第五話:武闘大会 中編
審判員が最後まで言い終える前に、ラーグの闘いは終息を迎えた。
両脚に溜め込んだ魔力を一気に解放し、一瞬で大男の目の前に移動する。
魔族が行う空間転移とは違って瞬間的に光速に匹敵する速さで地上を移動しただけだ。しかしこの場にいた者、国王陛下と公爵を除いてそれを理解出来た者はいない。
大男が反応するよりも早く眼前に躍り出たラーグは、その勢いを殺さないように、流れるような動きで拳を相手の鳩尾に軽く叩き込む。
ただのパンチでも、光速の速さで繰り出された一撃は相手の意識をもぎ取るには十分であった。
大男が一度瞬きをした時、瞼を閉じて開いた時には、少し離れたところにいたはずの少年は目の前に佇んでいて、同時に鈍い痛みが体中を走るのがよく分かった。
それに反応することも出来ず、大男はただ体を駆け巡る猛烈な痛みに意識を持っていかれるのをうっすらと感じることしかできなかった。
「…………」
「……」
「……」
審判員は置かれている状況をわかっていないのか、試合開始の合図を出した時と同じ姿勢で固まっている。
その場にいた誰もが、目の前で起きたことに言葉を失っている。
試合開始と同時に少年の対戦相手は崩れ落ち、その少年は倒れる大男を支えながら体をゆっくりと寝かせてやっている。
全く以て理解不能な状況である。
上で見ていた者たちも、驚きのあまり声にならない音を出している。
「あ……あ、あの……」
「――んん?な、何だい?」
「一体何があったのかしら……?」
「ううむ……何と説明したらいいのか……」
娘から素直な疑問をぶつけられた父だったが、それをうまく言葉に変換することが出来ない。
マルコ自身、今起きた事が信じられないのだ。
彼自身、戦場に赴いた経験のある猛者である。帝国との争いが勃発した際も、主力の一員として凄絶な修羅場を潜り抜けてきたし、共に戦った半龍種の戦いぶりも今尚、目に焼き付いている。
そんな経験のあるマルコだからこそ、たかだか十八の少年が今のように一瞬で、しかも自分より大きな体格の男との雌雄を決したことに驚かないわけがない。
通常ならば起こり難いことが起こったのだ。
どれだけ高い技術を身に付けたとしても、体格の差は変えようのない問題だ。
近接戦になれば体格の大きい方が優位に立つし、遠ければ遠いほど一層強靭な肉体を持つ者が有利となる。
それを彼は、圧倒的な速度と錬成された魔法で、体格差・筋力差をものともせずに組み伏せた。
戦場慣れした熟練の戦士ならまだ分かるが、まだ少年の彼がここまでの芸当を披露することは予想外だった。
だがそもそもラーグは半龍種なわけで、いくら素晴らしい体格を持っていても対戦相手は結局は人間種なので、戦闘能力を比べること自体がおこがましいのであるが、残念ながらそこまで冷静に判断することは無理な様子だ。
ふと娘とは反対方向に視線をやると、周りにいる軍関係者たちが揃って騒いでいる中、国王陛下だけがラーグを一心に見つめている。
陛下の目には期待、感嘆、畏怖、希望など様々な感情が浮かんでいた。
陛下の思うところを正確に読み取ったマルコは、目の前で戦いとは呼び難いものを盛大に見せつけた当事者が半龍種だということをようやく思い出す。
(これは、ひょっとしたらとんでもないくじを引いたのではないか?)
