第一話:王国兵×仲間
新章突入ですがなるべくきっちり書いていきます
文章の稚拙さは変わりません
季節は夏場も半ばに差し掛かり、天から照りつける太陽の熱は日ごとに増しているような感じさえするほどに高温の波動を地上に送り込んできている。
ウェーデル大陸には春夏秋冬の季節が存在し、各季節ごとに一月から三月まで、計十二月で一年が構成されている。
今は丁度夏の第二月に入ったところ――つまり夏真っ盛りというわけだ。
そんな地獄のような気怠さが襲ってくる中で、ラーグはアリュスーラ王国兵として課されている鍛錬を黙々とこなしていた。
日頃から行っている筋力トレーニングに加えて、王城に併設された道場で武術及び剣術の応用の習得、近接戦に備えた即時の魔法術の構築とその行使についての実践指導など、流石は王国軍と言うべき充実した内容が揃っていた。
そしてその全てをラーグは滞りなく進めている。十八という若さから侮っていた輩もいたことにはいたが、いとも簡単に鍛錬を続けるのを見て僻みや厭味を言う者はいなくなった。
ここに辿り着くまでに多少の紆余曲折はあったが、それでも今は王都に残るという決断をしたことを後悔したりはしていない。少しは柔軟に考えることが出来るようになったこともあってか、今の現状を充実して過ごすことが出来ている。
王都に来た頃のラーグは固定観念に囚われて周りのことを冷静に見ることが難しかったのだが、ここは想像していた以上に己の力を鍛えるのに適していた場所だった。
言うまでもなくバジリスクと手合せが出来るという利点はかなり大きい。武闘大会ではガルガンの力がなかったら全く手も足も出なかった相手なのだから、その相手と常に同じ環境で過ごせるのは大変有り難いことだ。
その他にも素晴らしい点はいくつもある。ラーグが今置かれている状況もその一つといってもいいだろう。
「おーい、ラーグ。一緒に飯に行こう」
そう声を掛けてきたのはラーグと同じ隊に配属されたマシュー・ロッテンガルムだ。
普段の警邏に向かう際には少数人数で編成された隊で行動することになっており、マシューはラーグの所属する隊の一員だ。
彼とは五つ年が離れているが、それを感じさせないほどラーグに対して友好的に話しかけてきた男のうちの一人で、ラーグにとって接しやすい人物でもあった。
「ああ、いいけど」
「そうこなくっちゃな!!」
ラーグの肩に手を回して食堂に進路を変更した二人はそのまま色々と談笑しながら歩みを進めていく。同じ隊に配属されたときから妙に意気投合したラーグとマシューは事ある毎にこうしてよく食事を摂っているのだ。
こうして語り合える仲間と共に過ごせているのは以前のラーグからすれば絶対にありえないことだったはずだが、今はこうしているのが当たり前となっている。
暫く歩いて食堂へ入った二人は空いている席がないか目で探す。すると、左端の方で此方に向かって手を振る人物を発見した。
誰だか見当のついたラーグはマシューの後に続いていき、わざわざ確保してくれていた席にドカリと腰を下ろした。
「お腹が空いてるでしょ? 御節介かもしれないけど一応食事頼んでおいたよ」
そう言って話しかけてきたのは同じくラーグと共に警邏に当たるレミ・デレントだ。
穏和な印象を抱く目の前の青年はこう見えても御年二十五を迎えるのだが、見た目からして十代の少年にしか見えない。それに加えて印象通りの優しい話し方をするものだから、初めて会った時はラーグも危うく同い年か少し上くらいに思っていた。
それでも剣の腕は確かで、普段の訓練では優雅な動きとは裏腹に手厳しい一手をこれでもかと言うほど繰り出してくるので、仲間の間では隠れドSなる人間だと噂されている。
その意見に全面的に賛成のラーグ。これまでにもなかなか痛い一撃を浴びたことがある身では否定しようもないのだ。
「なあ、ファルナ。お前も何か言えよ――」
「うるさい」
マシューの呼びかけを見事に切り捨てたのは同じく同隊のファルナ・クレドセアだ。
彼女はラーグよりも一つ年下なのだが、元来の性格なのか他人に対して冷たく当たる傾向があり、同じ隊のラーグ達にも素っ気ない態度を取っている。まあ公の場での必要最低限の礼儀や必要最低限の協調性は持ち合わせているから今のところ問題は起きていない点は喜べる所かもしれない。
今日もまたいつもの如く冷徹な眼差しを以てマシューを一蹴するファルナは黙々と自分の食事に没頭している。
