0-1 ゲームサーバ公開カウントダウン
実は、0-0からして予定外の導入だったりします。
長谷川友明は自室でベッドに転がり、空中に展開する複数の仮想ウィンドウを、無感動に眺めていた。覗き見防止機能を有効化しているため、他者から見れば何もない空中を凝視していることになるが、仮想ウィンドウが十分普及している現代、彼を挙動不審な怪しい人物と判断する人は少数派だ。
非アクティブ化されているウィンドウのいくつかでは、AWOに関する検索結果が頻繁に更新されていた。ほんの一瞬、電子世界に情報交換の掲示板が設置されては、何者かによって削除されている。
とても、人間業には思えない。否、文字通りの意味で人間業ではない。何より、何日もこの状態を維持するのは、集中力も労働力も、人間を雇っていては割が合わないだろう。
自分が作ったプログラムが問題なく機能し続ける事を確認するためだけに、それらのウィンドウを展開しているのであって、彼の興味はそこになかった。
メインの仮想ウィンドウには、AWOの広告文がイメージ画像と共に大きく表示されている。
——物も言いようだ。
友明の広告に対する評価は、そんな素っ気ないものだった。
例えば、ゲーム内での体感時間が二十四倍速に引き延ばされる事によって、ログインできない人間はログインできる人間と比較して、他のゲームの二十四倍の早さで差がついていくのだ。それを軽減ないし解消するために導入されているシステムの一つが、『遠隔地での冒険』だろう。ゲーム内部で口にしても、世界観的に違和感を与えない名を付けたのだろうが、逆に現実世界では理解しづらい名称になってしまっている。
例えば、戦闘についてもオートアシストやモーションアシストを廃止して『リアルアクションバトル』なるシステムを導入したというが、要するに、『システムの補助なしで戦え』ということだ。他のゲームでモーションアシストを受けてある程度感を磨いたゲーマーならばまだしも、ゲーム初心者や初めてVR系ゲームに触れる人間は大いに混乱するだろう。否が応でも、リアルに異世界を体感する事になるかもしれないが。
そんな揚げ足取りのような思考の裏で、ゲーマーとして、いや、一人の冒険者として、『新たな冒険の舞台』への期待もある。
多くのファンタジーでは仲が悪いとされる、ドワーフとエルフが手と手を取り合って魔王に立ち向かう世界がある。王族に捕らえられた精霊を助け出す世界もある。冒険者達が徒党を組み、領土を持って奪い合う世界もある。
今回はどんな世界だろう。どんな文化の中でどんな人が、どんな生活をしているのか。どんなモンスターが、どんな分布で、どんな困難が待ち受けているのか。
多くのゲーマーは昨夜、眠れなかったのではないだろうか。あるいは、システムのアシストなどなくとも二十四倍の時間の中で過ごしている気分だったのではないだろうか。そんな他愛ない想像をし、友明は意識しないままに口の端で笑みを作る。
後一分。
戦闘中の非常時に備え、ゲーム内メニューのブラインドタッチは習得済みだ。
昼飯も水分も十分にとった。生理的不快感によって、ゲームを中断されないように出すものも出した。
後三十秒。
ブレスレット型のゲーム子機をはめている腕を伸ばして、箱形ゲームハードの起動スイッチを押した。
音もなく、淡い光が複数灯る。一つは電源が入っている事を意味し、一つはネットワーク状況を意味する。残りは詳細の説明はないがサポートセンターに問い合わせる際に必要になるステータスらしい。
ゲームハードの起動を確認して、友明は目を瞑る。超音波の催眠導入に任せ、意識を手放した。
夢の中へ、ゲームの世界へ、旅立つ。
この話など、そもそも存在しませんでした。
次話からはようやく、冒険の舞台へ移る予定。
……別の登場人物視点の導入なんてしないよ?