは積んだ経験と成長が見合わないという違和感がつきまとう。それを解消するための成長システムではないか、と考えたのだ。その推察を裏付けるように、ステータス画面にはキャラクターレベルの表記はない。

「じゃあ、重い荷物を運ぶなんて経験も魔力吸収効率に反映されるのかな?」

「それはちょっと分からないなぁ」

 少女は苦笑するが、アキラはほとんど確信していた。

 問題はどうやって検証するかである。自分ひとりでは、比較対象が存在しない。そこで、少女に一つ頼み事をすることにした。自分自身は、検証の下準備をかねて街中で完結する、主に運搬系の雑務クエストを複数受注して施設を後にする。

 男性職員からうけた事務的な案内に従って、依頼人の下まで足を運んだ。

 依頼人の店主曰く、祭りの準備の影響でどこもかしこも人手不足らしい。特に専門的な技術や知識も必要のない運搬作業などのクエストも平時より遥かに多いだろうというのが、彼の見解だった。

 彼の依頼は、彼の屋台を汲み上げている職人達に対する昼食や飲料の差し入れだという。昼食の時間帯は彼の店も掻き入れ時なので、時間は割けない。加えて、このためだけに新たに人を雇うことは、総合的に見れば時間的・金銭的・事務的に冒険者を雇うよりコストが嵩むらしい。

 クエストの最低依頼費が八十cr、つまり人ひとりが一日贅沢に過ごせる額であるとしたならば、さすがに時間と費用が割りに合わないのではないか。その疑問を投じたところ、店主は笑った。新米冒険者の育成、冒険者と市民の交流、祭りの成功を目的として、街からの支援金と冒険者ギルドからの補填により、大きなイベントがある時期、特に低ランクのクエストの依頼費用はかなり安くなるという。

 新人プレイヤーを受け入れるため、簡単なクエストを多数用意するための裏設定と理解し、アキラは感心した。これだけ調べて、『なぜかそうなっている』という矛盾や投げやりな設計・設定を見つけることができないのだ。かなり綿密な設定がされているらしい。こういった世界観にこだわりのあるゲーマーとしては、好感を覚える。

 それはともかく、と店主は話題をクエストの内容に戻した。報酬の支払いは『配達の完了を確認次第冒険者ギルドを通じて』ということで、翌日以降になるそうだ。了解を告げると、彼は焼き物の皿に盛られた料理と店の裏手の倉庫にある酒樽を一つ、中央広場の屋台に運ぶように指示する。

試しに酒樽に手をかけてみると、中身がたっぷり詰まっているらしく、四十kgよりは重かった。六十kgはないだろうと感じるし、多少なら持ち上げることもできる。しかし、広場まで運ぶとなると一苦労ではすまなそうだ。所有権がアキラにないためか、メニューボードへ格納することもできない。そもそも、メニューボードへ格納できる上限重量や体積の検証を行っていないので、そちらの制約に引っかかっている可能性もあるが。

 とにかく、クエストを受けた以上は運ばなければならない。失敗や辞退には違約金などのペナルティがあるという。とにかく急ぐのは料理だと判断し、皿を両手に二つずつ持って中央広場へと向かった。

 幸い、組みかけの屋台はすぐに見つかった。店主からは店と同じ看板が目印だと聞いていたのだが、料理のにおいを嗅ぎ付けた作業員達の方から見つけてくれたのである。差し入れも、今日が初めてではないらしい。

 屋台の部品ともいうべき木材と、店と同じデザインの看板が広場の一角に纏められていた。今はまだ資材の運び込みを行っている最中だそうだ。その木材を見て、アキラは少しの間それらの一分を借りることができないかとリーダー格の男に相談した。差し入れの酒樽を運びたいというと、彼は快諾する。ついでに作業員も貸そうかと問われたが、自分が引き受けた仕事だと丁重にお断りした。余程酒が楽しみらしい。

 丸い角材を複数使って、コロの要領で酒樽を運びクエストの完了を作業員達に祝われる。ついでに一緒に飲んで行かないかという気のいい彼らの誘いをアキラは苦笑しながら断った。この後もいくつかクエストをこなす予定だ、と。

 新米冒険者の門出に! と彼らの乾杯の音頭を背に受けて、次の依頼人の下へ向かう。

 出張診療所への医薬品や診察台の運び込み、資材の運び込み中に発生した怪我人の臨時代行、注文されていた工具の配達などの祭りに追われた運搬クエストと平時でも必要とされていそうな配達のクエストをこなして、ゲーム内部で約二時間——現実で約五分——。アキラは七百crの収入を翌日得ることになり、ギルドへと戻った。

▼内容

・情報屋との計画

・HP・MPの消耗

・回復魔法、発動

・ランク1クエスト受注→完了


▼覚え書き

切り詰めれば、三十crあれば大人ひとりが一日を暮らせる。

五十crなら、多少贅沢できる。

百crもあれば、小さな家庭を養える。

冒険者の収入は一番簡単なクエストでも、報酬八十crは下らない

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