本人に確認していないので何とも言えないが、十中八九彼は半龍種で間違いない。ということは、我々は後に来るだろう帝国との争いに備えて最高の贈り物を頂いたことになる。先の戦果を見ても、半龍種の功績は大きいわけで、来たる大戦への準備として必要不可欠な存在なのである。
この一方的な考えは聞く人によれば文句が出るかもしれないが、生憎そのような者はこの場に居合わせていない。仮に居たとしても、陛下の御前でそのような事を上申出来るはずもない。
アレクセイは余程のことがない限り部下の発言に怒ったりはしないのだが、半龍種についてとなると話は変わってくる。これからの軍備編成において、半龍種の発見及びその確保は最重要課題だ。
半龍種の力を知る者はその助けを絶対的なものだと考えるし、逆に半龍種の力を知らずに軍へ加入した者の中にはその存在に嫌悪を抱くものもいるのも事実だ。正規の手続きを踏んで軍人となった者の中には変にプライドの高い奴がいるらしく、自国を防衛するのに何の関係もない他者の手を借りたということで自尊心を傷つけられたように感じたらしい。
その先入観が固まりつつあるためか、半龍種を軍へ引き入れるということに不快感を表す者もいることも確かだ。
まあそんな事を間違っても口に出したら懲戒処分を受けてしまう恐れがあるので、そういう者は人前では決して言わずに裏でぶつぶつ文句を言ったりしている。
周りのことはともかく、今戦っている少年がこれからの軍に希望を示したことは確実で、国王陛下はどうやって軍へ招くのか、マルコはそれと同時に娘とどうやって引き合わせるのか頭を急速に回転させていく。
ラーグに関係のないところで勝手に話が進んで行ってるが、当の本人はそんな事が起きているとは全く気付いていない。
***** *****
あまりの呆気なさに、ラーグは内心で溜め息をつく。
全く話にならんじゃないか。
先ほどまでの威勢はどこへ行ったのだ。
あんなに自信たっぷりと俺に向かって大層な口を叩いていたではないか。
少なからず、俺が気付いていないだけでそこらのデカブツよりかは凄い技や隠された能力が備わっているのか、などと思案したのだ。
それが何だ。俺の動きに反応すらできずにすぐ横で昏倒しているではないか……。
己の不甲斐無さに自分を呪い殺したくなるほど自己嫌悪に陥る。
(この木偶の坊め…俺の思考時間、期待を込めた大切な時間を返せっ!!)
心の中で、隣で意識を失っている大男にありとあらゆる罵詈雑言を浴びせかけたラーグ。
ひとしきり言い終えた後に、周囲が静まり返っていることにようやく気付いた。
ラーグにしてみれば、特に悪いことはした覚えはない。両親がまだ存命だった頃なら母にひどく叱りつけられたことはあるが、独りになってからはそこまで失態を犯したことはない。
というわけで、ラーグが今の現状に違和感を覚えるのも無理はない。悪いことはしていないのに、皆の視線は俺に向けられているのだ。ばつが悪くなったのか、ラーグは表情は変えたりしないものの僅かに俯く。
「いいぞぉ、坊主! いってぇ何だ今のは!? わけぇのに凄い腕じゃねえか。もっと見せてくれや!」
どこからか男の声が耳に届いた。そしてこれを皮切りに、入場した時よりも大きい声援が飛び交った。
男衆はラーグの並外れた身体能力を見て称賛の声を浴びせ、女衆、特に色恋盛んな若い女たちは容姿端麗に加え圧倒的な強さを誇るラーグに色めいており、中には発情期さながらの目でラーグに熱い視線を向ける者までいた。
反応の変化にこれまた戸惑うラーグだが、それらの声に軽く手を振って答えてやる。そうしながらラーグは周りの状況を改めて確認する。
初めこそラーグに注意を向けていた他の参加者だったが、自分の立場を思い出したのか自分の対戦相手に向き直り、それぞれ闘いを開始している。
モニターで見ていたのと同様、一般的には盛り上がるものだがラーグにとっては退屈でしかない闘い。突出した技能を持つわけでもなく、人目を引くオーラを備えているわけでもない。
あくまでラーグの視点から見て考えているので、人間種の力に惚れ込むことなんてまずありえないのだが、自分より優れる者を探してしまうのは本能といってもよい。
四方で起こっている闘いが終わるまで退場は出来ないので、ラーグは胡坐を掻いてその様子を興味なさげに見つめている。
その時、一人の男に目を奪われた。
ラーグの右斜め後方で闘っていた細身の男性。
