第十四話:新たな始動
さりげなくお気に入り登録が増えています。
増えるたびに面白いほど喜んでいる間抜けな学生野郎です…
これからも末永く宜しくお願い致しまする!!
「お前らそこで何をしているんだ!!」
ラーグはシェイ親子の前で不敵な笑みを浮かべていた男たちに向けて吼えた。
見たところシェイに危害を加えていたことは明白で、それならば此方としても相応の対処をしなくてはならないのは当然のことだ。男たちの様子からすると王都に訪れた旅人の類だろうかと予想する――腰に備えられている長剣に気付くまでは。
男の内の一人がラーグを見やると、他の二人に目配せをした後に話しかけてきた。
「てめぇは誰だ?」
聞き取りにくい訛りの混じった声の男は、見た目は少年にしか見えないラーグを見て侮ったのか、高圧的な態度でラーグを威嚇する。
訛りを聞いて、ラーグは目の前にいる男が王国でもかなり北東部に位置する地域から来たのだと推測した。王都は比較的西部にあるのでこの近辺ではなかなか聞くことのない訛りだった。
ラーグは男の問い掛けに嫌悪感を露わにしながら堂々と言い返す。
「お前らこそ一体何者だ!! 抵抗できない親子に向かって暴力を働きやがって。とてもじゃないが大人のすることではないぞ」
「てめぇみたいな餓鬼には関係ない!!」
「この薄汚い親子が俺たちの邪魔をするからいけないんだよ」
「大人しく道を開けていればよかったものを、そのチビがつっかかってくるからよ。兄貴の服を汚した罰にこの金をいただいただけだ」
別の男の手に収まっていた袋は以前ラーグがシェイにあげたものだった。
要は勝手に因縁をつけて金を奪い、挙句の果てに暴行を働いた盗人なのだ。
「――ッ!! 返せよッ!! それは大切なお金なんだよ!!」
「うるせぇチビだな。――おい、ちょっと黙らせろ」
三人の中で一番力のあると思われる男が残りの二人に命じる。
それを聞いた男の一人がシェイに近寄ると胸倉を掴みあげて今にも殴りかかろうとする様子を見せた。
「や、やめて……! やめてくださいっ!」
母親が必死に赦しを乞うが男はそれを聞こうとはしない。
男の握りしめた拳がシェイ目掛けて振り下ろされ――それはシェイに届くことなく寸前で強引に止められた。
「――いい加減にしたらどうだ?」
足に込めた魔力によって瞬く間に男との距離を詰めたラーグはそのまま掴んだ男の手を捻り上げ、逆に男の身動きを封じてしまった。
それを唖然として見つめていた残りの男たちは、ハッとした様子でラーグに怒鳴り散らした。
「おい!! 何しやがる!!」
「それはこっちの台詞だ。何の罪もない親子に因縁をつけて金を巻き上げようなんて外道のすることだ。お前らのほうがよっぽど薄汚くて醜い生き物だ」
「な……なんだっ……!!」
ラーグの容赦のない罵声を聞いた男たちは怒りに顔を紅潮させ、腰に差した剣に手を伸ばそうとした。
だがラーグはそれを見ても動揺することなく、寧ろ男たちのしていることを戒めるように穏やかな口調で一言。
「――抜くのか?」
「――!?」
たった一言だけなのにその場の空気が凍りついたような錯覚に見舞われた。
それはシェイ親子も感じたようで、驚いたようにラーグを見上げている。
当の本人はそんな事を気にすることもなくもう一度男たちに語りかける。
「本当に抜くんだな? 抜けばもう後戻りは出来ないぞ?」
今度の言葉は単なる諭しではなく明確な脅しだった。
ラーグからは威圧的な雰囲気が漂い始めており、明らかに普通の少年とは様相が異なっていた。
それは男たちも感じ取ったのだろう、先程命令を下した男が目に僅かながら恐怖を宿してラーグに詰め寄る。
「てめぇ何者だ……!?」
「ふむ、さっきと立場が逆転しているな」
そんな悠長な言葉を放つラーグに苛立ちが増したのか、男は仲間に命令を下す。
「――ッ!! か、構わねえから、殺っちまえ!!」
それを合図に二人は腰の剣を抜き払った。
同時に、ラーグも滑らかに動き出した。捻り上げていた男を放り投げた後、魔力充填による高速移動によって気配を感じさせることなく手前の男の間合いに侵入したラーグは有無を言わさず手刀で持っていた長剣を叩き落とすと、その場で回転してそのままの勢いで側腹部に回し蹴りを叩き込む。
