第十三話:起点と帰結
こっそり投稿していたのに知らぬ間に2万PV到達していました!!
これも稚拙な文章にも拘らず読み進めて下さる読者の方々のおかげです。
まだ出だしですがこれからもお付き合いください!!
ここ最近よく夢を見る。
子供が見るようなキラキラしたものじゃなくて、妙に生々しくてドロドロした夢。
見るのはいつも同じ光景で、同じ結末を何度も何度も目にしてきた。どうなるかは分かってるけど、それでも覚めてくれない夢は僕にとって苦痛でしかないんだ。
眠ってまず目の前に広がるのは自分が住んでいた屋敷だ。かつての面影は全くなく、ひっそり静まり返った屋敷には誰も生活している気配が感じられなかった。
僕は屋敷に入ると手当たり次第に部屋を詮索していくんだ。誰かが僕に悪戯をしてるんだって思ったから、早く見つけ出してあげようと思ったんだ。
でも探しても探しても誰も見つからなかった。僕は段々怖くなってきて、パパとママの名前を必死に呼んだけど反応は何も返ってこないんだ。
焦った僕が向かったのはパパとママの寝室だった。きっとまだ眠っていて僕の声に気付いていないだけなんだって、当時の僕は信じて疑わなかった。
この夢を見るのが四度目を過ぎた頃にはそんな思いも消えてなくなってしまったけど、その後に起こる出来事が僕を奈落のどん底に叩き落とすのをまた見るのはとても辛かった。
パパとママがいるはずの部屋の前に辿り着いた僕はドアの外から二人に呼びかけた。
「パパ、ママ、僕だよ。まだ寝てるの?」
呼びかけても返事は返ってこない。
この後目撃することを考えたら当然だけど、この時の僕は想像してもいなかった。
「パパ、ママ、いないの? 入るよ?」
返事がなかったためか、僕はドアに手をかけた。今思えばここで道を間違ってなければこんな事実を知ることはなかったのかな?
いや、どのみち知ることにはなっただろうし、結果が早いか遅いかの違いだけだったかもしれない。
ドアを開けた先に待っていたのはまだ子供だった僕にとって地獄そのものだった。
辺り一面に広がる赤一色の景色。寝台には無残に引き裂かれた両親の骸が無造作に横たわっており、光を失った虚ろな目が僕の姿を映し出していた。床には血に塗れた幾つもの肉片が飛散していて、ここで身の毛もよだつ惨劇が生じたと理解するのに時間はかからなかった。
たかが子供の僕にはこの状況を飲み込めるわけがなくて、ただただ涙を流し続けていた。幸か不幸か、まだ幼かった僕にはこの状況を見ても深く考えることはなく、ただ両親を失ったという事実に悲しんでいたんだ。
現実にショックを受けていたから、ふいに誰かの気配を感じてもあまり驚きはしなかった。その誰かは僕の肩に手を置くとそっと何かを話しかけてきた。
「――――殺し――は――――だ」
はっきりとは聞き取れない。後ろを向こうにも何故だか体は言うことを聞かず、ただ両親の亡骸を視界に捉えながら誰かが発する言葉を聞いているしかなかった。
嗄れた声が僕の耳から脳に伝わり、その振動が感覚を徐々に麻痺させ、誰かの発する声は何の抵抗もなく僕の体に浸透していく。
何も考えられなかった僕は誰かの言うことをただ受け入れることしか出来なかった。それでも別に嫌な感じは全くなくて、寧ろ言われた事実をただそのままの意味として捉えたのかな。
「お前の両親は殺されたのだ」
今度はやけにハキハキとした青年らしき男の声が耳に届いた。
先程までの嗄れた声ではなく、若さ溢れる中でも冷静な声の持ち主は淡々と言葉を紡ぎ、僕の心に染み渡ってくる。
「憎き種族の手によってお前の大切なものは奪われたのだ」
僕はその言葉を疑いもせずに信じた。
彼が話すことは全て真実だから――そう解釈したし、それが現実なのだと悟ったんだ。
「誰が……殺したの?」
「知ってどうする」
そう問われたとき、確かに僕は何かに躊躇したような気がする。
でも心とは裏腹に、口は素早く次の音を発してしまっていた。
「復讐、する。そいつらの大切なものを僕も奪ってやる」
そう言ってから僕は自分自身の言葉にひどく動揺していた。自分の中にこんなどす黒い闇が棲みついているなんて思いもしなかったから。
見えない誰かは僕の答えに満足げに笑うと、耳元で囁いたんだ。
「お前の両親を殺したのは――――」
その続きがいつも思い出せない。僕の家族を死に追いやった憎き悪魔の名をどうしても思い出すことが出来ないでいる。