「全く、相変わらず愛想が悪いな!!」
マシューの厭味もいつものことだ。こうしてお互い怒鳴り合いにならない程度に文句を言うことで会話をしているのかもしれない。
そんな二人をレミは何も言わずに優しい笑みで見つめている。
「本当に二人は仲が良いねー、羨ましい」
顔には笑顔が張り付いているが心の篭もっていない感想を零したレミは絶対に本心を押し隠していそうな気がする。
こういう人間は敵に回すと非常に厄介なタイプだ。レミとだけは口論にならないほうがいいと咄嗟に判断したラーグ。
というかこの状況で仲が良いと判断するその根性に敬意を示すべきだと思う。
「誰が仲が良いんだよ!!」
「そうよ、こんな筋肉の塊と仲良くなんかこっちから願い下げよ」
「な……!? 筋肉は重要だろうが!!」
浮き上がるような筋肉を密かな自慢にしているマシューは自身の象徴ともいえる筋繊維の集合体を貶されてひどく憤慨したらしく、先程とは違って本気で激昂した様子でファルナに食って掛かっていた。
あまりの大声に周囲で食事を摂っていた他の兵士たちも何事かと此方を窺うように見てきていたので、ラーグとレミは言い合いを続ける二人を強引に引き離す作業に追われることになった。
「筋肉でそこまで熱くなるなんてどれだけ筋肉莫迦なんだ」
「本当に。筋肉付けすぎて脳にまで酸素が上手に供給されてないんじゃない?」
ファルナだけでなくラーグとレミにまで筋肉について呆れられたマシューは流石に傷付いたのか、肩を落としながら目の前の食事を匙で口まで運んでいた。
そんな様子を三者三様で見つめるラーグ達。
へこんだマシューは放置して残りの者で会話を再開した。
「ラーグ、明日の午後は俺たちが警邏担当だ」
他の街に比べて一際大きな広さを誇る王都フェリオンは、幾つもの区画に分けて警備巡回が行われる。一国の中心地でもあるためか多くの人々や様々な人種が訪れるので、普段から少々の小競り合いなどは発生する。そういった問題の鎮静化を図るためにも都の警備に繰り出されるのだ。
本来は王都の警邏は近衛兵の任務なのだが、新たに任に就いた新人兵たちの研修の意味も込めてこれに帯同する形になっている。
「ようやく俺たちの初任務がやってきたんだな!」
あっという間に復活したマシューが意気揚々とそう言うのをファルナは嘲る様に見ると、深々と溜め息をついて皿に残った鳥の腿肉を腹に流し込む。
ラーグは苦笑いしながらマシューを見ているが、彼の言いたいことはよく理解できる。
王国兵として正式に辞令が出てから、今までずっと厳しい訓練に耐えてきたのだ。その成果がこれから発揮されると思うと興奮しても仕方がないと思う。
ラーグもここで過ごすうちに少しは王国兵としての自覚が芽生えたような気がする。周りの威圧に呑まれた感じもしないでもないが、そこは触れないでおくほうがいいこともある。
復讐という当初の目的を忘れたわけではないが、それでもここでの経験は自分にとって必ず意味のあることに直結すると思っているので現状に不満はない。寧ろ自分の能力を高めるいい機会に恵まれてこれ以上ないくらい好都合である。
「ただの警邏でしょ? そんなに躍起にならなくてもいいじゃない」
あくまでファルナは冷静だ。癪に障ることをずけずけと言い立てるが、基本的には論理的且つ理性的に物事を判断している。
そんな彼女とは対照的にマシューは感情的に言葉を発する傾向が強く、それが原因でよくファルナとは揉め事を起こすのだ。
そうこうしているうちにまた渦中の二人が一触即発の事態に発展しかねない空気になってきたので、レミは爆発する前に前もって一線を敷いた。
「まあ俺たちでの初めての共同作業だから色々思っても仕方ないよ。ファルナだって少し緊張してるくせに」
「――してないわよ」
鬱陶しげに顔を背けるファルナを見てマシューが突っかかろうとするので、ラーグが空いていた食器で思いっきりマシューの頭を殴ると爽快な音が食堂に鳴り響いた。
殴られた頭を擦りながらマシューが涙目で抗議の目を向けてきたが、ラーグの行動は間違ってはいないと思う。
事実、ファルナはその様子を横目で見てすっきりとした表情をしていたから。
「ボーリョクハンタイ」
「王国兵になっておいて何を言うか」
ラーグの言い返しにぐうの音も出ないマシューはそのまま黙り込んでしまった。
うるさい男が大人しくなったところでレミが話の続きを進めていく。
