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Superior type X  作者: 永原啓斗
第一章
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第一章 分隊(待機班)

――午前2時43分 一年A組教室

 正剛は教室の中をぶらついていた。

 今、この場にいるのは正剛と吹雪、そしてポニーテールの少女の三人であり、教室には悶々とした空気が満ち溢れていた。主因は女二人が和気藹々と談の花を咲かせていたからである。

「しかし、内部も凄い学園だな」

 正剛が教室内を見渡しながら、改めてその規模に感心する。教室は授業を受ける場所であり、生徒を収容する一定以上の広さは却って無駄となる。けれども生徒数が許多な鳳凰学園の教室は大学の講義場風になっており、教卓と最奥席の間には六つの段差が存在する為に、相当の立体空間があった。

「俺だったら、窓際の席で寝てるだろうな。まあ、どのみち縁なんて無いだろうけどな」

 目を細め、仮に学園生活を送っている自分の姿を想像する。それは大半の人間からすればごく平凡な人生だが、実際に正剛が歩んできた道は非凡であった。

 両親は中学三年生の時に他界し、親戚も知らず引取り人がいなかった為に、そこから波乱万丈な人生が始まった。

正剛は中学卒業と同時に仕事を始めたが、日々の生活はやはり困苦なものだった。けれども夏のある日、家族が遺してくれた家に一通の封書が届く。差出人は『神代一光(いっこう))』。住所は『STTF日本支部』とだけ記載してあった。封筒の中には少なくはない現金と一枚の手紙があり、そこには自分がSTTFに所属する伯父である事実、そして多忙な為に引き取れないが生活費を送るなどの内容が書かれていた。

 それからは毎月、正剛の元には伯父からの仕送りが届くようになっていた。しかしそれも二十歳になると突然止まり、代わりに同住所から一通の手紙が届いた。

 ――伯父の訃報であった。

 一年後。行く宛ての無かった正剛はせめてもの恩返しの為、伯父の在籍していた組織に人生を捧げる事に決めた。

 そこでSTTFが軍である実態を知り、受け取ったのが少尉の身分と形見の刀であったのだ。

「……ん?」

 しみじみと過去の感慨に浸っていた正剛だったが、ふと吹雪達がより一層騒がしくなっている事に気付き、思わずそちらへと目を移す。

「えーっ! それじゃあ、吹雪さんって今彼氏いないの?」

 吹雪へと詰め寄る少女。その眼光はヴァンパイアとは違った意味で輝いていた。

「いませんよー。それ以前に男性と付き合ったことはないのでー」

 吹雪が苦笑気味に答えると、少女が一瞬、頭に疑問符を浮かべた後。突然、騒音規制法の違反も有り得そうなくらいの音量で叫びだした。

「うそーっ!? 何で、何で、どうしてー? だって、吹雪さん間違なくAAA(トリプルエー)クラスだよ? 彼氏ができないはずないじゃん!」

(なんだそりゃ?)

 安全基準? 必殺技? 胸のサイズ? 容姿?

 正剛はありとあらゆるAAAを思い浮かべるが、容姿以外どれも適切では無かった。

 吹雪は間違いなく異性受けするタイプである。第18基地内の青年、中年、果ては妻子持ちまでもが彼女に声を掛けている場面を、正剛は何度も目撃していた。

(……こいつ本当は妖孤か夢魔なんじゃないのか?)

 遠目で吹雪の顔を覗き見る。やはりその整った顔立ちに思わず存在を疑ってしまう。一部の種は『艶妖(えんよう)』と呼ばれ、他者の精や血肉を糧にすることで妖力を得る為に、充分に他者を魅了する為の容姿やその他諸々が備わっている。

 吹雪の正体は第18基地内でも一切の謎であった。その理由は二つ。

 一つは隊員がどのSTであるかを他人に口外して良いのは最上層部であり、一国の司令官を務める『少将』以上の階級の者のみである。そして最上層部から、拠点基地の責任者に情報が流れ行き、そのまま緘口令が敷かれる。これは隊員同士が敵視してしまうのを未然に防ぐ為の措置だと言われているが、戦場に一度向かえば、種族の特定は出来ずとも、妖、霊、魔のどれに属するのかが(おの)ずと判ってしまい。ましてや(みずか)ら素性を名乗ってしまうケースが殆どなので、実際にはあまり意味を成していない。