蹴りを浴びた男はいとも簡単に吹き飛ばされ、受け身を取ることも出来ずに外壁に全身を打ち付けた。男はぐったりとしてそれっきりピクリとも動かなくなった。
ほんの数秒の間の出来事に残った男たちは口を開いたままただ呆然とするしかなかった。それでもいち早く冷静さを取り戻した統率者らしき男は汚い唾を撒き散らしながら精一杯の喚き声を上げた。
「て、てめぇ……!!」
語る言葉もなくなったのか、それ以上言うこともなくその男は剣を振りまわしながらラーグに迫ってくる。
それを難なく躱して様子を窺っていたラーグだが、後ろにはシェイ親子がいるので迂闊に動き回ることは許されなかった。もしも二人に危害が及べば本末転倒だ。
というわけで早々に決着をつけようと決心したラーグ。斬りかかってくる男の隙を冷静に見極めると、男の懐に潜り込んでその鳩尾に強烈な掌底を打ち込んだ。
「あぐぅ!?」
声にならない悲鳴を上げた男は呆気なくその場に崩れ落ちる。それを見ていた最後の一人は恐怖のせいか声を発することも出来ずに、怯えた眼差しでラーグを見つめていた。
ラーグは感情の宿らない目を残った男に向けると、平坦な声音で淡々と告げる。
「――このまま続けるか、他の奴のようにぶちのめされるか。好きなほうを選べ」
無感情に言われると一層不気味に聞こえるのだろう。男は一言も喋ることなく踵を返して慌てて逃走していった。
後には伸びた二人とシェイ親子がいるだけで、さっきまでの争いが嘘のように辺りはあっという間に静寂に包まれた。
誰も何も話さない。ラーグの圧勝だった。
ラーグはゆっくりと振り返り、未だに驚きで目を見開いている親子の前でしゃがみ込むと二人が無事かどうかの確認を取った。
「シェイ、大丈夫か……?」
その言葉を聞いてようやく正気を取り戻したのか、シェイは何度も瞬きしながら深々と頷き返す。
「うん、大丈夫。ちょっと怪我はしたけど……」
「これくらいなら問題ない」
ラーグはシェイの負った怪我の部分に手をかざすと何かの呪文を唱える。すると、擦過傷が見る見る間に癒えていくではないか。
これにはシェイ親子もまた驚くこととなる。元々魔法術や魔力操作に関わりのなかったものだからそれを間近で見たのは今回が初めてといっていい。きちんとした居住区画を持っていたときなら薬草などを調合して作った手製の薬を幹部に塗布したりもしていたが、まともな生活を送ることすらままならなくなってしまってからはそのための薬草を手に入れることも叶わず、少々の怪我は水洗いしたらそのまま放置することもよくあったのだ。
「ほら、これでもう大丈夫だろ」
シェイの傷は全て完治しており、怪我の痕跡すら残っていなかった。
これには流石のシェイも何も言うことは出来なかった。
「あの、シェイの母さんは――?」
「え、あ、そうだよっ!! お母さんも怪我治してもらわないと!!」
シェイは急いで母親の怪我した場所をラーグに見せる。
ラーグは手早く該当箇所を診断すると、シェイにしたのと同じように怪我を治癒していった。此方も怪我していたことが分からないほど完璧に傷跡を消し去っていた。
「あの……わざわざ有り難うございます」
母親は心底感謝しているようで、深々と頭を下げながらお礼を伝える。
人助け、特に身近な人に対するそれをするのは当然だと考えているラーグは母親の礼に大したことないと手を振って答えると、路地に落ちていた袋を拾い上げた。
それは以前ラーグがシェイにあげた金の入った巾着袋で、中にはまだ硬貨がたくさん入っていた。
巾着袋をシェイに手渡すと、母親がラーグにおずおずと話しかけてくる。
「こんなに大金、本当にいただいても宜しいのでしょうか……?」
「シェイにも言ったが全然構わない。それがあれば一定の生活は送れるはずですから、その足しにでも使ってください」
穏やかな笑みを浮かべてそう言ったラーグを見て母親もようやくはにかんだ微笑みを見せてくれた。その隣ではシェイが子供らしい顔をくしゃくしゃに歪めて可愛らしい笑顔をしてラーグを見上げていた。
「ラーグ兄ちゃんは俺の命の恩人なんだ!! それにこの男たちを簡単に倒しちゃうなんて、やっぱり武闘大会で活躍する人は違うよね!!」