ラーグと同じ漆黒の瞳に並々ならぬ戦意を滾らせた青年。刀を抜いてはいるが握られた手には殆ど力が入っていないように見える。青年は、対戦相手を翻弄するかのようにその攻撃を往なし、避け、その全てを躱していた。
(コイツ、出来るな)
男を見ていたその一瞬で、ラーグは男の秘められた力を見抜く。
確実に、この場にいる誰よりも強い。剣術なのか体術なのか、はたまた俺と同じように魔法術を併用して闘うことが出来るのか。理由はわからないが本能でそれを悟ったラーグは、自分が無意識に震えているのを感じて瞠目する。
この俺が武者震いするとは……。
半龍種として生活してきてからというもの、自分より強い者と出会う機会のなかったせいもあるが、ここまで誰かに興味を抱いたのは初めてではないだろうか。
それも人間性ではなく、純粋な強さに惹かれている。
ただただ強さを渇望しているラーグは、その青年に強く興味をそそられた。一挙一動、その全てを余すことなく自らの糧にしようと、食い入るように見つめる。
その目には、強さを求めるが故の狂気に満ちた何かが潜んでいるようだった。
その青年はラーグの視線に気付いたのか、闘いの最中にも拘らず、此方に意味深な視線を向けてきた。
何か面白いものでも見たかのような顔をしていた青年は、屈託のない無邪気な笑みを浮かべると、ラーグに見せつけるように足に力を込めて一気に飛び上がる。
対戦相手はいきなり空中へ飛んだ青年を見て唖然としている。
それもそうだろう、魔法に必要な詠唱なしであれだけの跳躍が出来るはずない。あれだけの芸当を成せる魔法を使いこなせるのは一級魔導士の中でも選ばれた者しか、それこそ両手で数えられるほどしかいないのだ。
それをこの青年は悠々とやってのけた。無詠唱で、しかも余裕の笑みを浮かべて。
これを見たラーグは体内の血が湧きあがってくるのが感じられた。どれだけ強靭な脚力をしているのか。いくら魔法の助けを借りても、根本的な肉体構造が出来上がってなければ出来るはずない。こんな桁外れな奴は俺に指南してくれた男以外に今まで見たことがない。
己の体が青年を強く欲している。彼と闘ってその力を肌で感じ、自分のものにしたい。あいつと闘えば俺はもっと強くなれる。あいつの血肉を全て俺の糧にして、俺は更なる高みに登りつめてやる。
ラーグはそれこそ目が飛び出るほど青年を注視し、これから見せる戦いに注目する。
高く跳躍した青年は空中で身を翻すと、逆向きとなった足裏に魔法陣を形成していく。膨大な魔力が集積して出来上がったそれは禍々しいオーラを出しており、それを見た人々が息を呑んで行く末を見守る。
続いて、青年の右手に魔力が集約されていく。集まった魔力は次第に形を変えていき、刀剣に似たものへと変化する。青年は刀剣状に集約した魔力の塊を、はるか下の男――――呆けている対戦相手へと向ける。
対戦相手も青年の一連の流れに深く見入っていたが、そこまで来てようやく自分に危険が迫っていることに気付いた様子だった。青年の顔には無邪気な笑顔が広がったままだが、さっきからやっている行動には一切の迷いがなく、確実に自分を戦闘不能に追い込もうとしている。
危険を悟った男は顔に恐怖の色を浮かべるが、それを知ってか知らずか体は言うことを聞いてくれない。泣きそうになりながら必死に逃げようとすると、腰が抜けてその場にへたり込んでしまった。
逃げられないと分かった男は、諦めたかのように上空――――自らに降ってくる災難――――を見上げた。
その間にも手にした魔力をより濃密に練り上げた青年は、時間だとばかりに一息吸うと、対戦相手めがけて一気に落下する。魔法陣から放出された魔力の相乗効果で格段に上がった速度で男に接近する青年。
命の危険のある攻撃にはかかるはずの制御魔法が発動していないので、上空の青年の魔法が男に危害を加える者ではないと分かったラーグだったが、男がそれを冷静に判断することが出来るわけがない。
周囲が悲鳴を上げる中、青年はどんどんと近付いていき、地面まであと少しとなった時に右手に作り上げた刀剣を男に向かって突き出す。
心ここに在らず、死を待つ罪人のように固く目を瞑って、男は自分に降りかかる魔法と続いて襲ってくるであろう無限の痛みに顔を歪める。
しかし、いつまで経っても痛みが襲ってくる気配がない。
繰り出された刀剣が体に刺さる感覚もない。
一体どうなっているのか理解することが出来ない男。
自分は今どういう状況に置かれているのか。