 そしてもう一つ。それは能力使用頻度の低さ。吹雪はいつも優れた身体能力と武器で戦っていた。絶世なる容姿にしろ、類稀なる身体能力にしろ、一般人を凌駕している節が所々に見られるのは事実だが、正体を決定付ける要素には欠けている。

 只、正剛には吹雪の正体を無理に暴くつもりは一切無い。STTF所属のSTの大半はかなりのワケ有りである。つまり正剛を含めて、誰にでも他人に触れられたくない過去は存在するのだ。

 ともかく、正剛が吹雪を再度見て思った事は、

(人でも妖でも、美人には警戒するべきだな)

 それだけであった。特に艶妖は第18基地の男達にとって死活問題に直結する。誘惑されたら最後、精も根も奪われ枯れ果ててしまうのだ。

 だが、これらの行為は生命維持の為の食事とは根本的に違い、あくまで妖力補充の目的であるに過ぎない。希少でも狐だって尻軽ばかりではなく、貞操概念の強い夢魔さえも存在する。

「きっと、異性との縁がないのでしょうねー」

「そうなんだ……。私が男ならほっとかないのに、勿体ないなあ……じゃあ、今好きな人は? それはいるでしょ?」

 少女は残念そうな表情を一瞬浮かべていたが、あっさりと割り切って次の質問に挑んでいた。

 正剛が知る限り、基地内で吹雪の寵愛を得られた者は一人もいない。数多(あまた)の異性から求愛を受けている割に交際経験が皆無なのは、単に恋愛への興味が無いからであろう。

「それはいますよー」

 吹雪の即答に、正剛は「まあ、そうだろうな」深く頷いた。

「…………ん?」

 ふと、正剛は何かの違和感を頭の中で感じ、首を捻った。

「えー!! 誰、誰!? 教えて! 知りたい、吹雪さんのコイバナ!」

 少女が熱烈な過剰反応を示して更に詰め寄ると、吹雪はそれに凄く戸惑っていた。

「え、えっ。そ、そんなに知りたいのですかー? 私の恋話を」

(コイバナシ? ……なっ、なにいいいいいいぃぃぃっ!?)

 予想外の展開に正剛は驚喜し、心の中で大きなガッツポーズを決める。只でさえ謎が多い吹雪に関する新発見は、ノーベル賞にも匹敵する程の大功績とも言われている。その為、個人情報の提供は基地内で高額食券取引とされていた。

(すまん。その時は、お前にも奢るから許してくれ)

 罪悪感をひしひしと感じながらも、背に腹は替えられず。正剛は聴覚を研ぎ澄ます。

「えっと、あのー。好きというか、憧れというかー。その方は私の命の恩人なんですー」

「えっ? それって、命を助けられたってこと?」。

「はいー。幼少の頃に命を救って貰いましたー」

 吹雪は頬を淡い桜色に染めて、嬉し恥ずかしそうに頷いた。

「へー。それで、その白馬の王子様は今何しているの?」

 正直、それは正剛も気にはなっていたが、ここで追及してしまっては盗聴が発覚してしまう。それに冷静になって良く考えてみると、吹雪の幼少期とは見積もっても、二十年近く前の事である。一般論で言えば、十数年前に偶然会った者の消息など分かる筈は無い。

「えーと。同じ組織の人なんですけどー」

(は?)

 吹雪の回答に、正剛は一瞬で石と化す。そしてまたしても時間差で驚き、歓喜の悲鳴を心の中で上げる。どうやらノーベル賞の二部門同時受賞が濃厚になってしまった様だった。

「じゃあ、その人に会う為にその職業に就いたんでしょ?」

 葉月が視線で軍服を差すと、吹雪は顔を一面真っ赤にしてあたふたと慌てだした。

「で、でも、その方はぶっきらぼうで、わ、私、あまり好かれてないみたいなんですー」

「いやいや。男は多少クールなのが良いんだって」

 性格はどうであれ、幼い頃に命を助けられたのならば、相手の現在は中高齢者の筈である。だが少なくても、正剛の知人で吹雪を助け出せた者は存在しない。日本STTFが外国籍の隊員を大量に受け入れたのは、そこまで昔の話ではないからだ。

(他の基地か? いやでも、合同訓練の時にそれらしき隊員はいたか?)

