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Superior type X  作者: 永原啓斗
第一章
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第一章 潜入

――三十分後、

 正剛が率いる第三小隊は、軍用車で現場へと向かっていた。

 第三小隊は隊長である正剛を含めた五人で構成されている。

 イタリア国籍、エルヴァノ・マルコーニ軍曹。

 韓国国籍、パク・ソヨン兵長。

 中国国籍、張明月上等兵。

 そして、副隊長である日本国籍の和泉吹雪曹長。

 STTFは将校級を除き、全ての実行部隊はSTによって構成されている。即ち妖、霊、魔のいずれかに属し、隊員の力量によって下士官以下の階級が与えられる。

「隊長!」

 横の運転席から野太い声が発せられ、正剛が声主へと振り向く。側面からでも見て取れる軍人特有の威圧感を持つエルヴァノ・マルコーニがいた。

「何かあったのかマルコ?」

「失礼ながら、移動中とは言えども物思いに耽るのは感心出来ませんな。大佐の仰った通り標的を完全排除となるまで油断は禁物です。奴等以上の存在が現れないとも言い切れませんしな」

「分かっているが、そもそも上級STが確認されたのなら、まず俺達に出撃命令は下されてないだろう?」

 それはSTTFに所属している者なら、誰でも知っている陰の常識。

「ええっ!? 少尉殿、それ本当の話ですか?」

 しかし後部席から聞き耳を立てていた新人の明月は知らなかった様子で、驚きながら二人の会話に割り込んだ。

「本当だ。所詮は寄せ集めの軍兵だからな。対処不能な存在なんて世界中にごろごろといるさ」

「で、でも、STTFって一応、国連官軍ですね。対処できない、OKですか?」

「上層部からすればOKだな。STTFが今でも組織として成り立っているのは、単純に三勢力の方が眼中に無かったからだ。目に見える被害が発生して、尚且つ対処可能な事件なら出兵します、と言うのが、お偉いさん達の平和活動理念なんだよ。今回にしろ、実際に一日で発生するの吸血事件の件数なんて、一つの市内でも十数件はあるんじゃないか?」

「じゃ、じゃあ。上級STの事件になった場合は、今まで無視してたですか?」

「ああ。但し、滅多に表沙汰にはならないけどな」

「百人の下級STより、一人の上級STが怖いですか……」

「そうだ。まあ、それよりも下っ端の隊員を接触させて関係を(こじ)らせたくない所もあるのかもしれない。昔、イギリスだったかで隊員と妖王の衝突があったらしいが、凄い人もいたもんだな」

「よ、妖王ッ!? そ、それで、結果はっ?」

「どうだったんだろうな? 妖王は生きていたらしいし。そこは同じ欧州出身のマルコが詳しいんじゃないか?」

「軍曹殿! お話、是非、聞かせてください!」

 好奇心旺盛な明月に強くせがまれたマルコは、相手の緊張感の無い姿に一瞬苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるが、

