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Superior type X  作者: 永原啓斗
第一章
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第一章 反撃、そして黒幕

――午前2時55分 南棟前

「…………う……ん」

 気が付くと、正剛は校舎外の大木の前に倒れていた。

「……気絶していたのか」

 窓から派手な落下をしたにも関わらず、外傷はそこまで目立つものでは無かった。ボロボロになった軍服の隙間から見える浅い擦り傷が少々。内ポケットの中で小型無線機が故障していたくらいだった。

 土壇場での悪運に自身でも感心する正剛。瞑想して神に衷心の感謝を表し、それから身体を起こして任務の再開を試みようと立ち上がる。

「ぐっ!!」

 急に左腹部から針を刺すような痛みが全身へと突き抜けた。途端、額からは大量の油汗が溢れ、失禁するかの如く怒涛の勢いで次々と流れ落ちていく。

 腰を下ろして触診してみると、肋骨が数本折れていた。しかし、三階からの落下も含めて、これだけの被害で済んだのは全く以って不幸中の幸いだった。

「追っ手が来ないのは吹雪が対応してるのか。もしくは死んだ扱いか……」

 吹雪を残してしまった事に不安を覚えるが、すぐにそれは杞憂かと思い直す。自分を上回る身体能力を持つ彼女がむざむざと敵に捕まる筈はない。それに今の状態は怪我だけではなく無手でもあり、このまま戻るのはそれこそわざわざ殺されに行くも同然だ。

 つまり正剛にとって今一番に優先すべき行動は、他の隊員との合流である。

「皆は何処に連れて行かれんだ?」

 もしも吹雪の言っていた通り、美香という少女もヴァンパイアだったとしたらマルコ達は南棟から別棟へと移された可能性が非常に高いのだが、そうなると更に一つの問題に直面してしまう。それは移動ルートに関してだ。

 各棟の校舎へと移動するには、南京錠を破壊した南棟から繋がる連絡通路を渡って移動しなくてはならない。つまり、それは同時に敵と遭遇する危険性もある。

「何か、抜け道はないか……」

 そう言って正剛が校舎に視線を移すと、ふと奥にある建物の存在に気付く。

「そうか、鐘塔があったか」

 鐘塔は四つの棟に囲まれた中心に位置し、その腹部は各棟へと伸びる連絡通路の中間地点となっている。外梯子を登るのは骨が折れるだろうが、登り切ってしまえば、後は螺旋階段を下るだけで済む。

 それに万が一、校舎内への侵入が不可能だとしても、見晴らしの良い頂は偵察に長けている。最悪、鐘を鳴らして味方に自分の位置を知らせる事も可能である。つまりどのみち、今の正剛にとって得はあれども、損にはならなかった。

