第四話:武闘大会 前編
今のところ、武闘大会は順調に進んでいる。
というのも、あくまで普通の男たちによる、普通の戦いが、普通に行われているだけである。
モニター越しで試合を観戦していたラーグは、ひどくつまらない戦いっぷりに欠伸をするほどだ。
まだ自分の出番が来ないので、ラーグは少しくらい腕っ節のある奴が現れるんじゃないかと内心そわそわしながらモニターを見つめているのだが、残念ながら期待するような人物が出てくる様子はない。
いやいや、勘違いは良くないから一応行っておくが、勿論強い奴はいるのだ。
しかしそれは一般的な、観覧席にいる者からしたら、という条件付きだ。
ラーグからしてみれば、強さを手に入れる目的はあくまで魔族を倒すためであり、己の欲望を満たしたいだけの男どもと比べるだけ無駄だと言える。まぁラーグのそれも欲望といえば欲望なのだが、他の者のそれとは重みが違う。
剣術において、見ている限りラーグを上回る相手は今のところいない。
拳闘術を使うやつは少なかったが、使用していてもあくまで剣術の補佐的役割を担っているだけで、個で状況を打開できるほど熟練した使い手はいない。
魔法術については、確かにそれを専門としている者の力量は他の追随を許さなかったが、ラーグは天性の才能でその殆どを扱いこなせる。龍の力が目覚めていない今でも一級魔導士よりも力は上だというのだから、ラーグの素質は素晴らしいものだ。
というわけで、現状ラーグに勝る相手はいないと断言してもよい。
己の強さを磨かなければ、今のラーグに魔族を倒すことなど到底不可能。
自分より強い者を見つけて自分をより高みに近づける。それが目的のラーグにとって、画面で繰り広げられている武闘大会は至極退屈なものであった。
『―――――二四八八番、以上の方々は誘導員の指示に従って広場まで移動して下さい』
――――ようやく呼ばれたか。
自分の番号を呼ばれたラーグは、ゆっくりした足取りで広場へ続く入り口に向かっていく。
その姿を、その他の出場者が目で追いかけていく。
見た目は明らかに少年なのに周りを漂う異様な雰囲気に、多くの者は息を呑む。
興味津々といった感じで後ろ姿を見つめる者、瞳に怯えを潜ませた目を向ける者、こんな若者がっ、とばかりに困惑と嘲笑を含んだ笑みを向ける者。
様々な視線を浴びる中、ラーグは先に続く暗闇に一歩を踏み出した―――。
「お父様……ラーグの出番はまだなのかしら? これじゃいつもと同じでつまらないだけじゃない」
見飽きた光景に辟易しながら、エルメスは隣の父に文句を言う。
「おやおや、未来の夫を呼び捨てか。顔も見ていないのに積極的じゃないか」
「……」
「……すまない」
満面の笑みを浮かべる父に冷ややかな目を向けると、マルコは委縮したように一言そう述べた。
そんな父を見て溜め息しか出ない娘。
「う~ん……。こればっかりは抽選順だからねぇ。出ることは間違いないんだが、いつ出るかまでは流石の私でも把握していないんだよ」
そう言われたらもう返す言葉が思い浮かばない。
しょうがないのでエルメスは目の前で繰り広げられる退屈な武闘に目を向ける。
今はちょうど全ての試合が終わったところで、勝者敗者共に引き下がっていくところだ。その顔には様々な感情が見て取れる。
自らの力を示せて満足げな笑みを浮かべる者。相手にギリギリのところでコテンパンにやられたのだろう、大きく腫れた顔に悔恨と失望が浮かんでいる者。特に感情を表に出すことなく悠々と下がっていく者。
中にはこちらに向かって露骨なアピールをしてきたり、手を振って気付いてもらおうと考える男たちもいたが、エルメスはその全てを無視する。
エルメスにとって重要なのはこの後出てくるであろう婚約者だけであり、それ以外には一切興味を抱いていない。
この時点でエルメスは、ラーグを己の婚約者だと無意識の内に認めており、未だ顔も見たことのない男に出会うのを待ち焦がれているのだが、そんな事を口に出したりしたら何をされるか分からないので、マルコは黙ったまま娘の期待の籠もった視線を横から見ているのであった。
『――――…それでは、次の入場者の発表を行います』
発表の瞬間が訪れると、歓声に包まれていた場内がゆっくりと静けさを取り戻していく。
若さ溢れる出場者が戦う武闘大会は国民にとって一種の遊戯であり、戦いを披露する者たちの名を聞き、拍手とともに出迎えることは暗黙のルールとも言えた。国民から信頼を受ける軍の影響もあってか、戦いに身を置く者には必然的に敬意が払われるのだ。
皆、次に現れる者の名を聞こうと耳を澄ませる。
『――――…これは、珍しい参加者です。遥か遠い地方から足を運んだ戦士、未だ少年の面影が残る彼は何と一八才という若さでの武闘大会出場となります』
その紹介を聞いた観衆の間に驚きの声が上がっていく。
動揺が収まるのを待ってから、アナウンスが続きを話し出す。
『それではご紹介いたします――――ラーグ・バーテンの入場です!!』
その名を聞いたエルメスとマルコが身を乗り出してその姿を捉えようとした。
エルメスに至っては白い頬を赤く染めながら想い人を待つような表情をしている。
娘のこういった一面を見るのは父として複雑だ…
あれだけ娘の婚約者を探しておきながら、いざ目の前に現れるとマルコは深い喪失感に襲われる。
少し待っていると、入り口から一人の少年がゆっくりと出てくるのが見えた。
エルメスは少年の姿に食い入るように見入ってしまった。