「それで、そこのオジサン」

 俯きながら物思いに耽っている正剛の耳に、とある男性呼称が届いた。

「んっ?」

 正剛が咄嗟に顔を上げると、ポニーテールの少女がまるで真犯人を指摘する探偵かの如く、人差し指を向かって突き指していた。

「で、オジサンには何か心当たりがあるわけ?」

 ――オジサン。少女の発した言葉は正剛の心に深く突き刺さった。

「お、俺のどこをどう見れば『オジサン』何て呼称が出てくるんだっ! ポニー(ギヤル)!」

「あのね。乙女の秘密を盗聴している時点でオジサンよ!」

 隠密行動は確りとバレていた。だがそんな事よりも、オジサンという呼称の方が今の正剛にとっては重大な問題だった。

「それにポニー娘って何よ! 私には『市ノ瀬(いちのせ)葉月(はづき)』って名前があるんだからね」

「知るか。俺がオジサンなら、お前はポニー娘で十分だ」

 水と油、犬と猿など、絶対に相容れぬ存在がある。そしてオジサンとギャルもその一組らしいのか、どうしようもない口喧嘩を繰り広げていた。

「はいはいー。それまでー」

 見兼ねた吹雪が突然、二人の間へと割り込み、少女を宥めて説明をする。

「葉月さん。これでも先輩はまだ二十四歳なんですよー」

「……これでも?」

 吹雪のフォローに些細な疑問を感じたが、誤解が解けそうなので追求する事を諦めた。

「分かったか葉月! これからは、『神代さん』。もしくは『正剛さん』と呼べ」

「先輩もいい歳なのに大人気ないですよー」

 水を得た魚の様に偉そうな口調で叱咤をする正剛が、威厳も気迫も微塵にも感じられない吹雪の口調で逆に叱責されてしまう。けれども冷静になって考えてみると、確かに行動が大人気ない。

「吹雪さん! 例え、クールな男が良くても、間違ってもあんなのは選んじゃ駄目だよ!」

「大きなお世話だ!」

 二人の取り留めの無い不毛な争いに、吹雪は諦めがちに苦笑をするしか出来なかった。

「なあ、葉月の言うことは置いといて。お前ってSTTFに好きな男がいたんだな?」

「えっ?」

 突然、放たれた正剛の質問に、吹雪はポカンと口を開けた。

「誰なんだ。隊長命令だ。答えろ、吹雪」

 無茶苦茶にも職権を利用してまで、口を割らせようとする。。

「あ、そう言えば、葉月さんのお話も聞かないといけませんねー」

 そんな理不尽な命令に対して我へと返った吹雪は、さも何も耳にしていなかったかの如く、話題を移し変えて誤魔化した。

「へっ? 私?」

 話を振られた葉月の口から、気の抜けた言葉が漏れる。

「はいー。葉月さんの番ですー。私ばかりじゃ不公平ですからねー」

「な、なんだと」

 当然ながら正剛は妨害する手段を講じようとするが、

「私の話が聞きたいの? いいよ。正剛に聞かれるのは少々癪だけど」

 それは今一歩遅かった。葉月が同意をしてしまい、語り手の交代が決定してしまった。

「くっ……」

 正剛は呼び捨てされた事にさえも気が付かず、只悔しそうに吹雪の顔を覗き見る。すると視線に気付いた彼女は、珍しくもしてやったりと桜色の舌先をぺろりと軽く出し、明ら様に見せ付けてきた。

「あのね、私ね……」

 葉月が恥ずかしそうに語り始める。正直、正剛にとっては吹雪以外の話などはどうでもよかったので、適当に受け流す方針に決めていた。

「私、三上先生と付き合っていたの」

「ん?」

 だが、そう決心した束の間。正剛は葉月の話に何処か妖しい響きを感じ、天井を見上げながら意味を冷静に考え始めた。

(な、なんだってーーっ!)