 その手段に賭けた正剛は、重い身体を必死に引き摺りながら鐘塔へと向かって行った。


――それから十数分後

「はぁ、はぁ……」

 正剛は身体に迫り来る痛みを耐えながらも、やっとの思いで目的の場所へと辿り着く。 間近で見る建造物は思ったよりも壮大で、芸術的な優雅さをも兼ね備えていた。

「ん?」

 梯子を探している途中、空を見上げた正剛は偶然にも、鐘前に佇む小柄な人影を捉える。

 一体何者かと凝視するが、周りが暗い所為で人物をハッキリと特定する事は出来ない。

 だがそうしている内に、相手もやっとこちらの存在に気付いたのか、いきなり悠長に下へと向かって手を振り始めた。

「おいおい……」

 正剛は呆れを顔に浮かべる。この時点で相手の素性が分かってしまった。

「おおーい。吹雪、早く降りてこーい!!」

 取り敢えず、安堵した正剛は激痛にも関わらず大きく手を振り、救援を求める。

 すると必死の訴えが届いたのだろう。人影は急に手を振るのをピタリと止め、手摺に前のめりになると、

 その場からあっさりと飛び降りた。

「はっ?」

 正剛が現状を把握する暇も無く、影は凄い勢いで地面へと激突する。途端に衝撃で土埃が舞い上がり、瞬く間に周囲の景色を完全な漆黒で覆いつくした。

「先輩、お望みの通りに来ましたよー。また私に会えて嬉しいですかー?」

「ふ、吹雪なのか?」

 徐々に土埃が霧散して、視界が開けていく。そこで正剛は気が付いた。目の前に立っていた人物は、部下の口調を模倣していたが……。

「お、お前は……はづ……ぐっ!」

 その名を呼ぶ間もなく、正剛は少女によって地に組み伏されてしまった。

「あははっ。人間の視覚が闇夜で機能する筈ないのにね。もしかして吹雪さんだと思った。でも安心して。私は、正剛を助けに来たんだからっ!」

 少女は無邪気に笑いながら、――あの世に行く手助けだけどね、と末尾に付け加えた。

「とにかく、鬼ごっこもこれで終わり! ……それじゃ、死ね!!」

 少女から愛想が消え、全てが殺戮者特有のものへと豹変する。

 まさか最後に吸血鬼と鬼ごっこが出来るとは思いにもよらなかっただろう。正剛が覚悟を決めて夜空を見上げると、そこには最期を見届けてくれるかのように、幾千もの星が美しく光輝いていた。

「ふっ」

 しかし星空を見て何を思ったのか、正剛の口から微笑が漏れてしまう。

「死ぬのがそんなに待ちどうしいか? 安心しろ、お前は人間のまま死なせてやる」

 少女は凶暴な牙を剥き出しにして、それを以って徐々に正剛の頚動脈へと迫った。

「殺るなら早くした方がいい。さもないと、死ぬのはお前の方になるぞ」

「なに?」

 その時、上空で輝いていた星の一つが、地面に向かって流れ落ちた。

「……どうやら神はまだ俺に、三途の川渡しを許可してくれないみたいだな」

 流星はまるで狙ったかのように正剛の真横に衝突すると、銀色の輝きを瞬時に周囲へと振り撒いた。

「なっ、何!?」

 少女の顔から一瞬にして余裕が消失し、替わりに焦燥が映り込む。それはまさしく正剛の希望であり、同時に少女の絶望でもあった。

「ば、馬鹿な! くそっ!」

 余程、慌てていたのだろう。少女はあたふたと何の変哲も無い拳撃を繰り出そうとする。

 が、それさえも僅差で遅れていた。正剛がそこに突き立っている物を抜き、少女の眉間へと思い切り突き刺した。

「う、うぎゃああああっ……!!」

 少女は悲鳴を上げて地面へ崩れ落ち、激痛にむせび泣きながら地面を転げ回る。

 立ち上がった正剛は凄惨な光景を静観するが、暫らくすると、まるで冷徹に呼び掛けるかの如く呟いた。

「――葉月」

 けれどもその時、少女は既に如何なる反応をも示さなくなっていた。


――午後3時34分 鐘楼前

 吹雪と合流した正剛は無線でマルコと連絡を取り、この場で待機をしていた。

「せ、先輩、怪我は痛みますかー……」

 原因が間接的にも自分にある所為か、吹雪が悲痛の表情でしきりに正剛の顔を覗き込む。

「少し痛むが大丈夫だ。それにどのみちソヨンがいなきゃ、意味が無いしな」

「そ、それなら、私が保健室から何か持ってきますー!」

 正剛の言葉に他意は無かった。ソヨンにしか完全な治療が出来無いので安静にしてろと言ったつもりだったが、それがどうやら吹雪の自尊心に触れてしまった様で、

「いや、あのな。いいからここで待っていろ」

「い、いやですー」

 彼女は頑なに首を横に振ると、一人で何処かへと走り去ってしまった。

「……怪我人を置いていくか、普通?」

 細雪の猪突猛進(ちょとつもうしん)に、正剛はもはや呆れる気力すらも削がれて、そのまま何事も無かったかの様に目を瞑る。

「――ほお。急にヴァンパイア共が活動を停止したと思ったら。その様な訳じゃったか」

「っ!?」

 いきなり背後から発せられた聞き覚えの無い声に、正剛が反射的に飛び起きて振り返る。するとそこにはローブに身を包んだ西洋の老人と、十字の大剣を肩に担いだ東洋の中年が堂々と立っていた。