命拾いしたのか、それとも既に自分は死んでおり痛みを感じる間もなかったのか。
自分の状態を確認するため意を決して目を開いた男。
目の前に広がる光景―――先ほどと変わらず、武闘大会が開かれた広場に蹲っている。
自分の右側を見渡してみると、そこにはこれまた先ほどと変わらず、しかし目を疑うような驚きを表情に浮かべた観客がいた。
何が起こっているのかわからない男は、続いて自分の左側を見渡してみる。すると、そこには先ほど自分に繰り出されたはずの刀剣――――魔力の放散が始まっているのか、徐々にその形は失われつつある――――が地面に突き刺さっていた。
そのまま視線を上にあげていくと、この膨大な魔力を生み出した張本人、漆黒の瞳を此方に向け優しい笑みを浮かべた青年が男から少し離れた場所に佇んでいた。
青年は男が現状を理解しだしたことを悟ると、ゆっくりと歩み寄って、男に手を差しのべる。男が震えながらもその手を掴むと、青年は男を引っ張り上げて隣に立たせる。
男はまじまじと青年の顔を見つめたが、印象が全然違う。あんなおっかない攻撃を繰り広げるような顔立ちではない。闘いが始まった瞬間に見せられた真ん中での出来事を起こした少年もなかなかの容姿だが、この青年もよく見ればかなり整った面立ちをしている。
青年の顔には先ほどまで覆っていた禍々しい雰囲気は一切なく、知らない人が見れば本当に優しい男性にしか見えないだろう。
「すみませんね、手荒な真似をして」
「え?…あ、あぁ、だ、大丈夫だよ」
本音を言えば全然大丈夫ではない。本気で死を覚悟したのだからそれなりに怒りはあるのだが、青年の困った子供のような顔を見ていると怒鳴る気力も失せてしまった。
「君…凄い腕前だな。此方を見ている少年と張り合えるんじゃないか?」
そういう男の視線の先には、此方を、といっても青年だけを凝視している少年の面立ちをしたラーグがいた。
気に入った玩具を眺めるような、欲しい物を手に入れようとするような、とにかく少年の目には興味だけでは語りきれない”何か”が浮き沈みしていた。
「ははは……。彼は格が違いますよ。あんな一瞬で移動なんて出来ません。一体どうやったらあんなことが出来るのか、逆に知りたいくらいです」
男の視線を辿った青年が苦笑いを浮かべながら答えを返す。
流石の青年でも居心地が悪いのか、すぐに少年から視線を逸らしてしまった。
どうやら自分に興味を持っていないと思ったのか、それに不快感を露わにした少年が憮然として溜め息をついた。
それは勘違いなのだが、ラーグがあまりにも青年に強く惹かれているので間違いに気付くことはない。
「私からしてみれば君だって格が違うんだがね…。どうやったらあんな跳躍が出来るんだい?」
「訓練の賜物ですよ、はは」
見事にはぐらかされた。
青年の底知れない力に戦々恐々としたが、二人の猛者が現れたことはこの国にとって良いことなのかもしれない。そう思った男は青年と、いまだに青年を見ている少年を交互に見遣りながら誰にも気付かれないように微笑んだ。
***** *****
ラーグは広場から引き上げる中で、先ほども垣間見せた興味を携えながら、青年の下へと足を運ぶ。
ラーグと違って穏和な雰囲気を醸し出す青年には話しかけやすいのか、大勢の参加者が周りにたむろしていた。披露した魔法について、専門としている魔導士から質問攻めにあっている。専門職から見ればあのような複合技は術式を組むのが非常に難解で、特に魔力を凝縮して作った刀剣など、密度の濃い固体はそれを維持するだけでも魔力を消費する。それを苦も無くやってのけ平然としている青年に興味を抱くのは至極当然のことであった。
ラーグからすれば、ただの一級魔導士が聞いて習得できるようなものではないから聞くだけ無駄だと思う。つまり、青年に群がる輩は意味のないことに力を注ぐ邪魔者でしかない。ということは、ラーグがその他大勢の諸君に気を遣う必要性はない。
そのような結論に至ったラーグは、周囲の者を押しのけて青年の前に立ちはだかる。
それを見たその他大勢達はラーグに鋭い視線を向けるが、逆に睨み返すと皆避けるように視線を外す。先ほど見せた闘いぶりが印象に強く残っているんだろう、下手に怒らせると何をされるかわからないといった感じで渋々その場を立ち去って行った。
目的の人物を目の前にして、ラーグの目は輝いていた。
「俺の名前はラーグ・バーテン。アンタは何て言うんだ?」
……ええと、コイツは礼儀なんてものは持ち合わせていないのかな?
