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英雄動乱記  作者: 間宮怜
第一章 創世編
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第十一話:盛大なる勘違い


 ラーグがミールバルク城に戻ったのはあれから少し経ってからだった。

 シェイに残りのパンを全てあげたのはいいが、結局腹が空いて居ても立ってもいられなくなってしまったのだ。

 日が暮れる寸前で城に戻ったラーグはその足で食堂へと向かった。ミールバルク城に用意されている食堂は城の規模を見ても分かる通りかなりの広さがある。王族に連なる人々はこことは別棟にある王宮で過ごしているためこの城には常駐していないが、それ以外の王都に滞在している兵で個人の家庭を持っていない者は皆ここで食事を摂るのだ。

 今回は武闘大会における式典が開かれたこともあってかなりの兵が滞在している。そのせいか食堂に到着した時には席が殆ど全て埋まってしまっていたので、食堂は諦めて自室で食事をすることにした。普通なら食堂で済ませるのが常らしいのだが何故だかラーグを含め一部の人は自室でも食事をすることが許されている。これも武闘大会の結果のおかげなのだが、ここまでする必要があるのかラーグは疑問に感じている。と言いつつもそれを遠慮なく利用しようとしているのだからどうこう言う資格はないのだが。

 自室に戻ると、ラーグは部屋に備え付けられた呼び鈴を鳴らして侍女を呼んだ。少しして部屋の扉を叩く音がし、続いて扉を開けて侍女が部屋に入ってくる。


「お呼びでしょうか、ラーグ様」


「食事の準備をしてもらえますか?」


「かしこまりました。今しばらくお待ちください」


 そう言うと侍女は用意を持ってくるために速やかに部屋を後にした。侍女が去ってからラーグは今日一日のことを改めて思い返していた。

 気持ちを切り替えるために散策に出たのだが、思ったよりも散策を満喫してしまった。元はと言えば陛下と少しばかり揉めた挙句勝手に部屋を立ち去ったのが原因だが、帰ってきた今は悩んできたことに加えて散策で出会った人とのことが頭を巡っていく。

 パトゥとシェイという二人と関わりを持ったラーグは今後の自分の在り方について考えを纏めるために、複雑な心境で稚拙な脳を全力で稼働させていた。

 ここに来てラーグは確信していた。

 王都を離れることを自分は無意識の内に拒否しかけている。

 今日の午後の段階では王都滞在を頑なに嫌がっていたはずなのに、気付けばその日の夕食時には王都を去ることを躊躇ってしまっている。それも全てこの街での出会いが発端だ。亡き両親の旧友アレクセイの優しさに触れ、街ではパトゥの心優しい温かさに触れ、自分を救世主のように見つめてきたシェイの快活さに触れたからこそ、今ラーグの意志が揺らごうとしていた。


(忘れるな……俺の目的を、忘れたら――――)


 両親の仇はどうすればいいのだ。

 共に暮らしてきた半龍種の人々の無念はどうやって晴らせばいいというのか。

 今ここで王都の滞在を決断してしまえばいずれここを離れるときに要らぬ後悔をしなければならないというのに、ラーグはそれを一蹴することが出来ない。

 それどころか一歩間違えばこのままここに住んでもいいかもしれないなどとの戯言を吐いてしまいそうだ。これには流石に自分で思っておきながらありとあらゆる罵詈雑言を自分に浴びせかけてこんなふざけた考えを抑え込んでしまった。勿論口に出して自分を罵ったりはしていない。

 考えれば考えるほど答えは出てこなくなり、ラーグは途方に暮れてしまう。今の状況では満足の行く結論は出せそうにない。かといってこのまま長引かせて王都に留まり続けるわけにもいかない。いくら武闘大会で結果を残したからとはいえ、このまま長期的に城の一室を占拠し続けるわけにもいかない。

 どう足掻いても数日の間に最終的な答えは導き出さねばならない。ラーグの人生においてここまで面倒な二択に迫られたことがあっただろうか。

 今更ながら、王都に足を運んだことを少しだけ後悔した。


「――――――――さまっ!!」


 ふと、誰かが叫んでいるような声がした。

 初めは空耳かと思ってそのまま放っておいたのだが、段々と近付いてくる足音と徐々に明瞭な発音となって聞こえてきた声を聞いて、ラーグは背筋が凍るような感覚に襲われた。

 ダンダンダンッと軽快とは言い難いリズムを刻んで迫りくる足音に加えて、今でははっきり聞き取ることが出来た「ラーグさま」というフレーズを耳に捉えたラーグは”彼女”と大事な約束をしていたことを今になって思い出した。

 ぐるっと部屋を見渡してみたが逃げ道はどこにも存在しない。窓から飛び降りれば脱出は可能だろうが、いちいち魔力を発動してまでそんなことをすれば後々で一層面倒な事態に陥ることは目に見えている。