「ちっ、まさか、アド・ヴァンパイアがまだ残っていたのか」

 彼等の瞳は赤く光っていた。正剛は痛みを堪えながら、抜刀して交戦へと備える。

「ふん、若造が。結界の使用のみではなく、まさか可愛い手駒にも手を掛けるとはのう。熟々ワシ等の邪魔をしてくれる」

「結果の使用? 何を言っている?」

 首を傾げる正剛だが、程なくして、正門に取り付けられた南京錠の不審点を思い出す。

「くっくっく、なるほどの。お主等でないとすれば……あの娘の仕業かのぉ」

「あの娘?」

 老人は疑問符を浮かべる正剛を余所に、一人で何かを納得した様に薄ら笑っていた。

「その刀は……」

 一方、もう一人の東洋人は正剛の右手に視線を向けながら、眉間に皺を寄せていた。

「なるほど、君がそうだったのか。悪いが、早急にこの世から消えて貰おう」

 正剛を見据えた男は自分よりも大きな剣を両手で持ち上げると、獅子の如き咆哮を上げながらそれを一振りした。すると直後に白光を帯びた暴風が巻き起こり、周囲の物体共々に正剛を猛烈な勢いで鐘楼へと押し飛ばす。

「ぐはぁっ!」

 正剛の身体は激しく外壁に打ち付けられ、口から赤いものを吹き出した。

「………ぐっ…はぁ、おえ……」

 先の負傷もあり、肉体は限界に達していた。口からは止めど無く嘔吐物が、同時に肋骨から更なる悲鳴が、意識を今にも奪い去ろうとする。

「……ぐ……っ」

 正剛は必死に意識を保って身体を起こしながら、二人のアド・ヴァンパイアを見る。老人こそは不明だが、少なくとも東洋人の力量はルードヴァンパイアを遥かに凌駕していた。

「……何故、霊力を」

 しかもそれだけではない。男が大剣を介して使用した技巧は霊術であった。

 仮に東洋人の武器が神具だとして、単にそれは霊力を貯蓄出来る構造になっているだけで、必ずしも霊属ではないと扱えない訳ではない。妖、魔は勿論、極端な話、一般人でも武器として扱えてしまう。しかし霊力を扱うとなれば又、別の話になる。

「くっくっ。どうやらワシ等を、只のナイトウォーカーと勘違いしてるみたいじゃのう」

「な……、どういう事だ?」

 老人の口調は、恰も自分達が特別な存在だと主張しているかの様だった。

「私達は『アド・ヴァンパイアロード』」

「ア、アド・ヴァンパイアロード!?」

 それは初耳の名称であったが、東洋人は自分達が『半闇の王族アド・ヴァンパイアロード』だと名乗った。

「――つまり彼等は、私の力によってヴァンパイア化した存在であると言う事だ」

 突如、割り込んだ新たな声色に、正剛の身体は一瞬ピクリと震える。気が付くと、いつの間にか二人の背後に大きな風貌の男が立っていた。

 二人の半闇の王族は振り向くと、片膝を地面に伏して男に深く敬意を表す。

「ま、まさか、お前は!?」

 男は老年であったが、威風堂々と立つ姿には貴族を思わせるかの高尚な品格があった。瞳はまるで稀少な呪宝石の如く、見た者全てを魅了するのに十分な程、青く美しい輝きを闇の中で放っていた。

「……ヴァンパイア……ロード……っ」

 青い瞳と絶対的な妖力を有し、有史以来数多くの妖王を輩出してきた『闇の王族』。五年前の鳳雅俊率いる日本妖勢との戦いで『不死帝』と呼称された当時の妖王を含み、殆どが死滅してしまったと謂われている伝説的希少種である。

「ふっ、まさかオオトリを追っていたら、カヌチの者と出会うとはな。それでは改めて自己紹介をさせて頂こう。私の名はルドルフ・シュナイダー。御覧の通り、闇の王族の一人だ」

