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Superior type X  作者: 永原啓斗
第一章
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第一章 出動指令

6月14日 午前1時13分 STTF第18基地内

 深夜、赤い警告灯の点滅に併せて、耳煩いな警報音が正剛の部屋に鳴り響く。

「うるせえなっ! 俺はまだ小一時間しか寝てねえんだよ。ふざけんな!」

 本来なら早急に身支度を整えなければならないのだが、信じ難くもベットに横たわる正剛に起床の意思は微塵も無かった。壁に向かって枕を投げつけ、挙句には再寝に入ろうと目を瞑る始末。

 警報発令から一分も経たぬ頃。ドアノブを控え目に捻る音と共に何者かが部屋の中へと忍び込んだ。侵入者は抜き差し足で大胆不敵にもベットまで辿り着くと、一呼吸を置いてから正剛の耳元でひっそりと囁き始める。

「先輩起きてくださいー」

 吹雪であった。緊急下で部屋に来る理由は決まっていた。

「先輩指令ですよー?」

「…………」

「先輩朝ですよー」

「…………」

「お兄ちゃん起きてーっ☆」

「…………」

 吹雪は多様な言動を用いて試みるが、二度寝を誓った石頭に通用する筈はない。正剛も明らかなだんまりを決め込んでいた。

「うーん。これでも起きないなんて、仕方ありませんねー」

 結局、無意味な行動と諦めたのか、吹雪は部屋からいそいそと遠ざかって行く。

 それから程無(ほどな)くして警報も鳴り止まる。妨害の心配が解消された正剛は天使の来訪によって、安息の鐘音(しょういん)が大きく響き渡る夢を完璧に見せられていた。

「う、ん?」

 ふと頭頂部に異常な熱を感じ、数秒の遅れで生温かくて粘着性のある液体が額を伝っていた事に正剛は気付く。液体を中指で(すく)って、虚ろな焦点をそこに合わせんと眉間の皺を寄せる。

「……ケチャップ」

 (まと)わりつく赤い液体。正確な情報像を捉えようと、上手く回らない頭を働かせた。

 ――血液だった。

「なっ、なんじゃこりゃあー?!」

 驚起した正剛は全身を小刻みに振わせながら、横に立っていた吹雪の顔を強く睨み付ける。

「やっと起きてくれましたねー。おはようございますー。先輩」

「お、お前、いつの間に……って、それより一体、何をしやがったっ!!」

「何もしていないですー」

 当の加害者は憤怒を前にしても、動揺のそぶりや色を見せつけず。満面の笑みを浮かべて犯行を否認していた。

「私は、由緒正しき起床方法を実行しただけですからー」

「由緒正しい? なんだそりゃ、ん?」

 正剛は吹雪の右手に何かが握られているのを視界の隅に捉えた。すぐさま焦点を定めてその物の正体を確認する。

 滑らかな流線で楕円(だえん)を形成する黒鉄――、伝説の起床道具『フライパン』であった。

「殺す気かっ!」

 あまりの非常識な行為に顔の筋が引き攣り、人相と共に血色が悪くなった正剛はタオルで血を拭うと、無言で身支度を整え始める。

「きゃぁぁー。無垢な婦女の目の前で、服を脱ぐなんて。そんな大胆ですー」

 自称無垢な婦女は黄色い声を上げながらも、視線を決して背けようとはしなかった。正剛はプライドより時間の方が惜しいと感じた為、深く気に留めない事に決めた。

 着替えが終わった正剛は、簡易台所の流しで適当な洗髪を始める。

「先輩ー。私がいて良かったですねー。さもなくば寝坊しちゃうところでしたよー」

「……ああ、もう少しで寝坊をしてしまうところだった。但し『永遠』のな」

「怠惰な先輩には荒療治の方がいいんですよー」

「フライパンで頭を殴打する事で、一体、何を治療するつもりだったんだ?」

 今の時代、『意思の固さより頭蓋の硬さ』だと、身を以って思い知らされていた正剛は訝しげに吹雪を見ながら、水を口に含んで軽く漱いをする。

「ほへにひたって、ふはひはんへははひほほふはふふう? はんはひひ、ほうひひひょうははっへひひははほうへひひんほっへっふへふんは!」

 それでもやはり釈然としない、しこりのようなものが正剛の心の中に残る。けれども口から漏れてきたのは決して愚痴の言葉ではなく、呂律の回らない語音と水滴のみであった。

「『それにしたって、フライパンで叩き起こすか普通? 万が一、脳に異常が発生したらどう責任をとってくれるんだ』と言われましてもー」

 吹雪が読唇術をそれなりに心得ていたおかげで、最低限の意思は伝わった。但し、やるせない想いは全く伝わらなかった。

「これ以上酷くなるとは思えませんよー。それに……」

「……?」

「その時は責任をとってあげますねー」

「ぶッーっ!」

 正剛が口に含んでいた水の大半が気体となって辺りに散布する。

「あ、アホかっ。何を言い出すんだ! 無垢な婦女がそんな言葉を軽々しく口にするんじゃないっ! ほら、置いて行くぞ」

 正剛は恥ずかしさをごまかす為に、一人でさっさと部屋から出て行こうとするのだが、

「照れちゃって可愛いですー!!」

 両耳には歯痒くなる一言が聞こえていた。


「はぁ、はぁ……くっ」

 二人は廊下を駆け抜けていた。部屋から目標地点の軍備整備室まで総距離に換算しておよそ八百メートル。現在地はその中間。

 正剛が息を切らせながら前方を走り、吹雪が飄々とした顔で後に続く。第三者がこの状況を見れば正剛の姿はきっと情けなく映るだろうが、軍に所属する者の身体能力は人並み以上であり、寧ろ異常なのは汗一つ噴かない吹雪の体力である。