 というわけで、ラーグは早々に逃げるという選択肢を放棄した。それはもう華麗に、逃げるという言葉が視界に入らないよう遥か彼方まで飛ばす勢いで投げ捨てた。

 観念して来訪者を待って少しした頃、騒がしい足音がラーグの部屋の前でぴたりと止まった。それから暫く黙って成り行きを見守っていたが一向に扉を開ける気配がないので、仕方なくラーグは部屋の前の主に向かって声を掛けた。


「俺なら中にいるぞ?」


 その声を聞いた女性が明らかに動揺したのが感じられた。そりゃあ部屋の真ん前で何の前触れもなく「ひゃいん」という奇声を上げれば誰だって分かるだろう。

 ラーグがいることが分かった来訪者はそれでも暫く何の反応も見せなかったが、意を決したように小さく扉を叩くとそっと扉を開いた。


「――――失礼いたします」


「どうしたんだ急に訪れたりして」


「ひゃいん!?」


 本日二度目の奇声を上げた来訪者は少々涙目になりながら、扉のすぐそばに立つラーグを見上げながら叱責にならない叱責をした。


「ど、どうしてそんなところにっ」


「……エルメスがなかなかノックしないからわざわざ俺が迎えてやろうと思ったんだろう? それを責められるいわれはないぞ」


 極々普通の反論をしたつもりだが、多少の罪悪感が残ってしまうのは仕方がない。

 扉を開けて目の前に人が立っていたら誰でも驚いてしまうだろうし、自分自身そういう経験をしたことがあるので叱責を否定することは出来ない。


「そ、そうですか。わざわざ有り難うございます」


 ラーグの言葉に納得したのか、あっさりと引き下がったエルメスはラーグに続いて部屋に入ってきた。そのまま奥のテーブルまで案内すると横に置かれた椅子にゆったりとした動作で座り込む。ただ座っただけなのにその仕草一つを取っても公爵令嬢としての気品を醸し出しており、見る者を惹きつける力を持っていると改めて確認させられた。

 ラーグもベッドの端に腰掛けるとお互いの顔がきちんと見えるように、突然の来訪者――――エルメスのほうへ体を向けた。


「――――それで、突然どうしたんだ?」


 本当はある程度理由は判明していたがここは敢えて言わないことにした。約束をすっぽかした上に何の連絡もしなかったことを自覚しているのだとバレればいくら温厚そうな彼女でも怒るかもしれない。女性は怒らせてしまうと後々面倒なことになるのは経験上分かっているので、今はただ何も知らぬふりを貫き通そうと考えたのだ。


「――――ッ!! そうよっ! ラーグったらせっかく私と会う約束をしていたのに忘れていたでしょう!? あれほど覚えておくように言ったのにっ」


 案の定、ラーグが思った通りの内容が返ってきた。

 予想していたので驚くことはなかったが、体は勝手に動いていた。


「本当に、申し訳ない」


 殆ど無意識の行動だった。

 何か考える前にラーグは頭を深々と下げており、周りから見れば如何にも真摯に謝罪しているように見受けられる。

 エルメスに次の手を許さないほどの早業だった。


「あ、い、いや、その――――」


「あれだけ約束していたのに忘れていたのは俺の落ち度だ。もしかしたらエルメスは俺と会うのを楽しみにしていただろうに、それを裏切るような形になってしまって本当に申し訳ないと思っている。償いはきっちりするから赦してほしい」


 矢継ぎ早に繰り出される謝罪の言葉に勢いを失ったエルメスは、頭を下げ続けるラーグを見て慌ててそれを止めさせようとする。


「べ、別に怒ってないから!! 少しは悲しかったりしたけどもう何ともないから大丈夫なの! だから頭を上げてちょうだい!!」


「――――本当に怒ってないのか?」


「本当に!! それに償いだなんて……。まるで罪人じゃない」


「――――俺は罪人なのか?」


「いいえっ!! そ、そんなわけが――――」


 敢えてエルメスの意見に乗ってみたラーグだが、エルメスが思った以上に狼狽していたので笑いを堪えきることが出来ずに腹を抱えてしまった笑い転げてしまった。

 それを見たエルメスが頬を膨らませて睨みつけてきたが、それすらも可愛らしく見えるのだから不思議なものだ。

 空気を読んで笑いを静めたラーグは一応体裁を整えておく。内面では未だに微笑みを浮かべているのはこれはもうしょうがないことである。


「もうっ! ……それでね、ラーグ」


 いきなり真面目な顔つきに変わったエルメスの瞳が自分を射抜いてきたので思わず姿勢を正してエルメスを見返したラーグだが、当の本人には何が何だか理解できない状況が広がっている。

 約束のほかにも何か大事な何かがあったのだろうか。そうでなければエルメス自身についての悩みごとの類いか。しかしいくらエルメスと仲が良いとはいえ結局は赤の他人なわけで、個人的な相談事をいきなり自分に持ちかけてくるのはどうだろう。