 ルドルフと名乗った男は端麗な辞儀をするが、視線が元の高さへ回帰した時には口惜しそうな表情を浮かべていた。

「そして本当に遺憾な事だが、君には死んで貰わなくてはならない――罪深き青年よ」

 ルドルフが誹謗した刹那、その姿は正剛の視界から消失した。

「なっ! ……くっ!」

 正剛は無意識にも迫り来る危険を察知し、視線を咄嗟に自身の頭上へと向けた。

 そこには宙吊りに浮遊しながら、鎌のように鋭く伸びた爪をまさに振り下ろさんとしているルドルフがいた。

「――ほう。私の気配に勘付くとはな。面白い、私は君が気に入った。褒賞として、一度だけ私をその刀で突く機会を与えようではないか」

 ルドルフは正剛の前に音も無く降り立つと、自身の胸に刀の切っ先をあてがった。

「ふ、ふざけやがって! 後悔するなよ!」

 正剛は挑発に乗り完全に冷静さを失っていた。故に、ルドルフに向かって一歩前に踏み出すのはいとも簡単な事であった。

 ――ブシュッ。

「……はぁ、はぁ。ざ、ざまあみろ」

 刀を通して両手に肉を貫く感覚が伝わる。葉月と少年を貫いた時に感じた、あの感覚が。

「……ほう? そんなもので私を殺せると思っているのか?」

「なっ!?」

 身の危険を感じた正剛は刀を引き抜くと、背後へと飛び退き、相手との距離を置いた。

「まさか霊力すら込めぬとは、私を愚弄しているのか。もしくは、闇の王族に物理攻撃は意味を成さない、と言う基本すら知らぬのか」

 刺し貫いたルドルフの胸部の肉片が蠢きだし、開かれた刺傷をみるみる内に塞いでいく。

「再……生……?」 

 正剛は唖然とその光景を眺めていた。勿論、そんな基本など知る筈も無く、闇の王族と接触したのは今回が初めてである。

 ――ピキィッ。

 けれども絶望はそれだけではなかった。突如、刀の切先に一筋の(ひび)が入った。

「なっ!? か、刀が……う……嘘だ…ろ」

 罅は亀裂となり、枝分かれしながら柄へと向かってくる。正剛には何をされたのか皆目も見当がつかなかったが、目前の光景は決して幻覚ではない事だけは理解出来た。

 やがて刀は亀裂を全身に走らせると、激痛を訴える甲高い破裂音と共に、儚くも破片をまばらに散らせていった。

「どうやら主人も未熟なら、神剣も未熟か……。ならば君にはもう価値は無い。潔く死ぬが良い」

 期待を裏切られ、ルドルフは哀れみを表面に浮かべる。そしてゆっくりと歩を進めて、愕然と膝を落としている正剛の前に立つと、鎌の様に曲線を描いた爪で首を刎ねんとした。

 その時、闇から大きな声が響き渡り、正剛の耳は同時に複数のざわめき声を捉えた。

「マルコ! 来るな!」 

 それは第三小隊メンバーの接近を意味していた。だがもし今この場に来てしまうのならば全滅は免れないだろう。

 現にドルフは遠目から彼等の様子を嘗め回す様に見て、口元を吊り上げていた。

「そうか……邪魔が入るか。ならば今宵はここまでにしておこう。私も大事な従者を失いたくないのでな」

「え?」

 正剛は半疑の表情でルドルフを見上げる。本気になれば小隊を容易に壊滅できる力量を有しているのに、この場で敢えて退こうとするのがどうしても解せなかった。

「それでは又、近い内に。次は必ず君を殺すことを約束しよう――イッコウの縁者よ」

「なっ!」

 ルドルフはくすんだ笑いを残すと、二人の従者と供に颯爽と闇の中へと消えていった。

 場に残された正剛は悔しさと恐ろしさの余り、伯父の形見の破片を強く握り締めていた。

「……………ふっ」

 ふいに、正剛の口から乾いた笑いが漏れる。

「ふっ、くっ……くくっ……はははははっ」

 そして身体を歓喜に震わせながら、正剛は発狂者の様に大笑い声を辺りに響せた。

「せ、先輩ー?」

 その不気味な光景に、隊員達は戸惑いを隠せなかった。

 それでも正剛は身体の激痛さえも忘れて、血に塗れた両手を高らかに挙げながら、光悦な笑いを延々と続けていた――。


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