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英雄動乱記  作者: 間宮怜
第一章 創世編
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第二話:来訪

 一体この国の女はどうして俺を見て騒ぎ立てるのだろうか?


 あれから街をぶらぶらと見て回ったのだが、行く先々で麗しき女性たちから見つめられ、声をかけられ、挙句の果てには自分の体をべたべた触ってくる始末である。

 ここまで騒がれておきながら一向に自分の外見が原因だと気付いていないあたり、ラーグという男はどうしようもなく鈍感だと言えよう。

 大勢の乙女に囲まれて非常に気まずい思いをしながら、どうすればこの危機的状況から脱出できるか必死に思案する。女性に囲まれるだけならまだ良いのだ。しかし、女性が群がる少年を睨む男性諸君の険しい目には少々居心地が悪い。中には商売道具を手に持って今にも襲いかかってきそうな輩もいる。

 一刻も早くこの場から離れるため、ラーグはのらりくらりと女性の好奇の追及を逃れ、急いでこの場から退散する。

 そして今は街の中央に位置する大きな噴水がある広場で、途中で購入した焼きたてのパンを頬張りながらゆったりとくつろいでいた。広場にある噴水は国民の間でも憩いの場として有名で、小さな子供が元気に走り回ったり、ベンチに腰掛けながらウトウトと昼寝をしている人も見受けられる。


 ――うん、本当においしいな、このパンは。


 絶妙の焼き方が推しのこのパンは、街でも結構人気のある商品らしい。

 事実、ラーグが訪れた時も大勢の人が並んで順番待ちをしていたのだが、ラーグの姿を見た女性たちが快く順番を譲ってくれたので、時間待ちすることなく買うことが出来た。譲ってくれた中には男性と一緒に並んでいた女性もおり、その男性はひどく抗議の声を上げたのだが、女性の厳しい叱責を浴びて黙りこくってしまった。結果的に男性がかろうじて出来たことは、順番待ちすることなくパンを購入するラーグを恨みを込めてひたすら睨みつけることなのだが、そのラーグは周囲の混沌とした空気には全く触れず、意気揚々とその場を去っていくのだった。

 広場に着くまでにも、色々な場所を見て回った。

 この地域特産の果物を売っていた露店では気さくな店主から少しばかり分けてもらった。その店主はラーグを見ても恨みがましい目を向けることなく、むしろ何か同情の混じった、複雑な苦笑いを浮かべながら対応してくれた。

 何というか、言葉にはできないが同じ匂いがした気がした。

 そういえば、あの店主さん、やけに精悍な顔立ちをしていたな。ああいう勇ましい男性にこそ女性は目を向けるべきなのに、どうして俺なんかに注目するんだっ、などと戯言を述べる鈍感男。

 この国に来てからまだ時間は経っていないのだが、ここまでのラーグを見続けてきた人ならどれだけこの少年が自分に無関心なのかよく分かるだろう。

 食べ物を買う前には、武器の製造・販売を行っている鍛冶屋へと足を運んだ。

 そこには各地方で使用されているのであろう、様々な武器が所狭しと並んでいた。中にはラーグ自身見たこともない形状をしているものもあり、マニアックな人にとってはこの場は天国といってもいいんだろうな、と思いを馳せる。

 ラーグは既に二本のショートソードを携帯していたので新たに武器を調達するようなことはしなかったが、店の主であろう、大量の髭に覆われたドワーフ族からは腰に差した剣に熱い視線が注がれていた。

 下手に詮索されては困るし、ラーグ自身このショートソードに何か特別な意味があるとは考えてもいなかった。まあ確かに普通の剣に比べたら派手な装飾が施してあるが、これはそういうものだと勝手に思い込んでいる。

 というわけで、ラーグは要らぬ勘繰りをされる前にその場を後にしたのであった。


 そうして広場に到着したラーグであったが、袋いっぱいに買ったパンを黙々と食しながら自分の周りをそっと見ていると、一人の女性がこちらを見つめていた。見つめているとはいっても、今までのような自分を見る熱い眼差しなどではなく、女性の視線はラーグの手の中にあるパンにくぎ付けとなっている。

 あの獲物を狙うような鋭い目つき、そんなにこのパンは人気があるのかとラーグは少しばかり考え、たくさん買ったんだから一つ位分けてあげてもいいだろうと思い立ち、持っていたパンをその女性に差し出した。

 驚いた女性は差し出されたパンとラーグを交互に見やると、一瞬考えるそぶりを見せた後……嬉しさのあまり盛大に騒ぎ立てた。


 ――――あぁ、また注目浴びちまった……。


 ラーグなりに親切心からとった行動だったのだが、流石は女性の心を理解できない男である、今回ばかりはそれが完全に仇となってしまった。困り果てるラーグのことは意に介さず、ラーグは再び女性の輪に取り囲まれ、男性から嫉妬と憎しみの入り混じった視線を浴びることになってしまった。






          *****          *****






「陛下、これが今回の武闘大会に出場する参加者の名簿です。」


「うむ、ご苦労」


 アリュスーラ王国の王都フェリオンで最も豪奢で気品に満ち溢れた城の一室。

 この国の国王陛下が使用する部屋で、一人の兵士が、アレクセイ・フォン・エドワード国王陛下に今回の武闘大会出場者の名前の一覧を記した用紙を提出していた。


「今回は大々的に告知を出したということもあってか、様々な地方から多くの参加者が集いました。これならば陛下が望むような人物も見つけ出せるかもしれません」


 兵士の言葉を耳で聞きながら、陛下は出場者の名前・経歴などを確認しながら流し読みしていく。兵士の放った言葉通り、今回の武闘大会は陛下主導の下、今まで行ってきたものよりも規模が段違いに大きいものとなっている。