「というわけで、明日の警邏は王都の北西部を重点的に担当するんだけど、その際に補佐役として一人先輩が帯同することになってます」
淡々とレミは決定事項を皆に伝えていくがファルナの顔色は優れない。
「わざわざ付いてこなくても私たちだけで充分でしょ」
「そうもいかないんだよ。一応俺らは着任して間もないんだから」
レミはそう窘めるがファルナは納得しない。自分の腕に相当の自信があるからか不要な付き添いは面倒に感じるのだろう。
そして彼女の視線はそのまま目の前で大人しく食事しているマシューへと向けられる。
「コイツも必要ない」
即座にマシューを戦力外と切り捨てる辺り、本当にマシューのことが嫌いなのかもしれないとラーグは予想をつける。
実際同じ隊になってからこの二人が仲睦まじくしている瞬間に出会ったことがないので真実は分からないままだが、少なくともファルナはマシューに対して少なからず嫌悪感を抱いているようだった。
最早言い返す気力も失われたのか、マシューは何も言わずに食物を異に流し込む作業を黙々と繰り返している。
よほどファルナの言葉が効いたに違いない、とラーグとレミは直感でそう察した。
「そう言うなよ。コイツだって色々と使い道はあるって」
「そうだよ。筋肉だって時には役に立つってば」
「……二人とも褒めてるのか貶してるのかどっちなんだよ」
生気を失った虚ろな目で見つめてくるのは結構キツイものがある。
ラーグは背筋に悪寒が走るのを感じた。
「と、とにかくだな!! その帯同する人はどんな人?」
ラーグの質問にレミは暫し悩むような仕草を見せて口ごもる。
黙っていては話が進まないので先を促す他の三人。
それを見て、レミは渋々と言った感じで口を開いた。
「まず、人選がおかしいと思うんだよね……?」
「うん」
「俺たちは新人なんだからやっぱり緊張するじゃないか?」
「おう」
「それなのにこんな選択は駄目だと思うわけだ」
「――いいから、早く誰か言いなさい」
痺れを切らせたファルナが苛々した様子で言葉を投げかければ、観念したのかレミも潔く帯同する人物の名を発表することにしたようだ。
しかしその名前を聞いた途端、この場にいた皆が揃って思考を中断することになる。
「「「……は!?」」」
第一声が間抜けた問い掛けに終わったことは当然の結果だった。
*****
昼食を終えた後、マシューとレミはどこかへ行く用事があるらしく、二人で食堂を出て行ってしまった。
それを見送ったラーグとファルナはどこへ向かうわけでもなくとりあえず食後の散歩に出てきている。
こうしてファルナと二人きりになったのは初めてなので、ラーグは何を話せばいいのか皆目見当がつかない。年頃の女といえばエルメスとは会話らしい会話をしたにはしたが、彼女の場合は向こうから積極的に話しかけてきたので特に困ることはなかったのだ。
それに対してファルナは自分から何かを話すわけでもなく、かといって此方から話す話題があるわけでもなく、ラーグは途方に暮れてしまった。
今となっては見慣れた風景を視界の隅に収めながら、二人は何も喋ることなくただ歩き続けている。
(……この空気は、気まずい)
心の中で愚痴を言いつつこの状況をどうするか考えていると、意外なことにファルナのほうからラーグに話しかけてきた。
「ラーグはどうして王国兵になったの?」
何の前触れもなくいきなり質問されたラーグは突然の問い掛けに少し驚いたが幸いラーグの前を歩くファルナが気付いた様子はない。
それに安堵したラーグは動揺を悟られないように一定の歩みを崩さないように気を付けながら話を続けていく。
「俺にもいろいろと事情があるんだよ」
「何よ、話してくれてもいいじゃない」
少し拗ねた感じでファルナはラーグを責めたが、そんな事よりもラーグはファルナが自分に興味を持っていることに驚いていた。
初対面の時から冷たい印象しか受けなかった彼女の違った一面を少しだけ垣間見た気がして、ラーグは思わず惚けてファルナの横顔を見入ってしまった。
「――? 何かついてる?」
返事もせずに黙って此方を見つめていたラーグを不審に思ってファルナがそっと声を掛けてきたが、ラーグは咄嗟の機転が利かずに慌てた対応しか出来なかった。
「え!? い、いや、何もっ!!」
「……ふうん。変なの」
ラーグの慌てぶりに僅かに訝しんでいたファルナだったが、特に追及することもなくその話題は打ち切られたので事なきを得たラーグ。