年上のはずの青年に向かって全く物怖じしない言いように、青年は奇妙な生き物を見るかのようにキョトンとする。
と、次の瞬間には青年が腹を抱えて笑い出してしまった。
何故笑われているのか分からないラーグは見る見るうちに顔が険しくなっていき、ついに僅かながら殺気を含んだ視線を青年に向ける。
うん、ちょっとやりすぎた。
自分の非を認めた青年は潔く謝罪する。
「いや、あまりにも馴れ馴れしい感じで話しかけてきたからね。気を悪くしたなら謝るよ、申し訳ない」
青年は謝罪の言葉を口にすると、自己紹介を行う。
「僕の名前はラクリア・カーチス。宜しくね」
素直に謝罪し丁寧に自己紹介をするラクリアを見て、ラーグは少々面食らった。
殺気立った雰囲気のラーグはその物言いに語気を和らげてラクリアと向かい合う。
「いや、此方こそ不躾な真似をして悪かった。一通りの礼儀作法は教えてもらったんだが、口調だけはなかなか変えることが出来なくてな」
これは事実だ。
今までに国王などの類に面会はおろか顔を見たことすらないラーグである。
最低限の作法は確かに学んでいるがそれを活かす場が一度も来なかった。
だからラーグにも自身の態度を改めようという気も起こらなかったのだ。
次からは初めて話す人には気を付けようと思い改めるラーグである。
「いや、そんなに気にしてないから大丈夫だよ。それよりも、僕に何か用があったんじゃないのかな?」
ラクリアの言葉を受けて、本来の目的を思い出すラーグ。
「今回の武闘大会で俺を除いて一番強いアンタに興味が湧いたものでな」
こうもはっきりと、自分が一番強くてその次がお前だと言われると、逆にスッキリした気分になる。
ラクリアはラーグの言い草に苦笑しつつ、その言葉を否定はしない。
「確かに君の力は周囲と比べてもずば抜けてるよね。あれじゃ誰も勝てるとは思わないよ」
素直に褒められたラーグは照れを隠すように言葉を紡ぐ。
「アンタも十分強いさ。今度是非一度手合せ願いたいものだ。アンタと闘えば俺はもっと強くなれるからな」
「これ以上強くなってどうするんだい?大勢の女を侍らせて己の欲求を満たすのかい?それとも大陸一の戦士と呼ばれたいのかい?」
……この男、ずけずけと言いたいことを言ってくれるではないか。
女なら道中立ち寄った町で抱いたこともある。
皆ラーグの容姿、振る舞い、そして圧倒的な剣舞に魅了され、彼の虜になっていった。
連れ合っていないのは単に自分の目的に不要であるから。街を去る時には女から落胆と悲哀に満ちた眼差しを向けられてきた。一緒に連れて行ってほしいと懇願する者もいたが全て断ってきた。
今のラーグにとって魔族への復讐以上に執着するものは何一つとしてない。
「女に関しては今のところ興味はない。強さに関してだが、半分正解で半分間違いだ。大陸一と呼ばれなくてもいいが、俺の目的を達成するためにそこまで辿り着かなくてはならないなら、俺は大陸一の剣士になってやろう」
飄々と言ってのけたラーグに呆れた眼差しを向けるラクリア。
「…そこまで言い切るなんてやっぱり君は格が違うね。まあ君の目的については聞かないけど、そこまで言うんだからきっと凄いことなんだろうね」
「…そんな大層なものじゃない。これは個人的な思い、だ」
ラーグの瞳に暗い影が差したように見えたラクリアは、話題を変えることにする。
「それにしたってラーグはモテモテだね~。女性たちの君を見る目といったら。今にも襲いかからんばかりの勢いだったよ?なのに君は女に興味がないときた。君なら簡単にこの国の女性の大半を味わうことが出来るだろうに」
他人事のように聞いていたら随分と酷い言われようである。
女性からの情熱の籠もった視線に気付いていないわけではない。それが自分への求愛に近いものだとしても、それを意識的に捉えていないだけである。
だがまあ確かにラーグがその思いに応えれば、大概の女性はラーグの手中に収まるだろう。本人が気付いていないだけで彼には女性を惹きつけるフェロモンがある。色々な要素はあるが、その全てが女性の目をくぎ付けにし、心を射止め、たやすく仕留めてしまう。
ラーグが意識すればあっという間に多くの男性諸君が望むハーレムが実現するのだが、当の本人にそういう希望が存在していないので、現状この理想が実現する見込みは少ない。
「確かに男としてそういうのもありなのかもしれないが、そうなったら逆に面倒なことにならないか?」
「まあね。だから娶る相手はきっちり考えて判断しないとね。女性は君に夢中だけど、君が欲望に忠実な獣じゃないだけまだこの国は平和だよ」
……コイツと女について語ったらこっちが狂わされそうだ。
僅かな時間でそれを鋭敏に感じ取ったラーグ。
コイツと女性について語らうときは最善の注意を払おうと心の中で固く誓った少年がいた。
予想より長くなったので武闘大会編を三部構成に変更いたします。