「まあ、いいんじゃないか? 戦闘前に気が張り過ぎるのも、問題があるしな」

 正剛の一言に観念して渋々と口を開き始めた。

「ううむ。その、これはSTTF上層部で流れていた話らしいのだが」

 途端、明月の左隣に座っていたソヨンも反応して、同様に耳をマルコへと傾ける。

「当時の妖王がまだ不死帝であった時代の事だ。その妖王に向かっていったSTTF隊員達がいたそうだ」

 二人の女性が瞳に好奇心の光を宿らせながら、うんうん、と頷く。マルコはフロントミラー越しに二人を一瞥して溜息を漏らし、話を続ける。

「だが彼等は命を落とし、その一族も奴等の報復によって屠殺されてしまった」

「やはり負けですか。それに一族も、って……そんな酷かったですか?」

 マルコは一瞬目蓋を伏せると、とても悲辛そうに言葉を口をする

「うむ。女子供、赤子に到るまで全てが無残に殺されたそうだ」

 衝撃的な結末と同時に、二つの甲高い嘆声が車両の中に響き渡る。実際、話を振った正剛ですら声を発するとはいかずとも、胃から酸化物が込み上げていた。

「……それは酷いお話ですねー」

 運転席の真後ろで、蒼白い顔の吹雪が窓の外に向かってぽつりと呟いた。

「お前も聞いていたのか?」

 吹雪は目じりに涙を含ませながら「……はい」と、首を小さく縦に振った。

「つまり、そう言う事です。なので生命を捨てる真似だけは絶対に控えて下さい!」

「それはまるで、俺が恰も上級STに対抗したがっている言い草だな」

 マルコが強い口調で説いたそれは忠告と言うよりも、正剛に対しての懇願に近かった。

「でも、上層部が知る話を御存知なんて、軍曹殿すごいですね!」

 感銘を受けた明月が、マルコを尊敬の眼差しで見上げる。

「いや。これでも従軍は今年で二十年目を迎えるからな」

 その言葉に車内の隊員達は合点がいったかに頷く。明月においては失言を恥じて自身の額を小突いていた。

「確か、マルコは西欧(せいおう)STTFに、十年以上所属していたんだよな」

「ええ。ここに配属されたのは八年程前の事ですが」

「それでも八年って。三年目の俺からすれば、十七期も上の大先輩なんだよな……」

 正剛は急に申し訳なさを感じてしまい、思わず視線を落とした。

「隊長。貴方が今、私の身分について考えているのは大凡想像がつきます。しかしそれがSTTFの軍規と言うものですので、決してお気になさらず。軍人に私情は不要です」

「軍規か……」

 将校階級を除く殆どの隊員は勲章や特例による昇任もないまま辞軍してしまい、結果、STTFは常に人材不足の問題に常に直面している。

 入隊時からこの制度を疑問に思っていた正剛は、以前、大佐へ改正を進言したのだが、

『――弱者に地位を与える必要はない』

 大佐は躊躇なくこう言い放った。確かに正論かもしれないし、大佐の一存でどうにかなる問題でもない。けれども分かってはいても、余りにも無機質な態度に正剛は思わず掴み掛かってしまった過去があった。

「隊長。話しはここまでにしましょう。まもなく目的地に到着します」

 結局のところ、前線に立たない者に現場の苦悩は理解不能なのである。


――午前2時18分 鳳凰学園南棟前

 第三小隊は目的地である鳳凰学園へと辿り着いた。

 マルコが懐から銀の懐中時計を取り出して目を向ける。針は2時20分前を指し示していた。

「ふむ。奴等にとって、能力を最大限に発揮できる時間となりましたな」

「やはり丑の刻に入ったか。日の出まであと二、三時間ちょっとか」

 任務の制限時間は黎明前。それまでに夜の住人(ナイトウォーカー)生産者(プロダクター)を仕留めなくてはならない。

「それにしても……」

 目の前に大きく佇む校舎を見上げていたソヨンが、眉間に皺を寄せたまま正剛へと振り返る。

「日本って面積少ない割りに、土地余ってるの?」

「いや、ここを日本の基準にしないでくれ。俺も前にここに来た時は驚いたから。しかもあれって、校舎の一部でしかないらしいぞ」

 ソヨンは再び校舎を一瞥する。裏からは細い建物の一部が高々と突き伸びていた。

「ふーん、洒落てるね。つまり送迎車持ちのお坊ちゃん専用って事なのかな。校門から校舎までの道のりでさえジープで三分は掛かったし、こんな不便な所に通う生徒の気がしれないわ」

「それは俺も無理だ。規模の割には、宿舎がないらしいからな」

「しかしこれだけ広大な敷地ならば、実害は有らずとも、学園内に様々な種類のSTが紛れてそうですな」

 マルコの発言に正剛とソヨンは、確かにな、と頷き合った。

「うーん。これは、どうしてでしょうー……」

「あいやー。これ、本当に困りました……」

 一方、吹雪と明月は何やら、昇降口の前で顔を顰めていた。

「二人とも、どうしたんだ?」

「先輩、この扉を見てもらえますかー」

 正剛は吹雪が指差したガラス扉に顔を向ける。そこには黄銅製の南京錠が一つ頼りなさげに掛かっていた。

「この学園には合わない程アナログチックな防犯設備だと思うが、それが大した問題なのか? 念を入れて錠を付けてるだけだろ?」

「……こういう場合の錠って外側に付けるものでしたっけー? それに南京錠はこの扉だけにしか付いていませんしー。何より、備え付けのロックが全ての扉に掛かっていないのはどうしてでしょう?」