黒の長髪に漆黒の瞳、長身が映えるしなやかな体躯。二本の刀をぶら下げ、広場の中央までゆっくりと歩いてくる。
(――――何だろう、初めて会うはずなのに初めての気がしない)
これは龍族と半龍種の共鳴に近い類の現象なのだが、エルメスはそれを自分の良いように解釈――――ここでは彼との間に運命を感じたということに――――することにした。
(な、なかなかいい男じゃない……)
不覚にもそんな事を考えてしまい、自分の思考に驚いてしまったが、客観的に見てエルメスの心は完全にラーグに向かっている。
理由はどうあれ一目惚れしたわけだ。
勝手な思考を働かせる頭と悪戦苦闘しているとき、いつの間にか広場の中央まで来ていた少年と目が合っていた。
胸が一気に高鳴るのが分かった。鼓動が加速していくのを感じ、呼吸も浅く乱れたものになる。
このまま彼を見続けたら、この観覧席から身を乗り出しすぎて本当に落ちてしまいそうだ。
彼ならきっと助けに来てくれるだろうが、これから戦いを控えている彼に要らぬ心配はなるべくかけたくはない。
落ちないよう何とか堪えながら彼を見つめ続けたエルメス。ようやく視線を外すことが出来たのは、ラーグが視線を正面に向けたからだった。
エルメスは残念に思いながらも、次の瞬間には婚約者の戦いぶりを見ることが出来る喜びで頭がいっぱいになっており、顔にそれが露骨に浮かび上がっている。
隣のマルコは娘の一連の様子を見ていたのか、大きな溜め息をつく。
「――――っ!!」
そんな父を厳しい目で睨みつける娘。
娘の急激な変化に、父の心には一層大きな風穴が開いたような気がした。
***** *****
暗闇から光溢れる広場へと足を踏み入れる。
実際に広場に入ってみると、確かにでかい。九つに区切っているとはいえ、それでも戦闘を行うには十分すぎるほどの広さだ。
観客席は静まり返っている。皆一様に俺に注目しているから当然と言えば当然だ。
入場する前に誘導員に言われた通り、広場の中央に向かって歩いていく。
ここでようやく、観客席から盛大な拍手と歓声が降り注ぎだした。
先ほど紹介された通り、若干十八才にして武闘大会に出場するとあってか、やはり多くの人が俺に興味を持っていたみたいだ。頭上からは色々な応援が呼びかけられていた。
「おぅ、坊主! 踏ん張れよ! でけぇ相手に怯むんじゃねえぞ!!」
「ちょっとあの子かっこよくない!? 私タイプなんだけど……。ねぇ、こっち向いて~!!」
男衆からの熱い激励、女衆からの黄色い声援。沢山の声を背に受けながら、ラーグは歩を進める。
ふと視線を上に向けると、陛下をはじめとした面々が座る中唯一の女性が此方をじっと見つめていた。
その女性は俺と目が合ったことに気が付くと、他人には気付かれないような――――隣の男性は気付いているみたいだったが――――動揺の色を見せ始めた。
此方に身を乗り出し食い入るように俺を見ている。今にも落ちるんじゃないかと思わせるほどだ。
それを見たラーグは、そんなにしてまで俺を見る必要はないだろうと焦ったが、ギリギリのところで女性が踏みとどまってくれたので内心ホッと溜め息をつく。
これ以上知らない女性、しかもそれなりに偉い人を見つめ続けたら流石に失礼だろうと思い直し、ラーグは正面を見据えることにする。
幸か不幸か、ラーグはその女性が失望の色を浮かべ、瞬時に得体のしれない笑みを浮かべている様子を見ることはなかった。
少しして、対戦相手が姿を現した。
(――――…ん? どこかで見たことがあるようなないような……。)
必死に思い出そうと頭を捻りに捻って、男が目の前に来たとき、ラーグは相手を思い出す。
「アンタ…あの時の木偶の坊か」
木偶の坊と呼ばれた大男は額に青筋を浮かべ、怒りを隠そうともせずにラーグに吐き捨てる。
「まさかあん時の生意気な小僧と戦うことになるとは。お前もつくづく運のないガキだな。俺様が相手となった以上、お前が良い恰好出来るのもここまでだ。戦いが終わるころにはお前を応援していた女達もこぞってお前に白い目を向けることになるんだからな」
「せっかく忠告してやったのにアンタはまたそうやって大見栄を張るのか? 自分の行く末を気にせずにいられるとは…とんだお調子者だな」
相変わらずのラーグの呟きに、大男は今度こそ堪忍袋の緒が切れかける。
「……戦いが始まってもそんな事が言えるかな? 痛い目を見る前に謝っておいたらどうだ?」
「……ふむ、その言葉、そっくりそのままお返ししよう」
ハキハキと言い返すラーグに大男は鼻息を荒くする。早く開始の合図が鳴るのを待ちわびているようだ。
どうやらここまでの間に全ての出場者の紹介と入場が終わったようだった。
審判員が開始の合図を出そうとするのが視界の端で確認することが出来た。
(とりあえずこの阿呆面ぶら下げた巨木を根元から引き抜いておこう)
そう考えたラーグは、一瞬のうちに両脚に加速魔法をかける。両脚の隅々に魔力が行きわたるのが感じられた。
こんな奴に刀を抜く必要性が感じられない。たかが体術・拳闘術でも、魔法と組み合わせて加速超過による一撃を与えれば、十分敵を戦闘不能に追い込むことは出来るのだ。
目の前の木偶の坊にはその実験台となってもらう。
ここまで来るほどの男だ、一応それなりの実力は兼ね備えているのだろう。
こちらの動きについてこられるか見せてもらおうじゃないか。
ラーグの口元に不敵な笑みが浮かんだが、それに気付くものは誰もいなかった。
やがて時間になったのか、審判員が試合開始の合図を出そうとした。
『それでは、試合はじ――――――』