 そして心の奥で再三ひっくり返った。それは吹雪以上に甘く危険な恋であった。乙女の秘密とやらは、どれも禁断の蜜の味がする事を否応なく感じさせられていた。

「まあ! そうなんですかー」

「うん。私、先生に一目ぼれしちゃって。アプローチしてついにゲットしたの。でも、最近何だか態度が冷たくなってきて」

(性格の悪さが露見したんじゃないのか?)

 と、思いつつも、正剛にそれを口にする勇気はなかった。

「で、それを不思議に思って調査してみたんだ。すると最近、美人教師と夜の校舎で密会しているって判明したの」

「美人教師ね。お前よりも美人か?」

「へー。正剛は、私のこと美人だと思ってたんだ。一応、ありがと。でも、私なんかじゃ到底及ばないくらい綺麗な人だよ」

 中身さえ気にしなければ、葉月も間違いなく健全系美女の部類に属する。けれども女教師の美しさはこれを凌駕していると言う。

「では、事実を確認する為に、夜の学園に忍び込んだのですねー?」

「うん、この週末を利用してね。でも一人じゃ怖いから、吸血事件の調査と偽って卓哉と美香を誘ったわけ。結局、先生に見つかって大目玉を食らったけどね」

「当たり前だ。先週も、吸血鬼によって一人の生徒が犠牲になっているんだぞ」

「まさか本当にいるとは思わなかったから。……でも、廊下で卓哉が吸血鬼に襲われて、咄嗟に先生が消化器で撃退して、いそいで教室に逃げ込んで、だけど卓哉も私達に襲い掛かって」

「……ルードヴァンパイアだな」

 葉月の口調は支離滅裂であったが、その証言が確かなら、学園の何処かで息を潜めている可能性も十分に有り得た。

「親しい人が、怪物に変貌し襲い掛かって来る。とても残酷な事ですよねー」

「うん……。だから……先生が卓哉の様にならなくて本当に良かった。もし、そうだったら、私、わたし……っ」

 葉月の声に嗚咽が幾度も混じる。そして急に力無く崩れ落ちると、大粒の涙をポロポロと床に向かって流し始めた。

「葉月……」

 正剛は胸を痛めたが、同時に辛い感情を吐き出す葉月に対して多少の安堵感もあった。

(だが、それにしても……)

 正剛は怪訝な表情で周囲を見渡してみる。実は先程から何か得体の知れない違和感をひしひしと感じていた。それも不吉な予感である。

 そして隣にいる吹雪も同様に納得がいかないのか、神妙な顔持ちで何かを黙考していた。

「あのー。先輩、御神刀を少しの間だけ貸して貰えませんかー?」

 吹雪が正剛の方へと振り返って、突然奇妙な事を頼みだした。

「ん? お前、自分の武器を使えばいいだろ。それに何の為に使うんだ?」

「実は今日、手ぶらで来ちゃいましたー。でも少々確認したい事があるのですよー」

「任務に武器を持ち忘れるなんて、アホか……」

 正剛は深い溜息をつくと、腰に差してある刀を鞘ごと引き抜いて吹雪の前に差し出す。

「ありがとうございますー」

 軽々と片手で刀を受け取った吹雪は、鞘を引き抜いて銀色の刀身を指先でなぞると、三上の遺体の前まで移動する。その刃先を三上へと向けた。

「あの、もし勘違いだったら、すみませんー」

「吹雪、一体……?」

 正剛の頭に混沌とした色の疑問符が浮かぶ。一体、誰に謝罪を述べているのか、そもそも一連の行動が不明だった。

 けれども正剛がはっきりと問い糺す間も無く、刀の柄を逆手に握り替えた吹雪は幾度か軽い呼吸しながら右手を大きく振り上げると、

 ――それを三上の遺体へと突き立てた。

「なっ!? お、おい吹雪っ! 仏様に向かって何て事を!」

 死者への冒涜行為に吃驚(びつくり)した正剛は慌てて駆け寄って、すかさず墓標の如く突き立つ刀に手を伸ばすのだが、真下の方向から何かが這いずっているような摩擦音が耳に届いて、条件反射でその場から飛び退いた。