 色々と自分なりの考えを展開していたのだが、エルメスの口から続いた言葉はラーグの予想していたどの選択肢にも当てはまらないものだった。


「ラーグ……何か悩んでることでもあるのかしら?」


「――――――――は!?」


 まさか自分のことを問われるとは思わなかったラーグ。用意していた模範解答が全て無駄となった今、自力で答えを返さねばならないが、思いもよらぬその問いかけにラーグの思考は完全に停止してしまっている。

 間の抜けた単語を吐き出すだけで精一杯だった。


「――――お、俺が何か悩んでいるように見えたのか?」


「だって午後に見かけたラーグの横顔は何かに思い悩んでいるような、苦しんでいるような、そんな顔だったもの」


 言われてラーグはようやく合点がいった。アレクセイの部屋を後にしたラーグは無我夢中で城を移動したが、その道中でエルメスはラーグの姿を見かけたのだろう。自分でもどこを通ったのか覚えていないが、エルメスに発見されたという事は約束していた場所の近くを通りかかったのだろう。

 確かにあの時の自分は色々と考え事をしていた。それもかなり深刻な内容に戸惑っていた。そういう今も進行形で思い悩んでいるがそれは言わないでおく。

 間抜けな話だが、エルメスが勘付くほどラーグの様子はどこかおかしかったらしい。


「――――――――」


「やっぱり何かあったのね」


 ラーグの無言の返答から確証を得たと見たエルメスはここぞとばかりにラーグとの距離を詰め、質問攻めを開始した。


「何があったの? 私で良ければ相談に乗るし、仮に解決出来なくても話を他人にするだけでも少しは気持ちが晴れるかもしれないわ。私としてはラーグが悩んでいる姿なんて見たくないし、どちらかと言えば笑顔でいるほうが私も嬉しいの。だから私にも悩みを共有させてちょうだい!! 一人で抱え込んだら駄目な方向に進むってどこかの著書に書いてあったし! 一人でいるよりも二人のほうが絶対に楽になるわ。さあ、話してちょうだい! 私にだって――――」


 質問をしているくせに一向に此方に返答の機会を与えようとしない怒涛の攻めの連続に、ラーグはエルメスの印象を少しばかり修正した。

 可憐な女性と思っていたが彼女は何かにのめり込むとそれしか見えなくなるようだ。

 現にラーグをベッドの隅に追い詰めて、自身もベッドに思いっきり侵攻してきていることにも気付かずにいるエルメスはラーグのことしか頭にはないように見える。

 何事にも興味を持つことは素晴らしいことだが、今日ほどそれが滑稽に思えた日はおそらく存在しない。


「待て待て! そんな一気に言葉を羅列されても困るだろうがっ」


 ここから怒涛の巻き返しに行こうとした矢先のことだった。

 不意に扉を叩く音がしたと思ったら、開かれた扉から先程の侍女が夕食を持って部屋に入ってきたではないか。それはもう最悪のタイミングで。

 現在の状況はというと、麗しきレディがベッドの上で紳士に強引に迫っているように見える――――というか傍から見ればそうとしか受け取れないほど不自然な態勢で両者は向かい合っていたのだ。


「お待たせしました。食事の用意……がっ」


 部屋に入ってきた侍女は視界の中にラーグとエルメスを捉えると、喉に何かが詰まったような音を出して文字通り石のように固まってしまった。そんな侍女を見て二人も同じように動けなくなっており、ラーグはこの場をどう収拾つければいいか必死に考えていた。

 静寂が辺りを包みかけた瞬間一足早く侍女が正気を取り戻し、何食わぬ顔で食事の用意をテキパキと済ませてラーグに向かって丁寧にお辞儀をした。顔を上げた侍女の頬には僅かながら赤みが差しており、それでも羞恥心の欠片など見せもせずにラーグの部屋から退出しようとする。

 このままでは不味い。

 本能でそれを悟ったラーグは何とかこの状況を説明しようと口を開いたのだが、ラーグの口から音が発せられる前に侍女から小さな声で、それでいてはっきりと聞き取ることのできる明瞭な声で話しかけられた。


「――――何やらお取込み中だったようで、大変失礼致しました。邪魔者はさっさと出ていきますので続きはごゆっくりどうぞ。……若いっていいですわね。ウフフフフフ」


 不気味な余韻を残しながら侍女は速やかにパタンと扉を閉めた。それから慌ただしくその場を離れていく足音がこれでもかというくらいはっきりと聞こえてきた。

 嵐が過ぎ去って少し経った頃、ラーグの目の前で顔を真っ赤に変化させたエルメスがわなわなと肩を震わせながら一言。


「ち、ち、違うのッ!! そんなつもりじゃ……!!」


 いやーっ、と金切り声を上げても後の祭りである。

 間違いなく明日の朝にはこのことが城中の侍女に知れ渡っていることだろう。

 こんなに明日を迎えるのが憂鬱なことがあるだろうか。

 半ば呆然としつつ溜め息をつきながら運ばれてきた食事に手を付けたラーグだが、勿論その味など覚えているはずもなかった。




彼女もなかなか積極的(?)ですね~~

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