「先輩。残り90秒ですー」

「あ……あと、90……っ!」

「大丈夫ですかー。速度が落ちてますよー?」

「ちくしょうぉぉ……っ!!」

 正剛は既に悲鳴を上げている肉体に更なる鞭を打つ。その甲斐があって息も絶え絶えで時間内に目的の場所に着いたのだが、呼吸が一拍として乱れていない吹雪を目の当たりにすると無理に呼吸を整え、端然さを装って辿り着いた部屋の鉄扉に手を掛ける。

 広々とした薄暗い部屋の中では二人を除く全隊員が既に整列していた。二人はそれに習い、直ちに列に加わろうとする。しかし全隊員と対面する位置に佇んでいた黒いローブを纏った中年男によって、正剛は不意に呼び止められてしまった。

「その額の血は何かね? 神代正剛少尉」

 正剛の表情筋が瞬時に引き締まる。上官の命令は絶対であるが、正直に経緯を話して面倒事に発展する結果がとおに読めていた。

「はっ。階段から転倒しました! アークライト大佐」

 正剛は適当な理由を口にした。緊急時には細かい指摘が来ないと想定済みである。

「……よろしい。ではさっさと列に加わりたまえ」

案の定、怪訝な表情の大佐だが深く追求する気はないのだろう。読み通った正剛が誇った顔で隊列に加わると同時に大佐は任務の説明を開始する。

「今回、諸君等の任務はヴァンパイアの掃討だ。現在、確認されているのはルードヴァンパイア1とアド・ヴァンパイア5だ。標的は紫苑(しおん)市内の五つの拠点にて吸血活動中である」

 内容に正剛を含む一部の隊員が難色を示す。紫苑市とは本基地が在る茉莉(まつり)市から約10km北方に位置する隣市であり、以前も任務でここに赴いていた。

「諸君等も知っている通り。先週も市内の鳳凰学園で、生徒の惨殺遺体が発見されている。従って今回は五人小隊を編成して任務に就いてもらう。何か異論があるかね?」

 大佐は鋭い視線で周囲を見渡す。そのまま誰の異議も無く任務開始となるのが通例となっているのだが、

「あ、あの。よろしいですか?」

 果敢にも、集団の後方にいた一人の女性が大佐へと意見を挙げていた。

「君は確か、亜州(あしゆう)STTF中国基地から異動になった(ちょう)明月(めいげつ)上等兵だな。発言を許可する。前に出て、遠慮なく言ってみたまえ」

 不適な笑みを浮かべる大佐。威風堂々たる姿の前には歴戦の猛兵でさえも思わず緊張せざるを得ないのに、明月と呼ばれた女性は吹雪よりも頭一つ分程小柄な体躯である。巨漢の大佐を目の前にした彼女はまさに、身体を震わせている小動物そのものであった。

「は、はい。ワタシSTTF入隊して、すごく経験ないですが。増えるヴァンパイア倒すの、五人で大丈夫ですか?」

「ふむ」

 大佐は顎に手を沿えて頷くと、無愛想な顔を正剛へと向けた。

「では何故、少人数での行動が適切なのか。理由を神代正剛少尉に答えてもらおう」

「……今回はルードヴァンパイアが関っているからです」

「その通りだ。ヴァンパイアにも種類や優劣がある。ではまず、アド・ヴァンパイアの特徴とは何かね。和泉(いずみ)吹雪曹長」

 大佐の視線が、正剛の横にいる吹雪に向けられる。

「はいー。紅色の瞳のアド・ヴァンパイアとは、ヴァンパイアに血を吸われて他種が変化を起こした存在であり、太陽光を弱点とする『夜の住人(ナイトウォーカー)』の代名詞となっていますー」

「うむ。簡潔ながら要点を捉えている。ルードヴァンパイアの特徴とは、エルヴァノ・マルコーニ軍曹」

 視線が更にその隣にいる筋肉質でラテン系の中年男性へと移った。

「はい、それに対して金色の瞳が特徴のルードヴァンパイアですが。先程、和泉曹長の説明に挙がったヴァンパイアと言えばこの種を示す場合が多く、通常、大量吸血された者は生命を落としますが、その際に一定量の唾液を相手の体内へ注入する事で、絶対服従のアド・ヴァンパイアを生み出す事が可能です。そして我々にとって最も厄介なのは、高い身体能力と妖力の強さに加えて白昼での行動が可能である為に、人間社会に紛れ込んで活動する事ですな」

「素晴らしい解答だ。以上の事を踏まえて、少人数編成が好ましい理由とは一体何かね、パク・ソヨン兵長」

 最後に正面列の中心に目を見やる。その先には、釣目のアジア系女性が立っていた。

「つまり、ルードの居る建物内に多勢で向かうのは危険だってこと。隊員がアドにされるかもしれないし、それにあたし達の存在に気付いて繁華街なんかへ逃げられると、後の対処がすごく面倒になるからね」

 ソヨンの解答に、大佐は瞳を閉じて頷いていた。

「以上だ。これで納得したかね、張明月」

「納得しました」

「では、戻りたまえ」

「はい、了解です。皆さん、ご迷惑かけました」

 明月が皆に対して申し訳なさそうに頭を下げると、大佐は改めて隊の編成を発表した。ここで正剛は自分も含めて先程の四人が、どうして明月の疑問に答えさせられたのかを、やっと理解した。

「尚、今回はルードヴァンパイア出現の為、敵勢力は漸増する恐れがある事を各自で念に入れておきたまえ。以上だ!」

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