「掛け忘れだと?」

 吹雪に言われて、正剛は他の扉を確認する。確かに一つの南京錠を除いては、まるで侵入者を歓迎するかの如く無防備な防犯体制であった。

「なるほど。こんなお粗末じゃあ防犯の意味がないよな。でも、ピッキングをする手間が省けて好都合じゃないか」

 正剛があっさり気味に言うと、吹雪は更に困惑しながら首を横に振る。

「それが……この南京錠から魔力の波長を感じます」

「は? 魔力?」

「ええ、この南京錠を媒体として、校舎全体に侵入を妨げる結界が張られているんですー」

「それってつまり」

 正剛が錠の掛かっていない扉を開いて、おずおずと中に手を伸ばす。すると肉眼では見えない壁に指がぶつかった。

「なるほど。となると、何か色々と辻褄が合わない所があるな。よくよく考えれば扉は開放されているのに、結界を張った南京錠を外部に晒している目的ってなんだ? つまり管理者と魔術師は別物か?」

 正剛が腕を組んで暫く押し黙る。吹雪はその様子を不安そうに眺めていた。

「それに結界の作用方向は外側からのみであって、内側から出る分には問題がないのですよー。もしかしたら校舎内にいる存在を保護するのが目的かも……」

「獲物を捕縛するための結界ではないってか? 逆に胡散臭いな」

 正剛は苦い表情を浮かべながら、媒体である南京錠へと近付いた。

「待ってください!」

 その時、いきなり明月に呼び止められた。

「ここはワタシにお任せください。アルケミストの本領が発揮します」

 明月は南京錠に歩み寄ると、自信ありげに微笑みながら懐から怪しい茶色の小瓶を取り出し、蓋を開けて中身の蛍光色の液体を南京錠へと一滴垂らし始めた。

「錬金術師だったのか」

「フッフッフッ」 

 車内とは異なる陰気な恍惚(こうこつ)の横顔は、まさしく狂気のマッドサイエンティストだった。

「ん? なんだ?」

 正剛の嗅覚が焼け焦げる臭いを察知して、反射的に視線を正面へと向ける。

そこには黒い煙を上げながら、どろどろと融解している南京錠の姿があった。

「な、なあ。それはなんだ? 只の強酸化剤じゃないよな……」

「知りたいです?」

「やっぱいい」

 ニヤリと不敵に笑う明月に対して、正剛はぞわりとした寒気を覚えた。

「ううむ。しかし一つの媒体に対して、複数の魔術を同時に施すとは……」

 マルコは熔け落ちた南京錠を見て、未だに不安を拭えない様子だった。

 けれどもどういう経緯であれ、相手が弊害をもたらすSTである以上、敵前逃亡の四文字は存在しない。正剛の気迫ある合図と共に一同は覚悟を決め、校舎内へと進んで行くのだった。