それでもその日から僕の生きる道は決まったんだ。
必ず見つけ出して、この手で命の芽を摘み取ってみせる。
それだけが僕の生きる意味。そのためなら僕は全てを捨てよう。
己の全てを懸けて、復讐を果たしてみせる。
*****
剣士にとって普段から鍛錬を積むことは非常に重要なことだ。
剣筋に優れる者ほどより濃密な修練をこなさなければその腕は鈍ってしまうと言われている。
その点で見ればラーグという剣士は非常に精励恪勤な男だと断言できる。
日頃から欠かさず剣を振り続けてきたラーグにとって、この数日間剣を握っていないという事実自体が信じがたいことである。
「はっ、はっ、はっ」
一心不乱に剣を振るラーグはまるで今までの遅れを取り戻すかの如く鍛錬に取り組んでいた。
この後マルコと昼食を共にする約束を取り付けてあるのであまりのんびりはしていられない。ほんの僅かな時間でも無駄にすることなく己の糧にしようと腐心していた。
黙々と剣を振るラーグの頭上からは煌びやかな陽光がこれでもかと降り注いでおり、その光の中で幻想的な姿を漂わせていた。
「――――」
その姿を黙って見つめる一人の影。
ラーグに声を掛けるわけでもなくただ鍛錬の様子を見つめている。
自分を見ているその気配に気付いていたラーグだったが、特に迷惑になっているわけではなかったので何も言わずに己のことに集中していた。
やがて濃密な鍛錬が終了を迎えると、その影はその瞬間を見計らっていたかのようにスッとラーグの下へ近付いてくる。
物音も立てない静かな動きに内心で舌を巻きながら、ラーグは接近する気配の持ち主に声を掛けた。
「挨拶の一つくらい掛けてくれてもいいじゃないか、ラクリア」
そう言って振り返った視線の先には端整な顔立ちをしたラクリアが、見る者全てを魅了するようなにこやかな微笑を振り撒きながら立っていた。
「だって日光に照らされたラーグがあまりにも眩しかったからおいそれと近付けなくってねー」
悪意の欠片もなく平然と言ってのけるところがまた憎たらしい。
でも別にラクリアのことを嫌っているわけではなく、どちらかと言えば王都に来て一番親しくしている奴であることは間違いない。それに媚びを売るような真似をされるよりも馬鹿正直に何でも言われたほうがよっぽどマシだ。
ラーグはラクリアに双剣の番を示すと、少し挑発するように迫った。
「良かったら相手してくれないか?」
「勘弁してよ!! 絶対手加減しなくなるでしょ」
「ふむ。バレてるなら仕方ない」
「……ラーグって責めるが得意なのかい?」
「――? 俺は攻めも守りも一級品だが?」
「……訊いた僕が愚かだったよ」
「まあそう自分を追い詰めるな。気晴らしに一試合どうだ?」
「人の話を聞いていたかい!?」
ラクリアはからかい甲斐があると痛感したラーグ。
途中何を言っているか理解不能な部分があったが、そんな些細なことは気にならないくらいラクリアとの会話は愉快になることが出来る。
ラクリアはのんびりした口調のままで話題を大きく転換した。
「そう言えばラーグはこれからどうするの?」
「……どうするって?」
「王都に残るか出ていくかに決まってるでしょ!! 今回表彰された人は一応皆軍に配属される予定らしいけど、意志のない人は違うでしょ?」
「ああ……ラクリアは?」
「僕は残るよ。ここで鍛えてもっと強くなるから」
当然のようにラクリアは宣言したので、ラーグは思わず口を半開きにして呆けてしまった。他人の考えに口を挟む趣味はないが、呆気なく言い切るラクリアはどこか自分とは違う世界に住んでいるように感じられた。
「ラクリアも何か目的があってここに来たんだよな?」
「ラーグだって同じでしょ? これからどうするのかは別にしてもここまで来るのには理由があったわけで」
確かにラーグにも明確な目的は存在する。他の参加者たちみたいに功績や名誉のためではなく、どちらかと言えば私怨に満ちたものだが。
ラーグはただ黙ってラクリアの言葉を聞いていた。
「僕はここで強くなる。それが目的……いや、願いかな」
「願い?」
ラクリアの訂正にふと疑問に思ったラーグがその言葉を反芻する。
それを見て苦笑しながら言葉を続けていく。
「僕ね、少し記憶が曖昧なんだ」
「記憶が? どういうことだよ」