間違っても本人を前にして拗ねた表情が可愛らしかったなどとは口が裂けても言えない。
ラーグが密かにファルナの印象を少し良くしたことも秘密のことだ。
「それで、ラーグはどうしてここに?」
改めて聞き直してきたファルナ。
ここで下手に嘘をついて後々面倒なことになるのは厄介なので一応正直に答えておくことにした。
「どうしても倒さないといけない奴がいるんだ。そのためにここで自分の力を鍛えようと思って。そもそも王都に足を運んだのだって武闘大会で強い奴がいると思ったからだし」
近からず、遠からず。まさにどっちとも取れる答えだ。
魔族という呼称は伏せたが間違ってはいない。今いるのは魔族に復讐するための力をつけるためと、ほんの少しだけ面倒を見ようと決めた子のため。
その子とは言うまでもなくシェイのことだ。
あれから休憩の合間や休日を利用してシェイには多少の武芸を教えている。指導者がラーグだから習得の有無にかかわらずシェイには不利益しかないように思うのだが、当の本人はラーグから学ばないと意味がないと駄々をこねたのでラーグがずっと指導しているのだ。
「貴方にも色々理由があるのね……」
ラーグの説明を聞いて納得したのかファルナはぼそぼそと呟いていたが、ラーグにとってそこは重要な事ではない。
せっかく彼女のほうから話しかけてくれたのだからこのまま話を終わるわけにはいかないのが男の性というもの。一方的に自分のことだけ知られるのは何だか気に食わないので、ラーグはファルナのことをもっと知ろうと静かに決意した。
「ファルナはどうしてここへ?」
勿論この質問には是が非でも答えてもらう。
自分だけ訊いてそれで終わりなんて絶対にありえない。
「話さないと、駄目?」
「駄目です、ええ、もう。洗いざらいどうぞ」
一切の妥協は許されない。ここで隙間を見せると間違いなく逃げ込まれるので、心を痛めながらもラーグは自分を鬼にした。
渋るような表情を見せたファルナだがやがて諦めたのか、溜め息をついて少しずつ話し始めた。
「私の両親は私が生まれてすぐに亡くなったらしくて、今は伯母さんの所でお世話になってるの」
どこか遠い目をしながらファルナは過去を思い返すように淡々と語っていく。
「伯母さんたちは私を温かく受け入れてくれたけど、他にも子供さんはいたし、それでも家庭的に裕福じゃないから私一人でもそれなりに苦労を強いていたと思うの。だからここまで育ててくれた二人に少しでも恩を返せるように努力したい。ここで結果を残せばお金は手に入るし、そうすれば伯母さんたちに楽をさせてあげられるから」
塞き止めていた思いが爆発したようにつらつらと心に溜め込んだ熱を吐き出したファルナは、今だけは冷たい印象を抱いたときとは全く別人の、年相応の少女に見ることが出来た。
彼女なりに少しでも感謝を表したいために色々と行ってきているのだろう。ファルナの言葉に嘘は見当たらず、本心でそう望んでいることが窺える。
「――でも、それで軍人っていう道は……」
いくら親代わりとなって育ててくれた人のためとはいえ、本来なら女性らしく素敵な男性に懸想し、乙女らしい華やかな道を歩んでいくべきところを危険を冒してまでこの道に進む必要はなかったのではないか。
そんなラーグの心を読んだのか、ファルナは哀愁を漂わせた表情でラーグの疑問に答えた。
「私は元から女性らしさとは程遠かったから」
彼女曰く、伯母の家に来てからは近所に住んでいた退役した元軍人の男性に様々な訓練を受けていたのだとか。幼少からそんな生活を送っていたので同性の友人が出来るはずもなく、いつも周囲には活気盛んな異性ばかりがいたのだそうだ。
そのおかげで多種多様な武芸に精通するようになり、こうして王都まで来て王国の栄えある兵士となることが出来たのだった。
「別に悲しんでなんかいないわよ? 私には今の環境が幸せだし、今更女らしい生活に戻りたいなんて思ったりもしないから」
そう言うファルナの横顔は本当に後悔しているようには見えず、寧ろ活き活きとしていてその瞳には活力が漲っていた。
彼女にとって今ある生活こそが生きる場所なのだと悟ったラーグ。
そんなファルナの力強く生きる姿にただただ驚くことしか出来なかった。
「ファルナって強いな」
「そうかしら? 強さならラーグのほうが遥か上だと思うけど」
茶化すような目をしながらファルナはラーグを厭らしい目で見てきた。おそらく武闘大会での出来事を指しているのだろう。