 校舎内は寂寥(せきりょう)な雰囲気を漂わせていたが各教室内は未消灯であり、上窓から洩れる光に照らされた所為で廊下は不気味な明るさを保っていた。

「へー。これが日本の学校なんだねー。ふむふむ。ほうほう」

 ソヨンは校舎内を見回して、子供の様に無邪気な笑顔を浮かべていた。そして吹雪はそんな同僚の姿を見て、老婆の様に温厚な笑顔を浮かべていた。

「もしかして、ソヨンさんは学校に通っていなかったのですかー」

「おい吹雪」

 正剛は横目で吹雪を睨み、言葉を慎むように合図を送るが、

「ぷっ、あははははっ!!」

 ソヨンの反応は正剛の想像と真逆であり、腹を抱えて大笑いをしていたのである。

「あははっ、ごめんよ。いやー、日本の学校って自由奔放でいいなって思ったんだよ。あたしって学校には勉強のイメージが強かったから……」

 ソヨンは祖国を想起しているのか、引き締まった目をほんの少しだけ細めていた。

「諸外国からすれば、日本は未だにゆとり教育ですからねー。でも、夜の校舎からでも分かるものですかー?」

「分かると言うか、いや、なんとなく感じるんだよ。あたしの勘は『殺人的』に冴えているからね。それはあんた達も認めているでしょ?」

「俺は知らん。それよりも、日本語の使い方間違っているぞ」

「その通りですよー。殺人はいけませんよー」

 吹雪は正剛に賛同しつつも、かなり的外れな所を指摘していた。

「あのな、日本語にそんな表現はないぞ。……というか吹雪、それ違うだろ」

 余りにも常識型破りな二人に対して、正剛は思わず頭を掻いた。だがその時の事である。

「きゃあああーーっ!!!」

 突如、甲高い悲鳴が校舎内に響き渡った。それは紛れも無く、若い女性のもの。

 正剛とマルコは瞬時に顔を見合わせ頷くと、全力で階段を駆け上がり、繰り返し幾度も発せられる嘆き声の発信地である三階の教室へと辿り着いた。

「ちっ、カギが掛かっているのか! 止むを得ん!」

 扉が外側からの侵入を頑なに拒んでいる為、マルコは躊躇無く扉を全力で蹴り破って穴を空け、そこから右手を差し込み内側から解錠する。

 すかさず正剛が勢い良く扉を開いて教室の中に転がり込むと、その瞳は瞬時にして四人の男女を捉える。

 床に突っ伏しながら全く動かない、スーツ姿で白髪混じりの男性。

 窓際で尻餅を付いている、ショートボブヘアーで私服姿の少女。

 同じく壁際でその少女を庇う様に抱いている、ポニーテールの少女。

 そして最後に――少女達に今でも襲い掛からんとしている、真紅の少年の姿であった。

「早く逃げなっ!」

 ソヨンは少女達に向かって叫び促す。けれども二人は恐怖に慄き、身体を震わせながら襲い掛かってくる少年を虚ろな視線で只々見つめていた。

 少女達は既に絶望的な位置にいた。もはや手遅れだと、正剛は無念さから思わず血が滲むほど唇を強く噛み締めた。

「これでも食らエー!」

だがその中で唯一、行動を起こす人物がいた。最後方にいた明月である。彼女は右手に持っていた先程の茶瓶をこじ開け、隊員の誰よりも前に歩み出ると、目の前の少年へと向かって投げつけていたのだ。

 瓶は空中で幾度か回転をした後、少年の頭にぶつかって、中身の液体をぶちまける。

「ぐわあああぁーっ!!」

 少年の悶絶と共に、頭頂から黒い煙と焦げた匂いが漂い始める。

「ヤッター!!」

「まだだっ! 油断するんじゃない」

 成功の喜び声を上げ両手でガッツポーズを決める明月と、その背後から発せられたマルコの強い忠告。当然、決着がついた訳では無いのだが、それでも状況は有利に傾いた。正剛は左脇に挿していた刀の柄と鞘に両手を添えると、全速力で少年との距離を詰めに吶喊(とつかん)を始めていた。

「隊長!」

 マルコが再び叫ぶが、正剛の耳には届いていない。集中力が極限に達した今、周囲の事象は超低速で展開しているように感じられていた。

 少年との空間が、五メートル……四メートル、と徐々に縮まっていく。

 間隔が三メートルまで狭まった時、正剛は木製の柄を握る右手指に力を込め、(はばき)を見せる程度に引き抜いた。すると途端に、白銀の刃が空気中に曝されて辺りを眩く照らす。銀光の輝きは不浄の場に似つかわしくない程、眩いものであった。それは鮮血に染まった少年の醜悪な存在さえも掻き消しそうなくらい、神々しかった。