 陛下が規模を大きくしようと考えた理由。それはここ最近の他国の情勢の変化が影響している。

 各国に派遣されている諜報からの定期報告によると、ここ最近、魔導帝国レジマルクで軍備の大幅な拡充が行われているとの情報が入ったのだ。

 過去に一度、帝国と大きな争いがあった。その時は何とか敵の侵攻を押しとどめることが出来たが、その当時でさえ帝国軍の戦力はアリュスーラのおおよそ七倍はあった。

 更に此度舞い込んだ軍事力拡大の一報である。

 このまま静観を保ち続ければ、帝国との戦力差は無視できないほど広がってしまうとの懸念を示した軍の幕僚からの主張もあり、今回のように大規模な大会を開き新たに軍へ加入する者を募集することになったのであった。


 と、ここまではあくまで軍の要望である。軍の戦力差を少しでも埋めるために大幅な人員補強をすることが目的であったが、アレクセイにはもう一つ大きな目的がある。

 アレクセイが探し求めるモノ、それは他者が持ち合わせていない圧倒的な力を持つもの、軍団を統率し、兵の信頼を得ることが出来るもの。

 ただ駒を揃えるだけでは帝国に打ち勝つことは出来ない。多くの兵を取りまとめ、勝利へ導くことのできる人材がこの国には不足している。信用に足りる将がいないというわけではないが、多くの兵から信頼され好かれるようなカリスマ性を持った者が我が軍には揃っていない。

 アレクセイは、今回の武闘大会にその人材の発掘も兼ねている。これだけの応募者がいれば一人や二人くらい素晴らしい素質を持った者がいるのではないか、などとすがるような思いで紙をめくっていく。


「――ん?」


 アレクセイの手がぴたりと止まる。


「――?どうかいたしましたか、陛下?」


 アレクセイの態度に疑問を抱いた兵士が静かに質問する。


「……いや、この名前、どこかで聞いたことがあると思ってな」


 アレクセイが目を留めた人物……ラーグ・バーテンという少年。

 王都出身でもないのにこの若さで武闘大会に出場するという。富や名声を武勲を上げるために若いうちから軍へ入りたいと申し出る者はいないわけではないが、辺境の地からの参加はそう多いものではない。

 しかも、この名前……バーテン、とはまさか半龍種の…?

 アレクセイは一つの答えに至り、驚きに満ちた目で用紙に記された名前を見つめていた。

 半龍種でバーテンといえば、その名はアリュスーラでは広く知れ渡っている名前である。

 かつて魔導帝国レジマルクとの間に大きな戦火が広がった時、我らとともに帝国に立ち向かい勝利を導いてくれた伝説の種族。圧倒的ともいえるその戦力差をものともせずに、半龍種は敵陣を切り裂き、敵軍の中枢を混乱に陥れた。

 前回の戦いでアリュスーラ王国に勝利がもたらされたのは、半龍種という絶対的な味方が傍にいたからだと平和が訪れている今でも言い伝えられている。


 アルバス・バーテンとセフィリア・バーテン。

 今は亡きラーグの両親も帝国との争いに参加し、勝利に貢献した人物であった。

 その類まれな力と才能を駆使して戦闘の最前線で奮闘した姿は、当時戦いに帯同して生き残った人の間では勝利の神様として崇拝されるほど、皆の間では敬愛されていた。

 戦いのときだけでなく、普段の生活の中でも半龍種は人間種との共存に理解を示し、積極的にコミュニケーションを取ろうという姿勢を見せていたため、国民もそんな半龍種に対して好意的に接するものが多く、多くの国民からも受け入れられることが常であった。

 しかし、帝国との争いに終結が見えると、バーテンを含めた半龍種は皆アリュスーラ王国の地を離れて行ってしまった。

 彼らが言うには、このままここに留まれば再び王国に争いの種を蒔くことになってしまうとのことだった。国民や軍の幕僚も揃って半龍種に国に留まるよう必死に説得を繰り返したが結局その願いは聞き入れられず、半龍種は少しの平和を贈ってその地を離れて行った――。


「ふっ……懐かしい名前を見たな」


 アレクセイは当時、アルバスとセフィリアとの間に生まれたばかりの赤ん坊がいたことを思い出す。このラーグというのは、彼らの子供だろうか?彼は両親と一緒に訪れたわけではないようだが、アルバスとセフィリアは元気にしているのか?

 今からでも遅くはない。半龍種は龍族と同じくその長い寿命が特徴だ。時は経ったが殆ど外見や能力に変わりが見られることはないので、今からでも十分戦力として期待することが出来る。何せ過去に帝国の軍勢を打ち破った力を持っているのだ。それだけ半龍種の存在は大きなものと捉えられている。


「至急ローヴァンヌ家に連絡を取るのだ。急ぎ此方へ足を運ぶように。今回の武闘大会では公爵も驚くような奴が現れるかもしれぬ、とな」


「了解いたしました。直ちに伝令を向かわせます」


 そういうと兵士は、踵を返して足早に部屋を後にする。

 一人となった部屋で、アレクセイはバーテンを含めたかつての同志が今頃どうしているのか考えながら、過去の思い出に思いを巡らせていく。

 彼は知らず知らずのうちに己の深い思考の渦に埋もれて行って、暫くの間現実に戻ってくることはなかった。

 突然の来訪者に驚きと喜びを隠し切れない様子のアレクセイであったが、今現在のアレクセイに、ラーグの身に起きた悲劇を知ることは出来なかった。

 そして、これから起こるであろう国を巻き込んだ大きな戦火に、アレクセイもアリュスーラの国民も、気付くことは出来なかった。

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