「え……? ラーグさんは武闘大会に?」
どうやらシェイの母親はラーグが武闘大会に出場していたということを知らなかったようだった。
街中ではそれなりに目立つようになってきたが、やはり世間とある程度の関係を築いていないと情報は集まらないようだ。
「ええ、まあ」
「兄ちゃんは凄いんだよ!! 武闘大会で優秀者に選ばれたんだって!! これで国で騎士として働くことも出来るんだよね!?」
「まあ……! それは名誉なことですわ」
シェイの言葉を聞いた母親はとても驚いた様子で目の前のラーグを尊敬の眼差しで見つめてきた。
「まだ若いのにそんな力があるのね。シェイも騎士という職に憧れているんですよ」
「そうだ、ラーグ兄ちゃん、俺に剣術を教えてよ!! お金は払えないけど……ほんの少しでもいいんだ!! 兄ちゃんのように俺も戦いたいんだ」
「シェイ! そんな失礼なことを言うもんじゃないよ。ラーグさんだってこれから忙しくなるだろうに、アンタに構ってる暇なんてあるわけないだろう?」
母親はシェイの言うことを否定するが、当の本人であるラーグ自身が国への仕官に消極的だなんて口が裂けても言えるはずがなく、結局は国軍に配属されることを全く疑いもしないシェイ親子の言葉をただただ耳に入れるだけに終わったラーグである。
「――お願いッ!! もうこれ以上大切なものを失いたくないんだ。俺の力でも守れるものは守れるようになりたいんだよ!!」
そう言ってシェイはその場で跪くと、額を地に付けんばかりの勢いで頭を下げる。
これには流石のラーグも驚きを隠せず、土下座の格好をしているシェイを説得することとなった。
「おい待て……俺なんか頼ってどうする。それに、剣術を学びたいんなら他にも誰か適当な奴がいるだろ」
「誰もいないよ!! お父さんがいなくなってから俺たちを見る目が変わっていったし、誰も手を貸そうとなんてしてくれないんだよ。俺に話しかけてきたのだってラーグ兄ちゃんが初めてだし。それにラーグ兄ちゃんは俺のヒーローなんだ!! 少しでも兄ちゃんに近付きたいんだよ!! だから、お願い。俺に力を教えて? 守りたいものを守る力を」
――――守りたいものを守る力。
シェイの放った言葉がラーグの胸に深く突き刺さった。
自分よりも四つ年下のこの少年が同じことを口にしたのだ。
経緯は違えど願うことは一緒で、ただ大切なものを守ることのできる力が欲しい。今この瞬間、ラーグとシェイは同じ考えの下に生きる生物となっていた。
「――――」
シェイの言葉を聞いてもラーグはそれを受け入れようとは思わず、心の中でそれをひたすら否定するばかりだった。
(俺はヒーローなんて立派な奴じゃない。復讐だけに囚われて憎悪に身を委ねた汚らわしい生き物なんだよ)
心ではそう言い聞かせていたし、今までもずっとそう思い続けてきたのも事実だ。
必要以上の人的関係の構築をしてこなかったのも全てここに起因する。
しかし心の思いとは裏腹に、シェイの言うことに言い表しようのない熱いものがこみあげてきていたのもまた事実である。
ラーグを見上げる純粋すぎるほどの少年の目は自分がどう映っているのか。シェイの中では間違いなく美化されているだろうし、それが後々彼を傷つけることになるかもしれないのだ。
それでもシェイの思いを今打ち明けられて、不思議と嫌悪感は抱かなかった。寧ろ嬉しさの方が勝るかもしれない。
これがどういう思いかは現在のラーグには理解できない。ただ同じ願いを持つ者として同情したのか、ただ頼られたことに喜んでいたのか、真実は曖昧なままだ。
一つだけいえること、それは――ラーグ自身もはっきりと気付いてはいないが――この瞬間からシェイという少年がラーグにとってかけがえのない存在になったということだった。
「お願い」
疑うことを知らない純朴な少年は一言だけ付け加えると、後は何も言わず黙ってラーグの返答を待っているようだった。
ラーグは目を瞑って大きく一度溜め息をつく。
こんな所で、しかも思わぬ形でラーグの決意が定まるとは思わなかった。
それでも後悔は出来ない、いや後悔なんかしない。
「――シェイ」