 距離はついに一メートルを切った。正剛は歩幅を大きく踏み出して勢い良く腰を捻り、包んでいた鞘から全ての刀身を解放した――。

「うおおおおおおおぉぉっ!」

 刀は少年の脇腹から肩へと逆袈裟掛(けさが)けに深く潜り込み、血肉と共に背後へと斬り抜けた。

「……はづ……き……」

 少年は呪縛から解放されたような清々しい表情を二人の少女に向け、暫らくすると身をゆっくりと純白の灰糟と化して、空気中へと昇華していった

「ふう、取り敢えずは一件落着か。今回は明月に助けられたな」

 正剛は右手で握っていた刀を左脇に収め戻して、崩れるようにして尻餅をつく。功労者に労いの視線を向けると、彼女は照れながら頭をぺこぺこと下げていた。

「ははっ」

 正剛も何だか恥ずかしくなってしまい、顔を背けて他の隊員の姿を見廻すと、ちょうどマルコが二人の少女に近寄って声を掛けようとしていた。

「君達大丈夫か? 私達は決して怪しい者ではない」

 巨躯の西洋男性が目の前に立っている。それだけで可憐な日本女子に対しての説得力などほぼ皆無に等しい。結果、少女達は更に怯えだし、特にショートボブの少女においてはとうとう耐え切れずに、堰を切って泣き出してしまった。

「な、何か間違っていたのかね?」

「……はぁ」

 見兼ねたソヨンが間に割り込み、二人の少女の手を交互に包み込みながら、優しく微笑んで慰める。その年不相応の姿からは母性が満ち溢れていた。

 おかげで気休め程度には効果を発揮したのか、ポニーテールの少女が多少の情緒不安定を露見させながらも、口先をおずおずと動かし始める。

「あ……あの、実は、卓哉が突然変になって三上先生を……」

 少女は顔を背けて、倒れているスーツ姿の男性を指差した。

 正剛は男性を調べていた吹雪に向って目で合図を送るが、吹雪は首を横に振ったので、拳を強く握りしめながら黙祷を捧げた。

 これ以上の犠牲を増やさぬ為に、一刻も早く元凶を断つ事を誓う。けれども現状では、どの部隊も未だにルードヴァンパイアを発見しておらず。そして第三小隊においては、民間人の保護が最優先事項となってしまっている。

「あ、あの」

 突然、正剛の耳にかろうじて届いた大人しい声。目蓋を開けて視線を移動させると、先程、マルコが泣かせてせてしまった少女がおずおずと、申し訳なさそうにソヨンの前に立っていた。

「あ、あの、行きたい場所があるのですが。駄目でしょうか?」

 少女は内股をもじもじさせながら、消え入りそうな声で問うた。しかし、まともな軍人ならば、少女の要求に対して首を縦に振る事はしない。勿論、それは直接問い掛けられたソヨンも例外ではなく、少しバツの悪そうな表情を浮かべていた。

「いや……あの……」

「今は緊急時だ、悪いが我慢してくれ」

 正剛が口を濁すソヨンに替わって、少女にハッキリと拒否の言葉を放った。

「わっ、私も、もっと緊急事態なんです」

 だが意外にも、少女は強い口調で食い下がってきた。

「分かった。なら教えてくれないか? その緊急事態というものを」

 普段控えめな人間ほど、実は頑固で譲歩を知らないタイプである法則を正剛は良く知っている。だからこそ、このままでは埒があかないと思い、取り敢えず理由を尋ねていた。

「そ、それは……あの……その……」

「それは?」

「その、そ、それはっ!」

 先程の威勢は何処に消えたのか。視線を逸らして、急にしおらしくなってしまう少女。その光景は正剛が少女を苛めているかにも見えなくもないだろうが、理由を聞かなければ、この場にいる皆が納得出来ないのも当然であった。

「さあ、答えてくれ!」

「あ、あのっ……」

「さあ、さあ!」

「……………っ!」

 正剛の執拗な言及に少女はついに押し負けたのか、全身をわなわなと震えさせながら、自棄気味に大きく口を開いた。

「お、お手洗いに行きたいんですっ!!」

「……そうか」

 一部始終を遠目から見ていたソヨンと吹雪、それにマルコの三人は何やら深刻そうな顔で二人の方を睨むと、ひそひそと内緒話を始めていた。

(……面目ない)

 その後、打ち合わせをして、移動班と待機班での分隊案が可決したのだった。

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