「……なんだ!?」

 正剛は警戒しながら視線をゆっくりと下ろして音の正体を確認する。

「……なっ!」

 それを見た正剛の表情筋が一瞬にして硬直した。しかも彼を更に驚かせたのは後の現象であった。視線の先にあったものの蠢きが徐々に鈍り、完全に沈黙したかと思われた直後、それは形を変えて昇華を始めたのである。

「吹雪! こ、これは一体どういう事だ!」

 正剛は慌てて床を指差すが、そこには赤い染みが付着したスーツと、掲げ紐の付いたID教員証だけが残されていた。

「いいえー。三上先生はルードヴァンパイアに血を吸われたんですー」

「い、いやそれは正論だが。それじゃ、先程の証言と矛盾するじゃないか」

 三上は卓哉に殺されたと彼女は証言していたが、それでは辻褄が合わない。

「先輩ー。これはソヨンさんが教えてくれたのですがー。先程、御手洗に向かった生徒、美香さんはアド・ヴァンパイアの可能性が高いそうですー」

「は、そんな!? あの子が、か?」

「それでは先輩、ここからは冷静になって考えてくださいねー」

 吹雪は自分の唇に人指し指をあてがい、ある一つの問い掛けをする。

「悲鳴が聞こえた時、つまり三上先生が襲われた時ですねー。教室には鍵が掛かっており、中には葉月さん、美香さん、卓哉さん、そして三上先生の四人しかいませんでしたー」

「ああ、そうだ。しかもその内の三人は、アド・ヴァンパイアとなっていた」

「では誰が三上先生の血を吸って、彼をアド・ヴァンパイアにしたのでしょうかー?」

「誰って、言われて……えっ?」

 そこで正剛は何かに気付いた。

「まさか…そんな筈はないだろ……」

 それは冷静に考えれば自ずと辿り着く単純な結論。勿論、心の中ではそんな事実を認めたく無いのだが、頭の中はどうしても完全否定する事が出来なかった。

「そ、そんな……。じゃあルードヴァンパイアの正体は……」

 心臓が猛烈な勢いで脈打つ。偽りであってほしいと切実に願いながらも、正剛はゆっくりとある人物に振り向いた。

「くっ、くっくっくっ……、あ、あははははっ!!」

 少女は一体何が可笑しいのか、大きな笑い声を教室内に響かせた。

 それが高須の一抹の希望を完全な絶望へと変貌させた瞬間であった。

「……何故、判った?」

 低い声を発した少女は、吹雪を殺気の宿った瞳で睨み付ける。

「簡単な事ですよー。確かに最初は、貴女がただの人間か、それとも違う存在なのかが判別できませんでしたけどー……」

 慄きもせず真っ向から視線を受け止める吹雪の姿を、正剛は呆然と二人の対峙を見ていた。

「でも、貴女はどうして三上先生がヴァンパイアにならないと断言したのですかー?」

「そうか……」

 正剛はやっと疑問に対しての答えを見い出した。一般市民がヴァンパイアの特性について理解している筈がない。卓哉がヴァンパイアに害され同種に変化したのであれば、同様の立場の三上も又しかり。吸血化の疑いを持つのが普通である。

「それに恋人が死んでしまったと言うのに、涙を流すのが少し遅すぎましたねー。ましてや、私と恋愛話をする余裕があるなんて……」

「くくっ、そうか。一杯食わすつもりで、食わされるとは」

 全てを見破られていた少女は皮肉にも笑うと、吹雪を見据えて口元を歪めた。

「なら、お前達を殺したら、その場で号泣してやるよ――」

 少女は瞳孔を金色に輝かせると、いきなり吹雪へと襲い掛かった。だがそれを見越していた正剛は咄嗟に立ち塞がると、拳が振り下ろされる前に抜刀して反撃を試みる。

「……あ、あれ?」

 ――つもりであったが、御神刀は懐から取り出せなかった。

(そ、そうだ! 吹雪に預けたんだっ!)

 絶体絶命。正剛は迫り来る危険に対して反射的に目を瞑ってしまった。

 直後、左腹が鈍い音を立て、同時に身体は強い衝撃によって奥へと吹き飛ばされる。

 そして何かを突き破る音と共に、正剛の身体と意識は暗闇の底へと落ちていった。

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