「脳は本能的に強くならなきゃいけないって覚えてるんだ。そうしないといけない目的を体は理解してるんだけど、肝心の強くならないといけない内容が思い出せないんだよ」
正確にはラクリアが強くなる理由が家族の為であるとの認識はしているがそれをラーグに全て言う気はなかっただけである。
ただ家族を殺した相手やその動向についての知識の一切が欠落しているのだが、ラーグにこれが伝わることはなかった。
自身も現在悩みを抱えているので他人に必要以上に関わられるのは厄介なことを重々承知しているため、ラーグもそのことについて深く知ろうと追及はしなかった。
「――ラクリアも色々苦労してるんだな」
「はは、それはお互い様でしょ」
語尾を濁して苦笑したラクリアは、それでも真剣な眼差しをしたままラーグを見据え続けている。
「とにかくここで何か行動を起こせば記憶も戻るかもしれないし、自分の力も鍛えられるんだから一石二鳥だからね」
「――国に仕官するってのはそんなに簡単な事じゃないだろう」
それを言い出せば元の武闘大会の開催自体に問題が出てきてしまうが、今までそれで滞りなく進んできているのでそこは大丈夫なのだろう。ここで言っているのは個人の意識の問題、つまり覚悟が出来ているかということだ。
国に仕官して王国軍として働くということは、地位や名誉などを手にする機会を得られる反面、常に命の危険や国の精兵としての重圧を伴うのだ。
生半可な意気込みだけで職務がこなせるほど世の中は甘くないのだ。
「勿論相応の覚悟は決めないといけないだろうね。でも、それだけをする価値はあるしそんなに悪いことばかりでもないと思うよ?」
あくまでいつも通りの口調で話しているラクリアだが、言葉の節々に真剣な思いが伝わってくるのを感じられることから本当にアリュスーラ王国に残る気のようだ。
その思いの丈をぶつけられたラーグは青年の本気を目にしてどう返せばいいか迷ってしまった。自分もくよくよと悩みながらここまで決断を下すことが出来ていないのも拍車をかけて、一層焦燥に駆られてしまった。
「……それで、ラーグはどうするの?」
「……俺、か」
言われて暫く考えてみたが、やはりどうにも決心がつかない。
ラーグの思いはあくまで魔族への復讐であり、それ以外の何物でもない。
そのはずだったのに、今はそれが揺らぎかけて、いや殆ど傾きかけている。
王都に来てからの人との出会いだけでここまで気持ちを揺り動かされるとは少しも想像もしていなかったので、急にこんな展開になってしまって心の整理がついていない。
「――悪い、俺にはそこまで決心がつかない」
「そっかー」
ラーグの返答を聞いても驚くことはなく、ラクリアはそれ以上何も言わずに黙っていた。
鍛錬を終えて近くにあった長椅子に座っていた二人は、そのまま何も喋ることなく静寂に身を委ねていた。
どれだけ時間が経ったのか定かでない中、どちらからともなく立ち上がるとそのまま別れようと足を各々の部屋に向けた。
「――ラーグ」
「――何だ」
短い言葉でラーグを引き留めたラクリアは、振り返りはせずに口から発せられる言葉だけで最後の思いを告げる。
「ラーグにも色々あるだろうけど、僕はラーグと出会えて素直に嬉しいし出来ることならこの先も一緒に闘いたいな。無理を強いるわけではないけど、ラーグは目下のところは一番強い相手だし、まだ手合せもしてないから」
それだけ言うとラクリアは穏やかな日光が降り注ぐ庭園を歩き去っていった。
その間、一度も此方を振り返ることはなかった。
ラクリアが去った後もそのままその場を動くことなく立ち尽くしていたラーグはラクリアの言った言葉を何度も何度も噛み砕きながら、自分自身に己の意思を問い詰めていた。
これまでの自分の存在意義が揺るごうとしている。王都を訪れてからの数日でラーグを取り巻く環境は着実に大きく変化し、巨大な荒波に呑まれようとしている。
ラクリアの発言で一際手痛い一撃を叩き込まれたようなものだ。
「俺自身でも俺の考えが纏まらないのにどうしろと言うんだ」
マルコとの約束の時間も迫ってきていた。このままうじうじと悩んでいる暇は残念ながら今のラーグにはなかった。
やるせない気持ちをどうすることも出来ず、ラーグは悶々としたまま自らの部屋へと戻っていった。
*****
約束していた昼となりマルコと合流したラーグは、その足で昼食を取る予定のパン屋に向けて歩いていた。