彼女もあれには参加していたはずだから当然と言えば当然だが、あれからだいぶ経つのにラーグの噂が一向に絶える気配がないのはどうしたものか。
半龍種という資質に加えてあの日の衝撃は見る者の脳内に強烈に刷り込まれているらしい。未だにすれ違う時に声を掛けられることがある。
それが街中で市民に呼び止められるならまだしも、王国兵となってからは他の兵士たちや通りがかった近衛兵の方々にまで言われるのだから此方としては堪ったものではない。
「……もうその話題は勘弁してください」
「え、どうして? わざわざ隠すことじゃないし別に構わないじゃない。私も半龍種なんて見たこともなかったからこうして知り合うことが出来て嬉しいわよ。身近にいればそれだけいい経験にもなりそうだし」
そう言って楽しそうに笑うファルナは悪戯好きな小悪魔に見え、ラーグは顔を引き攣らせながら慄いた。
この会話だけでファルナの印象が完全に入れ替わってしまったので、これからは不用意な発言は控えようとラーグは固く誓った。
「俺はまだまだ未熟だから俺を手本になんて間違ってもするなよ?」
「あら、バジリスク将軍をいとも簡単に倒したくせにそんな生意気なことを言うことが出来るんだ? へえー、流石ダネ」
ありったけの皮肉を込めた言葉の槍はずぶずぶとラーグの胸に的確に刺さっていく。
一言返せば反撃が二言三言で返ってくるので結局有効的な傷を与えることが出来ていない。しかも怪我を負っているのはラーグ本人だけという何とも悲しい現実が傷をより広げていく。
「あれはたまたま成功したわけでありましてですね、決して初めから狙ってやったわけではないのです。ですからあの勝利を手放しに喜べるほど俺は自惚れていないというか、そこまで自分に自信がないというか」
「うん、分かった。分かったから、もういいよ……」
無感情に感想を述べるラーグは傍から見れば少し気持ちが悪かった。
それを見たファルナの背に寒いものが走る感覚が襲ったのはある意味仕方ないことかもしれない。
「――そういえば、明日の警邏に付いてくるのってバジリスク将軍なのよね」
レミが食事中に言っていた人物とは他でもないラーグと熱戦を繰り広げた張本人であるバジリスク・ゲッツェなのだった。
あの時に愚かにも声に出してしまった間抜け声は今すぐに忘れ去りたいものだ。
だが普通に考えてみて一国の将軍がただの警邏に帯同するなんて聞かされたら大抵の人間は腰を抜かすか緊張でまともに理解することも出来ないはずだ。
その点、ラーグの隊は少々動揺を見せたものの特に気負うことなく過ごしている。これも明日になれば状況は変わるかもしれないが。
「何で将軍様が傍にいるんだよ」
「絶対ラーグが原因でしょ」
「……何故に!?」
いきなり自分が原因だと言われてもラーグに心当たりはない。否、正確には武闘大会の時の記憶を掘り返せば多少身に覚えがあるかもしれないが、そんなことのためにいちいち報復されていてはこの先上手くやっていく自信がない。
「だってあれだけ目立った活躍した人だもの。もっと知りたいと思っても不思議ではないんじゃないかしら?」
言われてみればその可能性もないとは言い切れない。
しかしそれでも明日は本当にただの警邏巡回だけで、特に変わった行動を取る予定は今のところ組まれていない。
それなのにわざわざ将軍様が付いてくるなんてもう不可解でしかなく、ラーグの脳内では危険なシミュレーションが幾度にもわたって展開されていた。
「まあ明日になってみないと何も分からないわよ。今悩んだってしょうがないわ! ほら、元気出して!」
バシッと音が聞こえるくらい思いっきり背中を叩かれたラーグはあまりの強さに目尻から涙が零れそうになった。
どこにそんな力が眠っているのか恐ろしくなったが、彼女は武芸を嗜んでいたようなので多少強引にでも納得させておくことにする。
「痛っ!! ――馬鹿力」
「――何か言ったかしら?」
「いえいえ滅相もない」
とびっきりの笑顔で訊かれるものだから一層恐怖が増してくる。
顔に笑みは浮かんでいても目は笑っていなかった。
絶対にファルナを怒らせてはいけないと本能的に悟ったラーグ。その役目はマシューにでも負わせておけばいい。
「まあなるようになるか」
「そうよ、明日のお楽しみね」
二人はそう言ってお互いに笑い合い、興奮と不安の入り混じった胸中を隠し続けた。