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Superior type X  作者: 永原啓斗
プロローグ
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プロローグ

轟々(ごうごう)と熱風が吹きすさみ、空間はゆらりと歪曲する。鉄は紅くどろどろに焼け溶け、焦げた臭いが四坪の室内に充満する。

 呼吸すら満足に許されない灼熱地獄の中心に二人の男が立っている。目つきの悪い小柄な少年と、目尻に薄い皺が寄った中肉中背の男。

 彼等は戦っていた。組織や国家相手でもなく、言うならば世界そのものに。

 彼等は(つく)っていた。全ての存在を救済する神霊の道具を。

 彼等は(つく)っていた。世界に抗い現状を変える為の希望を。


 摂氏四十度を超える熱気の中では、張りのある声ですら蜃気楼と共に歪んでは消える。

 意識朦朧としている少年の聴覚が微かな空気の振動を捉えて力なく顔を上げると、正面にいた男がシャツの袖で額に浮かぶ大量の汗を拭いながら、出口の扉をちょいちょいと指差しているのが見えた。

(……やっと、休憩か?)

 少年が一抹の願いを込めた視線で訴える。

 男はこくこくと頷き、右手で喫煙をする所作を何度も繰り返した。

 少年はよろめきながら男の後に続いて外へと向かう。本音はいち早くここから脱出したくとも、引き戸に対して労力をかけられなかった。

 外部気温は真夏とは信じ難いくらい清涼に感じられた。首筋を撫まわす涼風が熱膨張した心臓を一瞬止めにかかるが、呼吸を繰り返すだけで正常な脈拍を取り戻す。(つんざ)くような外気によって鼻粘膜が刺激された少年は、すぐさま小屋の横に設置している水道の蛇口を捻って、激しく流れ落ちる水をがぶがぶと飲みはじめる。

 その様子をどこか誇しげな顔で眺めていた男は、作務衣の胸ポケットから取り出した煙草とライターを振り返った少年へと差し向けると、ついに言葉を口にした。

「吸うか?」

「いらん」

「ああ、そう言えば、お子ちゃまにタバコは厳禁だったな」

「馬鹿親父よ。それ以前に、そんな怪しげなモノは吸いたくない」

 父親に勧められた煙草は巻紙やフィルターはおろか、葉に致るまで全ての部位が刺激物を連想させる毒々しい赤色に染まっている危険な代物である。

「そうか? なかなか粋な味がするんだぞ、この『追憶』って銘柄は」

「名前を聞いて、もっと吸いたくなくなった」

 少年が野良犬を追い払うかに手をしっしっと振る。雑にあしらわれた父親は仕方なくと諦めたのか、煙草をそのまま自分の口に咥えて火を点けた。

 煙は流石に危険色ではなかった。

「でも正直言うと、お前にはこの味を知って欲しくはないんだがな。タバコなんざ一種の麻薬みたいなものだからな」

「一体どっちだよ。安心しろ。頼まれても一生、吸う気はないから」

「……そうか」

 父親が目を細める。口からは紫煙(しえん)と共に安堵の息が漏れていた。

「ところで、これって本当に世界に貢献する慈善事業なのか? 俺には単なる年寄りの道楽に付き合わされてるとしか思えないんだが」

「む、時代は変わったもんだ。いつから刀鍛冶が古臭い趣味と言えるようになったんだ? 別に、最強の侍になって姫様を守ろうなんて理由じゃないからな」

「なっ! そ、それはガキの頃の話だろ!」

「ふーん。ガキの頃ね」

 少年の顔がみるみる内に紅く染まる。父親は何かを黙考するように煙草を吸って、ゆっくりと最後の煙を吐き出した。

「お前が今でも侍を目指してるのかどうかは俺には分からないが、これだけは良く覚えておけ。全てを救う為に振るう力は身近な一人を守る為のものには到底及ばない。お前が本当の強さを求めているのなら、それは絶対に必要不可欠なものとなる筈だ」

「な、何だよ、いきなり。真面目な顔して?」

 普段とは異なる父親の口調。それが単なる戯言ではないと直感した少年は戸惑った。

「ところで、お前は世界の情勢をどう見る?」

「はぁ? 何だよ突然」

「まあ、いいから聞け。仮に戦争が勃発するとしよう。国の中枢機関を破壊する事が勝利条件だとすれば、一体どの国が最後まで残っていると予想する?」

「どこって……」

 議題の真意が全く見えてこない質問に少年は眉を顰めるが、無視するもどうかと思い、取り敢えずは話に合わせようとする。

「……やっぱ世界最強はアメリカじゃないか? 核を大量に保有しているし」

「ふ、最強ねぇ」

 父親はしてやったりと、少年の答えに対して恰も間違っているかの如く鼻で笑った。

「なっ、じゃあ親父はどう思ってるんだ。まさか、この国とか言うんじゃないだろうな!」

「そうだな。現状から言えばイギリス、ドイツ、そして日本のどれかだな」

「はは、親父こそ何言ってんの? イギリスはともかく、日本とドイツは第二次世界大戦の敗戦国じゃないか。核の保有国じゃないし。特に日本なんて、自衛隊だけでどう戦えって言うんだよ」

 現在、世界では核を上回る破壊兵器の存在は確認されていない。つまり国家間の武力優劣は単純に核保有の是非で決まってしまう。無論、それが一般常識である事は、いくら学歴に乏しい父親でも知らない筈はない。

「はっはっは。そう言えばそうだったな。まあ、情勢とは常に変局するものだからな」

「はあ?」

 少年は怪訝そうな表情を浮かべ、父親の無知蒙昧(むちもうまい)に呆れていた。

 そう、彼がこの世界の実情を知り、言葉の真意を捉える事が出来るまでは……。

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