前回と違って今日は昼間に出歩いているので人通りもそれなりに多く、うら若き女性たちもチラホラと見受けられる。
そんなわけで武闘大会史上でも指折りの色男だと巷で噂されているラーグが目立たないはずがなく、しかも隣には名を知らぬ者はいないほど有名なローヴァンヌ家当主のマルコを伴っているので、大通りを歩きだして少しした頃にはラーグを一目見ようと考えた群衆に周囲を包囲されるという面倒な展開になってしまった。
「――何かすまない。思っていたより俺は目立つみたいだ」
「はは、気にしなくていい。君が注目されるのは当然だからね」
そう言いつつもマルコが心の中で、ラーグの嫁第一号は自分の娘だと固く誓っていたことを当の本人が知るのはもう少し後になってからのことだ。
大勢の群れを引き連れながら道を進んでいくラーグとマルコは、周囲の喧騒とは正反対に静かな面持ちでいた。
どちらもラーグの去就に触れるわけでもなく、かといって他に話題があるわけでもなく、二人の間には妙な沈黙が広がることになる。
このままだと変に怪しまれることになると焦ったラーグはこの状況を打開しようと必死に思考を働かせる。
「誘ってみたが本当に昼食はパン屋で良かっただろうか? 他にもいろいろなお店はあるみたいなんだが」
「ラーグ君がせっかく選んでくれた店なんだから別に構わないよ。君が言う位だからきっと本当に美味しいんだろうね」
振った話題に乗ったマルコはラーグの疑問に笑顔で答えると、頭の中で焼きたてのパンでも想像しているのか、ニヤニヤしながら不気味な笑い声を上げていた。
それを見たラーグはエルメスに父親の悪い遺伝子が受け継がれていないか心底不安になってしまったが、それを口には出さずに自分の中に押し留めておいた。
「いや、本当にマルコさんの口に合うかは保証出来ないんだけど……」
「謙遜はやめなさい。これでも食事には拘っていてね、色々な食材に興味を持っているんだ。それなりに王都の情報も仕入れてあるから大丈夫だ。君が行こうとしてるのは通り沿いにある露店の隣の所だろう? あそこはうちの侍女たちの間でも評判の良いお店でね、一度足を運びたいと思っていたんだ」
やたらと饒舌になったマルコからは本当に食にうるさいんだという印象を受けた。
ローヴァンヌ家の屋敷は王都の中では王城から少し離れた場所に位置しているが、それでもこうして街に遣いの者などが出てくることは多いのだろう。食に関するお店の知識などは事前に入手しているらしく、マルコの目にはラーグの示したパン屋への絶対の自信が覗いていた。
つまり、食事がマルコの口に合わないというラーグが杞憂していた事態はそもそも起こるはずがなかったのだ。
それならそうと始めから言ってほしかったと心の中で嘆いたラーグだったが、マルコに悪意があったわけではないのでどうにか出来るわけでもない。
マルコに対する不安材料が一つ減ったと素直に喜ぶことにしたラーグ。
「それならいいんだ。確かにあそこのパン屋は美味だ」
初めこそ沈黙していた二人だったが、パン屋の話題で急に盛り上がり始めたので周囲の騒ぎをものともせずにズンズンと歩くスピードを上げていき、気付けば目的地まであと少しの所まで来ていた。
しかし、パン屋を視界に捉えたときに想定外の出来事が起こった。
突如として手前の路地から女性と子供の悲鳴が聞こえてきたのだ。
初めは空耳かと思って何も言わなかったが、再び悲鳴が聞こえてきたのでそれが現実だと理解せざるを得なかった。
しかも、子供の声はラーグの聞いたことのある声だった。
ラーグの脳裏に先日出会った少年の姿が浮かんできた。
「シェイ……!?」
嫌な予感がしたラーグは人混みを掻き分けて路地裏へと飛び込んだ。
後ろからマルコがラーグを呼び止める声が聞こえたがそれに構っている時間はなかった。
シェイの身に何か危険が迫っているのなら早く助けなければならない。この時のラーグはシェイを助ける理由など一切考えず、殆ど無意識の行動だった。
声が聞こえた路地に差し掛かってラーグは慌てて角を曲がったが、そこでラーグは足を止めることになる。
「シェイっ!!」
「ら、ラーグ兄ちゃん――」
目の前には蹲る母親を庇って立つシェイがいた。転んだ時についたのであろう擦過傷が足には目立ち、腕からは血が流れている。
そして、そんな親子の前には如何にも人相の悪い男たちが三名佇んでいた。