今になって考え付いたことだが、今ここで王国を出たところで魔族にすぐ復讐を成し遂げられるかと問われればそれは否で、しかも一人で相手の懐に潜り込もうなんて自殺行為にも程がある。
しかしそれを意地でも実行しようと目論んでいたのだからつくづく自分は無鉄砲だと今更ながらラーグは反省する。
それに見方を変えればこれは自分にとっても不利益ばかりではない。アレクセイの前では興奮のあまり色々と不躾な真似を働いてしまったが、ここに留まっていればそれこそ好きなだけバジリスクと訓練という名目の実戦に近い修行を行うことが出来るのだ。
先日の武闘大会では”運よく”バジリスクに勝つことが出来た。そう、あくまで運が良かっただけだ。あの状態で半龍種としての素質が目覚めていなかったらきっと勝利を収めることは出来なかっただろう。それくらいラーグでも理解できた。
それならばもう少しここで己の力を鍛えなおしてもいいのではないだろうか。
今までは復讐こそがラーグにとっての生きる意味であったが、これからはもう少し他のことに身を割いてもいいかもしれない。あくまで付属としてだが、そこは考え方を柔軟にするべきだろうか。
自分で思っていながらそんな思考をしていることにラーグは驚いていた。王都に足を運ぶまでは絶対にありえなかった事態が今現実と化そうとしているのだから。
たとえほんの少しの時間だけだとしても、シェイを、そして自分の行く末を見守ってみてもいいと思う。
ラーグの中で今まで築き上げてきた強壁が穏やかに崩れ去っていった。
「――俺は教えるの下手だぞ? それにシェイの母さんが言った通りで時間を融通するのも厳しいが、それでもいいのか?」
ラーグの返事を聞いたシェイは見る見るうちに目を輝かせ、喜ぶが爆発したような勢いで顔を上下にぶんぶんと振りまくった。
それを目撃したラーグは苦笑しながらも優しげな瞳でシェイを見つめており、母親もまた目を細めながら愛する我が子を愛おしそうに眺めていた。
「あー、ゴホン。取り込み中の所失礼するよ?」
「げ!? ま、マルコさん……?」
振り返った先には息を切らせたマルコと数名の近衛兵がいた。どうやらラーグの慌てた様子から察してわざわざ警務に当たっていた近衛兵を呼んできてくれたようだ。
近衛兵はラーグから事情を訊くと、地面で伸びたままの男たちを手早く捕縛してそのまま連行していった。
あっという間の早業に感嘆の吐息しか出てこなかった。
「さて、ラーグ君。――さっきの言葉は本当だろうね?」
どうやら先程のやり取りは聞かれていたようだった。
盗み聞きしていたのかと叫びたくなったがシェイがいる手前ふざけた行動を取ることも出来ない。まして相手は有名なローヴァンヌ家当主なのだ。下手な真似をしてシェイを失望させたくはなかった。
「ああ、本当だよ。全く、あれだけ啖呵を切っておきながら陛下に合わせる顔がないじゃないか、畜生」
そう言っても自業自得、後の祭りだ。
どのみちもう後には戻れないのだから腹を括るしかない。
「そうか、そうか。それでは早速陛下にお会いしに行こう。話は早い方がいい」
マルコは穏やかな(うっすらとほくそ笑んでいたようにも見えたが)笑みを浮かべるとシェイとその母親――リリアーナの二人を住んでいる居住区まで送り届けるとその足で王城へ向かう。
道中、ラーグの心は晴れやかだった。
魔族へ復讐するという目的へは遠ざかる形にはなったが、これはこれですんなりと受け入れてしまった自分がいるのだから世の中は摩訶不思議だ。
しかもその原因がついこの間知り合ったばかりの一人の少年なのだから、もし昔のラーグを知る者がいれば俄かに信じがたい話だ。
とにかく、ラーグはここに残ると決断したのだ。これからはここで出来ることを少しずつでもやってみよう。そうすることでいつか復讐を果たせるときが来るならば、今はこの厚意に甘えてもいいだろう。
「守りたいものを守る力、か」
誰に話しかけるわけでもなく呟かれた独り言はマルコの耳には届かなかったようだ。
それを心の中で反芻しながら、ラーグはその目に強い意志を宿しながら歩いて行った。
ラーグにとっての束の間の休息は長くは続かない。
誰も気付かない中で、それは時を見計らうかのように静かに迫ってきていた――――。